移住したくなったら

国内の流通量は1%以下!? 国産羊肉を営む農家のリアルな実態を聞いてきた

国内の流通量は1%以下!? 国産羊肉を営む農家のリアルな実態を聞いてきた

こんにちは、長野市の信濃毎日新聞の村澤です。

突然ですが、長野市の信州新町という場所では、意外な料理がソウルフードとして根付いています。いったい何だか、わかりますか?

それは……ジンギスカン!

羊肉といったら、北海道を想像しがちですよね。しかし、信州新町も負けていません。「ジンギスカン街道」と呼ばれる通りがあり、国道沿いに何軒もお店が立ち並んでいるのです。家族や仕事仲間とよく訪れ、ワイワイガヤガヤと食べているんです。

さらに、信州新町生まれの「幻の羊」を使った料理を提供しているお店もあるらしい……

そんな噂を聞きつけて、一昨年にオープンした「86NOTTE」(バルノッテ)を訪れてみました。

ソース不要、美味しい幻の「サフォーク肉」

長野で育った幻の羊を提供してくれる、86NOTTE 店主の古澤稔弥さん
古澤さん
こちら、長野市信州新町で育った幻の羊「サフォーク」です。
村澤
おお、すごい…… 食べ慣れたタレに付け込まれたジンギスカンとは違って、分厚い赤身と脂身が食欲をそそりますね……
村澤
では、早速ひと口……
村澤
ん? これは……(モグモグ)
村澤
めちゃくちゃ美味しいですね〜〜!

脂が口のなかでゆっくりと広がり、羊肉らしい味わいにふわっと包まれていますね。いつまでも噛み締めていたいです。
古澤さん
美味しいでしょう? 肉に十分な旨味があるので、ソースは使わないんです。味付けは塩、コショウとオリジナルスパイスだけです。
村澤
あまりの大きさと厚みに食べ切れるか不安でしたが、ペロッと食べられますね。
古澤さん
少し黄色みがかった脂は、ナッツのような味わいがするんです。美味しいだけじゃなく、羊の脂は融点が高いので、体に吸収されにくいと言われているんですよ。
村澤
最高の看板メニューなんですね。
古澤さん
それが、このサフォーク肉は人気があるのに加え、出荷量が少ないのでなかなか手に入らないんですよ。うちではメニューには載せず、入荷した時だけ常連さんに連絡して提供しているんです。
村澤
そうか、それがサフォーク肉が「幻の肉」と呼ばれる由縁なんですね。

「幻の肉」は今年で生産中止!?

古澤さん
そうなんです。そして実は、幻どころか、この羊肉が食べられなくなるかも知れないんです。
村澤
え!? こんなに美味しくて人気もあるのにどうして?
古澤さん
サフォーク肉は、長野市信州新町で「峯村さん」という方が飼育されているのですが、来年出荷予定の子羊が生まれなかったそうなんです。よければ連絡先を伝えますから、直接話を聞いてみてもらえませんか?
村澤
はい、早速向かいます!

古澤さんに教えてもらった情報をもとに、国道を外れ山道を上がっていくと、峯村さんが働く「信州新町めん羊繁殖センター」に到着。建物のなかには、幻の羊「サフォーク」がずらり。「メェ、メェ」という鳴き声が響き渡っています。

峯村さん
どうも、こんにちは。
長野市信州新町で羊を育てている峯村 元造(みねむら もとなり)さん
村澤
あ、峯村さんですか? さきほど、86NOTTEで峯村さんの手掛ける羊肉を食べてきたのですが……
峯村さん
ああ、古澤さんから話は伺ってますよ。どうぞ、なんでも聞いてください。

幻の羊は町おこしから生まれた?

