
2025.04.08
未開の音と需要の波を掴んで3年目。岡谷「CELLAR RECORDS」店主の”好きを仕事にする覚悟”と脱コスパ

こんにちは。ライターの風音です。
最近、BGMにレコードを流すスナック「夜風」でアルバイトを始めました。ジャケットからは想像のつかない音楽が流れるのが面白く、たまに自分でもレコードを買ってみてはお店で流してみています。

ある日、岡谷での取材終わり、レコード屋さんを見つけたので立ち寄ってみました。長野県岡谷市にあるレコードショップ「CELLAR RECORDS」。

JR岡谷駅から徒歩5分。民家の立ち並ぶ閑静な住宅街の中に、どーんと佇む大きな蔵。
店内には所狭しとレコードがぎっしり並びます。HPによると総在庫数は6000枚を超えるそう。なぜ岡谷にこんなに大規模なレコード屋が……?
調べてみると、店主である浜 公氣(はま・こうき)さんは、岡谷市出身。現役のドラマーでもあり、これまでに、mei ehara、柴田聡子、Summer Eye、思い出野郎Aチーム、片平里菜など名だたるアーティストのサポートドラマーとしての実績を持っています。

そんな浜さんが、2022年に地元である岡谷にUターンしてオープンしたのが、レコードショップ「CELLAR RECORDS」。バンドマンでレコード屋と、まさに「好きを仕事に」を体現しているように見える浜さん。
いくら自分の地元とはいえ、ただでさえニッチなレコード屋という商売を地方で展開するのはそう簡単にはいかないはず。一体どうしたらそんな働き方が実現できるの? 好きなことで食っていく生き方のヒントを得るために、お話を聞いてきました。
総在庫数6000枚以上、店主のレコード愛が詰まった元繭蔵
- 風音
- 今日はよろしくお願いします。それにしても、すごい量のレコードがありますね。

- 浜さん
- 正確な在庫状況はわかりませんが、レコードは常時6000枚以上はあると思います。ほかにも、中古・ 新譜問わず、あらゆる音楽のレコード、カセット、CDを販売しています。
基本的には買い取りと買い付けで仕入れたものがメインで、自分が面白いと思ったものや、わくわくするもの、ちょっと笑えるものを中心に揃えています。
- 風音
- レコードにメモが書いてありますね。これも浜さんが?

- 浜さん
- はい。一部のジャンク品などを除き、基本的には一言添えるようにしています。誰もが知ってるような名盤に関しては、何も書かなくても売れるんですが、ジャケットからは中身が想像できないような音源やマイナーなものに関しては、情報がないと皆さんなかなか手に取らない。
レコードの一つの入口として紹介を書かせていただいています。長く書いてあるものは特におすすめしたいレコードです。
- 風音
- あっ、これはたくさん書いてありますね。「驚異の音の世界」・・・?

- 浜さん
- これは、1980年代に発売された、ヤマハのDXセブンというシンセサイザーのデモンストレーション用のレコードです。今聴くと脅威と言うほどのことはないんですが、当時はこれが脅威だったのかと想像すると面白くて。
- 風音
- へ~!そんな楽しみ方があるんですね。
- 浜さん
- うちで扱うレコードは、ソウルとかファンク、あとジャズ、エクスペリメンタルが中心ではありますが、こういったユニークなものも含めてなるべくオールジャンルを置くようにしています。
- 風音
- CELLAR RECORDSは建物も特徴的ですが、もともとあった建物を改装したんですか?
- 浜さん
- ここはもともと繭蔵だったんです。岡谷に残る数少ない繭蔵で、経済産業省の近代文化産業遺産に認定されています。改装に伴うデザインは、デザイン事務所「Studio Happ」の大西邦子(おおにし・くにこ)さんと、兄である浜元氣(はま・げんき)と僕とで手掛けました。

