
2026.01.28
そばの県でなぜラーメンが育ったの?ラーメン不毛の地を変えたカリスマの存在
こんにちは、ライターのかせです。
僕は旅をする時、常に考えているのは“その土地で何を食べるか?”
地元・長崎に帰れば、中華街で三品頼んでから寿司屋、おでん屋へハシゴして、最後にちゃんぽんで締めるのが定番です。海外では屋台と市場を渡り歩いて、気づけば帰りの交通費がギリギリになったことも。
とにかく、食べることが大好きな人間。そんな僕は2025年春に長野へ越してきたのですが、そこで意外なことに気が付きます。
長野って意外とラーメン屋が多い……?
信州といえば「そばの県」そう思いますよね? ですが今、その信州でもうひとつの麺文化が根付いています。それがラーメンです。醤油、味噌、塩、豚骨──味の幅は実に多彩で、どの店にも、店主が自分の感性と“ずく(手間を惜しまない気質)”を込めた、個性あふれる一杯があります。

その礎を築いたのが、鶏白湯ブームの先駆者であり立役者でもある塚田兼司さん。人は彼を「信州ラーメン界のカリスマ」と呼びます。
なぜそばの文化圏で信州ラーメンが育ったのか?
そこには、信州人が昔から大切にしてきた“ずく(手間を惜しまない気質)”と、ラーメンを通じて日本と世界を繋ぐ塚田さんの挑戦がありました。

- 話を聞いた人
- 塚田兼司さん
長野県長野市出身。高校時代にラーメン店でアルバイトを開始。店主を慕い、卒業後、就職する。その店の店主に背中を押され、一国一城の主になる。過去には日本ラーメン協会理事、代表理事、副理事長を務め、現在、信州麺友会の顧問も務める。主な業態は「気むずかし家」、「魚雷」、「烈士洵名」、「武士」、「笑楽亭」など。
その昔、信州の人は醤油ラーメンしか知らなかった!?
今日来たのは、飯綱町にある「CAFE is K.T」。2024年にオープンしたこちらは、長野県内に「笑楽亭」「気むずかし家」などのお店を持ちながら、「信州ラーメンを全国区にしたい!」と全国各地でお店を展開してきた塚田さんが地元に戻り、手がけた新店舗です。

お店に来て、「どんなラーメンが出てくるんだろう」とワクワクしながら待っていると、運ばれてきたラーメンを見てびっくり。大きな栗とたっぷりのペースト……。
モンブラン????

と思いきや、モンブランをイメージしたラーメン「ミソンブラン」(10月限定商品)。見た目に驚きましたが、レンゲを入れると、さっぱりとした味噌の香りが広がります。
ひと口食べると、ホクホクした栗としっとり染みた鶏肉が、味噌ベースのスープに驚くほどよく合う。ペーストは生クリームに七味とラー油を混ぜたもので、まろやかさと辛味が、スープに深みを与えてくれます。箸が止まりません。

- かせ
- 見た瞬間は驚いたんですが、モンブラン風味のラーメンは予想以上においしくてびっくりしました。
- 塚田さん
- 味噌と栗って意外に相性がいいんですよ。味噌の塩味が、栗の甘さを引き立てて、味が丸くまとまる。もちろん栗は小布施産です。
- かせ
- 僕は長野に移住して半年ですが、今食べた一杯も含め、信州のラーメンは縛りがないというか、幅が広いですよね。博多の豚骨や札幌の味噌ベースのような決まった軸がなくて、多様な味がある。どちらかというと、ラーメン文化は新潟の方が有名なイメージでした。
- 塚田さん
- 新潟は五大ラーメン(※)があるように、土地・歴史・味がDNAレベルでラーメン文化が積み重なっている。先人が作った文化が、そのまま町の味として根付いている土地なんですよ。
※五大ラーメン:新潟あっさり醤油、燕背脂、長岡生姜醤油、新潟濃厚味噌、三条カレーラーメンの5種類のことを指す
- かせ
- 土地ごとの味がはっきり残っている新潟に対して、信州は?
- 塚田さん
- 今は豚骨や味噌、鶏白湯もあるけど、僕が子どもの頃は醤油ラーメンしかなかったんです。
- かせ
- 醤油ラーメンだけ!? 想像できません。
- 塚田さん
- 当時の信州の人は町中華のラーメンかチェーン店の味噌ラーメンくらいしか知らなかったんです。塩ラーメンも町中華のタンメン、五目ラーメンくらいで。なので「ラーメン不毛の地」とまで言われていました。
- かせ
- おやきやすいとんのような小麦文化はあるのに、ラーメンは発展どころか、その情報が届いていなかったんですね。あと、信州は外食文化が薄い印象があります。
- 塚田さん
- そうですね。そんな中、僕は15歳からラーメン屋で働き始めて、19歳の時に店主から「お前、独立したらおもしろそうだからラーメン屋をやれ」と言われて。でもお店をやるにしても、他所のラーメンを知らないなと思って、リュックサックひとつを背負って旅に出ました。

