移住したくなったら

都市から森へ。「伊那谷フォレストカレッジ」参加者が語る、自然と生きる移住の話

都市から森へ。「伊那谷フォレストカレッジ」参加者が語る、自然と生きる移住の話

日本の国土の大半を占める「森」。

東京都ですら総面積の4割近くが森林であることは意外にも知られていない事実です。しかし、本来私たちの近くにあるはずの森を暮らしの中で意識する機会は決して多くはないのではないでしょうか。

そんな課題意識のもと、森に対する多様な接点を生み出しているプログラムが長野県で生まれました。それが伊那谷フォレストカレッジです。

「森に関わる100の仕事をつくる」をコンセプトに掲げ、森林業界に限らず建築やデザイン、教育など多様な業種と連携していくことで森に秘められた価値を探っていく、このプロジェクト。

伊那の森やまちをフィールドに、講師陣のクロストークや参加者同士のディスカッション、また実際に森に出向いた課外活動などを通じて、森に新しい価値を生み出していく4ヶ月間の実践型プログラムになっています。

2020年度に第1期がスタート。コロナ禍の影響もあり、オンラインでの開催となりましたが、定員40名のところ300名近い応募者が集まり大盛況に。そして2021年度もオンラインでの開催が決まりました。

今回は2020年度の伊那谷フォレストカレッジに参加した、2人の移住者と運営者の座談会を実施。

それぞれの視点からプログラムを通じて見出した森の価値、プログラムが与えた移住への影響などについて語ってもらいます。聞き手は、東京在住の移住希望者でもある筆者・小林。「妻と子どもがいる身で、どのように移住を進めたらいいんだろう?」「地域でのキャリアをどうやってつくろう?」など気になっている移住後の人生設計についても話を聞きました。

座談会メンバープロフィール
<2020年度伊那谷フォレストカレッジ参加者>
・杉本由起さん(写真下)
神奈川県出身。神奈川県の職員として林業関連の仕事に従事していたが、2021年3月に子どもとともに伊那市へ移住。地域の酒蔵で働きつつ、子どもとの生活を満喫している。
 
・藤井香織さん(写真右上)
北海道出身。都内でエンジニアとして働いていたが、2021年4月に夫と2人の子どもとともに伊那市へ移住。マウンテンバイクのアクティビティを提供する自転車店にて働く。
 
<伊那谷フォレストカレッジ運営者>
・奥田悠史さん(写真左上)
三重県出身。「森をつくる暮らしをつくる」をミッションに掲げる株式会社やまとわの取締役。森林ディレクターとして伊那谷フォレストカレッジに関わり続けている。

「伊那」と「森」が掛け合わされば、何かが生まれる

―― 参加者のおふたりは、どうして伊那谷フォレストカレッジに参加しようと思ったんですか?

杉本:もともと伊那が好きだったことが大きかったですね。それに、小さい頃から森で遊んだり、社会人になっても林業関連の仕事をしていたから森自体も大好きで。だから「伊那×森」というキーワードだったら間違いないと思い、参加しました。

藤井:私も同じです。移住先を探していたときに、せっかくなら森に囲まれた田舎で暮らしたいなと考えていて。その中でも伊那は特に気になっていた地域だったんです。フォローしていた伊那市移住・定住窓口相談窓口のSNSページで伊那谷フォレストカレッジのことを知り、ピンときて、すぐに申し込みをしました。

―― 伊那への愛がすごいですね……! おふたりとも、もともと伊那がお好きだったようですが、どうしてそんなに興味を持っていたんですか?

杉本:伊那に興味を持ったのは偶然だったんです。高速バスを乗り間違えてしまい、たまたま伊那に降り立ったことがあって。そこで行き着いた「赤石商店」というゲストハウスでの出会いが大きいですね。当時は仕事を辞めたいなと思っていた時期で。スタッフの方にそのことを話したら「じゃあ伊那に来ちゃえばいいじゃん」って言われて(笑)。

その後もいろいろな人を紹介してくれて、伊那の人たちってすごく前向きでポジティブな方が多いな、と感じましたね。その出会いに衝撃を受けて、伊那への移住を本格的に考えるようになりました。

藤井伊那って、森に関連したユニークな取り組みが多いんですよ。広大な学校林を持ち、ITを活かしてコミュニケーションを図るICTと自然環境を掛け合わせた教育を行っている伊那西小学校が有名ですが、そのほかにも全国から注目を集めている学校や団体もあったりして。面白そうな場所だな、と感じていたんです。 

生き方を変えてくれた、伊那谷フォレストカレッジの思い出

――実際に伊那谷フォレストカレッジに参加してみていかがでした?

