移住したくなったら

森の課題を解決するために、人の暮らしを豊かにする。 森と人の関係性を結び直す、家具屋「やまとわ」の挑戦

森の課題を解決するために、人の暮らしを豊かにする。 森と人の関係性を結び直す、家具屋「やまとわ」の挑戦

長野県と聞いて、最初に思い浮かべるものは何ですか?

「山」や「森」と答える人が多いのではないでしょうか。

事実、長野県は面積のなんと8割が森林!
このSuuHaaのWebサイトにも、豊かな山々のイラストが描かれています。

長野県民は、森と共に生きているというより、森林の中に住まわせてもらっていると言っていいくらい、長野は森林が身近にある土地柄です。

今回は、そんな森林資源を生かしたプロダクトづくりや森林再生に取り組む、株式会社やまとわを訪ねました。伊那市を拠点にユニークな地域材家具屋を営む会社です。

森林資源を活用する。植林したり、自然の森を保全する取り組みをしている会社なのかな?そんなイメージを持って始まったインタビューですが……。

「森を保護することだけでは、日本の森林問題の解決にはならない」

「自然は“自然のまま”が一番いいとは限らない」

「森の問題を伝えるより、森の面白さや豊かを伝えていくことが結果的に課題解決にもつながる」

そんな意外な事実を教えてくれたのは、やまとわで森林ディレクターとして活動するという奥田さん。

お話を伺う中で明らかになったのは、美しく見える長野県の森の裏側にある日本の森林問題。
そして、そんな森の課題を現代人の暮らしに合わせて編集し解決する、やまとわのユニークな取り組みでした。

株式会社やまとわ 取締役/森林ディレクター
奥田悠史
やまとわは「豊かな暮らしづくりを通して、豊かな森をつくる」をコンセプトに、信州・伊那谷の地域材を生かした地域材プロダクトづくりや、森林産業に関わる人材を育成する官民連携の森の学び舎「伊那谷フォレストカレッジ」などにも取り組む。

日本の森林は「使われないこと」が問題

北埜
今日はよろしくお願いします。本日はやまとわのオフィスにお邪魔していますが、山の麓にあって自然がきれいですね!
奥田さん
よろしくお願いします!森の取材ということで、せっかくなので森でお話ししようと思いまして。
北埜
早速ですが、やまとわは「森の課題を素敵に解決することを目指す」会社と伺っているのですが、いわゆる自然の森を保護したり、森林再生のようなことをされているんでしょうか?
奥田さん
うーん、ちょっと違いますね。たしかに世界的には森林開発が深刻で、森が使われすぎている途上国などは森林保護が重要です。でも、意外と知られていないんですが、日本はフィンランド、スウェーデンに次いで先進諸国の中で3番目に森林率が高い、世界有数の森林大国なんです。
北埜
日本は世界的にみても森林が豊かなんですね。
奥田さん
そうなんですよ。では何が問題かというと、日本の森はむしろ放置されてしまっていることが問題になっているんです。この周りの森、自然に見えるかもしれませんが、町から見える里山のほとんどが人が植えた「人工林」なんですよ。長野県に限らず、日本の森林の約4割は戦後になって植えられた人工林です。この人工林が管理されずに放置されていることで、それが「負債化」してしまっているんです。
自然に見える森も、4割は人が植えた人工林
北埜
森が負債化している……。何が問題になってくるのですか?
奥田さん
自然林であれば、人が手を入れなくても自然のサイクルが作用するので問題ありません。しかし、戦後の日本でつくられた人工林の多くは、スギだけなど単一樹種を過密に植林するものでした。それは間伐(間引き)を前提とした育林方法なので、放っておくと土砂崩れや洪水のリスクが高まったり、鳥獣被害が増えて農業にも影響が出てしまうんです。
北埜
人工林は、自然のサイクルとは違う植え方ということですか?
奥田さん
そうなんです。日本の一般的な植林は真っ直ぐで良質な木材を調達しようとするので、1ヘクタールあたり3,000本〜5,000本、多いところでは10,000本もの木を植えたんです。
北埜
100m四方の山に5000本と聞くと、かなりぎゅうぎゅうなイメージですね。
奥田さん
計画では、成長に伴って間引いていき、だいたい60年後には500本くらいになっている。つまり植林から1割〜2割くらいを残すつもりだったんです。5年〜10年かけて生育したらまず少し間引いて、そこから5年の周期くらいで徐々に間引いていく。ですが、計画通りにはいかず、今も間伐されずに数千本の木が残っているのが森の現状です。

