移住したくなったら

推しを追いかけて、長野で暮らす。漫画家・高坂梓さんが描く「長野県の地図」

推しを追いかけて、長野で暮らす。漫画家・高坂梓さんが描く「長野県の地図」


こんにちは。信濃毎日新聞の町田です。

突然ですが、皆さんはこちらのX(旧ツイッター)の投稿を見たことありますか?

福岡県出身の漫画家・高坂梓さんが、2021年に「九州にいたときの長野県のイメージと、長野県移住3年目の長野県のイメージ」という言葉とともに、長野の魅力を一気に詰め込んだイラストです。移住3年目で長野県の魅力をここまで掴んでいるのはすごくないですか……?

高坂さんは戦国武将の真田幸村を愛するあまり大学卒業後、真田家ゆかりの上田市に移住し、自身の実体験をもとに信州で感じた出来事を4コマ漫画にし、「信濃毎日新聞デジタル」で毎週火曜日に発信しています。

漫画では「山の景色が視界に入らない東京などの地に行くと落ち着かない」や冬に校庭や田んぼに水を張って滑る天然のスケート場のことなど、長野県民にとっては「あるある」とうなずける内容が掲載(2022年8月30日信濃毎日新聞デジタル「ここがわからんばい!信州」)

3年目でこの細かさなら、移住6年目となる2025年はどんな地図になるのでしょう?
そこで高坂さんに6年目の「長野県の地図」作成を依頼。それとともに高坂さんが感じている長野県の魅力ついても聞いてみました。

話を聞いた人
高坂梓さん
1996年生まれ、福岡県出身。2019年、上田市に移住。県内企業ロゴなどの制作や、既存作品を使った「二次創作」の同人誌やオリジナル漫画をコミックマーケット(コミケ)などで販売している。YouTubeの「高坂梓イラストチャンネル」では、生配信で実際にイラストを描きながらファンとの交流を楽しむ。信濃毎日新聞デジタルで毎週火曜日に「ここがわからんばい!信州」を連載中

県外出身だからこそ見えてきた「長野県のイメージ図」

町田
本日は、よろしくお願いいたします。
突然ですが、その衣装は真田幸村のイメージですか?
高坂さん
そうです。推し(真田幸村)から勇気をもらいたいので、取材を受ける時にはこの「赤備え(※)」の衣装を着ることが多いんです。

※赤備え:真田幸村は強さと覚悟を示すため、よく赤い服(赤備え)を身につけていた。そのため真田幸村の象徴である「赤備え」は、ファンにとっても「推しの色」。

町田
高坂さんの“真田愛”が伝わってきます!
そして、最新の「長野県イメージ」の制作もありがとうございます。早速見せていただいてもいいでしょうか?
高坂さんが書いた「長野県のイメージ図2025」
高坂さん
こちらです。A4用紙のサイズでは書ききれなくて、文字のみで付け加えている項目もあります。学校の自由研究で使う大きな模造紙あるじゃないですか。もう、あのサイズでないと入らないレベルです(笑)入りきらなくて泣く泣くカットしたものもあります。
町田
書きたい事柄があふれてきちゃったんですね。
まずは、この北信にある「初見で読めない」っていうのは一体?
高坂さん
これは「北安曇郡小谷(おたり)村」の読みのことです。初見で「おたり」って読めなくないですか? 意外な読み方だったので印象に残っています。
町田
確かに。私も最初は「おたにむら」って読んだ気がします。では、東信の方に移って「折れそう」というのは?
高坂さん
立科町の地形のことです。地図を見ていると、「きゅー」って上下に細くなっている部分があるじゃないですか。気になって、実際にこの細いところへ行ったことがあるんですよ。
赤枠内が長野県立科町
町田
実際に行ったんですね。やっぱり狭かったですか?
高坂さん
ここには県道の諏訪白樺湖小諸線が通っているんですけど、地図でくびれている部分の幅はわずか50メートルほどしかなくて。近くには佐久市と長和町との境があるんです。なので、車を運転しながら「ダッシュで3市町をまたげるじゃん!」とワクワクしました。自動車用トンネルの隣に歩行者専用通路があり、そこにはこんな面白い看板が設置されています。
高坂さん
車で通り過ぎるだけでは見つけられないので、発見した時にはアクションゲームなどで出てくる「隠しステージ」を見つけたような、うれしい気持ちになりました。
町田
ダッシュで町村移動できて、そんな看板まであるなんて本当にワクワクする場所ですね! 他にも地図内で中信地方からの矢印をたどると、「『信濃の国』のカラオケ映像で流れがちな上高地」とありますが……。
高坂さん
移住してから、県内の知り合いとカラオケに行くと「信濃の国」を歌う人も多くて自然に覚えました。カラオケ映像では北アルプスの上高地にある河童橋がよく出てくるんですよね。この印象が強くて入れました。
町田
南信には「県境を巡る戦い」と書いてありますが、こちらは?
高坂さん
これは、飯田市南信濃と浜松市天竜区水窪(みさくぼ)町の県境にある兵越(ひょうごし)峠で、それぞれの住民の皆さんが綱引きで“領土”を争う「峠の国盗(と)り綱引き合戦」のことです。
2025年10月27日 信濃毎日新聞掲載
高坂さん
毎年10月に開かれていて、勝つと県境である「国境線」を1メートル相手側に広げることができます。令和の時代になっても、未だに「戦国」が続いているようで心が躍るんですよね。