- 風音
- 岡谷はかつて養蚕で栄えた地域なんですよね。最初にパッと外観を見た時、古民家を改修したのか、蔵風に新しく建てたのかわかりませんでした。「どっちなんだろう?」と思って入ってみたら、中には古い柱や梁が残っていて、古さと新しさのバランスが面白いなと。
- 浜さん
- 古すぎず新しすぎず、嫌味のない「普通さ」を目指していたので、そう感じていただけてよかったです。
- 風音
- そもそも、こんなに立派な蔵をどうやって見つけたんですか?
- 浜さん
- 岡谷で設計と建築の会社を経営している僕の父が、持ち主の方に「うちの蔵を買い取ってくれないか」と相談され、まず個人的に買い取ったんです。父は郷土愛が深い人で。
それから、当時東京にいた僕に「ここで何か好きなことをやるか?」とパスをくれました。そこで僕は「レコード屋がやりたい」と地元に帰ってきたわけなんです。
「このままでもいいか」の先の未来予想図が怖くなった

- 風音
- 浜さんは、それまで東京でドラマーとして活動されていたんですよね。
- 浜さん
- はい。僕は大学進学を機に岡谷を離れて上京しました。在学中に音楽を始め、卒業後もそのまま東京でバンドをやったり演奏の仕事をしたり、レコードをいっぱい買ったりしながら暮らしていましたね。
- 風音
- そこだけ聞くと楽しそうです。実際のところ、音楽活動一本で食えていたんですか?
- 浜さん
- いや、全然食えていないですよ。音楽活動と並行して、いろいろとバイトをしていました。一番長かったのがレコード屋です。若いころはそれでよかったんですが、将来の自分を想像すると漠然とした不安がありました。
- 風音
- なるほど……。
- 浜さん
- そうして30代を迎えた頃に、コロナが始まったんですよ。
- 風音
- コロナ初期の頃は、音楽関係のイベントは軒並み中止でしたよね。
- 浜さん
- そうなんです。とりあえずバイトに行っては、ただただレコードを買う毎日を過ごしていました。でも、ある日レコード屋のオーナーと雑談していたら、オーナーがふと「おじいちゃんになってから貧乏なのはきついよね」と言ったんですよ。その一言で、僕は一気に自分の将来が怖くなってしまって。

- 風音
- 収入源が減ったタイミングで、将来への漠然とした不安がぐっと解像度を増したと。
- 浜さん
- それに、やっぱり好きなことで働きたいじゃないですか。僕は昔からずっとレコードが好きだから、それで生活ができたら一番いいなぁと考えるようになりました。
- 風音
- 浜さんはレコード世代ではないですよね。レコードを好きになったきっかけはなんだったんですか?
- 浜さん
- 存在を知ったのは高校生の頃です。当時はもうCDが全盛期で、MP3プレーヤーが発売された頃だったんですが、そんな中で、レコードを買っているクラスメートがいて、かっこいいなと思っていたんですよ。上京後、大学1年生の時にディスクユニオンで自分も買ってみたのが一番最初の一枚かな。
- 風音
- そこからレコードにハマっていったのは、やっぱり音の違いですか?
- 浜さん
- 音の違いでハマったのはもちろんなのですが、大学1年生の当時僕はレコードプレーヤーを持っていなくて。「プレーヤーはいずれ買うから」とノリでレコードだけ買っていたんですよ。
- 風音
- えっ、聴いていなかったんですね。
- 浜さん
- はい。大学3年生のときに、ちょうど人から安くレコードプレイヤーを買わせてもらって、そこから家でも聴くようになりました。
- 風音
- 約2年間、プレーヤーがないままレコードだけ集めていたんですね。浜さんにとって、レコードを買う行為そのものが楽しかったんだ。
- 浜さん
- たしかに。僕がレコードを買い始めた頃は、まだ今みたいにストリーミングサービスもないころだから、「探す楽しさ」「集める楽しさ」みたいなものをちゃんと味わえていたのかもしれませんね。
最高のスタートダッシュと、永遠に続く精神的な戦い
- 風音
- なるほどなぁ。ずっとレコードを集めてきて、「これを仕事にしたい」という気持ちが芽生えた頃にお父さんから場所のオファーがあったと。東京から長野に戻って商売を始めることに不安はなかったですか?

