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仕事は二の次だからこそ長野とつながれた。りんごアップルサイクルブランドの関係人口論

仕事は二の次だからこそ長野とつながれた。りんごアップルサイクルブランドの関係人口論

こんにちは。
ライターの小林です。

この数年、僕は東京で暮らしながら長野でも仕事をするスタイルを続けています。いわゆる「関係人口」の一人です。

そんな中で気になるのが、長野との関わり方。

「これからどうやって長野で活動を広げていけばいいんだろう?」
「東京にいる身として、長野とのちょうどいい距離感って何だろう?」

東京と長野を行き来するなかで、そんなことを考えるようになりました。

そんな時、同じように東京に拠点を置きながら、長野県産のりんごを使用して、プロダクトの開発・製造を行う「BITE BACK APPLE」の物江徹さんと話す機会が。

物江さんが手掛けている「BITE BACK APPLE JAM」 BITE BACK APPLEの製品

東京に拠点を置きながら、なぜ長野の素材にこだわっているのか。 地域の人たちと、どんな距離感で関わっているのか。「BITE BACK APPLE」が生まれた経緯や「外に拠点を持ちながら地域と関わる」という新しい働き方について、物江さんに話を聞いてみました。

BITE BACK APPLEについて
「りんごに無駄な死はいらない」というメッセージを掲げて立ち上げた、りんごのアップサイクルブランド。果実に栄養を集中させるために間引きされる摘果りんごを使用し、市場に出ることなく消えていく運命だったりんごをジャムやスナックなどとして再生している。
話を聞いた人
BITE BACK APPLE Co-Founder 物江 徹さん
東京農業大学卒業後、一貫して食の世界に携わり、サンフランシスコ発祥クラフトチョコレートブランドの日本展開に立ち上げから参画。店舗開発、商品企画、営業、イベント運営など多岐にわたる業務を経験。素材や作り手の背景にある価値を“伝える力”こそが仕事の本質と信じ、地域資源と都市の感性をつなぐプロジェクトを多数推進。「楽しくて、意味があって、ちゃんとおいしい」ものづくりを軸に、現場とアイデアを行き来しながら活動している。

長野のりんごからプロダクトをつくる。BITE BACK APPLE誕生の背景

小林
よく見ると、BITE BACK APPLEの商品には「MADE IN NAGANO」って書いてあるんですね。
物江さん
そうですね。原材料は、りんごの一大産地でもある通称「アップルライン(長野県長野市豊野町周辺の国道18号線)」に広がる長野市の「フルプロ農園」さんのりんご。それを加工してくれるのは、長野県中野市で50年以上、果実加工を専門に手がけてきた「中高果実加工」さん。長野のみなさんに協力してもらいながら、BITE BACK APPLEの商品をつくっています。
「BITE BACK APPLE JAM」
小林
たしかに、MADE IN NAGANOだ。
物江さん
もともとBITE BACK APPLEは、前職のクラフトチョコレートブランドで一緒だったメンバーと立ち上げたブランドで。「楽しくて、意味があって、ちゃんとおいしい」ものをつくりたいと思っていたところ、市場に出ることなく破棄されてしまうりんごがあることを知ったんです。

それを商品として昇華して楽しく売ろうと考えたところ、つながりがあった長野をフィールドにしようと思いました。
フルプロ農園さんで摘果作業を行う物江さんたち
小林
もともと長野とどんな関係があったんですか?
物江さん
妻の地元が長野県下諏訪町だったこともあって、プライベートでよく行き来していたんです。それに、前職の関係で、よく県内のイベントに出店させてもらっていました。そこから飲食やイベント企画、デザインなどさまざまな分野で県内の知り合いが増えていって、何かを始める土壌ができていたんですよね。
小林
なるほど。
物江さん
そこで、県内の知り合いにりんご農家さんや加工所を紹介してもらって、BITE BACK APPLEを開発することができました。りんごが美味しく大きく育つために、いくつかの実を間引く「摘果」と呼ばれる作業があるんですが、BITE BACK APPLEでは間引かれたりんごを使って、ジャムやスナックなどをつくっています。
小林
今はどんなペースで長野と関わっているんですか?
物江さん
今は月2回ほど、イベント出店が重なれば、ほぼ毎週長野にいます。1〜2泊で東京に帰ってしまうことも多いのですが、長野にいるときは農園の方たちと商品の打ち合わせをしたり、BITE BACK APPLEを卸しているお店にあいさつに行ったりと。なんだかんだ忙しく過ごしています。

取引先ではなく、一人の人として関係を築く

小林
もともと長野にはどんなイメージがありましたか?
物江さん
やっぱり最初は観光地というイメージが強かったですよね。でも、プライベートで遊びに行ったり、イベントに出店したりしながら通ううちに、「ただの田舎じゃないぞ!」という感覚が湧いてきて
小林
ただの田舎じゃない……?
物江さん
そこにいる人たちの感度が高いというか。都内の百貨店の催事などでさえ、ブランドの世界観やストーリーが受け入れられるまでに時間がかかることが多くて。でも、長野でイベントに出店すれば、お客さんが興味を持ってブランドの話を聞いてくれて購入してくれる。

さらには他の出店者さんも素敵な感性でものづくりをしている人が多い。初めて出店したときからその印象は変わりません。
小林
買い手も作り手も、感度が高い人が多いと。
物江さん
僕はそういう人たちと仲良くなりたいんです。だから、イベント出店するときも、がっつり仕事モードではないんですよね。「地元のお客さんや県内の出店者さんと仲良くなれたらいいな。そこから何かおもしろいことが生まれたらいいな」といった気持ちなんですよね。
小林
「大口の取引をつくるぞ! 儲けるぞ!」といったテンションではないんですね。
物江さん
はい。あくまで「ひとつの取引先として」ではなく、「一人の人として」仲良くなりたい。なので僕の場合、出店するときは、気になる県内の出店者さんとか地元のお店とかを調べてから行くんです。そこで会話のきっかけをつくって、仲良くなる。その結果としてコラボレーションにつながったら理想じゃないですか。

