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「商圏は小さくてもいい。」95年塩尻で愛され続けた老舗「桑の湯」を、廃業しない銭湯にする道のりとは?

「商圏は小さくてもいい。」95年塩尻で愛され続けた老舗「桑の湯」を、廃業しない銭湯にする道のりとは?

こんにちは。ライターのふろめぐみです。

ご挨拶も早々に、早速写真をご覧いただけますか?

う……美しい。粋な暖簾の佇まい、見ましたか?深い藍色に筆の勢い、線の柔らかさを感じる白の文字。しかも、扉を開けると、

ううっ、動悸が……。渋さ一本の入口だったのに、ここはピンクなんかい。しかもここにも桑の湯って書いてるんかい。どうして文字の配置を離したの?ありがとうございます。全てのセンスにありがとうございます。もう風呂入らなくても、玄関だけで笑顔で帰れる。

中の写真も心してご覧ください。どうぞー!

もう記事はここまでにしてあとは「行ってくださいね」だけでもいいのでは?、と言いたいところですが、実はこちらの塩尻市にある「桑の湯」さん、2024年6月30日に廃業した地域に愛された銭湯だったんです。

全国的に見ても「設備の老朽化・経営者の高齢化・燃料の高騰・利用者の減少」など理由は様々ですが、銭湯の廃業は相次いでいます。

しかし、「桑の湯」では地域の人々からの愛情は深く、存続を願う声などを受けて公募を出すことに。

数多く応募があったなかで継業することが決まったのが、全国の廃業した銭湯の後を継いで運営するニコニコ温泉株式会社でした。そして、店長を任されたのが相良政之さん。なんと26歳!桑の湯だけでなく、ニコニコ温泉が継業している4店舗の統括マネージャーでもあります。

実は私も「ふろめぐみ」という名の通り、過去に銭湯7軒で働いていた生粋の風呂好き。そして彼とも銭湯繋がりの友人です。

営業再開に向けて、相良くんに「なぜ桑の湯を継業をすることに?」「どんな銭湯になるの?」「ぶっちゃけ経営は成り立つの?」とお話しを伺ってきました。

全員の気持ちが重なって実現した継業

ふろめぐ
久しぶりだね!今日はよろしくお願いします。早速だけど、今回桑の湯を継業することになった経緯から聞いてもいいですか?
相良くん
よろしくお願いします!そうだね、ニコニコ温泉はこれまで4店舗を継業してるんだけど、都市部でしかやったことがなくて。地方銭湯のあり方を会社としても模索したいときだった。今のままでは地方の可能性ある銭湯がどんどん無くなって、会社の未来も無くなっていくと思っていて。
ふろめぐ
なんと。そう思ってるんだ。
相良くん
だからここが決まる前々からずっと、地方の色んな銭湯を見に渡り歩いてた。それで数年前に偶然塩尻に来て、桑の湯で入浴したんだよね。
その時、「なんだこのかっこよすぎる銭湯は」って衝撃を受けて。とにかく掃除が行き届いていて。古いものやこの場所のよさをちゃんとお店の方が理解して、丁寧に磨かれてるような、思いが宿ってるお店に感じた。だからずっと記憶には残っていて。
ふろめぐ
私も同じような経験あるな。大切にされている場所って、言葉にせずとも伝わってくるよね。
相良くん
それで廃業するって聞いた時はすぐに伺って、その場でぜひ引き継がせていただきたいっていう話をしちゃった。その時はオーナーの桑沢さんも、誰かに継いでもらうことは考えていなくて、ただ廃業しようとしていたの。
ふろめぐ
そうだったんだ。
相良くん
だけど、後々桑沢さんも身近な方から「ここは塩尻唯一の銭湯だから町を挙げて後継者を募集した方がいい」って後押しされて、公募を出したんだよね。それで候補のなかから弊社を選んでもらったっていう流れかな。
ふろめぐ
すごい。桑の湯さんや会社の意向と、相良くんの気持ちがぴったり重なって継業に臨めたんだね。
相良くん
そうだね。会社的にも地方ならどこでもいいわけでは無くて、継業する大事な条件が「30年やれるか」。桑の湯は客数が少なくても、固定費も小さい。手入れはもちろん丁寧にされているし、致命的な設備不良もない。サウナや水風呂がないけど、広い母屋が隣接していて、ゆくゆくはその場所を使って作れる可能性も十分にある。ワクワクするよね!
ちょっとこの場所を紹介してもいいかな。
ふろめぐ
ぜひ!楽しみ!

