移住したくなったら

ご機嫌な自分でいるために長野を選んだ。新卒で長野就職を決めた女性たちの本音を聞いてみた

ご機嫌な自分でいるために長野を選んだ。新卒で長野就職を決めた女性たちの本音を聞いてみた

若い女性が地方を離れていっている。そんなニュースを、どこかで読んだことがある人も多いかもしれません。「地方には仕事がない」「やりたいことができない」「密すぎる関係性が息苦しい」。就職期にあたる20〜24歳の女性が地元を離れる傾向は、長野県も例外ではありません。

以前SuuHaaでも、「地元は好き、でも戻れない」という女性たちの座談会を行いました。仕事、人間関係、パートナーのこと。さまざまな事情が絡み合って、長野に「戻れない」女性たちがいる。問題は「女性が都会に行くこと」ではなく、「好きだけど、選べない状況があること」。

では、どうしたら「長野を選べる」ようになるのでしょうか。

長野を離れる人たちがいる一方で、長野を選び、根を張ろうとしている女性たちもいます。彼女たちはどうして長野を選び、どんな思いを持って日々暮らし・働いているのでしょう。

そこで今回は、新卒で長野にIターン・Uターンすることを選んだ3名の女性に集まっていただき、座談会を実施。長野を選ぶに至った経緯を素直な言葉で語ってもらいました。進行は、同じく地方出身で、長野市にIターン移住をした筆者・風音が務めます。

写真左から中山さん、井出さん、梶野さん
座談会参加者
中山萌加さん(26)八幡屋礒五郎 広報室
愛知県名古屋市出身。学生時代はデザインやグラフィックを学び、2023年に新卒で八幡屋礒五郎に入社。プレスリリースの作成や取材対応などの広報活動のほか、地域の学校で食育プロジェクトを担当。

井出祥子さん(26) VAIO株式会社オペレーション本部SCM部オペレーション課
長野県下諏訪町出身。千葉県内の大学を卒業後、2023年にVAIO株式会社にUターン就職。安曇野本社に勤務し、海外ODM企業の生産管理から出荷、海外向け製品の輸出など、海外オペレーションを担当。英語や中国語を使って日々交渉、調整を行っている

梶野結暉さん(26) 長野市役所 広報広聴課
福岡県北九州市出身。東京の美術大学を卒業後、2023年に長野市役所にチャレンジ枠で入庁。長野市都市ブランドデザインの推進、SNS運用、広報PRを担当。

「なんかいいな」という直感に従って長野を選んだ

——今回一番聞きたいのが、なぜ皆さんは新卒で長野就職を選んだのかということです。梶野さんは、進学で福岡から上京して、そこからさらに長野にやってきたんですよね。

梶野さん
正直、「どうして長野だったのか」というのは自分でも謎で、まだまだ解き明かし中です。就活の面接でも「長野に来たいってことは、登山とかスキーが好きなの?」って聞かれて、「いえ、なんかいいなと思って」と答えたら不思議がられました。

——就活前から、長野には来たことがあったんですか?

梶野さん
ちょこちょこ遊びに来ていました。一番最初は、友人たちと軽井沢に旅行に行って。帰りに、「ちょっと時間があるから長野市にも行ってみよう」と善光寺の周りをぐるぐる回ったときに、「なんか長野市いいな」って思ったんです。あえて説明するとしたら、自分でお店をやってる人や、新しく何かにチャレンジしてる人が多くて、「おもしろいな」って思ったのかな。

SuuHaaも読んでいたので、本格的に長野就職を考え始めたタイミングでSuuHaaから資料請求をしましたよ!
中山さん
わかります。わたしも学生の頃に友人たちと長野市に旅行に来て、善光寺や長野県立美術館を回りました。まちにいながらも山が見えることや、のんびりした空気がなんだか気に入って、そこから一人でも旅行に来るようになって。次第に、「いつかこんなまちで暮らしてみたい」と漠然とした憧れを抱くようになりました。

——いくら長野が気に入ったとはいえ、新卒で就職するとなると悩みませんでしたか?