杉本:森に対する捉え方が一気に変わりましたね。それまでは神奈川県の職員として森に関わっていたのですが、伊那谷フォレストカレッジに参加することで、一般的な林業の視点だけでなく、もっと幅広く様々な角度から森を捉えられるようになったというか。

特に印象に残っている回があって、「森×教育」というテーマで三重県の愛農高校の先生の話を聞いたんです。その時のお話は、森をテーマにしながら、愛農高校の教育について、更には平和の概念にまで広がりました。それまで誰かと森の話をしてもそんな風に展開することはなかなかなくて、でもとても共感できたんです。

藤井:私も、講座の中で出てきた「原点回帰」というキーワードが今でも印象に残っています。ある回で「ほんの50年ほど前までは、薪を切ったり、野菜を育てたり、火を起こしたりする里山の暮らしが当たり前だった。でも、今は社会全体が利便性を追求する方向に流れ過ぎてしまっている。それを元に戻したいよね」といった会話が生まれたんです。横浜に住み、エンジニアとして働いていた私にはその言葉が特に響いて。 

たしかに、パソコンは使えても動物として生きる力は抜け落ちてしまっている。「自分自身の人間本来の生きる能力を復活させること」こそ、私にとって移住のテーマだと気づきました。 

伊那谷フォレストカレッジで、移住する前から地域に溶け込めた

―― おふたりは、そもそも伊那への移住を検討していたんですよね。プログラムに参加したことで、移住にはどんな影響がありましたか?

藤井:伊那谷フォレストカレッジに参加したことで、具体的な顔が思い浮かぶ人間関係が生まれましたね。「木こりの人」「農家の人」といった匿名のつながりではなく、「木こりの○○さん」「農家の○○さん」といったように。実際に今、伊那に家を建てようとしているんですが、伊那谷フォレストカレッジでお世話になった木こりさんが伐った木を使って、これまた伊那谷フォレストカレッジでお世話になった製材所さんに新しい家に建ててもらう予定です。

マウンテンバイクアクティビティの仕事に就いたことで「森で働く夢が叶った」と語る藤井さん(マウンテンバイク専用コースC.A.B. TRAILにて)

藤井:あと、移住となるとやっぱり、新たな人間関係を築けるかは重要なポイント。その点、多様なバックグラウンドを持ちつつも、森という共通のテーマに集まってくる人たちとのコミュニティは、とても大きな存在でした。

杉本:そこは私も共感します。伊那谷フォレストカレッジに集まってくる人たちって、熱量も高いし、行動力もある人たちばかり。「こんなことやりたいな」と口に出すと「私もこんなことやりたいと思っているんだ。一緒にやらない?」と誘ってくれる人たちがいたりして。

実際に、同世代の女性たちで森に関わっている人にインタビューしていくラジオ番組をつくりました。伊那谷フォレストカレッジに参加せず移住していたら、決して味わえなかった体験ができていると思いますね。

藤井:私にとって伊那谷フォレストカレッジは、様々な人がそれぞれの営みを持ちながら関わり合っていく「社会」そのものだったなと感じています。オンラインで完結するプログラムでしたけれど、ここまで深い人間関係が築けたのは自分でも驚きです。移住前から伊那に知り合いができたのは、本当に心強かったです。

―― プログラムの中で、とても濃い体験をされたことが伝わってきました。逆に、受け入れる地域の側ではどのような変化があったのか、運営側として動いていた奥田さんにもお聞きしたいです。

奥田:伊那谷フォレストカレッジを始めたことで、地域の人たちの考え方も少しずつ変わってきているように思います。

たとえば、伊那谷の木こりの方が「その土地で伐採した木材をその土地で地産地消だから、地域材はできるだけ安い方がいいと考えていたけれど、受講生にちゃんとした値段でも理由があれば地域の材を買いたいという話をしてもらって、納得しました」と話しているのが印象的でした。

きっと、同じ地域に暮らす同じ業界の人同士で話していたら、気づかなかった視点なんだと思います。それを、全く別の業界や地域から参加してくれた方たちがもたらしてくれていますね。

ローカルでは「人生設計」という概念は必要ない……?

