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長野の郷土食が地球を救う!? 一流シェフが本気で向き合う、昆虫食のこれから

長野の郷土食が地球を救う!? 一流シェフが本気で向き合う、昆虫食のこれから

栄養価が高く、しかも環境への負荷が少ないことから、迫り来る食糧危機の時代における未来食として世界的に注目される昆虫食。まだまだ馴染みの薄い方も多いと思いますが、

長野県では古くから昆虫食が親しまれてきました。

しかし、普段肉や魚を食べ慣れている人の中には、抵抗を感じる人もいるのではないでしょうか。

実は、信濃毎日新聞と「アマゾンの料理人」とも呼ばれる太田哲雄シェフとの協業で、信州から昆虫食の意義を国内外に発信する「昆虫みらいプロジェクト」をスタートさせました。

「昆虫みらいプロジェクト」の第1弾、イナゴのチョコレート

今回は、昆虫食の未来について聞くために、軽井沢に位置する太田シェフのレストランを訪れました。

“おいしいから食べる” 昆虫食に挑戦する、太田シェフ。世界の一流レストランで研鑽を積んだ彼が、なぜ昆虫食を手がけるのか。

その思いを聞くべく、太田シェフが軽井沢に構えるレストランへと赴きました。

話を聞いた人
太田 哲雄さん
1980年、長野県出身。 19歳でイタリアに渡り、星付きレストランからミラノマダムのプライベートシェフ、最先端のピッツァレストランで修業。その後スペイン「エル・ブジ」、ペルー「アストリッド・イ・ガストン」 などで研鑽を積む。食材の原種に強い興味を持ち、土着の食文化を求めて単身ペルー・アマゾンへ渡り、フェアトレードや環境問題など、料理を通じて社会にどんな貢献ができるのかを軸に、自身が取り組むべき食の課題について積極的に提言する傍ら、カカオビジネスを手がける。

昆虫食は、ゼロではなくマイナスからのスタート

―太田シェフは、なぜ昆虫食に挑戦しようと思ったのですか?

地球の環境が変化し、それによる食糧危機を肌身で実感しているからです。今は、地球温暖化の影響で食材が取れにくくなっています。避暑地であるここ軽井沢でも冷房が必要になっていますし、川魚もかなり少なくなったと感じています。

さらに、今後は世界規模で水不足や人口増加が起こります。それにより、家畜を育てる資源的余裕はなくなり、将来牛肉は食べられなくなるかもしれない。

環境問題や食糧危機が迫り、栄養源としての昆虫の力が見直されています。長野県には古くから昆虫食に親しんできた歴史があり、おいしく食べるための知恵を先人たちから受け継いでいる。

そんな中で、郷土の食文化と昆虫食の意義を発信しようと考えていた信濃毎日新聞から、「昆虫みらいプロジェクト」のお誘いをいただきました。地元の新聞社と組むことで長野の新しい可能性や、まだ見ぬ昆虫食の形を開けるのではないかと思いました。

―太田シェフは、もともとスペインやペルーの有名レストランや、アマゾンの奥地など、世界を股にかけて食を追求してきた経験をお持ちですよね。

19歳で日本を飛び出し、イタリア、スペイン、ペルーの3ヶ国で通算10年以上にわたって料理経験を積みました。イタリアでは街場のレストランからスタートし、セレブマダムのプライベートシェフも務めました。スペインでは「 世界一予約が取れない」と称された「エル・ブジ」の厨房に立ち、最先端のガストロノミーを学んだ。さらにペルーでは、ペルー料理界の巨匠、ガストン・アクリオ氏の元で腕を磨きました。

未知の食材や土着の食文化を求めて、アマゾンをはじめ世界の昆虫食を見てきたので、昆虫をおいしく食べさせるための「引き出し」や「知恵」は持っているつもりです。そこは料理人として自信があります。

でも、昆虫食というテーマはそう簡単ではない。発展途上国と違い、食の選択肢が多い日本では、食糧危機に現実味がありません。「昆虫を食べなくては」と切実に考えている人は、ごく少ないのです。