- かせ
- ラーメンを学ぶために旅へ?
- 塚田さん
- はい。そして、福岡で豚骨ラーメンを食べた時に衝撃を受けたんです。細いのにハリがあって、歯切れがよくて、小麦の香りもする。こんなラーメン食べたことがないなって。
それから全国のラーメン屋を食べ歩き、時にタダ働きをさせていただきながら作り方を教わっていくと、自分がラーメン屋をやる理由も少しずつ見えてきたんです。「地元の信州の人たちに、もっといろんなラーメンを食べてもらいたい」と。
- かせ
- 外の世界を見たからこそ、信州に新しいラーメンの可能性を伝えたかったんですね。
- 塚田さん
- そう。それで「そばが日本一」と言われていた信州で、ラーメンを日本一にするぞっていう、ある意味あべこべな活動を始めたわけです(笑)。
ちなみに、飲食店って人気が出てくると2号店を作って拡大するところも多いけど、僕は儲けたり、そのラーメンを広めることには興味がなくて。なので店ごとに名前も味も変えて、信州の人がいろんなラーメンの種類を知ることができるような展開の仕方をしました。
例えば「気むずかし家」「麺将武士」「魚雷」「烈士洵名」など、どれも同じ人がやっていると思わないでしょう?
- かせ
- たしかに。でも、店名も味もそれぞれ違うのに、なぜか全部に“塚田節”が感じられます(笑)
鶏白湯ラーメンブーム誕生の物語
- かせ
- 塚田さんのお店「気むずかし家」は鶏白湯がベースのラーメンですが、これまで醤油ラーメンしか知らなかった信州人に、鶏白湯は受け入れられたんですか?
- 塚田さん
- いや実は、日本で鶏白湯のパイオニア店と呼ばれているのが「気むずかし家」なんです。
- かせ
- え!?
- 塚田さん
- そう、実は気むずかし家は鶏白湯ラーメンブームの先駆け店だったんです。お店を始めた2002年には鶏白湯と言う呼び名やジャンルがありませんでした。福岡で豚骨ラーメンを作りながら、「なんで豚骨はあるのに、鶏骨(とりこつ)ラーメンの文化がないんだろう?」と不思議に思い作ってみたんです。
そこで最初は豚骨ラーメンのような、小麦の香りがする低加水の麺を使おうと考えたんですが、もっと適した小麦があるんじゃないかと調べたら、中国黒龍江省の「黒小麦」に辿り着いて。
鶏白湯を始めた時のコンセプトは「鶏白湯vs小麦」。小麦感が口の中にあって、同時にまったりする濃厚な鶏の旨み。それが口の中でマリアージュする料理にしたかったんです。
- かせ
- 信州の人が食べたことないものを目指して作ったんですね。