―― おふたりが伊那に惹かれ、溶け込んでいっている様子がよくわかりました。でも、もともと住んでいた地域から離れようと思ったきっかけは何だったんですか? 

藤井:コロナ禍の影響が大きいかもしれません。リモートワークに慣れてくると「あれ、どこでも仕事できるのに、どうしてこんな都会の狭いところに暮らしているんだっけ?」と考えるようになっていったんですよね。

杉本:わかります。あと、うちの場合は、子どもが小学校に上がるタイミングだったことも大きかったかも。伊那には伊那小学校という個性的な小学校があって。ここに子どもを通わせてみたいなと思うようになったんですよね。

―― 正直なところ、移住にあたって不安はありませんでしたか……?

藤井:一軒家を購入していたので、「すぐに家が売れるかな?」という不安はありました。でも、幸いなことにすぐに買い手も見つかって。その他にも不安がなかったと言えばうそになりますが、まずは行動してみて、もしダメだったら自分は移住できない運命だったんだ、と考えればいいと思っていましたね。

杉本:コロナ禍で先が見通せない中、いきなり夫婦ともに仕事を辞めて生活を変えることの不安は感じていましたね。だからこそ「様子を見ながらそれぞれのタイミングで移住していこう」と考えて、まずは私と子どもの2人で移住してきました。今は暮らしの基盤もつくることができるようになってきたので、近い将来夫も移住してくる予定です。

――なるほど……。実は、僕も移住したいと考えているものの、子どもがいたり、家を購入していたり、妻が公務員だったり、そのままいけばある程度問題なく過ごしていけるような人生設計が見えてしまっていて……。おふたりの場合も、移住前は似たような状況だったと思うんですけど、移住後はどんな人生設計を立てているんですか?

藤井:私の場合、人生設計を立てて移住してきたというよりも、「この先何をして暮らしていくか模索していこう」というつもりで移住してきたんですよね。ずばり、私の移住のテーマは「自己解放」。これまで大学の工学部を卒業して、なんとなくエンジニアになって、20年ほど会社勤めをしてきて……ただ、いくら働いても満たされている感覚がありませんでした。きっと世間のレールに乗っていたからだったんでしょうね。 

でも、今は森の中で働いていることに充実感があります。わら細工や草木染、木工など、森のそばだからこそできる様々なことに興味も出てきました。伊那だったら、それら全てを実現できる環境が揃っています。ひとまず興味のあることを一通り経験してから、今後の人生について考えていこうと思っています。

現在、藤井さんが働くみはらしファームの自転車店「二輪舎 Knot」。

杉本:私の場合も夫婦で公務員だったので、そのまま勤めていれば60歳までは安泰だったかもしれません。でも、先が見えてしまったことが逆に嫌だったというか。「このまま違和感を持ったまま60歳になって、自分の人生に胸を張れるかな?」と感じるようになってきたんです。

高校生のときに「将来は地元の森林に関わる仕事をするんだ」と決めて、大学の学部を選び、行政職員として働き、林業に携わってきたものの、ふと「もうこの人生設計に執着しなくていいかな」と思ったんですよね。仕事を辞めて移住した今となっては、実際に伊那で職も得ることができているし、公務員時代にはできなかったことにもチャレンジしているし、できることは増えた気がしていますね。

それに、挑戦したいことがあれば、一緒に取り組んでくれる仲間も地域にいます。正直、先は見えないけれど、ワクワクしている気持ちの方が大きいです。

奥田:そもそも、先を見通そうとしたり、「人生を設計する」と考えたりすること自体が都会的なのかもしれません。実際にローカルには、仕事をステップアップするというキャリアプラン的な考え方はあまりない気がします。どちらかというと、それぞれの地域でどうやって生きていくのか、というような円環的なキャリアイメージです。

杉本:たしかに伊那に来てから、都会では触れることのなかったさまざまな働き方や暮らし方に出会って、価値観が変わったかもしれません。いくつもの営みを掛け合わせながら生計を立てている人がいたり、季節ごとに異なる働き方を実践している人がいたり。そういった方々の姿を間近で見ていると、きっとなんとかなるんだろうな、と自然に思うようになるんですよね。

――とても納得しました……。気づいたら僕も都会に染まっていたんだなぁ。

「リーダー」や「つくり手」だけでなく、多様な関わり手を増やしたい

――おふたりは、実際に移住してみて、伊那での暮らしはいかがですか?

