移住したくなったら

1羽の“移住”がつないだ奇跡。中央アルプスと人が紡いだライチョウ復活物語

1羽の“移住”がつないだ奇跡。中央アルプスと人が紡いだライチョウ復活物語
提供:中村浩志

こんにちは。信濃毎日新聞社の町田です。私のデスクの近くには、いつもライチョウのぬいぐるみがちょこんと座っています。

これは、2024年から当社が実施したライチョウを守る活動を支援するクラウドファンディング(CF)「ミライチョウプロジェクト」に、寄付した際の返礼品。モフモフした毛並みにくりくりした目がなんともかわいい。

県鳥でもある「ライチョウ」は、環境省レッドリストの絶滅危惧ⅠB類(近い将来に野生での絶滅の危険性が高い)に指定されている、国の特別天然記念物です。

なんとライチョウは生まれた場所とは違う山や私たちの住む麓から移動して、生息数を増やしているそう。さらに、一度絶滅した山にも、他の山から一羽の雌が飛来したことをきっかけに、復活プロジェクトが始まったんですって。

ということは……ライチョウは“移住”によって種をつないできた? 生まれた場所にとどまらず、新しい土地へと羽ばたく姿は、どこか人間の移住と重なりますよね。

多くの人の努力が身を結んだライチョウの復活プロジェクト。その詳しい経緯を知るため、「中央アルプスにおけるライチョウ野生復帰実施計画」を担当した環境省信越自然環境事務所の福田真さんに話を聞きました。

話を聞いた人
福田真さん
1982年生まれ、東京都出身。信州大学教育学部(長野市)時代、研究室の活動でライチョウの生息調査に携わる。卒業後、環境省に入り、各地で希少種の保護増殖活動に従事した後、2015年に長野自然環境事務所(現・信越自然環境事務所)へ。ライチョウ保護増殖事業に尽力した。20年に長野を離れたが、25年から長野の事務所に戻り、ライチョウの保護増殖事業を担当している。

親しみと神聖さを併せ持つ鳥「ライチョウ」

町田
ライチョウと聞いて、​​具体的な姿を思い浮かべられる人はそう多くないと思います。そもそも、ライチョウってどんな鳥なんでしょうか?
福田さん
日本でのライチョウは、北アルプスや南アルプスの高山帯など、本州中部の限られた山域にのみ生息しています。標高2,000m以上の厳しい環境に適応してきた鳥で、国の特別天然記念物にも指定されているんですよ。
1980年代には約3000羽だった生息数が、2000年代に2000羽弱に減ったとされていて、環境省のレッドリストでは「このままでは近い将来、野生からいなくなってしまうおそれが高い」とされる《絶滅危惧種ⅠB類》に指定されています。
夏羽のライチョウ。ライチョウは主に高山植物の芽や種子を食べ、夏は茶褐色・冬は白い体毛に生え替わる。(提供:中村浩志)
冬羽のライチョウ。左が雄で右が雌。(提供:茶臼山動物園)
町田
でもなぜ、そんなに減ってしまったんですか?
福田さん
一番は、里山から来た捕食者が原因だといわれています。キツネやテンといった本来は里山で生きてきた動物が、餌を求めて高山帯に侵入しています。高山は10月には小川が凍るような厳しい環境で、本来なら餌もなくなり冬なんて越せません。
でも、捕食者は山小屋の周りで人が持ち込んだ食べ物の残りを食べたりして、生き延びちゃう。そして、同時にライチョウも捕食してしまう。最近は地球温暖化によって、高山帯の植生も変化しています。背丈の低い高山植物だけでなく、乾燥に強いイネ科植物などが一面に生えてしまうような状況で、ひなたちは歩く隙間がなくて餌を探せません。
こうして人の活動や地球温暖化による環境の変化が重なり合い、ライチョウは本来の生息地で生き続けることが年々難しくなっているのです。
町田
ライチョウの減少には、さまざまな要因が重なっているんですね。ちなみに、いつ頃から保護増殖事業がスタートしたんですか?
福田さん
環境省の事業は2015年から大きく動き出しました。ライチョウの個体数を増やすため、大型のケージを使って一時的に保護したり、捕食者とされる動物たちを除去したり。こうした取り組みは、ライチョウを守るだけでなく、高山帯の生態系そのものを守るためでもあります。その一環として、高山植物を守る活動も進められています。
町田
クラウドファンディングには全国各地から、「ライチョウに会うために、長野の山を登っています」と、ライチョウ愛たっぷりのメッセージが集まってます。福田さんから見て、ライチョウの魅力って何だと思いますか?
福田さん
一番は「見た目の愛らしさ」ですかね。あのフワフワ感が、やっぱりかわいいですよね。他にも、私が保護活動をしていて思うのは、人との“あつれき”がないことです。私は以前、沖縄でヤンバルクイナやイリオモテヤマネコの保護増殖事業に携わっていました。彼らも知名度は高いけれど、道路に飛び出して交通事故に遭ってしまうなど、良くも悪くも人間社会と接点が多い。
だけどライチョウは人の生活圏とは無縁の場所で暮らしています。それなのにライチョウは驚くほど人との距離が近く、登山道からその姿を見ることができます。北アルプス・立山連峰のライチョウなんて、カメラを向けるとポーズをとっていると錯覚するくらいに人を恐れないんですよ。人を恐れないけれど、人間社会に巻き込まれすぎない。ライチョウは、そんな絶妙な距離感の中で生きているんです。
雪の中から顔を出すライチョウ(提供:中村浩志)
町田
愛らしくて親しみやすい見かけであるのに、手の届かない存在という“ギャップ”に引かれるんでしょうか。
福田さん
日本では古くから山岳信仰が根づいており、信仰の対象である高山に生息するライチョウは「神の鳥」と呼ばれていて、狩猟はもちろん、触れてはいけない存在として大切にされてきました
動物の保護に対してはさまざまな意見がありますが、ライチョウに対する活動には反対意見が少ないのが特徴で。人里から離れた高山に住んでいることもあってか、どこか日本人にとって長らく神聖な存在として受け止められてきたんですよね。
反対に、欧米など他の国で生息するライチョウは狩猟の対象なので、人を見つけるとすごい勢いで逃げるんですよね。そんな風に日本のライチョウの性格は、野生動物や自然への畏怖を忘れない日本文化が育ててきたものなんです。