たとえば、昔から諏訪にある古材や古道具の人気店「ReBuilding Center JAPAN」が好きで。それまではただのファンだったんですけど、イベント出店の帰りにお店に立ち寄り、自分たちの商品を差し入れて、スタッフの人とお話ししたところ仲良くなって。その後、気づけばBITE BACK APPLEの商品を店舗に置いてくれるようになりました。
実際に「ReBuilding Center JAPAN」に置かれているBITE BACK APPLEの商品
小林
あくまでコラボレーションは仲良くなった結果なんですね。

関係人口として目指すのは「汽水域」のような存在

小林
ちなみに僕も東京と地元・長野の二拠点で活動しているんですが、長野との距離感に悩んでいるんですよね。長野にいる人たちと仕事をしていると、「自分だけ地域に根を張って仕事をしていないのでは」「結局、よそ者なんじゃないか」と後ろめたさを感じてしまうというか……。同じように東京で暮らしながら長野と関わる身として、物江さんはどのようなスタンスで活動しているんですか?
物江さん
たしかに僕自身も長野にガッツリ住んでいないから、土着のブランドしか出せないような説得力やメッセージ性を持つことはできないなって思います。でも、東京と長野を往復している立場だからこそできることもあるはず。

たとえば、僕は“汽水域”のような存在になれたらいいなって思っているんです
小林
汽水域……?
物江さん
汽水域って川の水と海の水が混ざるところ。陸からの栄養分と海からの栄養分が混ざって、ユニークな生態系が形成されています。そうやって東京と長野の価値を混ぜ合わせて、おもしろいものを生み出せるような役割ができたらなと思っているんですよね
小林
たしかに、僕自身、長野のマーケットイベントでBITE BACK APPLEのブースを見たときおもしろいなと思ったんですよね。「THE・長野!」って感じではないけれど、長野の文脈を感じられるというか。これまで僕がイメージしていた既存の「MADE IN NAGANO」とは違ったメッセージの商品で新鮮だなと。
物江さん
嬉しいですね。そうした汽水域のように、長野で新たな展開を見せられるようなブランドが求められているんじゃないかと勝手に思っているところがある(笑)。しかも、そうした活動ができる人って、それほど多くないなって思うんです。

長野のりんご生産者と長野の加工所という「MADE IN NAGANO」にはこだわりつつも、東京や別の地域の感性も混ぜ合わせながら、どこか新鮮だけどフィットするプロダクトを提供できればなと思っています。

「何をするか」よりも「誰とするか」から物事は始まる

小林
実際、長野と関わるようになって“長野愛”みたいなものって深まったりしましたか?
物江さん
もちろん! 長野愛がどんどん大きくなっていますよ。妻との雑談の中で「いつか長野で暮らせたらいいね」なんて話題が出るほどですから。
小林
全国各地でイベント出店したり取引先がいたりしても、やっぱり長野愛は特別?
物江さん
日本中で出店しているんですが、長野が一番仲がいい人が多いんです。だから、今いる場所を離れてもさみしいという感覚もないし、「周りとうまくいかないかも……」という不安もない。


僕の地元は東京なんですが、「地元」って感覚が少し薄いんですよね。よく言われるように「夏休みに地元に帰省する」って感覚がなくて。だからこそ、僕にとって長野は、ある意味地元のようなもの。もうひとつの自分の居場所を見つけることができたからこそ、長野への思い入れは強いですね。
小林
きっと物江さんみたいに自分の活動を長野で展開したいという人も多いと思うんですが、ここまで仲間がいる状態をつくれる人は決して多くはないだろうなと。物江さんが、こうやって長野でつながりを持って活動を広げられているのはどうしてなんでしょうか?
物江さん
そもそも僕のスタンスが「何をするか」よりも「誰とするか」から始まる感じなんですよね。昔からCDを買うときに「これってどんな人が関わっているんだろう」って気になって、楽譜の隅にあるクレジットを見るのが好きだったくらい(笑)。基本的に、いつも「どんな人と何をしたらおもしろいんだろう?」って考えるんです。

あと、個人的には話したい人がいたら、お金かかってでも理由をつくって会いに行ったらいいと思うんですよね。ただし、いきなり仕事につなげようと思わず、むしろプライベートで遊びに行くことが大切な気がしています。

ビジネスを始めるためではなく、あくまでその人をもっと好きになるために会いに行く。そこから物事は始まる気がしていていて。だからこそ長野で何かやってみたいと思う人は、まずは小さくてもいいので動いてみてほしいですね。

取材を終えて

長野県内のイベントで、よくお見かけしていた物江さん。

各地のイベントに引っ張りだこな印象でしたが、その背景にはプロダクトへのこだわりはもちろん「ビジネスパートナーとして」ではなく「生身の人間として」長野と関わり続けるというスタンスがある気がしています。

関係人口として長野と関わるとき「いかに自分のスキルを発揮するか」というスタイルだと、もしかしたら上手くいかないかもしれない。まずは一人の個人として人とつながる。

同じように東京と長野県内を行き来する身として、僕自身、関係人口のあり方を見直した取材でした。

執筆/小林拓水
撮影/西優紀美
編集/吉野舞