移住したくなったら

「シャッターは閉まっていていい」地方の商店街が仕掛ける逆転のまちづくり論

「シャッターは閉まっていていい」地方の商店街が仕掛ける逆転のまちづくり論

ここは長野県の南側、南信エリアにある辰野町。よくある人通りの少ない商店街です。

あれ……? 

よく見ると、シャッターの合間におしゃれなお店が、とびとびに。

こちらは元薬局をリノベーションしたカフェ。

その隣には、おしゃれな生活雑貨やシャンプーが計り売りされているショップも。

シャンプーの計り売りや生活雑貨など

さらにコワーキングスペース(左上)、アンティーク雑貨屋(右上)、アパレルショップ(左下)、最新のe−bikeが何十台も並ぶサイクルステーション(右下)まで……! 

寂れたシャッター商店街かと思いきや、何かが動いていそうな予感。

実は、ここ辰野町の商店街で空き店舗を活用し、商店街を丸ごとエリアリノベーションするプロジェクトが進行中だそう。今回は、プロジェクトを仕掛けているまちづくり会社「〇(まる)と編集社」代表の赤羽孝太さんに、その取り組みや遊休不動産活用のコツを聞きました。

マーケットが小さく、空き家やシャッターが増える商店街。多くの地域で見聞きされる課題です。そうした弱みを強みに転換してしまう赤羽さんのまちづくり論は、ゆるくてしなやかな強さがありました。

シャッターはぜんぶ、開けなくていい

飯田
ぐるっと歩いてみたのですが、昭和な雰囲気が残る商店街でありつつ、新しいお店もちらほらと並んでいますね。
赤羽さん
そうなんです。ここ4〜5年で、11店舗くらい新規の店舗が生まれているんですよ。
飯田
そんなに!1年に2店舗のペースですか。都会でもないのに、すごい出店ラッシュですね。どんなお店ができているんですか?
赤羽さん
コーヒースタンド、アパレルショップ、アンティーク雑貨屋に、テイクアウト専門店、変わり種はキッチンカーのおそば屋さんや、シャンプーの計り売り店……。そうそう、ダンススタジオも最近できましたね。
◯と編集社代表の赤羽孝太さん。辰野町出身で一級建築士として空き家・空き店舗再生に取り組む
飯田
へー! 多種多様なお店ばかりですね。ほかの商店街のようにシャッターが閉じたお店もあるけれど、こうした面白いお店がとびとびに点在しているんですね。
赤羽さん
まさにそうです。僕らはこの商店街を「トビチ商店街」って呼んでいます。
飯田
トビチ、ですか?
赤羽さん
はい。とびとびに面白いお店が集まる商店街です。よくある商店街活性化って、シャッターをなるべく全部開けようとするじゃないですか。でも、僕らはそうしたくない。仮にシャッターを開けていても、そのお店が好きでなければ、行きませんよね。それは結局、シャッターが閉じているのと同じことですから。
飯田
心のシャッターは閉まったまま、ということですか。
赤羽さん
そうそう。シャッターが問題なんじゃなくて、昔みたいに歩いてめぐる楽しさ、ワクワク感がなくなってしまったことこそが、今の商店街の問題だと思うんです。

僕らが子供のころは、おつかいで肉屋さんに豚肉を買いに行って、帰りに文房具屋さんに立ち寄ってマンガを読んで、途中で友達に会ったらそのまま遊んで……と、歩けばなにかに出会えたのが商店街でした。