一羽の飛来雌から始まった復活作戦

雛たちと一緒に夏羽の飛来雌(中央)が散歩中(提供:環境省)
町田
2020年から、絶滅したとされていた中央アルプスにライチョウを復活させる事業が始まったんですよね。きっかけは、一羽の雌が飛来してきたことだと聞きました。
福田さん
そうなんです。2018年に中央アルプスの駒ケ岳で登山者が発見し、私たちがライチョウであることを確認しました。遺伝子検査で、北アルプスから飛来してきたとわかっています。
町田
北アルプスと中央アルプスってどのくらい離れているんですか。
福田さん
その雌は北アルプス南部の乗鞍岳から来たとされていて、約40km離れています。ライチョウの雌は近親交配を避けるため、長距離移動をすることがあります。その習性が功を奏したのかもしれません。でも、移動しない雌もいて、何がきっかけで移動するのかはまだわかっていないんですよ。
町田
北アルプスから移住したライチョウは、“飛来雌(ひらいめす)”って呼ばれているんですよね。
福田さん
そうです。飛来雌は推定11歳で、だいたいが平均で10歳くらいまで生きるので、長生きのおばあちゃんなんです。それに彼女はとても優秀で、外敵からひなを守るために巣を外敵に見つからないような場所で作っています。それに今でも、子育てもしているんですよ。
町田
今でも子育てを! 飛来雌は生きる力が強いんですね。

多くの人の手がつないだ、ライチョウの復活

町田
中央アルプスでの野生復帰は、具体的にどのように進められたのでしょうか?
福田さん
まず、飛来雌の無精卵と他の雌が生んだ有精卵を入れ替えてふ化した雛を飛来雌に育ててもらうことから始めました。この他に、乗鞍岳から3家族19羽を中央アルプスに連れてきて、個体数を増やす大がかりな取り組みも行いました。
ケージ保護をされたライチョウたち(提供:環境省)
町田
卵だけでなく、親子も移住したんですね。親子は、駒ケ岳からすぐ乗鞍岳の地に慣れたのですか?
福田さん
すぐ野生に放つことはせず、「ケージ保護」という守られた環境で一定期間慣らしてから野生に放鳥する手順を踏みました。ライチョウは、ふ化後1カ月間の死亡率がとても高いので、その期間を悪天候や外敵から守るために取り入れられた手法です。高さ1mほどのケージに餌となる高山植物を入れています。
町田
ライチョウたちは怖がらずに、ケージに入るのですか?
福田さん
餌でちょっとずつ誘導すると入ってくれて、数日経つと自分から戻るようになります。その後は彼らを野生に放ち、翌年に中央アルプスで確認した時にはほとんどが生き残っていました
ケージ保護を終え、関係者たちに見守られながら放鳥される様子。2020年8月(提供:環境省)
町田
その家族たちが、今の中央アルプスで暮らしているライチョウたちの祖先なんですね。
福田さん
はい。彼らがまたつがいを作り、生まれたひなをケージで保護して……などとこの流れを繰り返しました。他にも、捕食者となるニホンザルを追い払う事業なども実施した結果、25年には中央アルプスの生息数は300羽にまでなったんです。
町田
5年で絶滅から300羽まで増えるって、だいぶ早い復活ですよね?
福田さん
世界的にもこのスピードで絶滅地にその種が復活できたことは珍しいと思います。地域住民の方々による支援や登山者によるアプリを活用した目撃情報の共有など、多くの方の協力があったからだと思います。この結果には、高山同士に加えて、本来の生息地ではない低地でふ化したひなたちの“移住”も関わっていて。
現在、全国8か所の動物園でライチョウを飼育し、人工繁殖を行っています。そうして生まれた雛たちは高山に放ち、自然繁殖につなげて引き続き観察しています。
大町市立大町山岳博物館で餌を食べるライチョウの雛(提供:市立大町山岳博物館)

