
2025.05.30
「もし運転手が増えたら……」日曜日全便運休から復活した長電バスと考える未来像

こんにちは。
ライターの小林です。
今、あらゆる業界で「人手が足りない」と言われています。バス業界もそのひとつ。
2023年末、主に長野市内を走るバス会社・長電バスが、運転手不足のため市内を走る路線バスを日曜日全便運休することになったことは、全国ニュースにもなりました。
都内在住の私自身、新幹線で長野駅に降り立ったあとは、路線バスを使用して目的地に向かうことがしばしば。「これまでのルーチンを変えないといけないかもしれない」と考えると、どこか他人事だった“人手不足”という社会問題が、現実のものとしてひりひりと感じられるようになったことを覚えています。
しかし、およそ半年後。2024年7月には、日曜日の一部運行を再開することが決まりました。ダイヤや人員配置の見直しが要因だったそうですが、ニュースリリースを目にすると、後半に気になる文言が……!

移住者に対して100万円の支援金支給……!?太っ腹すぎる。
何より数多くの問い合わせがあり、運転手確保に期待が持てる状況になっているとのこと。
そこで、今回は実際に長電バスを訪れて、運転手不足の実情や移住者支援の取り組みの手応えについて聞くことに。

話をうかがったのは、長電バスで採用などを取り仕切る総務課長・小林茂さん。
厳しい経営環境にさらされるなか、さらに運転手が確保できた先には、地方での生き方の選択肢を広げていける、素敵な働き方の可能性がある予感を感じました。
1週間で20件の問い合わせ!最大100万円支給の移住支援

- 小林
- 早速ですが、長電バスさんって移住者に向けて100万円の支援金を支給されているんですね。それで運転手確保についても、明るい兆しが見えているとか。
- 長電バス・小林さん
- はい。長野県や長野市と連携して、県外からの移住者で大型二種免許を保有している方に100万円を支給する移住者支援金制度をホームページ上でリリースしました。2024年6月の公開後、実際に1週間で20件近い問い合わせがありました。
- 小林
- そこから、実際に入社した人も……?
- 長電バス・小林さん
- はい。実際に移住者の方で3名の内定が決まりました。

- 小林
- 実際に効果が出ている!2024年6月にリリースされて、翌月には日曜日の一部運行再開を決定しているということですよね。それだけ移住者支援の反響があったのか。
- 長電バス・小林さん
- ちなみに今回内定を出したのは、すでに大型二種免許を保有している方でしたが、免許を持っていない方でも、70万円の支援金支給と免許取得費用を全額負担する制度も整えています。
- 小林
- いやぁ手厚いですねぇ。
とはいえ、厳しい路線バスの運転手不足

- 小林
- とはいえ、そもそもどうして路線バスの運転手が不足しているんでしょうか? まさに“手に職”ですし、地域のインフラとして一定の需要がありそうです。小さい頃「バスの運転手」に憧れていた大人もいそう。今回のような手厚い制度があれば、人が集まってもおかしくないのでは?
- 長電バス・小林さん
- 元を辿れば人手不足に起因するんですが、ひとつは時間帯の問題があります。路線バスは、通勤通学の足。市民が、朝に会社や学校に向かったり、夕方に会社や学校から帰ったりすることを担保しなくてはいけません。となると、一般的な出勤や登校時間より前から。そして退勤や下校時間よりも後に働くことが求められます。朝が早かったり、夜が遅かったりすることに抵抗感があるかもしれません。

- 小林
- たしかに個々の運転手の事情に合わせて、運行ダイヤを変えるわけにもいかないだろうからなぁ。
- 長電バス・小林さん
- あと、若者のクルマ離れもひとつの要因かもしれません。昔はクルマが趣味の人も多かった。大きなクルマを運転するというロマンを感じている方も少なくありませんでしたが、今はクルマを持たずに生活する若い方も増えていますからね。

- 長電バス・小林さん
- 2018年には、県内に約1万6千人いたと言われる大型二種免許保有者も、2024年では約1万4千人程度に減ったといわれています。つまり、わずか5、6年のあいだで、1割以上の担い手が減っている。県内でのバス運転手がどんどん減っていくなか、ますます県外からの移住者が鍵になっているんです。
- 小林
- 実際に数字で示されると、人材不足の実感が湧いてきますね。
- 長電バス・小林さん
- 移住者の方々が増えたとはいえ、私たちも常に人手が足りない状態です。貸切バスや高速バスと掛け持ちして、路線バスを走らせてくれる運転手もいます。もう10人程度人材を確保することが安定的な運行のためには理想ですね。
もし利益だけを考えたら、路線バスを辞めるという経営判断も