継業後の役目は、桑の湯の元ある良さを広く伝えること

相良くん
まずここが釜場だね。
ふろめぐ
見たことない形!
相良くん
この釜は平釜と言って奥に長いタイプ。ここで、薪を使ってお湯を沸かします。
ふろめぐ
燃料が100%薪なんだ。この薪は切って運んで、毎回くべなきゃだもんね。
相良くん
冬は30分に一回は薪入れしないと温度が下がっちゃう見込みで。これが大変。でもね……
相良くん
ここが薪置き場。釜に入るサイズにカットした薪がここに置いてあります。このカットする作業が一番大変なの。
ふろめぐ
うわ~!!すごい量!そして薪の断面が美しい!
相良くん
ね。僕も色んな釜場をみてきたけれど、こんなにきっちりサイズを揃えて、きれいに積まれた薪置き場は見たことない。ここにも桑沢さんの人柄が出てるのよ。
あとロッカーの鍵もね、全部あるの。これってすごいことなんだよね!
ふろめぐ
お客さんが鍵を間違えて持って帰るから?
相楽くん
そうそう。どこの銭湯でも使えないロッカーがあるんだけど、ここは無くなったら毎回桑沢さんの持ち出しで揃えてる。予備のマスターキーまで全部ある。どこをいつ見ても、6月末に廃業したとは思えないんだよね。
ふろめぐ
はぁ~。廃業ってつまり、限界ってことだもんね。ただでさえ毎日朝から薪を切って沸かして、お店を開けて接客して、営業が終わったら掃除してっていうルーティンを続けるだけでも大変なのに。
私は銭湯で働いていたとき「つ、疲れた~~~!」って手を抜くこともあったもん。それを長年続けて、しかも限界の最後の最後までやり抜くって……本当にすごいね。
相良くん
なんかね、初めて来たときもビビっと感じたけど、ここにいればいるほど、「この場所を大切にしなきゃ」って自然と思わされるんだよね。
ふろめぐ
素晴らしい。変えていく部分もあるんでしょう?
相良くん
もちろん。末長く営業していくためにね。まず、営業時間はこれまで15時~21時だったんだけど、これからは朝5時~深夜25時までの20時間営業します。
ふろめぐ
やりすぎ……!!!
相良くん
シャンプー&リンス、ボディソープ、化粧水も備え付け。ドライヤーも無料で手ぶらで来店が可能だよ。
ふろめぐ
銭湯だと備え付けのシャンプー類を置いてないところや、ドライヤーが有料のところも多いもんね。
相良くん
入口に入っていきなり脱衣場だった番台式もやめて、フロント式に。そのために男女の脱衣場を両端にそれぞれ少し狭めて、ロビーの空間を確保しました。ここが今絶賛改装中なんだけど、この並んだ本棚には漫画が5000冊並ぶよ!
ふろめぐ
この銭湯の規模感で!? スーパー銭湯みたいな充実さ……。
相良くん
けどね、これまでの店舗だとロビーにすべり台を作ったり、クラフトビールを置いたり、もっとサービスを付加してインパクトを持たせて、来店動機を作っていくスタイルだったんだよね。それが、ここにいると「それじゃない」って思って。ここのよさを120%残すために、いかに余分なサービスや改装を削っていくのかをずっと考えてる。あとは、営業時間を拡大して間口を広げるとか、来店のハードルを下げてよさを広く伝えていくことが、継業後の自分の役目なんだと思うんだよね。
ふろめぐ
おもしろい!銭湯継業の再編集みたいな話だ。