村澤
初めて来ましたが、畜舎らしいニオイもせず、とても清潔な場所ですね。しかも、羊たちもみんなかわいらしくて。
峯村さん
ありがとうございます。でも、ここにいるのは大人の羊なんですよ。ほとんどが、繁殖用のメスのサフォーク種なんです。
村澤
この大きさで、もう親になる羊なんですか!ちなみに、さきほどから気になっているのですが、「サフォーク種」というのはどういう羊なんですか?
峯村さん
イギリス原産の種で、羊毛を取るためではなく、食用の羊なんです。
村澤
以前から信州新町で飼育していたのですか?
峯村さん
サフォーク種ではありませんが、信州新町では戦前から羊毛を取るために羊を飼育していたんです。昭和20年代後半には約4千頭が飼育されていて、当時からジンギスカン料理が有名でした。
村澤
なるほど、もともと羊を育てる文化はあったけれど、途中からサフォーク種に切り替えたということですか。
峯村さん
はい、化学繊維が普及し、さらに安い羊毛が輸入されるようになり、羊の飼育頭数が激減してしまったんです。そこで、1982年に町おこしの一環として食用のサフォーク種が導入されたんです
村澤
ここでは、いつからサフォーク種を飼育しているのですか?
峯村さん
信州新町にサフォーク種が導入された頃に父が飼育を始めたので、もう40年ほどになりますね。私はもともと町の役場で働いていたのですが、40歳の時に辞めて羊の飼育を手伝い始めました。
村澤
公務員を辞めて羊農家に! 峯村さん以外にも生産者はいるんですか?
峯村さん
6軒ほどありますね。現在は全体で約200頭を飼育しています。私たち家族の牧場には150頭ほどいますが、ほかはそれぞれ数頭と小規模です。
村澤
峯村さんのところが最大手なのですね。
峯村さん
そうなりますね。信州新町産のサフォークの肉質を均一にするため、子羊の段階で買い取り、私の牧場に集めて肥育してから出荷してきたんです。
村澤
峯村さんが、サフォークブランドの価値を保っているんですね。ちなみに、そうして育てられた羊肉はどこで食べられるんでしょうか?
峯村さん
近場ですと、「さぎり荘」という宿泊施設のレストランで食べることができます。そのほかにも、「86NOTTE」さんなど県内外の飲食店に卸したりしているんです。

美味しい羊肉の秘密は、長野産の○○○

村澤
私もお店で峯村さんの羊肉を頂きましたが、とても美味しかったです。口の中で広がる脂が印象的で。
峯村さん
ありがとうございます。タレで漬け込んだジンギスカンもいいですが、塩味だけでも肉の美味しさを十分に味わえるのがサフォーク種の特徴ですからね。「羊肉の概念が変わった」と話す人や、羊肉だと気づかない人もいます。
村澤
たしかに、慣れ親しんだ羊肉とはまったく違うおいしさでした。育て方にも何か秘密があるんですか?
峯村さん
ひとつには、あまり放牧をしないようにしているんです。草を食べ過ぎると、脂肪が青臭くなってしまうんですよ。
峯村さん
あとは、餌にリンゴを与えているのも特徴ですね。
村澤
リンゴ! 長野らしい特徴ですね。
峯村さん
リンゴだけでなく、穀類のほか、地元の豆腐屋からいただくおからや、ビール粕なんかも与えているんです。様々な餌を配合して、より美味しい肉になるようにしています。
村澤
餌やりひとつをとっても、創意工夫を施しているんですね。ちなみに、羊を飼育する1日のスケジュールはどんな内容なんですか?
峯村さん
まずは、毎朝6時にこの繁殖センターに車で来るところから始まりますね。自宅から25分ぐらいの道のりです。
村澤
朝6時に出勤! 
峯村さん
はい、同じ時間でないと羊の体調の変化が分かりませんからね。冬なんかは、まだ真っ暗ですよ。掃除をしながら羊の様子をチェックして、餌を与えて、一度自宅に帰って朝食を取るんです。そしてまたセンターに戻り、羊の毛を飼ったり、また餌を与えたりと、そんなスケジュールですね。
村澤
この仕事への愛がないと、とてもじゃないですが毎日こなせるスケジュールではありませんね。
村澤
ちなみに、信州新町は羊を育てるのに向いているんですか?
峯村さん
はい、適した土地なんですよ。このあたりは標高が720メートルほどあるんですが、風通しもよく、羊を育てやすい土地柄なんです。