だから僕ら◯と編集社は、もう一度歩いてめぐる楽しさ、ワクワクのある商店街を作るために、商店街の再編集プロジェクト、トビチ商店街」を2019年から始めたんです。

30万円で10軒の物件を持てる?ローカルの不動産事情

飯田
とはいえ、地方の商店街に新しいお店を増やすのって、かんたんなことではないですよね。どうやって11店舗も誘致したんですか?
赤羽さん
きっかけは、2019年12月に行った1日限りの商店街マーケットイベント、「トビチmarket」でした。『10年後の、日常を』というコンセプトで、「10年後、商店街がこんな風になっていたらワクワクするよね」という理想を1日だけ再現しちゃおうと。
飯田
未来へタイムスリップするような企画、ということですね。
赤羽さん
その通りです。「自分たちの町に来てほしい!」と心から思えるお店を全国から50店舗ほどお呼びして、空き店舗に出店してもらいました。真冬にもかかわらず、普段は人通りのまばらな商店街に、4,000人を超える人が遊びに来てくれました。
飯田
4,000人!
赤羽さん
そのイベントがきっかけとなり、出店してくれたお店や、「トビチmarket」の噂を聞いて面白がってくれたところが徐々に常設のお店を開くようになっていったんです。「こんな商店街があったらいいよね」という理想像に、共感してくれるお店が多かったんですね。

それに、辰野町の家賃の安さも大きかったと思います。僕も、いま借りている物件が10軒ほどあるんですよ。
飯田
10軒も! 富豪じゃないですか。
赤羽さん
とはいえ、家賃は合わせて30万円くらいですけどね。
飯田
30万円。都市部のファミリー物件ぐらいの金額ですね。
赤羽さん
辰野町は特に安いのですが、ローカルってもはや不動産の市場があってないようなところが多いんです。「あの空き店舗は5万円だけど、その隣の店舗は1万円」なんてこともザラです。
飯田
市場価格で決まるのではなく、各物件やオーナーさんのさじ加減なんですね。そんな中で、どうやって物件を見つけるんですか?
赤羽さん
シンプルに関係性ですよね。いま僕らがいる3階建てのビルはもともと、「吉江プロパン」という地元のガス屋さんの自社ビルだったんです。

◯と編集社が行政と一緒に移住定住の仕事もしている関係で、移住してくる方がいると地域のガス屋さんとして吉江プロパンさんを紹介していて。あるとき、「物件を探しているんです」となんとなく吉江プロパンさんに相談したら、「だったらうちのビルを使いなよ」と貸してくれたんです。
サイクルステーションや◯と編集社オフィスなどが入ったTOBOX。もともとはガス会社の社屋
飯田
事前に人間関係ができていたからこそ、赤羽さんのひととなりも分かっているし、快く貸してくれたんですね。ちなみに、ビルの家賃っておいくらなんですか?
赤羽さん
1万円です。
飯田
本当に安いですね(笑)。ビル一棟をまるごと借りて1万円。僕も週末だけのお店とかやりたくなっちゃうな。
赤羽さん
ぜひやってください(笑)。家賃が低いとランニングコストがかからないので、利益が出しやすいのはもちろん、開店準備にも時間をかけられるのがメリットなんです。僕が一番はじめに商店街で手がけたのは、コワーキングスペースの「studioリバー」という場所なんですが、1年半かけてのらりくらりDIYしていったんです。自分のペースで作れるのはいいところですね。
飯田
それであれば、小商いや副業、学生でも自分のお店を持てますね。夢があるなぁ。
チャレンジしやすい町、誰もが作り手になれるのがこの町のいいところだと思います。
TOBOXの2階は新たに企業向けシェアオフィスにする予定で、現在リノベーション中

「競争」より「共創」で店舗同士が支え合う

飯田
とはいえ、物件が安いということは、多くの人が訪れる土地ではないわけですよね。お店を続けるには難しい部分もあるんじゃないですか?
赤羽さん
たしかに、商圏をこの町だけで考えると約2万人ですが、1時間圏内に視野を広げると、松本市などの大きな町も商圏に入ってくるので約60万人となります。だからこそ僕らは、「1時間かけても行きたいと思えるお店づくり」が大事だと考えています。
飯田
目的地となるようなお店にする。
赤羽さん
そうです。たとえば、「農民家ふぇ あずかぼ」はこの辺では珍しいマクロビオティック料理を出しています。松本市や、場合によっては県外からも、わざわざお客さんが来ているんです。

