「自分が働く土地や、暮らす土地をどうやって選べばいいのだろう?」
そんな疑問と葛藤に、必ずしも正解はありません。
生まれ育った土地であることや、友人の多い土地であること……暮らす土地を選ぶための理由はたくさんあります。そんな中でも「やりたい仕事があること」は大きな理由のひとつではないでしょうか。
長野には、多くの移住者を雇用し受け入れながら、ゲストハウスとレストラン、サウナ、アウトドアスクールという多種多様な楽しみを提供する場所があります。その名前は『LAMP』。
サウナ好きの方であれば、聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。2019年に誕生したフィンランド式のサウナ『The Sauna』は、雑誌やテレビなどからの取材も殺到。今や全国からサウナファンが押し寄せるほどの人気スポットとなりました。
そんな『LAMP』で働くスタッフの大半は、長野となんのゆかりもなかった移住者たち。現在働く12人のスタッフのうち 、10人が「ここで働くため」に移住したメンバーだといいます。東京や神奈川といった関東圏をはじめ、ニュージーランドやアイルランドなど、国外での暮らしを経て長野へやってきたメンバーも。
『LAMP』があるのは、自然豊かで、冬には雪が深く積もる長野県信濃町。けして住みやすい面ばかりではない立地の宿に、なぜ移住してまで「働きたい」という思いが集まるのでしょうか。
そして、これほど多くの移住者を雇い入れる『LAMP』は、どのようにして生まれているのでしょうか?
その実態について、『LAMP』の料理人兼支配人でもあるマメさんにインタビュー。地方の「働きたいと思える場所」のつくり方について、語っていただきました。
大切なのは「仕事と生活をつなげて、楽しめるか」
東京で料理人として働いた後、2015年に長野県へ移住。株式会社LIGに入社して『LAMP』料理長兼支配人になった。レストランでは地元食材を使った多彩な料理を提案、ランチのハンバーガーは『LAMP』はじまって以来のヒットメニューとなっている。
- 柿次郎
- 今日はよろしくお願いします! そもそも、支配人であるマメさんも移住者なんですよね。長野に来て何年ですか?
- マメさん
- もう6年になります。もともとは東京のレストランで働いていたけれど、激務で体を壊してしまって。これからどうしようかと考えていた時に、LAMPでの料理の仕事に誘われた。そのことをきっかけに、長野に移住することにしました。
- 柿次郎
- 移住して、大きく変わったことってありますか?
- マメさん
- そりゃあもう、水が段違いにいいんですよ。移住した初日にコーヒーを入れたりお米を炊いたりしたら、味の違いにびっくりして。「水が違うと、こんなに違うんだ!」って。
- 柿次郎
- へえ〜、水が! 料理人だからこそ感じられる、自然の豊かさですね。
- マメさん
- そうですね。でも、移住したばかりのころはしんどかったですよ。住む土地が大きく変わったことにも慣れないし、これまでアウトドアスクール(※)をメインとしていた『LAMP』が、宿とレストランの複合的な施設につくり変わろうとする変化の時期だったから。
※『LAMP』の前身はアウトドアスクール『サンデープラニング』。『LAMP』の運営会社である株式会社LIG代表取締役・吉原ゴウさんのご両親が1975年にオープンさせた場所だった
- 柿次郎
- たしか、マメさんが関わりはじめたのは、かなり初期でしたよね。僕はLAMPを運営する会社『LIG』の社長と友人なので、オープン前からよく遊びに行かせてもらっていて。マメさんはその頃から、『LAMP』に尽力し続けてきたイメージがあります。
- 柿次郎
- 自身も移住をきっかけに長野で働きはじめたマメさんにとっては、「移住者を雇い入れる」ことについて何か意識されているんですか?