- 浜さん
- うーん、不安がなかったというか、考える暇がなかったといった方が正しいかもしれません。「やる」と決めてからは、すぐに内外装の工事の打ち合わせが始まり、それと並行してレコードもいっぱい仕入れないといけませんでした。
「僕はこれがやりたいんだ!」という勢いでずっと動いてきました。
- 風音
- 不安な気持ちが追いつく前に走り出して、そのままお店が出来たと。
- 浜さん
- 完全に先走っていましたね。
- 風音
- でも、そこからもう3年お店が続いているんですよね。オープンしてからの手ごたえや気持ちの変化はいかがですか?
- 浜さん
- 2022年の7月にオープンしたんですが、最初の3ヶ月ぐらいはオープン特需で、自分が思っていたよりも売り上げ良かったんです。だから、最初は「いけるいける!」「レコード屋さんってマジで最高に楽しいな」と思ったんですよ。
- 風音
- 最初は、ということは……。
- 浜さん
- はい。4ヶ月目からお客さんがすごく少なくなり、いきなりガクンと売り上げが下がりました。何とか年を越しましたが、いろんなレコード屋さんが出ては消えていく理由がなんとなく体感としてわかってきましたね。
でも、1~2年目は「このままじゃまずいな」という焦りはありつつ、ただレコードを出すしかないという日々でした。
- 風音
- 勢いで走り出してから、ようやく現実が追いついてきた。
- 浜さん
- 3年目になった今、ようやくお客さんの波が掴めてきました。この店の立地のせいもあるかもしれませんが、お客さんが来やすい時期と来ない時期の波が結構はっきりしているんです。
- 風音
- 常に一定のお客さんが見込めるわけではないと。
- 浜さん
- 例えばうちの場合は、年始から4月にかけては全然お客さんが来ない。でもGWになると県外のお客さんがやってきて、6~7月はそこそこ。8~9月は夏休みシーズンなのでいっぱい人が来る。
寒くなってくる10月あたりから段々客足が減って、年末になると帰省の人が来てくれる。毎月安定した売り上げが見込めるということはない気がしますね。だから、レコード屋を続けるのって精神的な戦いなんだと思うんです。
- 風音
- 精神的な戦い!

- 浜さん
- 売り上げの波を分かっていなかった頃は、毎日「もうだめなんじゃないか」と不安でした。波が分かってからは、お客さんが来ない時期も気持ちがだいぶ楽になりましたし、来る時期に目掛けてなにか仕込んでおくことも出来るようになった。
そうやって、いかに自分に「大丈夫だ」と言い聞かせられるかが、続けていく上で大事な気がします。
そこにレコード屋があれば、レコード好きはやってくる

- 浜さん
- でも、僕の場合はレコード屋をするために場所を探したわけではなく、最初からここしかなかったというのは逆によかったなと思います。「レコード屋にふさわしい土地選び」から始めていたらいつまでもお店はできなかったんじゃないかな。
- 風音
- いざお店を開けてみてからは、長野という立地や土地柄を意識するようにはなりましたか?
- 浜さん
- 正直、土地柄はあんまり考えてないかもしれないです。自分も含め、レコードが好きな人ってそこにレコード屋があれば冗談抜きでどこにでも行くんですよ。
- 風音
- どこにでも?
- 浜さん
- レコードが好きな人って、頭の中に何百枚と欲しいレコードのリストがあるんです。ずらーっと並んだレコードを見る中で、「あっ、これ欲しかった」と思い出す。だから、ネットで買わずにお店に行くんですよね 。
- 風音
- ピンポイントで狙って買いに行くというより、欲しかったものをたまたま見つけて「これこれ!」となる感覚を求めている?