- 塚田さん
- はい。でも白いスープに黒い麺だったので、はじめは「こんなのラーメンじゃない、そばだ」って大バッシングでしたね。当時はインターネットが普及しはじめた頃で、2ちゃんねるでも叩かれました。その後、雑誌『dancyu』やラーメン評論家の石上秀幸さんが肯定してくれて、鶏白湯のジャンルができました。
県外から来る人たちも「おいしい」と言ってくれて、これが鶏白湯ラーメンが全国区になった始まりです。
- かせ
- 信州だけでなく、日本のラーメン界に新しい時代を作ったんだ!
- 塚田さん
- その後、鶏白湯は全国でブームになって、今でも新規で開業するラーメン屋の3割くらいは鶏白湯ですね。これまで信州の人たちに向けて作ってきたラーメンだけど、その時に信州だけじゃなく、「全国の人に食べたことのないいろんなラーメンを食べてほしいんだ」って気づきました。なので、鶏白湯はひとつの転換期でしたね。
信州の人はそばより、ラーメン?
- かせ
- 塚田さんから見て、信州の人にとってそばとラーメンはどっちが浸透していると思いますか?
- 塚田さん
- それを確かめるべく、2008年に長野市で「信州麺バトル」というイベントを開催したことがあります。信州のそば屋とラーメン屋がそれぞれ4店舗ずつ出店して、どっちが人気か競い合ったんです。ちなみに、その時のラーメンチームのリーダーは僕じゃないです。
- かせ
- 塚田さん以上の適任者が?
- 塚田さん
- 日本で初めて「つけ麺」を考案し、ラーメンの神様と呼ばれる「大勝軒」の創業者、山岸一雄さんです。
- かせ
- あの有名な? 東京のイメージがありました。
- 塚田さん
- 実は、山岸さんも信州の人なんですよ。その山岸さんとコラボして、魚介の醤油ラーメンを何度も試作しました。「もうちょっとサバ節入れて」とか「煮干しを増やそうか」とかいいながら。
当時はラーメンが一杯700円くらいで、それに合わせてチケットも700円でした。一方で、海老天そばは1,400円くらい。共通のチケットなので、そばを食べた方が得な気がしますよね。
- かせ
- 値段で考えると、そばの方が明らかに優勢。

- 塚田さん
- そう思いますよね? でも7対3くらいの割合でラーメンの方が売れました。
- かせ
- ええ!? 結構差がありますね。
- 塚田さん
- あんまりイベントの宣伝もしてなかったから、地元の人しか来なくて。来場された方は好んでラーメンを食べていました。
- かせ
- お得感とかイベントだからじゃなくて、みんな“ラーメンを食べたい”気持ちで来ていたんですね。
- 塚田さん
- そうなんです。信州ラーメンのレベルが上がって、ファンがしっかり増えていたってことです。結果的に、そばよりラーメンを選ぶ人が多かった。それが信州にラーメン文化が根づいた証明になったと感じました。
- かせ
- ラーメンとそばの立場が逆転!
そばにケンカを売るのはそばの未来のため
- 塚田さん
- そう言えば最近、そばの日本一は長野県ではなく、福井県になりましたよね。でも、僕は正直あんまり驚かなかったんですよ。なぜなら僕が30歳の頃、信州そばは日本一なのに究極にこだわったお店がそんなになかったんです……。
- かせ
- 確かに。個性的なそばってあんまり見ませんね。
- 塚田さん
- ご当地ラーメンもそうですが、先人が工夫して頑張ったからこそ文化ができて、その数年後にブームがあったから生き残れたはず。だから、信州ラーメンが売れるには、100年先のラーメン店主に繋ぐつもりでやらなきゃいけない。そのために、僕はそば屋をライバルとしているわけです。そばの未来のためにも。