中野市にある「アーチェリー」は、テレビで元オリンピック選手が指導するアーチェリー場の紹介をしていて、やってみたら面白くて。
長和町は黒曜石の一大産地で、広く北海道まで流通したとされていたことから、長和町の黒曜石は縄文人にとっての高級ブランド品だったのでは? と思い、「古代の銀座」と名付けてみました。
下條村に行くと、村出身でタレントの峰竜太さんから命名されたであろうお土産(例:竜太ワインなど)の看板がたくさんあるんですよ。村全体でプッシュしてる雰囲気が伝わりますね。

暮らしているうちに、たまっていった“長野あるある”

町田
どの地域のことでも、県外出身の高坂さんならではのエピソードが出てきますね。
ちなみに、2021年にツイッターに投稿したイメージは、フォロワーさんからの反響も大きかったとか。
高坂さん
そうなんです。みんなが考える「長野県のイメージ」のリプライ(返信)が文章でたくさん来ました。なので、何も書かれていない長野県地図の素材を「あなたの長野県のイメージも知りたいです!」と添付して投稿したら、フォロワーのみなさまが独自の地図をたくさん作って投稿してくださって。

温泉地やおそば屋さんだけを載せたり、鉄道好きなら“推し”の駅を集めたりと十人十色の投稿が届いて、「信州にはこういうものもあるのか」と新たな発見もあり、見ていて本当に面白かったです。これだけ多くの人に刺さったのなら信州のイメージ図を作ったかいがありましたね。
町田
地図を書くにしても、これだけのトピックを蓄積するのって、とても大変だと思います。日頃からどうやって長野の情報を集めているのでしょうか?
高坂さん
特に意識して集めているわけではないんですけど、大学生の頃から上田に通っていたので、地域の人との交流から「ずく」とか「しみる(凍みる=とても寒い)」といった方言などは勝手にインプットされていきました。移住してからは、ラジオを聞きながら「信州ってこういう文化があるんだ!」と学ぶこともあります。
町田
意識して覚えたというより、暮らしの中で自然と身についていったんですね!
高坂さん
はい。それに私は「名探偵コナン」や諏訪信仰がモチーフとなったキャラクターもいる「東方Project」など、アニメや二次元作品が大好きで。他にも、御朱印集めや温泉巡りも趣味なので、プライベートで県内を旅した際に新たな情報を得ることもあるんです。地域の歴史が書いてありそうな立て看板なんかを見つけると、ついつい近寄ってしまいます(笑)

信毎で「わからんばい―」の連載もしているので、読者の皆さんが信州の暮らしについて知ったり、“あるある”と思ってもらえたりするようなネタには誰よりも敏感になっていると思います。
聖地巡礼の際は、関連作品のぬいぐるみやアクリススタンドなどを欠かさず持ち歩いているそう。後列左端のアクリルスタンドは、小諸市のPR楽曲を制作したVチューバ―の戌亥(いぬい)とこ。
他は東方Projectのぬいぐるみや高坂さんが同作品を基に二次創作したイラストのアクリルスタンド

聖地巡礼のつもりが、いつの間にか信州移住

町田
高坂さんが長野に移住された理由は、真田幸村が好きなことだとお聞きしました。
そもそも、なぜ幸村を好きになったのですか?
高坂さん
きっかけは、小学生の時に遊んだアクションゲームの「戦国BASARA(バサラ)」です。偶然にも「幸村」は私の親族の名前でもあったことから、興味が湧きました。そのときは、「キャラクターの顔がかっこいいな」くらいの認識だったんですけれど(笑)

その後、インターネットで史実の真田幸村について調べ始めて、1615(慶長20)年の「大坂夏の陣」で、豊臣家に味方して徳川家康をあと一歩のところまで追い詰めたけれど、命尽きたという歴史を知って、その最期にひと花咲かせた生き様が「カッコいい」と感じ、真田の聖地である長野にもあこがれを持ちました。
町田
そのあこがれから、移住を決めたのですか?
高坂さん
初めはこんなに早く移住することになるとは思わなかったんです。私は九州で生まれ育ち、地元に愛着もあったので、、出るつもりは全くありませんでした。九州から長野は遠いですし、「いつか行けたら行きたいな」くらいのかなり軽い気持ちでした。
町田
それは、行かない時のノリですね(笑)
高坂さん
そうなんです(笑)でも、地元の大学受験に失敗して、偶然東京の大学に進学することになって、長野との距離が圧倒的に近くなり、バイト代をためて、高速バスで上田に通うようになりました。