羊ビジネスのリアル

村澤
羊を育てるのに立地がよく、味も美味しく、長年愛情を持って育ててきたのに、なぜ来年出荷する羊がいないんですか?
峯村さん
昨年は新型コロナウィルスの影響で、飲食店などへの出荷が減ってしまったんです。この状況もすぐには変わらないでしょうし、翌年のための種付けは中止してしまったんです。
村澤
そうか、羊飼育も新型コロナウィルスの影響を受けてしまうんですね……
峯村さん
いつもであれば、秋に種付けをし、翌年の1〜2月に子羊が生まれます。その後、1年と数ヶ月ほど経ってから出荷する流れです。ただ、去年は種付けしなかったので、今は子羊がいない状況なんです。
村澤
育てる羊がいないから、来年の出荷は難しいということですね。
峯村さん
そうなんです。また、新型コロナウィルスの影響以外にも、世話の大変さが大きくて。動物相手の仕事ですから、1年365日、基本的に休みがないんです。
村澤
私も畜産農家は旅行に行けないと聞いたことがあります。ありがたくお肉を頂かないといけませんね…… ちなみに、羊肉っておいくらぐらいで売れるんでしょう?
峯村さん
1頭で約13万円ですね。生後1年半、体重が80キロほどになったところで出荷します。生後12ヶ月未満で出荷された羊肉を「ラム」、2歳以上のものを「マトン」と呼びますが、うちの場合はその間の「ホゲット」という肉ですね。出荷量は、年に約200頭です。
村澤
ざっと計算すると、1年の売り上げは約2600万円ぐらいですね。
峯村さん
それくらいですね。ただ、1頭が13万円で売れても、その半額くらいの餌代がかかっています。子羊を仕入れた場合、1頭5万円ほどかかりますし、儲かるビジネスとは言いづらいんです。
村澤
たしかに、厳しい数字ですね……。
峯村さん
両親と私、家族3人で働いても、私一人分の給料になるぐらいです。今後は、子羊から出荷まで育てる「肥育(ひいく)」はこれからも続けるつもりですが、会社員をしている自分の子供に肥育農家を継がせるかどうかは悩みます……。
村澤
正直、存続はかなり厳しい状況ということですか。
峯村さん
まさに、「信州新町産のサフォークは終わるかもしれない」という岐路に立っています。生産者の減少や高齢化も進んでいるため、これまでと同じように続けるのは難しいかも知れません。
村澤
信州新町の長い羊の歴史が終わってしまうかも知れない……
峯村さん
ただ、ありがたいことに私の仕事を引き継いでくれる人が見つかったんです。
村澤
え、本当ですか!
峯村さん
うちの肉を卸している、先ほども紹介した「さぎり荘」の運営会社が作業を引き継いでくれることになり、その準備を進めているんです。来年は子羊が生まれるように、今年の秋からは一緒に種付けをしたいと思っています。
村澤
よかった、信州新町の羊の歴史は続いていくんですね。

信州新町産のセーターも誕生!

峯村さん
また、サフォーク種は本来食用の羊なんですが、昨年、愛知県の会社と協力して刈り取った毛でセーターやベストをつくってみたんです。
クラウドファンディングで130万円もの支援を受けた信州のセーター(https://camp-fire.jp/projects/view/320731
村澤
信州新町産の羊毛100%セーターですか! 着てみたいです。
峯村さん
300頭の毛を刈ると、1トンほどになります。普段は畑の肥料にしていますが、うまく活用できないかと思いセーターを開発したんです。クラウドファンディングを行ったら、130万円以上も支援していただいて、セーターは80着をつくることができました。今後も製作・販売していく予定です。
村澤
生産者の顔や、どこで育った羊の毛か分かると愛着が湧きますね。食用だけじゃない、サフォーク種のこれからの展開が楽しみです!
村澤
最後に教えてください。峯村さんが365日休みなく働き、羊を育て続けているのはなぜですか? 正直、儲けだって多くないと思うのですが……
峯村さん
「信州新町といえば羊だ、サフォークだ」と地域のみんなが言うんです。実際、サフォークの肉を目当てに県外から訪れる人も多いですからね。地元愛、というと気恥ずかしいですが、やっぱり羊文化を残していきたくて。そんな思いで、毎日羊と向き合っています。
村澤
峯村さんは、本当にこの仕事を大切に思っているんですね。セーターといった新商品の開発や、美味しいサフォーク肉の魅力が広まって、羊農家がもっと稼げるようになったり、関心を持つ人が増えたりする未来にしたいですね。信州の幻の羊肉、これからも大事に味わっていきたいと思います!

おわりに

国内で流通する羊肉の99%以上はオーストラリア産などの輸入品。国産の羊肉は、それだけで貴重なものなのです。

信州新町の町おこしとして始まった国産の羊飼育を、親子2代に渡って続けてきた峯村さん。地元の畑で取れたリンゴを餌にした飼育や、全国から注文があったセーターづくりなど、峯村さんの丁寧な仕事ぶりを体感する取材でした。

「サフォークは信州新町の伝統。サフォークに関わる人を増やしたい」。優しい眼差しの峯村さんが力強く語った言葉が一番印象に残りました。