梶野さん
私は東京の美大でデザインを学んでいたので、都内のデザイン会社に入るのが一般的なルートなんですけど、私は昔から人と違うことがしたくなっちゃうんです。だから「長野で就職したい!」という直感に対してあまり不安は抱かなかったです。

たまたま自分が就活を始めた年に、長野市役所が※チャレンジ枠という採用枠を設け始めて。

試験は作文と面接だけ。学生時代に産学プロジェクトに関わっていた経験から、「自分の意見を持って、政策まで落とし込める若手が行政にいたら面白いんじゃないか?」と思い、応募をしました。自分は全然公務員っぽくないタイプだったので、入ったらどうなるんだろう?と思っていました。

…長野市役所で様々な課題の解決に対して、チャレンジしたいと考えている人を対象にした採用枠

——「私がいたらここはどんな場所になるんだろう?」という発想で、長野市役所に飛び込んだんですね。

中山さん
私も学生時代はデザインやグラフィックを勉強していました。長野旅行中にお土産として手に取った八幡屋礒五郎の七味缶が気になって。採用情報を調べてみたら、たまたま「広報・デザイン」の部署で新卒の募集があったんです。

——お土産がきっかけで!

中山さん
私は「絶対に長野で就職したい!」と意気込んでいたわけではなく、地元の愛知でも就活していたんですが、八幡屋礒五郎の説明会や面接で長野市に通ううちに、「やっぱり長野っていいな」という気持ちが強くなっていきました。縁あって内定をいただき、長野に来ることを決めました。

「満員電車に乗りたくない!」ゆとりのある暮らしを求めて

——井出さんは、進学で一度関東に出て、地元長野にUターンした形ですよね。もともと「就職は長野で」という思いがあったんですか?

井出さん
いえ、最初はUターンする気は全くなかったんですよ。大学では英語と中国語を勉強していて、都内のメーカーの海外事業部から内定をもらっていました。就活を終えて、しばらく何も考えずに遊んでいたんですが、ふと、「これから毎日満員電車に乗って出勤するんだ」と考えたら、直感的に「ムリだ!」と思ったんです。
梶野さん
わかります!東京は最先端が揃っていて、すごくいいまちではあるんですけど、人の多さを考えるとちょっと私には無理だなって……。
井出さん
高校も大学も自転車通学だったので、毎日満員電車に乗ることが全然想像できなくて。それで内定を辞退して、就活をやり直すことにしたんです。東京以外のところとなると、長野しか選択肢が浮かびませんでした。

——就活をやり直すのは大変ではなかったですか?

井出さん
東京の大手企業は、新卒採用の申し込みを一定期間で打ち切ってしまいますが、長野の企業は通年で窓口が開いていたので助かりました。母に、「長野で就活しなおそうかな」と話したら、「こんなのあったよ」って信濃毎日新聞社が出している「SHINSHU STORY」って冊子をくれて。そこから気になる会社を探して選考に進み、今の会社に入社しました。

——新卒で地方就職を選ぶメリットとして、住環境のゆとりが得られるというのは大きいですね。

中山さん
やっぱり都会に比べると家賃が安いですよね。私は会社まで自転車で20分圏内のアパートに住んでいるんですが、2DKで家賃は5万5千円でインターネット無料です。窓から山が見えるのがお気に入りで、4年目になるいまでも「この景色が無料でいいの!?」と思います。
梶野さん
私は3LDKの一軒家に夫婦ふたり暮らしで、駐車場もついて家賃は8万円に抑えられています。都会じゃありえない値段ですよね。
井出さん
私も2DKのアパートで、駐車場つきで家賃は4万5千円です。新築ではないですがかなり広いです。ほかにも、社内に若手がまだ多くないからか、会社の人たちがすごく気にかけてくれて。「うちで採れた野菜あげる」とか、いろいろとお裾分けをしていただけるので助かっています。
梶野さん
長野ならではですよね。普通に暮らしているだけで、いろんな方からお野菜やリンゴをもらう機会がたくさんありますね。

長野だから、自分だから任せてもらえる仕事がある

——実際に長野で働き始めて、長野の職場を選んだからこそできた仕事や、「来てよかったな」と感じる場面はありますか?

梶野さん
仕事を通じてまちに手が届いている感覚を得られるのがうれしいです。たとえば、前の部署ではスタートアップや創業者の支援をしていたんですが、立ち上げの頃から見てきた方の事業が形になるのを暮らしの延長線上で見られるんです。

ほかにも、行政の制作物っぽくないようなものを作る機会もいただいて。自分の色全開でまちづくりに関わるお仕事をやらせてもらっています。
梶野さんは、学生の頃に始めたバンド活動を社会人になっても継続中。長野でライブを行うことも
井出さん
私も、「私が東京でやりたかった仕事って、全然長野でもできるじゃん」というのが正直な感想です。今はメールやチャットで海外のクライアントとやりとりが出来るので、東京にいなくても長野で住環境を確保しながら仕事ができる。

それに、東京だったら新卒で語学が得意な社員なんてごまんといると思うんですが、今の自分の部署では、語学ができる人が私と先輩上司の2人だけなんです。頼りにされている実感がありますし、実際に入社2年目の6月から中国出張を任されました。今も年に一度は海外出張の機会があります。
中国出張中の様子

——大企業だと、希望の部署に配属されたり、やりたい事業に携われるまで何年もかかる、というのはよく聞きますね。中山さんはどうですか?