見た目の抵抗感や拒否感も強いと思うので、ゼロからのスタートというよりマイナスからのスタートという感じ(笑)。まずは「昆虫も意外とおいしいじゃん」「面白いじゃん」と思わせないといけないんです。

一方で、昆虫食の必然性をロジカルに説明する必要もあります。感覚でモノを言うのでなく、私たちの昆虫食商品はなぜこういう提案なのか、なぜこうした味付けなのか、歴史風土もふまえて明確に伝えなければいけません。

まずは昆虫という食材を、肉や魚と同じレベルに見てもらえるように仕立てていきたい。今はまだ、昆虫は超高級食材なんです。たとえばオオスズメバチの幼虫は、信州牛より高い。それでも納得して購入してもらえるような商品づくり、料理づくりをするのが私のやるべきことだと思っています。

「昆虫を食べればいい」では問題は解決しない

―昆虫の姿が見えてしまうと、慣れていない人は口にしづらいですよね。それでも、第1弾商品のイナゴのチョコレートには、イナゴをそのままの姿でトッピングしていたのが印象的でした。

姿が見えない方が抵抗感は減るかもしれませんが、信州の郷土食のイナゴの佃煮は、イナゴを粉末にしていないでしょう? 郷土食を否定したり、恥じたりする必要はないんです。かつて信州には確実に昆虫食文化があったし、立派に郷土食の一角を担っている。信州らしい文化、アイデンティティーとして残していくことは大切です。

残念なことに、郷土食を謳っていても、その素材は信州産ではなかったりします。たとえば、長野では馬刺しが信州名物としてよくお店で出されますが、材料は信州産でないどころか、国内産ですらないことが多い。スーパーに並ぶイナゴの佃煮にしても、こちらも信州名産といいながら、信州のイナゴではなかったりする。皮肉なことですが、現実の話なのです。

信州の素材を活かした昆虫食であるために、今回使ったイナゴは、信濃毎日新聞の社員らと一緒に佐久や御代田の無農薬の田んぼで捕まえたものです。信州産の材料に最大限こだわり、たとえばイナゴの脚ひとつとっても「使い切る」ことが、昆虫へのリスペクトでもあると考えます。

イナゴのあく抜きも、信州らしくそば茶を使用しています。チョコレートのアクセントとしては、近くの山野で摘んできた山椒の実やソバの実もあしらっています。

―とことん「長野の昆虫食」にこだわる。1枚のチョコレートの中に、信州の風景が思い浮かびますね。

 信州の爽やかさを感じてもらえたらうれしいです。

とはいえ、昔と比べてイナゴもずいぶんと減って、捕まえるのが大変でした。大の大人が10人がかりで1日やっても、チョコレート130個分のイナゴしか確保できなかった。外来種による影響もあるかも知れませんが、私は農薬の問題が大きいと感じています。

そして実は、残念ながら長野県にさえ、それほど多くの昆虫はいません。1年かけて長野県民が本気で昆虫を食べれば、簡単に絶滅してしまうくらいの量です。日本国民ががんがん食べることでマグロが絶滅しそうになっているのと同じように、昆虫だって、国民が本気で消費すれば簡単に日本から絶滅します。昆虫ばかりでなく、川魚や山菜も本当に少なくなりました。

だからこそ、ただ昆虫を活かした商品を開発するだけでは不十分なんです。昆虫食を通じてこの危機的状況に気づき、信州、そして日本の自然や環境のことを考え見つめなおすきっかけにもしてほしいです。

日本は食糧自給率が低いのに、フードロスはトップクラス。今すぐ行動しないと、今後食べるものがなくなり、生き残れないと思います。

私は、社会性を帯びながら食の世界に向き合っていきたいと考えています。そんな自分にとって、昆虫食はやりがいのあるチャレンジです。ただし、正直に言えば長い道のりになるでしょう。そこは覚悟しているつもりだし、協業する信濃毎日新聞社にも、同じ心持ちであってほしいと伝えています。

信州の旨味をとことん詰め込んだ、珠玉の昆虫食

― 第1弾のイナゴのチョコレートに加え、すでに4つの商品を開発されていますよね。

はい、蜂の子のフィナンシェ、コオロギのチョコレート、カイコの生糸を活かしたメレンゲクッキー、カイコのサナギを用いたシーズニングを開発しました。もちろん、全て信州産です。