- マメさん
- いや、自然とそうなった感じですね。LAMPがはじまって数年の間は普通にスタッフ募集をかけてました。最近では、お客さんとして県外から遊びに来てくれた人から「移住してここで働きたい」と言ってもらえることが多くて。だから自然と 、移住者を多く雇う形になっているだけですね。
- 柿次郎
- お客さんが移住してスタッフになるって、まさに関係人口を生んでいますね。『LAMP』のすごいところは、やっぱりその多面性にあると思うんですよ。ビジネスとして、「1泊数千円のゲストハウス」も「山奥のレストラン」も、それ単体ではあまり利益のあがる事業じゃないでしょう。ここで働いている人数を考えても。
- マメさん
- たしかに、そうかもしれません。
- 柿次郎
- でも、『The Sauna』ができたことがきっかけになって、“飯を食う、サウナで遊ぶ、泊まる”っていう流れができた。もともとあったコンテンツにサウナがガチッとハマって、たくさんのお客さんと従業員を受け入れるだけの仕事と遊びを生んだと思うんですよね。
- マメさん
- 複数のサービスを提供しているからこそ、人を雇えるというのはあると思います。
- 柿次郎
- ちなみに、ここで働いている人たちのなかでも共通点とか、雇用の基準みたいなものはありますか?
- マメさん
- 移住の目的をどこにおいているのか、ということは結構大切なことかもしれないです。たとえば過去に「スノーボードが趣味で、こっちに住むために働きたい」って言ってくれた男の子がいたんですけど、ちょっと合わなかったみたいで。
- 柿次郎
- へえ、それはどうしてでしょう?
- マメさん
- うちもサービス業だから、なかなか趣味の時間を捻出するのが難しいんですよね。一般企業と変わらない休日もあるし、福利厚生も整えているけれど……仕事を”稼ぐ手段”と割り切って、プライベートを充実させようって気持ちだと合わないかもしれません。合わない人は半年で辞める人もいました。
- 柿次郎
- 反対に、いま勤続年数が長い方々はどんな風に働かれてるんですか?
- マメさん
- いま働いているのはLAMPでの仕事のなかに、きちんと自分なりのやりがいや居心地のよさを見つけている人たちだと思います。仕事とプライベートを完全には切り分けない、というか。
- マメさん
- LAMPのある信濃町で暮らしていること自体を楽しめていれば、来てくれたお客さんとのコミュニケーションの質も自然と上がる。暮らしと仕事上の役割をクロスオーバーできる、っていえばいいのかな。スタッフのなかには、バス釣りにめちゃくちゃハマってる人もいて。自分が好きな信濃町での過ごし方をお客さんにガンガン伝えることができています。
- 柿次郎
- なるほど。「仕事でどんな結果や数字を出そう」も、もちろん大切だけど、「どういう姿勢で働こう」って部分にも目を向けられている人たちなんですね。
- マメさん
- 「どういう姿勢で働くか」はまさにそうで。よくスタッフのみんなと「お皿を綺麗に洗ったり、キッチンを丁寧に掃除しておいたり、そういう一つひとつが『お客さんが満足して帰ってくれる』ことに間接的に繋がってるから」と話しています。どれも無意味なことはないんだよ、と。
- 柿次郎
- そういう意識の共有ができているからか、いまLAMPで働いている人たちの関係性はすごくうまくいっているように見えるんですよね。それぞれが自分のやるべきことを意識しているし、互いに厳しく意見だってする。でも、同じ釜の飯を食えるくらい、ちゃんと仲もよくて、いいチームだなと思います。
「いいやつである」ことが移住者の作法
- 柿次郎
- 『LAMP』で人を雇う時の”条件”みたいなものはあるんでしょうか?
- マメさん
- お互いの求めるもののマッチングが大前提ですけど、自発的に動き出すタイプじゃないと孤立するかもしれません。思い返せば、いまいるスタッフを雇った採用条件はみんな「いいやつ」だからなんですよね。
- 柿次郎
- いいやつ?