中山さん
仕事を通じて長野のいろんな魅力を知り、それを広げるお手伝いができるのがうれしいです。移住してくる人が珍しいのか、社内外の人からよく「なんで長野に来たの?」ってよく聞かれるんです。そこから、長野の好きなところをお話しできるのも楽しくて。

長野出身の方って、「長野なんて何もないよ」っておっしゃることが多いんです。私みたいに外から来たからこそ感じられる良さもあると思うので、そういう魅力を中の人にも外の人にも伝えていきたいですね。

「いま令和ですよ」。新しい風が職場を少しずつ変えていく

——やりたいことに存分に向き合えている皆さんですが、地方で若い女性として働く中で、大変だと感じることはありませんでしたか?

井出さん
長野だから、というよりは私の会社の場合ですが、私が入社した年は会社として新卒採用を始めてまだ数年目で、私ともう一人の同期が初めての新卒女性だったらしいんです。最近は中途採用も増えてきましたが、やっぱりまだまだ「入社してからずっとこの会社にいます」という方が多いので、新しいものが入ってくることへの抵抗感が強い気がして。「ちょっとでも珍しいことをしてると目立つな」というのが最初の印象でした。

——たとえばどんな場面でそう感じましたか?

井出さん
自分にとっては普通のオフィスカジュアルでも、「ずいぶん派手な服着てるね」と言われたり、PCにステッカーを貼っていたら「それ何?」って怪しまれたりとか。でも、私はスーパーポジティブなので、自信を持って「これかわいいですよね!」と言うようにしていました。
梶野さん
スーパーポジティブ!大事!
井出さん
県民性かもしれないですが、なるべく穏便に、みんな一緒に、みたいな空気があると思うんですよね。でも私はある意味そういう環境をおもしろがって、「いま令和ですよ!?」ってバンバン言っちゃいます。
中山さん
かっこいい!どういう時に「いま令和ですよ」って思いますか?
井出さん
たとえば、私が入社した頃は、みんな有休を取る時に理由を述べていたんです。でも、私は単に「有休取ります」とだけ言うようにしていました。最低限従わないといけないルールには従いつつ、そうじゃない「暗黙の了解」みたいな空気は私がどんどん変えていこうと思って。実際に、最近は先輩や上司もわざわざ理由をいわずに有給を取るようになったんですよ。

——新卒の井出さんが空気を変えたおかげで、結果としてその上の世代も働きやすくなってる!

中山さん
女性ならではの大変さではないんですが、長野って広いから、同じ長野でも地域ごとに誇りを持っている部分があって。長野パルセイロと松本山雅の信州ダービーとか、スポーツチームも地域ごとにいろいろある。世間話のつもりでポロっと言ったことが失礼になるかもしれないし、人と話す中で感覚を掴んでいくしかなくてちょっと大変でした。でも、新しいことを知るきっかけになりましたし、今では長野ならではの魅力のひとつだと思えています。
梶野さん
私は、最初の頃は「地域で頑張る人たちを、デザインやアートの力で応援したい!」という気持ちの部分だけが先行してしまって、いきなり自分らしさフルスロットルでいきすぎてつまずきました。

公務員って、組織の中で決められたルールがあるので、単に「これがアートなんです!これがいいんです!」とだけ提案しても跳ね返されてしまうんですね。最低限のルールに則った上で、「なぜこれがいいのか」を説明できるようになったら、自分の色も出しやすくなるのかなと思います。4年目の今でもまだ力加減を間違えることがあるし、日々勉強です。

ぶれない軸があれば、どこに行っても自分らしくいられる

——改めて、皆さんが「長野に来て良かったな」と感じる瞬間について教えて下さい。

梶野さん
1番は、自分が「移住」を決めた街で自分らしく暮らせていることですね。まちを歩けば知り合いがいて、友人ができて、その友人の紹介で結婚もしました。直感を信じて長野に来て本当によかったなと思います。好きなことを続けながら、好きな土地で暮らせています。
中山さん
私は劇的な出来事はないんですが、仕事終わりにスーパーで地元の食材を買ってお料理をしたり、昔ながらの映画館でレイトショーを観たり、平日でもゆとりのある暮らしが送れていることに満足しています。

新しい趣味として、同期と一緒に陶芸教室にも通い始めたんです。仕事で疲れて「今日は何もしたくない!」と思う日でも、家の周りを散歩して景色を見るだけで癒やされます。
井出さん
そうやって山や空を見て「きれい!」って思えるのって、自分の心に余裕があるからですよね。残業して疲れた夜に「あ、星がきれい!」と思えると、「まだ自分にそういう感性が残っているんだ」って安心するんです。