だから、木同士の間隔が狭いから思うように生育できず、今の人工林はもやしみたいな弱々しい森になってしまっています。そんな状態で放置されているので災害にも弱く、人の命を奪いかねないリスクがあるんです。
北埜
窮屈な場所では健全に成長できないって、人も木も同じだ。
奥田さん
だからこそ、人が適度に間引いて、森が健全に生育するようにサポートしなくちゃいけないわけです。一度人が手を入れてつくられた森は、その後も人が手を入れる必要があります。
北埜
自然は人間が関わらない、それこそ「自然のまま」が一番いいと思いがちですが、不自然に作られた人工林はむしろ、人が積極的に手を入れなければいけないんですね。

日本古来の天然包装材を復活させたわけ

北埜
人工的に作った森は、人が管理し続けなければいけない。その課題に対して、やまとわはどんな取り組みをされているんでしょうか?
奥田さん
一言で言うのが難しいのですが、森を面白くする会社でありたい、と思っているんです。
北埜
森を面白くする?
奥田さん
先ほど話したように、日本の森は生かされずに放置されているという問題があります。でも、「森が大変なんです」「日本の森林問題をなんとかしましょう」って言われても、なかなか興味を持ってくれる人は少ない。ですから、僕たちはそうした課題をそのまま伝えるのではなく、「森ってこんなに面白くて、豊かなんです」という、森の豊かさ、面白さを伝えることで、森が生かされる暮らしをつくりたいんです

たとえば、これ、なんだか何かわかりますか?
乾燥室で乾かされているこれは……?
北埜
木目調の紙、ですか……?
奥田さん
実はこれも木なんです。経木(きょうぎ)といって、木の皮をスライスして作られた100%天然の包装材です。
北埜
えー! こんなに薄いものが木だなんて、ちょっと信じられないです。
奥田さん
すごい技術ですよね。伊那谷にたくさん生えているアカマツという木を、半世紀前の古い機械を使って職人技でスライスしているんです。食材を包んだり、敷いてまな板のように使ったり、ラッピングペーパーやキッチンペーパーとしても活用できます。お肉屋さんがお肉を包むのに使ったりと、昔の日本では暮らしの中で当たり前のように使われていたんです。

今でも経木をつくっているところは残りわずかなのですが、やまとわでは昔ながらの製法をなるべく生かして作りました。
信州経木 Shiki」(やまとわ提供)
北埜
木目がとってもきれいですね。木ならではの味わい。
奥田さん
アカマツは抗菌作用や調湿作業に優れていて。おにぎりを包むときにはラップの代わりにもなるので、脱プラスチックにもつながります。経木は原料が木のみだから、使い終わっても気軽に捨てることができ、たくさん使っても環境に優しい。
北埜
きれいすぎて使うのがもったいないくらいです……。
奥田さん
そんなこと言わず、ぜひ使ってください(笑)。日常でたくさん経木を使うほど伊那谷の木が活用され、そのぶん森に人の手が入る。経木を使うことが豊かな森づくりにつながりますから。

森と暮らしを再びつなげるために必要な「文脈の再編集」

北埜
暮らしが豊かになり、森も豊かになっていく好循環が、経木から生まれているんですね。
奥田さん
そうなんです。やまとわでは、「豊かな暮らしづくりを通して、豊かな森をつくる」をコンセプトに掲げて活動していて。昔は、日本人の暮らしに森はなくてはならない存在でした。家を建てるのにも、煮炊きにも、お風呂にも欠かせなかった。でも、海外の安い輸入木材が入ってきて、いつしか私たちの暮らしと日本の森は切り離され、無関係でも生きていけるようになってしまった。
北埜
日本人と森の間に距離が生まれ、それが森の放置という問題につながるわけですね。
奥田さん
そうです。だからこそ、森と関わりがなくなってしまった現代の暮らしをもう一度、森とつなげる必要があると僕たちは考えています。特に、「コンテキスト」、「リレーション」、「サステナビリティ」の3つの観点を意識してプロダクトをつくっています。
北埜
日本語にすると、文脈、関係、持続可能性ですね。
奥田さん
はい、日本の森と現代の暮らしはそのままでは繋がらないから、文脈を再編集する。そうして紡がれた関係性が、きちんと持続するように考え続けていく。