- 浜さん
- そういうことです。お店を歩く中で欲しかったレコードを見つけた時の「あっ」みたいな感覚が気持ちいい。それも含めてレコードの良さというか。
- 風音
- 実際ここに来るお客さんも、長野の人よりも県外の人が多いですか?
- 浜さん
- もちろん岡谷や諏訪地域のお客さんもいますが、東京、群馬、山梨、名古屋、岐阜と県外の方もよくいらっしゃいます。旅行ついでに来てくれたり、ピンポイントでここを目掛けて来てくれたり。
- 風音
- 本当にどこにでも行くんですね。都会だから、地方だからという立地にあまり左右されない商売なんだ。
- 浜さん
- でも、長野に帰ってきてから、自分が思っていたよりも音楽を聴きに行けるお店やクラブ、ライブハウスがあって驚きました。
自分はお店や子育てもあってあまり遊びに行けてはいませんが、周りの音楽好きの人たちを見ていると「みんなしっかり遊んでてかっこいいなあ」とうらやましくなるくらいです。音楽シーンは都会でしか盛り上がっていないのかと言ったら、そうでもないと思いますよ。
岡谷にはまだまだふらっと音楽を聴きに行ける場は少ないんですが、今後はCELLAR RECORDSでもライブイベントを積極的に増やしていきたいですね。

不安はいつまでも消えないけれど、それでも好きな気持ちの方が大きい

- 風音
- 自分で遊ぶ場を自分でつくれるというのも、場所を持っている強みですね。最初にお話しされていた「寂しいおじいちゃんになるかも」という将来への不安は、場所を持ったことでいくらかマシになりましたか?
- 浜さん
- いや、その不安は全然今でもありますね。明日は我が身だってずっと思っています。自分のお店を持ったといっても、まだまだ開業にあたっての借金を返していかないといけません。これからも頑張らないとですね。
- 風音
- 逆に、お店を始めたことや東京から長野に移り住んだことによるポジティブな変化はありましたか?
- 浜さん
- それはめっちゃありました!自分でも不思議なんですが、東京にいたときよりも長野に来てからの方がライブ演奏の仕事が増えたんですよ。
- 風音
- へぇ!それは意外な変化ですね。
- 浜さん
- 正直、東京にいた頃は演奏の仕事に関してあんまり自信を持てなかったんです。でも、こっちに来てからは「長野にいながらでも音楽を続けられる」と自信がついてきて、意識が変わったんじゃないかなぁと。それが一番長野に来てから変わったことですね。

- 風音
- 改めて、浜さんがこの先ここでやってみたいことはありますか?
- 浜さん
- まだ再発盤されてないレコードを再発盤するレーベルを立ち上げたいですね。
- 風音
- 再発盤というのは?

- 浜さん
- 最初の発売から年月が経ったレコードを、新たに製造して再発売することです。僕は自分が生まれる前の音楽を聴くことが多いんですが、どれだけいい曲が収録されたレコードでも、もう全然世の中に出回っていなくて入手困難な物がいくつもあるんです。
- 風音
- もう買えなかったり聴けなかったりするレコードを、新しく作り直して再び世の中に流通させる。
- 浜さん
- はい。それはすごくやってみたいので、いずれ始めると思います。それから、レコードのフリマを積極的に開催していきたいです。
2024年の10月に、試しに県内外の自分の好きなレコード屋さんや、よく来てくれる常連さんにレコードを出品してもらう「レコードマーケット」を企画をしてみたらすごく評判が良かったんです。お客さんがたくさん集まってくれたことはもちろん、自分がここでレコードを買えるというのが何より楽しくて。

- 風音
- やっぱり、浜さんの根っこには「とにかくレコードが好き」という気持ちがあるんですね。

- 浜さん
- うん。レコード屋というのは、やっぱり好きじゃないと絶対できない仕事ですよ。コスパという言葉はあんまり好きじゃないんですが、レコード屋ってやることはめちゃくちゃあるのに本当にコスパが悪いんです。儲けたいならレコード屋はやらない方がいいと思います。それでも、僕はレコードが好きだから、こうして続けられているんだと思います。
それに、僕は音楽が好きな人と出会うと「ちょっとでも喜んでほしい」と思っちゃうんです。だから、うちのレコードには一つひとつコメントをつけてあげたいし、お店に来る人にはできる限り何かしてあげたい。その気持ちが、僕がここでレコード屋を続ける原動力ですね。
撮影:五味貴志
編集:徳谷柿次郎