- かせ
- でも、信州でラーメンの勢いが出てくると、そば屋が焦りそうじゃないですか?
- 塚田さん
- 逆に焦ってほしい。あぐらをかいてるそば屋が危機感を覚えて、これを機に日本一の座を奪還して欲しいです。最近は、長野でもいいそば屋さんがちょっとずつ増え始めてるのは確かなので、もっと頑張ってほしい。信州の人は昔から「ずくがある」と言われているほど勤勉で真面目なので、一度火が付くと本気で試行錯誤すると思います。
- かせ
- そばもラーメンも土台にあるのは同じ「ずく」なんですね。手間を惜しまない信州の気質が、ラーメンを育て、今度はそれに刺激されてそばも進化していく。お互いに真剣に高め合う関係が信州らしいと思いました。
インスタントラーメンがあるから、本物が光る
- かせ
- そばなどの和食とは別に、近年ラーメンは世界から注目を集めていますよね。これから世界的にラーメン文化は浸透していくと思いますか?
- 塚田さん
- もちろんです。何度も世界のベストレストランになったことのあるコペンハーゲンの「NOMA」が食文化を体験しに日本へ来たことがあるんですが、その時に1番感動したのがラーメンと答えていたと言う噂がありました。
他にも世界中で、「イノベーティブフュージョン」と呼ばれるジャンルに縛られないコース料理を提供するトップシェフ達もコースの〆にラーメンを出すという時代が始まると思います。

- かせ
- ジャンルに縛られないという点では、塚田さんが鶏白湯を始めたように、新たなラーメンが続々と誕生するかもしれませんね!
- 塚田さん
- 僕はラーメンってどんな食材でも自由に楽しめるのが面白いところだと思っていて。例えば近所で摘んできたヨモギを刻んで練り込んでもラーメンになります。それにこれからラーメンは必ず「地球食」になりますよ。
- かせ
- 地球食?
- 塚田さん
- ラーメンって世界中の人に受け入れられているだけじゃなく、実は“人を救う力”もあるんです。災害時だって、お湯さえ沸かせれば食べられる。川の水を沸かしても、ちゃんとカップラーメンになるでしょう? だから僕は、地球上で一番人を助けられる食べ物はラーメンなんじゃないかと思っています。
- かせ
- たしかに、ラーメンってインスタントから専門店の一杯まで幅が広くて、本当に懐の深い食べ物だなあ。
- 塚田さん
- 仮面ライダーでもショッカーがいないと、主役は光らないじゃない? そんな風にラーメンもインスタントがあるからこそ、お店で食べる一杯が光ってくる。そもそもラーメンには本物や偽物もなくて、みんなが自由に作っていいんです。
それに世界の人たちが何を求めているかは、時代で変わります。今はラーメンや寿司かもしれませんが、そういう人たちが何度も日本へ通った末に、そばやおやきなどの信州や日本の伝統的な郷土料理にも気づいてほしいんです。
- かせ
- 日本を知ってもらうためのフックとしてラーメンをおいしくする。観光客は段階を踏みながら、日本の食文化を知っていくんですね。
- 塚田さん
- そうそう。もしそばを知ってもらうんだったら、やっぱりそれは信州でやらなきゃいけない。そういう意味では、僕はラーメンしか作れないので、そこをしっかりやっていきたいです。そんな橋渡しをラーメンでできれば嬉しいですね。ちなみに、日本のラーメン全体のレベルはここ数年で高くなっていて、特に信州ラーメンはこの20年間で他とは比べものにならないスピードで進化しています。
まずは信州の人たちにラーメンを「おいしい」と喜んでもらって、その後に世界を超えて多くの人を幸せにしていきたい。信州にはもう、その役者が揃っているんです。だから、世界と戦うために、信州を世界から知られる街にして行かないといけないんです。そのためにも僕も頑張ります!

おわりに
信州といえばそばのイメージがありましたが、意外にも信州の人はラーメン好きだったんですね。
もともと長野は「ラーメン不毛の地」とまで呼ばれたにも関わらず、ここまでラーメンが根付いているのは、ジャンルに縛られず、いろんなラーメンを知ってもらいたいと願う塚田さんの活動あってのもの。
世界からも注目されるラーメンを通じて信州を発信し、その奥にある地域の食事を知ってもらう。そんな未来を見据える塚田さんの姿が印象的な取材でした。
醤油にも豚骨にも、そして鶏白湯にも縛られない。そんな個性豊かな信州ラーメンが少しでも気になったら、ぜひ一度長野まで足を運んでみてください。
こんなラーメンがあるんだ! と新たな発見があるかもしれません。
撮影:小林直博
編集:吉野舞(Huuuu)