バスを降りると、上田駅前の壁には真田家の家紋「六文銭」が“ドカーン”と飾ってあって。「上田に来た〜!」というワクワク感があります。いまだに、バスを使った時にはその気持ちを味わえるんですよ。
上田駅舎に施された大きな六文銭(協力:上田市市民ICT推進センター)
町田
まさに、推しに会える前のような高揚感なんですね。“真田の聖地”としての上田に行くだけでは足りず、住みたいと考えるようになったのはなぜですか?
高坂さん
平たくいうと、「地域の魅力」に引かれたからですね。大学のゼミが一緒だった子が上田出身で、一緒に彼女の実家にお邪魔した時のことです。初めましての私に対して「よく来たね」とすごくウェルカムに出迎えてくれただけでなく、その子のお母さんが仕事を休んで、軽井沢や安曇野に連れて行ってくれたんです。
町田
仕事を休んでまで! それはすごいおもてなし……。
高坂さん
他にも信州の方々と触れ合う中で、家族のような安心感を覚えることがよくあって。他の地域から来たぽっと出の私にも、まるで親戚のように気に掛けてくれたり。会う時の「また来たね感」と一緒に、お別れする時の「また、おいで感」が心地いいというか。

聖地としての場所だけでなく、地域としての魅力を強く感じました。そして、ちょうど大学4年生の時に上田市内で開かれる真田氏を題材にした「上田真田まつり」で披露する劇のオーディションに優勝し、真田幸村役を拝命したことで、運命を感じたことも相まって「住もう!」と決意しました。そして、大学卒業を機に移住を決めたんですよ。
町田
ちなみに、住むだけでなく、漫画で長野の魅力を発信しようと考えたきっかは何だったんですか?
高坂さん
2019年に移住した後は、主に殺陣のパフォーマンスをしながら、県内外のイベントで上田の魅力をPRするサークルに参加していました。でも、新型コロナがまん延したことで活動ができなくなってしまって……。

外出できない状況が長引いていた時期に、「自粛期間が終わるまで何年かかるかわからないのにただじっと座って待っていることなんてできない」みたいな気持ちになったんです。そこで漫画を使ってオンラインで発信することを思いつきました。子どもの頃から漫画を描くことは好きだったし、大学時代には同人誌を制作していた経験もありましたから。
町田
なるほど。でも発信するテーマとして、なぜ長野県を選んだのか気になります。
高坂さん
それは自分の推しのゆかりの地である長野を広めたいという気持ちがあったからです。やっぱりオタクというものは、推しを分かち合いたい生き物ですから(笑)

「余白」のある長野は自分を見つめ直せる場所

町田
これまで長野県全体を見つめてきた高坂さんにとって、「長野の魅力」はどんなところにあると思いますか?
高坂さん
移住して6年経った今でも、まだまだ知らない場所や行ったことのない場所がいっぱいあるんですよ。それ自体が魅力だなって思っています。一生終わらないゲームみたいな。ゲームは楽しいんですけど、クリアすると寂しいですよね。だからずっと楽しめるってすごい魅力的だと思っています。でも一番の魅力は「余白」かな。
町田
「余白」ですか?
高坂さん
都会では推し関連の楽しいイベントが多く、私もよく上京しています。でも、電車に乗ると広告が隅から隅まで並んでいて、夜でもネオンサインが光っているせいかどこか疲れてしまうんです。都会には情報があふれていて、余白がないなと常々感じます。

スマホを開けば情報はいくらでも流れてくるのに、その中で自分が埋もれていくような感覚がどこかあって……。情報におぼれて自分をなくしていく感じがします。
町田
その感覚すごく分かります。
高坂さん
長野に帰って夜空を見上げると、真っ暗なキャンバスに白い星たちがきらめいていて。長野の自然を見ていると、不思議と自分を見つめ直せる気がするんですよね。長野には発展している町もありますが、にぎわいの中にもどこか余白がある。

例えば、少し歩けば山や空が視界に入り、情報や人の気配からふっと距離を取れる瞬間があるんです。なので、長野にいると誰かの情報や声に振り回されることなく、自分自身と向き合うことができるんですよね。何より推しの地でもあるので、これからも信州での暮らしを楽しんでいきたいですね。
町田
高坂さんとのお話で知った新たな長野の魅力を、私も体感してみたいと思います。
今日はありがとうございました。
最後は真田幸村が使っていたとされる「十文字槍(じゅうもんじやり)」を手に、ポーズをしてもらいました!