
2026.06.05
「あ、ここいいね」の直感を信じて。パリで出会ったふたりが、山ノ内町で「やまブイブイ」を開くまで
こんにちは。ライターの風音です。
旅先で出会ったお店が、いつの間にか「また帰ってきたい場所」になる。そんな経験はありませんか?
長野県山ノ内町のフランス料理店「やまブイブイ」は、私にとってまさにそんな一軒でした。
初めて「やまブイブイ」に足を運んだのは、長野市で暮らし始めてから数年目、週末に夫婦で山ノ内町へ一泊二日の温泉旅行に行ったとき。
山ノ内町は長野県北部に位置する、志賀高原を有する国内有数のスノーリゾート。温泉に入る野生のニホンザルで知られる「地獄谷野猿公苑」がある温泉街で、長野に移住する前から家族や友人と何度か訪れたことがありました。
これまでは旅館の周りで夕飯を食べていましたが、「たまにはローカルの人が行くようなお店にも行ってみたい!」と調べて見つけたのが「やまブイブイ」でした。
通りに面したガラス張りの店内から漏れるあたたかい光に引き寄せられて中に入ってみると、「こんばんは、いらっしゃいませ」とカウンター越しに店主があたたかく迎えてくれました。

店内には、観光客らしき人もいれば、地元のおじいちゃんが「やってる?」と顔を覗かせ、居合わせた顔見知りのお客さんとワインをぐいぐい飲んで井戸端会議。初めて来たお店なのに、自分もずっと前から通っていたかのような居心地の良さがありました。
てっきり、もう何年も営業しているお店なのかと思いきや、オープンは2024年の9月。私が行った日は、まだオープンからたったの数ヶ月目だったよう。あの居心地の良さと、地域への溶け込み方は一体……!?

そんな「やまブイブイ」を切り盛りするのは、フランス人のジャン・パコム・ドゥデューさんと、神戸出身の黒田七生さん。パリで出会ったふたりは、コロナ禍を機に日本へ。そして、全く縁のなかった山ノ内町に移住を決めたといいます。
パリからどうして長野の温泉街へ? フランスと長野は実は似ている? おふたりの出会いから、山ノ内町にたどり着くまでの道のり、地域に溶け込むお店ができるまでのお話しをじっくり聞いてきました。
居酒屋スタイルで食べられるフランス料理

- 風音
- 今日はよろしくお願いします。私、「やまブイブイ」さんのお料理を食べて、フランス料理のイメージが変わったんです。
- パコムさん
- ありがとうございます。僕たちは、まさに日本の人たちがイメージするフランス料理と真逆のことをしたかったんです。コース料理やセットメニューじゃない、地元のビストロで食べるようなフランス料理をやりたいというのが、元々のアイデアでした。小皿でいろいろと好きな量を食べられる、日本の居酒屋スタイルを目指しました。
- 風音
- たしかに、小皿でちょっとずつ注文できるから、食べたことのないメニューでも「ちょっと試してみようかな?」と挑戦できました。
- パコムさん
- 皆さんに馴染みのある料理と、食べたことのない料理、どちらもバランスよく提供できたらいいなと思っています。おいしくて安心できる素材でフランス料理を楽しんでほしいので、できるだけ地元の食材を使って、パン以外の素材はなるべく自分たちで手作りしています。ちょうど試作中のハムがあるので、良かったらどうぞ。

- 風音
- いただきます! んん、ちょっとピリッとしますね。もしかして、七味ですか? それから、ほんのり甘みが……。
- パコムさん
- 長野県の老舗七味専門店「八幡屋礒五朗」の七味と、隠し味に自家製の干し柿を使っています。名付けて「フランス風チャーシュー」です(笑)。
- 風音
- 七味と干し柿! おもしろい組み合わせですね。
- 七生さん
- パコムの専門分野は、フランスで「シャルキュトリ」と呼ばれる、ハムやソーセージ、パテなどの肉の加工品なんです。そこに長野ならではの食材やアレンジを加えたメニューを日々研究しています。お料理に合うようにナチュラルワインや日本酒、コーヒーも、なるべく山ノ内町や長野県産のものを取り入れるようにしています。
春になると、山菜を使ったメニューも登場
- 風音
- 地元のお酒が楽しめるのもうれしいですね。以前お店に来たとき、お風呂あがりらしき地元のおじいちゃんおばあちゃんがワインを飲み交わしていたのが印象的でした。まるで地域の食堂みたいだなと。
- 七生さん
- 「やまブイブイ」というのは、まさにフランス語で「山の大衆食堂」という意味なんですよ。誰でもふらっと来られるようなお店にしたくて名付けました。

- 風音
- えー!ブイブイってそういう意味があったんだ。
- パコムさん
- 「ビストロ・ド・ラ・モンターニュ」(山のビストロ)や「カフェ・ド・ラ・モンターニュ」(山のカフェ)といった名前のフランス料理店はよくあるけれど、発音するのが複雑すぎるし、覚えにくいなと。フランス語と日本語の両方で発音しやすくて、わかりやすい名前を選びました。
コロナ禍で撮影の仕事がストップ。もうひとつの夢だった料理の道へ