たとえば、やまとわでは経木と同じく、伊那谷のアカマツを使った「パイオニアプランツ」という無垢の家具もつくっています。「暮らしを身軽にする家具」をコンセプトにしていて、今座っているこの椅子もラインナップのひとつです。

アカマツの軽さを活かし、家の中でもアウトドアでもシーンに応じて持ち運べるので、「ポータブルファニチャー」と呼んでいます。2拠点生活やワーケーションなど、移動が当たり前になっている現代の暮らしと、軽い木材であるアカマツの特徴をつなげた結果生まれたものです。
取材中に座っていたイスはパイオニアプランツの「Owen’s Chair」。深く腰かけることができ、包まれたような座り心地と片手でも持ち運べる軽さが特徴(やまとわ提供)
北埜
軽いというアカマツの特徴と、テレワークやアウトドアブームなど移動が多い現代のライフスタイルという2つの文脈を、「持ち運べる家具」というコンセプトでつなげているんですね。
奥田さん
そうです。それに、パイオニアプランツはプラスチックや金属など、自然に還らない素材をほとんど使っていないので、使えなくなったら燃やして自然に還すこともできるサステナブルなプロダクトでもあるんです。

森からつくられたプロダクトが暮らしの中に入り使われなくなればまた森に還すこともできる。そういった循環を大事にしたいんです。
やまとわ提供

現代は「合理的」の捉え方が間違っている

北埜
ーそういえば、やまとわでは木工だけじゃなく、農業もやっていると聞きました。林業と農業って全然畑違いのようですが、何かつながりがあるんでしょうか?
奥田さん
普通に考えると、合理的じゃないように思えますよね。でも実は、昔から「夏は農業、冬は林業」という暮らしが合理的だったんです。夏の木は、成長するために水分を多く含んでいるので重くて運搬が大変なんですが、寒くなると成長を止め、身を引き締めて水分を少なくするので軽くなるんです。

つまり、木は冬に伐採した方が切りやすく、水分が少ないのに乾燥にかかるエネルギーも少なくなる。逆に、農作物は夏によく育つ。だから、林業は冬の間にする仕事で、夏の間は農業で生計を立ててきたんです。
やまとわ提供
北埜
林業と農業の組み合わせは、自然のサイクルに合っていたんですね。
奥田さん
そうなんです。そういった昔ながらのスタイルを参考に、やまとわでは「農と森事業部」という部署が循環型農業に挑戦しています。最近はとうもろこしやカボチャを栽培し、ピューレに加工したものを販売しています。

林業ともつながっていて、家具や経木をつくる過程で出てくる木材を燃やして炭にし、自然の肥料として畑に撒くんです。炭は土壌改善にとても効果があるので、豊かな土ができ、その土で育ったとうもろこしはとっても甘くて美味しい。森のめぐみが畑にも生かされるわけです。
農と森事業部のみなさん(やまとわ提供)
北埜
端材まで無駄にしない、究極のエコですね。
奥田さん
循環型農業は木材を無駄にしないだけじゃなく、持続可能な農法でもあるんです。通常の農業では、石油を使った化学肥料を使うことが多いのですが、石油はいつか枯渇してしまいます。でも、木材を炭にした自然肥料なら、ずっと続けることができますから。
北埜
なるほど。聞けば聞くほど、農業と林業の組み合わせが理にかなっていると思えてきました!
奥田さん
そうですよね。昔のやり方はすごく合理的なんですよ。僕たちはよく「合理的」という言葉を口にしますけれど、それは無駄をなくす、効率を重視するといった意味合いですよね。でも、合理的の本来の意味は「理(ことわり)に合う」。つまり理にかなっているということです。