- 小林
- 日曜日全便運休がニュースになりました。このまま路線バスの運転手が不足したままだと、そもそも運行ができなくなるという事態に直面している。そうなると、収益をあげられなくなるから経営的には痛いですよね……?
- 長電バス・小林さん
- そうですね。ただ、経営的な観点で言うと「今後も路線バスを続けるならば」という前提がつくんです。
- 小林
- と、いいますと?
- 長電バス・小林さん
- 大型バスの運行は、路線バス以外にも貸切バスや高速バスもあります。そうした事業は、インバウンドの影響もあって、かなり需要が増えていてとても利益が生まれやすい。また、低い運賃で受注することが安全運行に支障を来すため、2023年に国土交通省が貸切バスの下限運賃を引き上げる規制を行いました。
より一層貸切バスの利益率が高まり、運転手もそちらに多く流れていくようになっています。だから、バス事業者の当然の選択として人口減少で地域の利用者が減って利益をつくりにくい路線バスから、インバウンドで需要が増加していて利益も生まれやすい部門にシフトしていくこととなります。

- 小林
- 「貸切バスは儲かる」という状況があるなかで、採算がとれない路線バスを続けるかどうかは経営判断次第ということか……。でも、長電バスさんは、運休していた便をわざわざ復活させていますよね。
- 長電バス・小林さん
- 路線バスは、市民の日々の移動を支えたり、観光客にとっても主要駅から目的地までの移動を担ったりするインフラ。なかなか簡単に切り捨てるわけにはいかないんですよね。貸切バスや高速バスで利益を確保しつつ、いかに路線バスを運行させ続けるかを考え続けています。
バス運転手×農家のダブルワーク?長野の生き方の選択肢に

- 小林
- ちなみに、移住者でバスの運転手になる方ってどんな方が多いんですか?
- 長電バス・小林さん
- もともと「自然豊かな長野県で暮らしたい」と考えていた方が圧倒的に多いですね。あとは、「40代、50代になって子どもが巣立っていき、第二の人生として昔憧れていたバスの運転手にチャレンジしたい」という方もいらっしゃいます。

- 小林
- セカンドキャリアとしてバスの運転手に。
- 長電バス・小林さん
- 健康であれば、“手に職”で長く続けられる仕事ですからね。実際に入社した方だと、前職がオフィスワーカーだったり、ホテルマンだったり、公務員だったり。さまざまな業界から転身されています。長電バスだと、バスの運転に必要な大型二種免許の取得費用を全額負担するので、そういった制度も後押ししているのかもしれません。
- 小林
- 実際に未経験からバス運転手になられた方は、どんな風に働かれているのでしょう?
- 長電バス・小林さん
- もともとオフィスワーカーだった女性運転手の方は、「これまで人に気を遣い続けていたけれど、運転手になってマイペースに仕事ができるようになった」と言っていますね。あとは、車窓から山あいの風景を楽しんだり、プライベートで農業にチャレンジしたり。長野での仕事や暮らしを満喫している方もいます。

- 小林
- 長野でバス運転手兼農家をやるっていいですね。より土地に根ざせるというか。
- 長電バス・小林さん
- もし今後運転手の人員に余裕が出たら、より融通を利かせた働き方ができる可能性もあります。たとえば、需要の多い冬季だけ働いて夏場は農業に勤しんだり、午前中だけ働いて午後は別の仕事をしたり。
- 小林
- “手に職”で長く働き続けられる職業だからこそ、別の仕事や趣味と掛け合わすことができたらめちゃくちゃいいなぁ。
取材を終えて

人口減少が続くなか、地域のインフラとしての役割を担い続ける路線バス。
ただ、厳しい経営環境の一方で、AIによるオンデマンド交通や利用者のニーズに合わせて複数の移動手段を組み合わせながら検索から決済までを一気通貫で行う「MaaS(Mobility as a Service)」など、テクノロジーの進化も顕著です。
路線バスを含めた地域の移動は、もしかしたらこれから大きな変化を迎えるかもしれません。その際にバスの運転手は欠かせない役割です。小林さんが語っていたように、バス運転手が増えたら働き方もより自由になっていくだろうし、長野県で生きる選択肢が増えていく。そんなよき未来を想像した取材でした。