まだ応援しかされていない

ふろめぐ
それでも、95年この形であり続けた桑の湯だからこそ、「変わらないでほしい」とか、寄せられる期待は重そう……。
相良くん
期待はしてもらっているよね。やっぱりここは元々すごく近隣の方や銭湯ファンから愛されていた場所だし。
だけどプレッシャーというよりも、ただただ嬉しく思ってる。お昼は近隣の飲食店さんにお邪魔することが多いんだけど、どこ行っても挨拶するとときに「桑……」まで言ったら「桑の湯さん!?」って(笑)「本当にあそこは再開してほしい」ってみんなに言われるから、期待値すごい高いなって。
ふろめぐ
愛されてるなぁ。
相良くん
期待を受けて、より頑張らなきゃなって思う。でも自信もある。やりながらこれはいいリニューアルになるなっていう感触がある。
取材中も、営業再開を心待ちにした人が車で様子を見に来ました。
ふろめぐ
その感触の根拠ってあるの?
相良くん
あのね、今ある課題の見通しが全部立った。
ふろめぐ
おお!なんと!SNSで、シャワーを沢山出してるとすぐお湯が出なくなっちゃうって発信してるのも見ました。
相良くん
そうなの。特に大きな課題だったのが、駐車場。目標とする客数に到達するには、店裏の5台分じゃ全然足りなくて。色んなところに問い合わせをして言い続けてたら、近隣の歯医者さんの駐車場と、市営立体駐車場も使わせていただけることになって……512台分を使えることになりました!(笑)
ふろめぐ
銭湯で駐車場500台越え!!!5台から100倍になってるのすごすぎない?とんでもない規模だ。周囲の人たちは桑の湯自体への愛着もそうだし、相良くんのことも応援したいんだろうね。
相良くん
本当に周りの方々の支え無しでは成り立たなかったから、有難い限りです。

ロマンとそろばんの匙加減

ふろめぐ
ここまでめちゃくちゃいい話をお聞きしておいてなんなんですが、言わせてください。ぶっちゃけ、儲かりそうですか!? 
相良くん
ぶっちゃけ!!いや、大事な話だよね。

今までは、継業の売り上げ予測を立てるときって「近隣の商圏でどれだけ人口がいるか」っていう計算だったの。そこから何パーセントのシェアを取れるかっていう立て方なんだけど、それだと……ぶっちゃけ無理。桑の湯は人を雇うしね。
ふろめぐ
入浴料が1人500円の世界で売り上げを立てることのむずかしさよ……。
相良くん
ただ、奈良に御所宝湯っていう銭湯があるんだけど、そこの商圏と全く一緒なんだよね。宝湯さんはシェア率が異常。常連さん・リピーターの数が尋常じゃないんだよ。そんなお店を見て、実際にお話しも聞いて。固定費を抑えた上で同じことができれば、桑の湯もやれると思った。それから何通りもシュミレーションして、なんとか売り上げが立つ見込み。
ふろめぐ
すごい。先駆者がいたんだね。
相良くん
でも、もうめっちゃ頑張った先の売り上げ見込みだね。正直最初の半年は赤字が出る見立てで、安定して利益が出るまで1年はかかると思う。その代わり他に4店舗あるから、最初はそこに支えてもらいながら。けどその後、桑の湯は他の店舗の足を引っ張る訳じゃなくて、固定費が小さい分、損益分岐点を超えちゃえば母屋で宿泊業やサウナも新しく始めることが出来る。
銭湯に隣接する母屋部分
相良くん
地方で上手くいったモデルの一つとしては、もうこれ以上ないくらいの結果が出るんじゃないかと思ってるんだよね。……なんでちゃんと売り上げは立たせます!(笑)
ふろめぐ
立つ!長い時間軸で育てていくんだね。
相良くん
そうだね。今来てくれる子どもたちが、30年後また自分の子どもを連れて来れるように営業していたいよね。

桑の湯をバトンタッチできた安堵

相良くんとここまで「95年続いた老舗をどう引き継いでいくか」という話をしてきました。しかし、ここまで続いてきた銭湯を他人に渡すことも、簡単じゃないはずです。前・桑の湯経営者の桑沢さんに、お話しをお聞きしました。