蜂の子のフィナンシェは、殺虫剤を一切使わずに捕ったキイロスズメバチとミツバチを使用しています。発酵バターでソテーして、濃厚で上品な甘さとコクを引き出しました。ミツバチの蜂の子はハチミツをまとっており、そのおいしさも活かしています。

コオロギチョコレートは、コオロギの養殖を手がける岡谷市の CricketFarm で育てられたフタホシコオロギに、上田市の大桂商店の味噌だまりを使ってうま味を加えました。

メレンゲクッキーには、下諏訪町の松澤製糸所の生糸を微粉末化したシルクパウダーを練り込みました。シルクの作用で、時間が経ってもカリカリとクリスプな食感が続くのが特徴です。皮ごとすりおろしたレモンで爽やかな風味を演出しました。

栄養豊富な万能スパイスミックスであるシーズニングには、カイコのサナギを使っています。グリーンカルダモンやクミン、コリアンダー、レッドチリといったスパイスを合わせ、カイコ特有の風味を生かしています。ご飯やサラダ、フライドポテトにそのままかけたり、お酒のつまみにディップソースとして添えるのもおすすめです。いつものカレーに「追いスパイス」すれば、エキゾチックに早変わりしますよ。

―どれもおいしそう!そして、本当に信州らしさが詰まった商品たちですね。

私のアイデンティティーは、信州にあるんです。世界へ出てよく聞かれたのは「あなたは何人なのか」ということ。自分は日本人であり、信州人だと答えます。 長野県に生まれ、山で山菜やきのこを採り、川へ潜って魚を捕まえる少年時代を送りました。幼少期から蜂の巣やイナゴを獲るのが大好きでしたし、友達の弁当箱にはイナゴの佃煮がぎっしり入っていた。食と遊びが一緒でした。

信州の水や土に触れ、その土地で収穫したものを食べてきた。そんな自分だからこそ、信州のメッセージを届けられるんです。信州から世界へ向けて、食の未来を変える一歩になればいいと願っています。

ーちなみに、太田シェフのレストランでも昆虫食を味わえるんでしょうか?

はい、先月軽井沢でオープンした私のレストラン「MADRE」では、昆虫を使ったウクライナ風の水ギョーザ「ペリメニ」を提供しています。生地にコオロギとシルクのパウダーを練り込み、スープもコオロギでだしを取っています。

MADREの一角には、昆虫みらいプロジェクトの拠点「COCON MIRAI(ココンミライ)」を設けました。昆虫食の必要性や必然性を学べる展示や、先ほど紹介した昆虫食商品の販売コーナーがあります。見て触れて、体験することで、昆虫に親しみを持ってもらえたらうれしいです。

取材を終えて

長野県は昆虫王国と言っても過言ではありません。
冬は雪に閉ざされる山国の貴重な栄養源として、昆虫食は古くから重用され、おいしく食べるための知恵が受け継がれてきました。


産業面でも、昆虫の力で世界を席巻した時代がありました。カイコを育て、その繭から生糸を作る蚕糸業は、かつての長野県の基幹産業。1859年の横浜開港以来75年間、生糸は日本最大の輸出品目であり、信州の蚕糸業が日本を世界一の輸出生糸生産国に押し上げていました。一頭一頭はとても小さい昆虫・カイコの力が、長野県や日本の近代化の礎となった実績があります。


そして今、迫りくる地球規模の環境問題、食糧危機を打破する切り札として、昆虫の力を最大限引き出そうとする太田シェフの姿に、今はまだ飽食時代の日本で、昆虫食の価値が理解されるのは容易ではないと感じながらも、信州発の昆虫食が地球を救う日が来ることを、予感せずにはいられません。

COCON MIRAI (ココンミライ)
<所在地>
長野県北佐久郡軽井沢町発地 368-68(レイクニュータウン内)
<営業時間>
12:00-16:00
<TEL>
0267-41-0064
<定休日> 
月曜・火曜(ただし祝日にあたる場合は次の最初の平日)