- マメさん
- 落ちてるゴミをパッと拾えるか、とか、近所の方に話しかけられても目を見て挨拶できるかとか。小さい話ですけど、そういう「素直にその場にすぐ順応する」能力って、LAMPだけじゃなくてどこに移住するにも必要な能力だと思いますね。
- 柿次郎
- さっき「自分から動けないと孤立する」って話が出ていましたけど、スタッフの人たちは環境に順応しながら、自分の提案も出してくるんですか?
- マメさん
- そうですね。LAMPは特に「新しい文化が入ってくる」ことにすごく寛容で。いまとなっては人気のスポットになっている『The Sauna』も、最初はべべ(野田クラクションべべー)がやり始めたいと、ひとりで言い始めたことですから。
- マメさん
- 場所によっては、新しいことをすると「文化が壊れちゃう」みたいに思う人もいると思います。でも、LAMPのメンバーはみんな協力的だったし、べべみたいに「これがやりたい」と提案してくれたら通ることが多い。もともとある文化の上に若い世代の提案や価値観を入れられるって空気が、社内文化としてあるといいなと思います。
- マメさん
- そうやって「働くこと」に向き合っている人は、世の中的にも増えている気がします。実は、コロナ禍になって「ヘルパー制度」への問い合わせがすごく増えたんです。
- 柿次郎
- ヘルパー制度というのは?
- マメさん
- ゲストハウスの業界に昔からある習慣です。いわば有償ボランティアのような形で、ゲストハウスの運営について働きながら学びにくるんですね。ただ、驚くことに、ご飯とベッドを提供してあげているだけでも、彼らはめちゃくちゃ頑張ってくれるんですよ。
- 柿次郎
- ヘルパーに来る方たちのモチベーションは、お金よりも別のものなんでしょうか。
- マメさん
- うちの場合はただゲストハウスを手伝うだけじゃなく、同時にレストランやサウナをどう運営していけるかが学べるので、“『LAMP』の文化を学べる”というのもメリットとして大きいと思います。
- マメさん
- それ以上に、みんな成果報酬じゃないものが目的になりつつあるのかなと思いますね。働くことを通して、「自分がこれからどうやって生きていこうか」とか「自分のあり方」みたいなものを証明しようとしているんだと思います。
- 柿次郎
- それって、東京のハードワークに疲れた人がたどり着きそうな価値観でもありますよね。今の若い子たちはそうなる前に、一足飛びにたどり着いてるような気もする。
- マメさん
- そんな感じはしますね。若いスタッフたちは数字だけじゃない評価軸を持ってLAMPで働くなかで、「自分にとって、働くとはこういうことなんだ」っていう考え方の軸を自分の中に持とうとしているんだと思います。
「独立しなくても働ける」場所を実験したい
- 柿次郎
- そうやって宿があって、レストラン、サウナという目的地があって、ヘルパーで学びたい人もたくさん来る。冒頭でも言いましたけど、ひとつの場所でありながら、複数事業を営んで関係人口を生みまくる取り組みは全国的に見ても少ないと思いますよ。
- マメさん
- そうかもしれません。
- 柿次郎
- そもそも雇っている人数も、すごく多いですよね。
- マメさん
- 経営的な話では、「事業の規模に対して人が多いんじゃない?」とはよく言われます。部署が多ければやりたいことを増やせる、部署が多ければ人が増える、ってことでもあるんですけど。
- 柿次郎
- それも、あえて意識して人を増やしているんでしょうか。
- マメさん
- 数年後に事業をスケールさせるとしても、今のメンバーで回せる状態にしたいんですよ。たとえば宿を増やしたり、サウナの棟を増やしたりしても対応できるように。スケールのタイミングになっていいメンバーを採用しようとするのもきっと大変だから、先に人を雇っておこうと。
- 柿次郎
- 人を先に集めて、それからスケールするってイメージなんですね。
- マメさん
- 僕がこう思うのにも理由があって。日本の飲食業界って、慢性的に人手不足なんですよ。全国に何万店とお店があって、料理人もいるけれど、少ない料理人のパイを店が取り合ってる。それって業界の構造の問題なんです。
- 柿次郎
- 飲食の方々はみなさん独立されていくイメージがありますね。
- マメさん
- そう。でも「独立したい人」のなかには「自分の店を持ちたい」人もいますが、「職場環境を変えたい」という人も多いんだろうなと思っていて。環境を整えていさえすれば、「独立しなくてもやりたいことができる」場をつくれるんじゃないかと思っていて。LAMPはその実験の場所でありたいなと思っています。
- 柿次郎
- それを東京じゃなく、長野でやることの価値はなんなのでしょう?