日本は、戦後たくさんの木材を調達するために人間の都合でたくさんの木を植林しました。これは一見すると合理的に見えますが、実は非合理な行為だった。単一樹種を植林してモノカルチャー化した森というのは、生物多様性が失われます。そうなると、野生動物の餌が不足して、動物は里を降りて、野菜を食べる。それによって農家さん達のモチベーションが失われてしまったりする。それに、最初に話したような根が弱い森は災害にも弱くなってしまいます。スギの花粉症の蔓延もそうですよね。

だから、実は自然の都合に合わせる方が、長期的に見れば人間にとっても都合がいいと思うんです
北埜
自然の摂理に合わせることが、人間にとっても合理的なんですね。
農と森事業部のみなさん(やまとわ提供)

世界の環境問題を解決するなら、まずは自分たちの暮らしから変えていく

北埜
ー先ほど話に出てきた「豊かな暮らしづくりを通して、豊かな森をつくる」の意味が、より深くわかってきたような気がします。やまとわは、人の都合と自然の都合の折り合いをつけているというか、人が我慢せずに豊かな暮らしを送りながら、森も豊かになっていく好循環をつくっているんだと。
奥田さん
そうですね。結局、僕らは森と関わらずには生きていけないわけなんですよね。だからこそ森を生かし、森に生かされるWIN-WINの関係性をいかにデザインするかが大事だと思います。そこに絶対の正解はなくて、地域によって森との共生関係は変わります。ちょうどいいバランスがどこにあるか、それを常に考え続けるしかない。
北埜
気候変動が取り沙汰されるように、人と自然との共生は長野県だけでなく、日本、それこそ地球規模のテーマになってきていますよね。
奥田さん
世界全体の環境問題といった大きいスケールの話であっても、まずは足元から考えることが大事だと思います。身近な環境を考えることが、やがて世界規模の変化にも繋がっていく。

自転車で8年かけて世界一周をしたヨシさんという友人がいるのですが、彼から聞いたインドのお坊さんの話が印象に残っていて。
奥田さん
「君は世界中を回ることで、世界を知っていると思っているだろう。私はここから出たことがない。それでも、私の方が君より世界を知っている」

たしかにそうだ、と僕も感じたんです。足元の環境に目を向けられなければ、世界の環境も見えてこない。抽象的な世界ばかり捉えようとしても、そこには世界の誰かが見つけた情報としての事例しかない。自分がないんです。身近な環境と丹念に触れ合い、その構造を捉えることができたら、それを世界規模へと広げることができるはず。だからこそ僕は、伊那谷の中で持続可能な暮らしを実験し、追求することが、世界につながると確信しているんです。
北埜
自分たちの足元から、世界を変えていく。
奥田さん
たとえば、最近は生ゴミ問題にも関心があって。水分を含んだ生ゴミを焼却するために、助燃剤やプラスチックを一緒に燃やさないといけなくなっている。日本国内のゴミの処理費用は2兆円ものお金がかかっているんです。生ゴミが減れば、焼却コストはグッとさがる。だから、まずは社内の生ゴミ問題から解決しようと堆肥舎をつくっているんです。

生ゴミの処理にどのような課題や解決法があるのか、まずは身近なところで向き合い実感していく。自分たちが望む暮らしを、自分たちの手で足元からつくっていくということですね。
北埜
遠回りに見えるけれど、世界の問題を解決するには自分たちの暮らしを心地よく改善していくことが、一番の近道なのかもしれないですね。

さいごに

取材中、奥田さんが一言ひとことを丁寧に吟味しながら話している姿が印象的でした。誠実で、嘘や誇張がない等身大の言葉と、地道にたしかに積み上げられてきた行動。

それは日々、木と森と向き合っているからなのかもしれない、と感じました。

何十年、ときには何百年というスパンで森と関わりあいながら、現代の生活と自然を結びつけていく。

森と人が生かし合える未来を目指すやまとわの取り組みは、着実に伊那谷の中で根を張り、世界へと枝葉を伸ばしていく。そんな未来をたしかに想像させられる取材となりました。

撮影:五味 貴志
編集:飯田 光平