- 風音
- おふたりはパリで出会ったんですよね。どういうきっかけで知り合ったんですか?
- 七生さん
- もともと、私とパコムは写真の仕事をきっかけに知り合いました。私は当時パリの大学に通いながら、アジア人向け観光情報サイトスタートアップでアルバイトをしていて。撮影や取材の仕事を任される中で、本格的に写真の仕事がしたくなり、当時パリでプロフォトグラファーとして活動中のパコムのinstagramを見て、「アシスタントとして雇ってくれませんか?」と連絡をしたんです。
- 風音
- パコムさんは、当時はシェフではなくてフォトグラファーをしていたんですね。
- パコムさん
- そうなんです。19歳の頃から写真の仕事を始めましたが、料理もすごく好きでした。20代の頃、ケータリングの会社を立ち上げたんですけど、当時のパリでは、撮影現場で出来たての料理が食べられるというのは画期的で好評でした。でも、同時に写真の仕事も忙しくなってきて。料理か写真に専念するかで、写真を選んだんです。
- 風音
- そこで写真を選んだおかげで、結果的に七生さんと出会えたと。
- 七生さん
- そうそう。でも当時、パコムは海外での撮影が多かったので、アシスタントとして採用するのは難しいという話だったんです。だけど、そこから仲良くなって、お付き合いするようになりました。
- 風音
- え~素敵! 運命ですね! でも、お互い写真の仕事をしていたところから、どうして再び料理の道に?
- 七生さん
- ふたりともパリで暮らすことに飽きてきて、「どこか新しい土地に行きたいね」と考え始めた頃にコロナ禍が始まったんです。
- パコムさん
- 僕は海外での仕事が中心だったこともあって、全ての撮影がストップしました。そこで、もうひとつの夢だった料理の道にもう一度進んでみようと思い、パリにあるシャルキュトリの専門学校に通いました。

- 七生さん
- パコムが卒業してから、せっかくお店をやるなら、まったく新しい土地に飛び込んだ方が面白そうだと思って。ヨーロッパの中でいろいろと考えたんですが、特にピンとくる場所がなくて。だから、「日本はどう?」とパコムに聞いてみたんです。
- パコムさん
- 七生は日本に戻りたくないと思っていたのでとても驚きました。でも、たしかにシャルキュトリをやるなら、ヨーロッパよりも日本のほうがうまくいくかもしれないという予想があって。シャルキュトリはまだ日本では新しいだろうし、日本の食材を試すのも面白そうだなと。
- 七生さん
- 私はとにかく日本を出たい一心でフランスに渡ったんです。でも、パリでの暮らしにどこか飽きてきていたこともあり、初めて「日本もいいかもな」と思えて。そうして、コロナも落ち着いてきた2022年にふたりで日本に帰って、新生活をスタートすることを決めました。
これまでとはまったく違う土地に行きたかった
- 風音
- 日本でお店をやろうと考えたとき、場所の選択も大きかったと思います。日本の中でも、山ノ内町を選んだのはどうしてですか?
- 七生さん
- 最初の計画では、私の地元の神戸でお店をやろうと考えていたんです。でも、いざ神戸に帰ってきて2~3週間生活してみたら、「なんか違うな」と感じて。
- パコムさん
- パリと神戸では、暮らしや街並みにあまり変化がなかったんです。わざわざパリを出て日本に来たのに、このままではパリでの生活と同じ繰り返しになってしまうなと。
- 七生さん
- ちょうどその頃に、パリで出会った日本人の友人が長野県の飯田市に帰省している写真をinstagramに投稿していて。山の景色がすごくきれいで、「自然に近いところに住む方が面白いかも?」と思ったんです。どうせなら、生活様式をがらっと変えたくて。
- パコムさん
- それに肉を干して乾燥させる上でも、長野の冷涼な気候の方が適しているだろうとも思ったんですよ。

- 風音
- それ以前に、長野に行ったことはあったんですか?
- 七生さん
- 訪れたことはありましたが、詳しくはありませんでした。そこで、まずは大阪で開催されていた移住の相談会に行ってみました。もともと、ワインの産地があることから東信の東御市などへの移住を考えていたんですが、対応してくれた方が「北信もおすすめですよ」と教えてくれて。せっかくなら、1カ月かけて北信から南信まで回って決めることにしました。
- 風音
- 同じ長野県といっても、地域によって気候や風土も全く違いますからね。
- 七生さん
- そうしたら、ちょうどいいタイミングで山ノ内町の移住体験住宅が空いていたんです。役場の担当者に連絡を取ってみたら、その方が神戸から山ノ内町に移住した方だったんですよ。もともとの住まいも私の父の家のすぐ近くで。
- 風音
- えー! すごい偶然!
- 七生さん
- 安曇野、松本、信濃町、上田など本当にいろんなところに滞在したんですが、山ノ内町は着いたときからふたり「あ、ここいいね」って直感したんです。
- パコムさん
- 山の景色がフランスのピレネー山脈に似ていて、なんだか懐かしい感じがしたんです。