——たしかに。心や身体が疲れ切っていたら、何気ない景色のきれいさにも心が動かないかもしれませんね。 

井出さんの勤める安曇野本社の後ろにそびえ立つ、雄大なアルプスの山並み。空も広く、仕事終わりは星空を眺めながら帰宅できる
井出さん
私は、「満員電車がイヤ」ってだけで長野に帰って来ちゃったので、最初は「1人ぼっちになるのかな」って不安だったんです。最初の頃は、東京で就職したみんなが仕事終わりに乾杯しているSNS投稿がキラキラ眩しくて、「やっぱり東京に行っていたら……」と後悔してしまう時もありました。

でも、3年間長野で働いた今は、仕事で疲れた日でも、満員電車に揺られることなく、家に帰って1人の時間を過ごせるほうがよっぽど私には必要だと思えるようになりました。たとえ家でぐうたらしてるだけでも、それは私にとって大切な時間だから。

——皆さんの話を聞いていて、新しい環境でもぶれない「自分らしさ」があるからこそ、長野での仕事や暮らしが楽しめている気がします。

中山さん
基本的に、何事も「なんとかなるさ」と思っています。悩む前にまずはやってみて、それから考えればいいやってマインドでいますね。
梶野さん
私は、「デザインやアートが好き」っていう絶対的な軸が自分の中にあって。「どこに行きたいか」じゃなくて、「何をしたいか」という軸で動いているから、「どこにいても大丈夫」だと思えます。市役所はどうしても部署異動があるんですが、部署が変わったとしてもその軸は変わらないから、常にやりたいことがやれている感覚です。
井出さん
私は人と比べて自信をなくしちゃうタイプなんですが、むしろ長野に来てからメンタルが強くなったと思います。自分と同じような人が周りにいない環境だからこそ、仕事をする中で「私だからできることがある」と思えるし、頑張ろうと思える。自分を保つという意味では、長野では埋もれすぎずにいられるなと思います。
梶野さん
わかります。東京にいたころは、何をやっても周りに馴染んじゃったんですよね。それに比べると、長野市は外を歩けば誰かしら知っている人に会うし、ちょっと何かをやるだけで目立っちゃう。それがイヤな人もいるだろうけど、私には心地いい環境です。

——最後に、皆さんがこれから長野でやってみたいことを教えてください。

中山さん
私は仕事に慣れてきてゆとりができたので、趣味やプライベートの時間をもっと充実させていきたいと思っています。陶芸教室で作った作品がたまってきたので、同期と一緒にびんずる市などのイベントに出店してみたいです。
中山さんが陶芸教室で作った作品
井出さん
うちの会社は若手が少ないので、今のうちに先輩たちから吸収できるものは吸収して、今度は中堅社員として後輩を育てていけるように頑張らなきゃなと思っています。
梶野さん
私は今年から新しく広報広聴課の所属になったので、ポスターなどの広報物をつくったり、Youtube動画を撮ったりしています。まさに自分の得意分野なので、もっともっと自分の力を仕事で活かせたらと思っています。長野のことをもっとたくさんの人に知ってもらえるように、これからも発信し続けていきたいです。

自分で選んだ道を、自分で正解にしていく彼女たち

最後の質問が終わっても、誰も席を立たず、「同期って何人いるの?」「休みの日って何してる?」「何か一緒に仕事したいね」と話し続けていた3人。自分自身の心地よさや直感に従って長野を選んだ同士だからこそ、通じ合う部分があったのかもしれません。

3人の話を聞いて、若者も含め、誰もが選びたくなる職場や地域になるためには、まだまだできることがあるのではないか、と感じました。「いいな」と思って来てくれる人を、ちゃんと受け入れ、チャレンジを見守る寛容さがあるか。誰もが働きやすく、暮らしやすい環境をみんなでつくっていくことが大切です。

就職にも、移住にも、正解はありません。「なんで長野だったのかは今でもわからない。その理由を探している最中です」と梶野さんが語っていたように、最初から正解を求めるのではなく、「なんかいいな」という自分の直感を信じ、より心地いいほうを選び続けることでその選択を自分で正解にしていく。そんな彼女たちの姿勢は、きっと周りにも影響を与えていきます。

もし、「長野で働く」ことが少しでも気になっているなら、まずは旅行でもインターンでも一度長野に来てみてください。あなただけの「なんかいいな」が、きっと見つかるはずです。

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撮影:西 晴紀