
2026.04.14
お金から「菌」の世界へ。公認会計士がたどり着いたきのこの逆転価値
長野県に移住してそろそろ1年になる、ライターのかせです。 去年の春、長野での新生活を始めて最初に驚いたのは、スーパーの「きのこ売り場」でした。
「……棚、広すぎない?」

他の地域と比べて長野のきのこ棚は圧倒的。その幅は関東のスーパーの4〜5倍。見たこともない原種えのき、いつでも売っている生きくらげ、そして山のように積まれたぶなしめじ。長野県民にとって、きのこは単なる食材ではなく、常に冷蔵庫に入っている存在なんだと感じました。

そんな中、10月に行われた『ナガノきのこ大祭』というイベントに足を運んだときのこと。駐車場が満車になるほどの盛り上がり。そこで不思議な人を見つけました。 頭には巨大なきのこの帽子。胸元には「毎日きのこ50g」と書かれたTシャツ。
「一体、何者なんだ……?」
気になって後日調べると、なんとその方はカットぶなしめじのパイオニア「株式会社ミスズライフ」の代表取締役・木内達也さんでした。公認会計士でシンガポール勤務経験もある木内さん。なぜそんな人がきのこ帽子を被り、きのこ摂取を叫ぶのか?
その裏側にあるきのこの可能性と彼が見据えるきのこの未来について、じっくりとお話を伺ってきました。

- 話を聞いた人
- 木内達也(きうち・たつや)さん
1972年大阪出身。公認会計士。20年以上監査法人で働き、シンガポールでも4年働く。帰国後、ウェアラブル端末のベンチャー企業でCFOを経験した後、自然の身近な生活を求めて長野へ。2022年、CFOとしてミスズライフへ入社し、2025年から代表取締役社長へ。きのこ帽子を被り、きのこの栄養や健康への発信に取り組む。スペシャルきのこマイスター。
業界最悪の年に飛び込んだ公認会計士
- かせ
- 木内さんの経歴を知って驚きました。きのこ業界に入る前は、公認会計士として20年以上監査法人に勤め、シンガポールでも働かれていたそうですね。
- 木内さん
- はい。それまでずっと企業の会計や決算を見てきましたが、違う業種にチャレンジしようと思い、興味のあった食品会社「ミスズライフ」へ入社しました。
- かせ
- お金を扱う世界からきのこの世界へ! お金のプロから大きなキャリアチェンジだったと思いますが、苦労はなかったんですか?
- 木内さん
- もともとキャンプや自然が好きで、そういう環境が身近なところに住んでみたかったんですよね。タイミングとしても中小企業で働いてみたいと思っていたり、トップを支えるNo.2というポジションに憧れがあったりもして、CFO(最高財務責任者)として入社したんです。
- かせ
- 入社当時はお金周りを見ていたんですね。それが今では代表取締役社長に。
- 木内さん
- 入社後、気づいたら社長になっていましたね(笑)僕が入社した2022年はきのこ業界にとって最悪の年だったので、まさかこうなるとは思いもしませんでした。
- かせ
- 業界最悪の年というのは?
- 木内さん
- 原材料費が高騰する一方、生産者同士が競争して作りすぎてしまい、きのこ全体が供給過多になっていたんです。大手企業でさえ上場以来初の赤字を出すような状況でした。
- かせ
- そんな中で他所から来たNo.2。立場として難しいですね。

- 木内さん
- そうなんです。きのこ業界の人たちは20年、30年とその道一本というベテランばかり。そこへ外からいきなりCFOというポジションで入っていくわけなので、あまり印象はよくないだろうなと思っていました。なので、きのこに詳しくなるためにも、手っ取り早く取得できる資格がないかなと調べると、「きのこマイスター」があったんです。
- かせ
- きのこマイスター……?
- 木内さん
- ざっくり言うと、きのこに関する知識を学んだ人に与えられる民間資格のことです。きのこマイスターになるためには、まずはベーシックきのこマイスターを取得して、その上のランクが「きのこマイスター」なんですよ。
- かせ
- あれ? でも木内さんの肩書きは「スペシャルきのこマイスター」では?
- 木内さん
- いい所に気がつきましたね。ベーシックを取得した際、その上にスペシャルがあると聞いて、「スペシャルも取ります!」って社員に宣言してとったんです。