面白く、尖っているお店であれば時間をかけても行きたいと思ってもらえる。「目的地」になるお店が商店街の中に増えると、お客さんは他のお店にも立ち寄って、最終的にはトビチ商店街全体のお客さんが増えていく。誰も無理することなく、自立しながらお互いのお店が支え合える商店街を目指しているんです。
飯田
そうか、目的地となる場所が増えれば、結局は「あそこにも面白そうなお店があるぞ」と、自然な商店街の形に近づくわけですね。お客さんを共有しながら、一緒に繁栄していく。
赤羽さん
トビチ商店街には、あまり競争という考えがないんですよね。分かりやすい例だと、コーヒーショップ、アパレル、生活雑貨の3テナントがワンフロアに同居している「Equinox Store」というお店があります。かなり珍しい営業スタイルなんです。しかも、基本的に大体「シェア」なんですよ。お客さんだけでなく、販売スタッフも店舗同士でシェアしている。
飯田
1つのお店でお客さんをシェアする。普通に考えると、お客さんの奪い合いになりそうですよね。
赤羽さん
でも、そんなことないんですよ。コーヒーを飲む目的でEquinox Storeに来たけど、洋服も売っているからドリンクが出てくる間に手に取ってみたり、逆に生活雑貨を見に来たお客さんがコーヒーをついでに買ったり。そうやって、1店舗だけでは広げられなかった客層をシェアすることで広げられるんです。
飯田
なるほど。「コーヒーを飲みたい」と思っているお客さんの内側には、実はいくつものニーズが潜んでいるんですね。
赤羽さん
最近ですと、「& garage」というダンススタジオができたんです。それによって、これまでの商店街には全くつながりのなかったダンサーの方々がやってくるようになった。ダンスをする際にはシューズも必要になるので、靴の需要が出てくるんですよ。そこで、商店街にもともとあった靴屋さんと連携して、ダンサー向けのシューズコーナーを作っているところなんです。
飯田
お客さんをシェアするだけでなく、ひとつのお店の強みが、他のお店の価値を強めていく。店舗同士が補完し合っているというか、まさに競争ではなく、共創ですね。

趣味はまちづくり。プライベートなデベロッパー

飯田
ーお話を聞いていると、トビチ商店街はかなり順調に成長しているように見えるんですが、それでも大変なことはありますか?
赤羽さん
これがね、なかなか儲からないんです(笑)。◯と編集社としての商店街エリアリノベーション事業は今のところ、公共事業みたいなもんです。ありがたいことに、それぞれの店舗さんにはそれなりにお客さんが入ってくれているみたいですけどね。
飯田
やっぱり、まちづくりで食べていくのは難しいですか?
赤羽さん
そうですね。都市部なら、設計事務所は設計だけで食べていける潤沢な案件がありますが、地方においては難しい。不動産会社や施工会社であれば利益も出せますが、設計だけで「総額300万円プロジェクトで100万円を設計料としてください」とは言えない。なかなか厳しいんです。
飯田
規模が小さくても、設計の手間が大きく減るわけではないですもんね。では、◯と編集社はどうやってマネタイズされているんですか?
赤羽さん
うちは設計から施工、不動産までトータルで受けることで事業にしているんです。その形に至ったのは、長野市の善光寺門前エリアのリノベーションをされている、倉石さんという方の影響が大きくて。倉石さんも、設計士と工務店、不動産をトータルで行っているんです。倉石さんに出会って、僕も法人を立ち上げてトータルで事業にする今のスタイルになりました。