ふろめぐ
桑の湯を廃業された理由からお聞きしてもいいですか?
桑沢さん
建物やボイラーなど設備の老朽化もそうなんですが、結局はマンパワーですね。
廃業を決断するまで母と2年くらい悩んで、2023年の夏頃にようやく決心しました。それからお客さんに迷惑かからないように、季節がいい時にやめたいということで2024年の6月末で辞めることにしました。
ふろめぐ
決心されてから1年近く猶予があったんですね。
桑沢さん
はい。3か月前くらいにはお客さまに廃業を伝えました。だからね、回数券の払い戻しが1人だけだったんです。事前に「回数券は払い戻しできるけど、なるべく営業中に使い切ってくださいね」とお伝えして。それでほとんどのお客さまが使い切ってくれました。
相良くん
これもすごいことだからね。普通はもっと払い戻しが出るはずなのに……。
ふろめぐ
それくらいお客さまのことも考えていて、お店も大切に守ってきて、大事な銭湯を他の人に渡すことに抵抗はなかったんですか……?
桑沢さん
むしろ受け継いでもらって、バトンタッチできたという安心が一番です。本当にいい方にお願いできたなって。僕がひぃひぃぜぇぜぇ言って倒れかけているところをバトンタッチしたら、相良くんがターボを効かせてバーンって切り開いてくれて。
相良くん
ハンドリングを間違えてないか心配ですけどね(笑)
桑沢さん
最初はね、相良くんから「ロビーに本棚を置きます」と言われたとき、ポカーンだったんです。やっぱり色んなお風呂をみて、これまでの経験を積まれているからこそ出る発想だなって思います。
それが今、工事が進んでこうやって形になりつつあるから。毎日変わっていくのがすごく楽しみで。ほんと柱の陰で「なにがあるんだろう」ってずっとのぞき見してる感覚です!

自分がやっていたときは、もう日々のことで精一杯で考え方が一方通行でした。
桑沢さん
それにね、どこかを変える度に相良くんが報告してくれるんですよ。
相良くん
男湯の電気変えただけで「ちょっと見てくださいよ!」って声かけちゃう(笑)
桑沢さん
見るたびに「これは自分の発想になかったな」と思って。
ふろめぐ
相良くんも、桑沢さんと、桑の湯がこれまで築いてきたものをちゃんと受けていきたいっていうのが。
相良くん
自然とね。
ふろめぐ
なっ……なんなんだ!この2人!互いを思いあう親子かのような。素敵な関係性ですね。
桑沢さん
銭湯の建物だけじゃなくて、地域のことやお客さんのことなど、この町でのあり方を一括で受け継ごうとしてくれているのが伝わってきて、嬉しいんです。
ふろめぐ
桑沢さんは、これからの桑の湯に期待することはありますか?
桑沢さん
お風呂に入って、苦虫の潰した顔をして出てくる人はいないじゃないですか。さらにもっとニコニコしながら頭に湯気を出してるお客さまを、僕よりもいっぱい作ってもらいたいですね。
お風呂に入った後にロビーで漫画を読んだり、ここで男女構わずコミュニケーションができるっていう、それを聞いただけで僕はとても楽しみです。

当たり前に桑の湯があり続ける未来を目指して

ふろめぐ
これから、桑の湯は地域のどんな存在になっていきたい?
相良くん
そうだね~。これまでは「地域の顔になりたいです」とか言っちゃってた。だけど桑の湯は「いつも通りあるじゃんね」っていう感じがいいな。当たり前にあるように、町を作る一つとして溶け込めたらいいなという気持ちです。
ふろめぐ
桑の湯で過ごしていくなかで、自分自身の考えにも変化があったんだね。これからも応援しています。今日はありがとう!

おわりに

この古くから続く素晴らしいものを、さらに次の世代にも繋げていく。そのためには「古いものは全部ダメ」でも「昔のままが一番」でもない。本質的な価値を守りながら、今の時代に合わせて新しい要素を取り入れていく。そんな相良くんの姿勢が見えてきました。

移り変わりが早い昨今ですが、桑の湯の挑戦は、同じように後継者不足に悩む老舗企業や、廃れていく伝統産業へのヒントになるのではないでしょうか。

あ~~~!お風呂であったまりたい~~~~!

桑の湯の公式X:https://x.com/402ri_kuwanoyu

公式instagram:https://www.instagram.com/shiojiri_kuwanoyu/

撮影:河谷俊輔