- かせ
- 有言実行すると説得力がある。そこまでやる気を見せられたら他所から来たなんて関係ありませんね。
- 木内さん
- ちなみに、スペシャルきのこマイスターは全国でも19人しかいないんですよ。
- かせ
- そんな難関資格、どうやって取得するんですか? ペーパーテストやフィールドワーク?
- 木内さん
- 受講希望者が5人以上集まらないと開催されないのですが、僕の時は6年ぶりの開催で。そこからも長くて、取得まで丸一年はかかりました。一番の課題は論文執筆とその発表会ですね。
- かせ
- 木内さんはどんな論文を書かれたのでしょう?
- 木内さん
- 僕は「ゲーム理論で分析するきのこのフードシステム」という研究をしました。フードシステムなので、栄養や科学ではなく、経済学ですね。

- かせ
- 研究の角度が会計士っぽいです(笑)どういう内容なんですか?
- 木内さん
- 簡単に言うと、原料の価格が上がっても値段を上げることのできない業界の価格決定メカニズムの分析です。直近5年のきのこ全体の統計で分析し、指導教官に相談したらもっと長期間でデータ取ったら? と言われ……。でも20年前のデータを調べても、「しいたけ、その他菌類」と書かれていて、情報がなかったんです。
- かせ
- その頃はしいたけや一部のきのこしか流通していなかったんですね。
- 木内さん
- そう。だからきのこが家庭に浸透するようになったのって、本当に最近なんですよ。僕が小さい頃はしいたけとえのきくらいしかお店に並んでいなかったので、ちゃんときのこについて理解している人はまだまだ少ないんですよ。
- かせ
- たしかに。きのこって、まだまだ知らないことが多いんだなぁ。
きのこ栽培はテクノロジー

- かせ
- ミスズライフさんといえば「カットぶなしめじ」が有名ですが、品質へのこだわりはありますか?
- 木内さん
- うちのきのこは「おいしさ重視」で、あえて昔ながらの無骨で野生的な味を意識しています。きのこの商品の中には、棚持ちや見た目重視の品種改良も多いですが、うちは野生のきのこの味に近いものを意識しているんです。
- かせ
- 野生的な味を意識って、なんだか栽培が難しそう。
- 木内さん
- 実はきのこ栽培って、農業より工業っぽいんですよ。明日雨だから収穫とかではなく、工場で管理して作る。機械で室温や湿度をコントロールするんです。「菌」という未知の生き物と向き合うサイエンスであり、モノづくりにも近い。
- かせ
- 意外です。野菜の栽培とはまた違うんですね。きのこは慎重にコントロールして育てる。
以前から気になっていたのですが、カットぶなしめじって、鮮度には影響しないんですか? 簡単に使えるのはいいんですけど、傷むのが早いのかな、とか。
- 木内さん
- きのこはカットしても問題がなくて。というのもきのこは基本的に菌糸が集まってできているので、どこに栄養を集中させるとか、そういうのはなくて、常に菌同士で共有しています。大根の葉っぱは、そのままだと葉っぱに栄養が流れますよね? でもきのこはそのままなんです。
- かせ
- だからカットぶなしめじは使い勝手も良くて、冷凍にも向いていて革命だったんですね。
きのこの本当の価値はその食物繊維にアリ?

- かせ
- 木内さんが「毎日きのこ50g」を掲げているのは、きのこについて知っていくうちにその価値や可能性に気づいたからですか?
- 木内さん
- そうですね。きのこの価値や可能性は今の世間の認識よりずっと高いはずだと思ったんです。健康にも環境にもよくて、おいしいものが、単なる「かさ増し食材」として安売りされている現状はやっぱり違うんじゃないかと。
- かせ
- よく考えるときのこは野菜ではなくて、「菌類」ですもんね。
- 木内さん
- その通りです。僕はきのこをスーパーフードだと思っています。食物繊維が豊富で、人間の消化酵素では分解されずに腸まで届くんです。
- かせ
- 腸まで届くとどんな効果があるのでしょう?
- 木内さん
- きのこの食物繊維は腸内の善玉菌のエサになり、免疫細胞を活性化させてくれます。研究機関のデータによると、きのこの食物繊維を4週間摂取し続けると、粘膜免疫の主役である「IgA抗体」の値が有意に上昇するという研究データがあります。つまり、免疫力がアップするんですよ。

- 木内さん
- そんな結果が出てるのに、研究者が「体にいいですよ」と言うだけでは消費者までは届かない。だから売る側として、生産者の立場として発信しているんです。
- かせ
- 健康にいいとわかってきのこを食べると、ちゃんと体にいいことしてるなって自己肯定感も上がるし、何より料理も食事も楽しくなりますよね。ちなみに、木内さんは毎日欠かさずに50gのきのこを食べているんですか?
- 木内さん
- もちろんです。50gを推奨しながら、僕自身は毎日100gのきのこを食べています。
- かせ
- 100gも!?
- 木内さん
- 人に薦めるからには、自分でも実践しないと説得力がないですからね。実際、毎日100gきのこを食べていると、驚くほど身体の調子がいいです。
- かせ
- 100gのきのこって、一般的にはかなり多いと思うんですが、どうやって食べているんですか?