杉本:住んでいるエリアが伊那の中心部ということもあるかもしれませんが、特に不便は感じていません。車があれば、すぐに必要なものは揃いますから。逆に駅までの移動や渋滞のことを考えると、横浜にいたときよりも便利かもしれません。

また中心部と言っても、近くには田んぼや畑がたくさん。季節ごとにさまざまな生き物に巡り合うことができるんですよ。朝はカッコウやキジの鳴き声が聞こえたり、夜はキツネを見かけたり。子どもはアマガエルを捕まえて家で飼っています。暮らしと自然が密接している感覚が心地いいんですよね。

藤井:私は、毎日観光に来ているような気分。夢のような世界ですね。杉本さんも言っていたとおり、鳥の声なんてそれまではテレビでしか聞いたことがないようなレベルでしたから(笑)。様々な野鳥の生声で目覚めるなんて贅沢だなと思っています。

あと、山に囲まれた暮らしは景色がとてもきれいなんですよ。晴れているときは山肌に雲の影ができて風情があるし、雨が降っていても山に雲が立ちこめている様子が水墨画みたいで格好いい。どんな季節、どんな天気でも山が美しくて毎日感動します。

――おふたりは、ほんとうに伊那での暮らしを存分に味わっているんですね。最後に、10月から開講する伊那谷フォレストカレッジへの応募を検討している読者に、メッセージをお願いできますか? きっと、期待感はありつつも、「自分が参加していいのかな……」と不安を覚えている方もいらっしゃるでしょうから。

杉本:講座の中では、「今まで全く森と関わりがなかったんですけど……」という前置きをする人の意見ほど、輝いた視点やアイデアであることが多かったのが印象的でした。むしろ「長年森林について学んだり、働いたりしてきた自分は何をしていたんだろう……」と感じるくらい(笑)。

だからこそ、キャリアや経験にとらわれず、森に少しでも関心があれば、ぜひ応募してほしいと思います。

藤井:「森は好きだけれど、どう接点を持てばいいかわからない」という方には、伊那谷フォレストカレッジは良い機会になると思います。

 また、「森」をキーワード・軸にさまざまな人が集まるので、そこで生まれるつながりは、とても貴重なものになるはず。私自身、伊那谷フォレストカレッジのつながりの中から、仕事を見つけたり、プライベートでも仲良くする人ができましたから。

奥田:参加を考えている方に、気負ってほしくはないんです。伊那谷フォレストカレッジは、必ずしも「リーダー」や「つくり手」を輩出するようなプログラムではありませんから。

リーダーがいればフォロワーも必要だし、つくり手がいれば受け取り手が必要。移住しなくても県外から連携することだってできるし、応援してくれるだけでもいい。みんながみんなリーダーやつくり手になったり、移住したりしても、社会は成り立ちませんから。

要するに伊那谷フォレストカレッジは、「それぞれの立場で森に関わりませんか」という提案なんです。だからこそ「リーダーやつくり手側に立ちたい」という人だけでなく「よい消費者として暮らしたい」と考える人にもぜひ来ていただければと思います。

まとめ

土地が自らの生き方や価値観に与える影響は、想像以上に大きいもの。

伊那の「森」というひとつのフィールドを起点に、参加者たちがそこに秘められた多様な可能性の中から、自分の琴線に触れるものを見出し、動いていく。そして、さまざまな人とつながり、気づけば生き方や価値観が変わっていく……そんな場が伊那谷フォレストカレッジなのかもしれません。

伊那谷フォレストカレッジでは、2021年度の参加者を募集中です。応募〆切は9月30日(木)。

より森への関わり手になりたいと考える方は、ぜひ応募してみてはいかがでしょうか。

撮影:五味 貴志
編集:飯田 光平