- マメさん
- 東京のような都会でやろうとすると、しがらみが多くなるでしょう。価格競争やその他の外部要因が絡んできて、理想的な店づくりが難しくなる。田舎ならマーケットが小さい分、マーケットごとつくって認知してもらえるように頑張ることもできる。
- 柿次郎
- なるほど。『LAMP』を通じて、「働く場所」の新しい理想を実践しようとされているんですね。
- マメさん
- 実はいま、もう一つ『LAND』という新しい構想も考えてるんです。LAMPのそばにある1000坪ほどの土地で、“アウトドア版健康ランド”みたいなことをしようと思って。
- 柿次郎
- アウトドア版、健康ランド……?
- マメさん
- 日常的に屋内でしているような過ごし方を、屋外でできる場所があれば面白いと思って。そこでは焚き火を囲みながら仕事をしたり、畳敷きのテントに寝っ転がったり、自然と外に居たくなるような場所を考えてみようと。
- 柿次郎
- まだハッキリと想像はできないですけど、LAMPの外遊びの楽しみが広がれば、またたくさんの人が来そうですね。
- マメさん
- 目標としてはやっぱり、「信濃町に訪れてくれる人を増やしたい」ってところがありますから。いま、LAMPだけでも年間1万人くらいの人が来てくれて、重複はあるけどThe Saunaにも1万人くらいくる。『LAND』が完成したらもっと増えるんじゃないかな。それに、僕らは向き合うお客さんの人数が増えた時が、スタッフを増やす時だと思っていて。
- 柿次郎
- それってもしかして、LAMPに新しいメンバーを募集するってことですか⁈
- マメさん
- まだ何も決まってないですけどね。この構想がはじまれば、今まで巻き込めていなかった地域のお母さんがたとかも、パートやアルバイトの形で巻き込めるかも、と思っていて。
- 柿次郎
- これまで、若い移住者たちを正社員で雇用してきましたよね。また変わったことをする理由はなんですか?
- マメさん
- ずっと考えていたんですけど、例えば今働いているメンバーが家庭を持って、子供が生まれて、育てながらでもLAMPに働きに戻ってこれるような環境をつくりたいと思ってた。誰かが事務所に子どもを連れてきてて、誰ともなく面倒を見ているような風景って、なんかいいなと思って。LANDはきっと、その受け皿にもなると思ってます。
- 柿次郎
- より多くの人がLAMPに関われるように、働く場所のあり方を考え続けているんですね。今後も応援しています!
おわりに
観光客だけでなく、働き手として多くの移住者を受け入れ続けるゲストハウス『LAMP』。
そこには、支配人マメさんの「独立しなくても、働き続けられる環境」をつくりたいという実験的な思いがありました。
それを支えるのが、自発的に提案を続けるスタッフのメンバーたち。彼らは働くことと、ライフスタイルを追求することのバランスを模索しながら、数字だけでなく自らの「働く姿勢」をつくろうとする新世代。
彼らの働き方に憧れるなら、自分にとっての『LAMP』のような場所を探してみるのもいいかもしれません。そこはきっと、生き方に迷う人の実験の場になっているでしょうから。
写真:小林直博
構成:乾隼人
編集:友光だんご