それでも、空き店舗の発掘から、テナント誘致、不動産仲介、店舗設計から施工までトータルで行って、やっと利益が出るかどうかです(笑)。とはいえ、他の事業も行うことでまわせてはいるので、これからもまちづくり事業はしかけていきたいですね。
飯田
まちづくりに注力しても、大きく稼げるわけではない。それでも、10年後の未来を見据えながら辰野町で活動を続けられるのは、赤羽さんにどういったモチベーションがあるからなんですか?
赤羽さん
僕は、この町で生まれ育ったんですよ。大学から東京に出て設計事務所に就職もしたけど、ここが地元であることは変わらない。ある意味、否応なく関わらないといけないんですよね。だからこそ、どうせ自分が生きる町なら、好きなカフェに入ってもらいたいし、しゃれたお土産を買える場所や、音楽が聴ける場所も欲しい。自分の生活が豊かになる場所を、私費を投じながら自ら作っている感じです。
飯田
「町のため」ではなく、あくまで「自分のため」。赤羽さんはプライベートなデベロッパーなんですね。
赤羽さん
そうそう。根本的に、作ることが好きなんです。リアルシムシティみたいな感じですよ。ディズニーにお金をつぎ込む人がいるみたいに、僕にとっての趣味はまちづくりなんです。だから、自分がこのお店には来て欲しいって思ったら、仕事関係なく頑張って誘致しますし、ポケットマネーも使って投資します(笑)。ある意味、ものすごく私欲で動いているともいえるんですけど、それが誰かのワクワクにも最終的に繋がったらいいなとは思います。

店を閉じてもいい。「新陳代謝」であらたな個性が育つ商店街へ

飯田
「トビチ商店街をもっとこうしていきたい」と考えていることもあるですか?
赤羽さん
これからもいい意味で「トビチ」であって欲しいですね。新しいお店が来ることでシャッターは少しずつ減ってきていますが、ゼロになることはないし、むしろそれでいいと思っています。シャッターがあった方が、新しいお店がより映えるし、店を閉じることへの後ろめたさもなくなると思うんですよ。
飯田
後ろめたさ。
赤羽さん
そうです。この辺りの商店街は、空き店舗を含めて100軒くらいの店舗や家があるんですが、跡継ぎが確認できているのって3軒くらい。東京から戻ってきて地域の会合に出た際に「せっかくきてくれたのに、店を閉じる話ばっかりでごめんな」って謝られたんですよ。店を閉じるのって、やっぱり辛いんです。お客さんや、他の頑張っているお店にも申し訳ないって思っている。
飯田
そうか、活気を失いつつある商店街だと、「先に閉めることになって、申し訳ない」という辛さもあるわけですね。
赤羽さん
だから、トビチ商店街は「お店を閉じても全然いいじゃん」と言える、寛容な商店街でいたいんです。一度閉じたとしても、また新しいお店がいのちを吹き込めば、循環していくわけです。
飯田
いのちの循環。
赤羽さん
僕らも一緒です。僕なんて、もう5年したら引退して陶芸家になるって公言してます(笑)。流行りも価値観も変わるし、僕らがずっといたら若い世代が伸び伸びやれないじゃないですか。新陳代謝が大事なんです。そうやって、日常を楽しくしてくれるような、想像もできないお店がここから育っていってくれると嬉しいです。

今も10年後も、発展途上

「10年後のワクワクする日常を」

そんな合言葉とともに、2019年に地域と歩みはじめたトビチ商店街。

今回取材した2021年で3年目を迎えます。

2029年のトビチ商店街は、どうなっているのでしょう。きっと、いま以上に空き家も空き店舗も増えている。でも、その余白に可能性を見出して、面白いことを始めるプレイヤーがこの町に現れているのでしょう。人や店の循環を通して、独自の豊かな文化が育まれていく未来の一端を、赤羽さんの言葉から感じとることができました。

訪れるたびに新しいお店が増え、育ち続ける商店街。自分だけのお気に入りのお店を見つけるには、うってつけの場所かも知れません。

ぜひみなさんも、ポツポツと飛び地に並ぶお店を散策する楽しさを味わってみてくださいね。

文章:北埜航太
写真:五味貴志
編集:飯田光平