復活したけど、それで終わりじゃない

町田
私たちの住む場所からも、保護増殖のために移住している雛がいるんですね。高山と低地では、環境が全然違うと思うのですが簡単に飼育できるんですか?
福田さん
人口飼育の活動を通して感じるのは、彼らの生態がとても複雑であることです。例えば、野生のひなたちは母親のふんを食べることで、高山植物が持つ毒素を消化する腸内細菌を得るのですが、飼育下のライチョウにはその機会がありません。そのため、野生下で高山植物を消化できないのです。
町田
そんな……。では、野生の母鳥のふんを持ってきて与えるのですか?
福田さん
そう簡単にはいきません。ふんは他の鳥たちにも脅威となる寄生虫「アイメリア原虫」を宿していて、寄生されると、最悪は死に至ります。なぜライチョウが死なないのかは実はまだ良く判っていません。
そのため、動物園でライチョウが生活するための隔離施設を作ってもらいました。そこで適度に原虫を寄生させ、乾燥したふんから腸内細菌を取り出して与えているんです。飼育下で管理されているライチョウは、定期的に高山植物を食べ続けないと細菌が減少するため、高山で環境に影響のない範囲で採取したり、白馬高山植物園(北安曇郡白馬村)などから提供を受けたりして与えています。
中央アルプスで高山植物を採取する福田さん(2025年9月29日信濃毎日新聞デジタル掲載)
町田
低地でも協力があったからこそ、飼育のライチョウが野生でも生きられる体を手に入れたんですね。
福田さん
そうなんです。24年9月に初めて、生まれも育ちも動物園のひな7羽を中央アルプスに放鳥しました。卵をふ卵器で温め、雛も飼育員の方によって育てられました。腸内細菌を得る技術も確立してきましたが、野生で生き残る力はまだまだ弱くて。多くの対策を重ねてきましたが、24年に放鳥したひなは25年の10月時点でたった1羽しか確認されていません。
町田
復活はしたけれど、今でも課題がたくさん残っているんですね……。
福田さん
この事業を一緒に進めているライチョウ研究の第一人者で、信州大学名誉教授の中村浩志先生は、「ライチョウの気持ちになってやらないとだめ」と常におっしゃっています。
飼育技術の確立で、人の手でも飼育できて雛(ひな)も育てられるようになってきました。ですが、実際に野生のライチョウを見て、できるだけその環境を再現しないとライチョウの本能を発揮できなくなってしまう。この事業は「高山帯で生きる野生のライチョウを守る」ことが第一です。だからこそ、ライチョウそのものだけでなく、取り巻く環境にも目を向けて取り組んでいくことが大切だと感じています。

人の手がつなぐライチョウの未来

町田
多くの人が関わっているライチョウ事業は今後、どのように進んでいくのですか?
福田さん
今年からは、人の手を加えずに復活したライチョウたちが自分たちの力で生きていけるかどうかモニタリングしていきます。今後、中央アルプスがライチョウの生息地として認定されれば、環境省のレッドリストのランクが引き下げられます。
すると、国が主導でライチョウを保護する段階は終わり、地元自治体や民間の皆さんに引き継いでいくことができます。地域の人たちがより深く関われるようになることが、これからのライチョウ保全には欠かせないと感じています。
町田
私たちの手でもライチョウを守れるんですね。最後に、中央アルプスでの復活事業を振り返ってみていかがでしたか?
福田さん
5年前、駒ケ岳のロープウエーのお土産店でライチョウに関する商品を売っていた担当者が「ライチョウいないのに、申し訳なく売っています……」と話していました。でも、今は堂々と売れるんです。
ライチョウがやって来たことで、駒ケ岳の山小屋やロープウエーの皆さんのうれしそうな顔を見ると、私自身もうれしいです。環境省だけでなく、さまざまな立場の大人が一丸となって、地域活性化にもつながる結果を出せたことが、大きな成果だと思っています。
町田
飛来雌の移住をきっかけに、ライチョウを愛する人たちがその生態にとことん向き合った結果、成功した事業だったのですね。今日はお話しいただきありがとうございました。

編集:吉野舞