- 木内さん
- 炒め物や味噌汁などですね。特に、きのこは水溶性の栄養が多いので、液体ごと食べることができる味噌汁やスープはおすすめです。
- かせ
- でも毎日きのこを食べていて、ぶっちゃけ飽きませんか?
- 木内さん
- 飽きているとは思うんですが、食べすぎてきのこ嫌いになった周りの人を見ていると、まだまだ飽きていないなと。おいしいきのこ料理を出すお店があると聞けば、すぐに食べに行きますし。
- かせ
- 全然飽きてませんね。ちなみに、長野できのこ狩りをしたりは?
- 木内さん
- 長野に住んでから、毎年のきのこ狩りが楽しみになりました。秋になると地域の方やきのこ狩り仲間と一緒に山へ入るんです。これまでに80種類以上の天然きのこを食べましたよ。春の山菜から始まり、夏もポルチーニなどのきのこが生えているので採りに行って。後は冬にウィンタースポーツでもすれば、長野の生活は完璧です(笑)。

長野県はきのこ消費量がダントツ?

- かせ
- 僕は長野県へ来てから、スーパーのきのこ棚の広さに驚いたんですけど、それだけ消費量が多いのでしょうか?
- 木内さん
- 全国で比較するとかなり多いと思います。日本人の一日あたりのきのこ消費量は平均でおよそ10gですが、長野県民はその1.5倍くらい食べています。
- かせ
- 比較すると長野県がいかにきのこを摂取しているか分かりますね。ただ、先にきのこ50gの話を聞いていると、どちらにせよ少なく感じる……。
- 木内さん
- もっと多くの人にたくさんの量を食べてもらうためには、きのこについて知ってもらう必要があるんです。だから、きのこ業界はみんなで盛り上げなきゃいけないと思っていて。購入してもらうのは、うちの会社の商品だけじゃなくていいんです。
- かせ
- 「どこの会社のきのこでもいいから、とにかく食べてほしい」と。
- 木内さん
- そうです。きのこといえば長野、長野といえばきのこ、というブランドを確立したい。きのこ普及活動の一環として、僕はこのきのこ帽子も被っています。

- かせ
- ずっと気になっていたんですが、その帽子は特注ですか? めちゃくちゃ目立ちますよね。
- 木内さん
- はい、特注です。でもこれ、実は2代目なんですよ。初代はうちの社員がダンボールで作ってくれたんですけどイベントの時にどうしても欲しいっていうお子さんにあげちゃって。でもすっかり気に入っていたので、きのこマイスター仲間のクラフト作家さんにオーダーして作ってもらったのが、この今の帽子です。
- かせ
- やはり特注……!
- 木内さん
- 意外と軽量で、一日中被っていてもクビが疲れないんですよ。
- かせ
- 見た目以上に機能的だ……。きのこの価値を伝えるための帽子だとわかると、木内さんのそのキャラクターがあることで、「なんかきのこ業界頑張ってるな」と反応してくれる人は多そうですね。
- 木内さん
- そうなることを願っています。いつかきのこの価値をみんなに理解してもらって、一大ムーブメントが起こるくらいその可能性についてこれからも発信していきます!
おわりに

取材前はきのこ一筋のように見えたミスズライフの木内さん。ですが、その根幹にあるのは、きのこの可能性を日本中に発信したいという熱意でした。
お金を扱う会計士が、きのこの可能性に気づいた瞬間。そこから長野が「きのこ県」として認識される日はそう遠くないかもしれません。業界全体で足並みを揃え、「おいしい」と「栄養」の両立を目指すその姿勢には、一企業の枠を超えた安心感と期待が感じられました。
健康長寿を目指して、今日の晩御飯からちょっと多めにきのこを食べてみませんか? きっと今まで気づかなかった調子のよさに気づくはずです。
撮影:小林直博
編集:吉野舞