- 風音
- その気持ち、ちょっとわかります。私は地元が岩手県の盛岡市なんですが、初めて長野に来たとき山に囲まれた景色が地元に似ていてなんだか安心したんです。「ここなら暮らせそうかも」と思えました。
- パコムさん
- 滞在中は、役場の方が無料でオーダーメイドツアー(※)を組んでくれて。お店をやりたいという話をしたら、果物の畑やワイナリー、フランスのアルザスで修業した日本人シェフが経営している「gonki」さんなどを案内してくれました。
- 七生さん
- ほかにも、山ノ内町に住んでいる日本人とフランス人のカップルも呼んでくれて、一緒におしゃべりをしました。
- 風音
- そこまで案内してもらえるんだ! それは心強いですね。
- パコムさん
- ほかにも長野県内のいろんな地域を回りましたが、山ノ内町は滞在中に唯一人とのつながりができた場所でした。お店をやることを考えたら、人口や経済規模、人の動きなどを戦略的に見た方がよかったのかもしれませんが、僕たちは「あ、ここがいいな」というフィーリングで山ノ内町を選んだんです。
(※)山ノ内町のオーダーメイドツアー:関心に合わせて、暮らしや人とのつながりまで体験できる役場主催の個別設計のまち案内。料金は無料(※食事や有料のプログラムは実費)で、移住を検討されている人なら何度でも利用可能。
物件探しは想像以上に難航。だからこそできたつながり
- 風音
- しっくり来る土地に出合えたんですね。じゃあ、移住してからお店をオープンするまでも順調に?
- パコムさん
- それが、物件探しにすごく時間がかかって。

- 七生さん
- 初めて山ノ内町に来た時、町の中を散歩してみたら空き家だらけだったので、「これならすぐに見つかるだろう」と思っていたんです。でも実際、道に面した1階は空いていても、持ち主の人が2階に住んでいたり、空き家状態でも「知らない人に譲りたくない」みたいなケースが多くて。
- 風音
- 空き家がなかなか賃貸や売りに出ない、という課題は県内各地で聞きますね。
- 七生さん
- そうなんです。結局物件探しだけで1年以上も時間がかかり、一度は山ノ内町でお店を待つことを諦めかけて、長野市や中野市の物件も探しました。
- 風音
- 1年以上も……! 山ノ内町を離れる、という選択肢はなかったんですか?
- パコムさん
- それは考えなかったです。静かでゆったりした田舎生活が気に入りましたし、僕はスノーボードが好きなので、日常の延長線上で雪山に行けることにも満足していました。
- 七生さん
- 私は寒いのが嫌いで、正直雪が多いところは嫌だなと思っていたんですけど、パコムに誘われてスノーボードを始めたら冬が待ち遠しくなって。それから、温泉文化も最高でした。山ノ内町には「組湯(くみゆ)」と呼ばれる共同浴場があって、その地域に住む人はいつでも温泉に入れるんです。温泉がきっかけで地域の人とも仲良くなれて。

- 風音
- 山ノ内町の暮らしはおふたりに合っていたんですね。でも、物件探しをしている期間はどうやって生計を立てていたんですか?
- 七生さん
- 移住前のオーダーメイドツアーで知り合ったフランス人の友人が、近所のバーでアルバイトをしていたのでまずはそこを紹介してもらいました。
- 風音
- 早速移住前のつながりが生きている!
- 七生さん
- 山ノ内町はスノーモンキーなどが有名なこともあり、海外からの観光客が多いので、外国語が話せる私たちにとって働く先を探すのはあまり困りませんでした。ほかにも小学校の児童クラブや志賀高原観光協会、スキー場のレンタルなどいろいろなアルバイトをしました。結果的に、ローカルのつながりが増えて、お店のことも応援して貰えました。
- パコムさん
- それから、物件が見つかる前から「やまブイブイ」の名前でいろんなイベントやお祭り、間借りで出店をしていて。 夏の間は地域のお祭りに出てソーセージを売ったんです。北信地域の様々なエリアを知れたし、いろんなお客さんが来てくれてすごく楽しかったです。

- 七生さん
- ほかにも、近所のお蕎麦屋さんで「お店の場所がなかなか見つからない」って話をしたら「じゃあ、うちの前でサンドイッチを売ったら?」と提案してくれたり、gonkiさんが「うちで朝ご飯を出したら?」と誘ってくれたりして。地域のみんながすごく助けてくれました。
- 風音
- みんな優しい! 飲食店同士、ライバルではなくみんなで助け合う空気があったんですね。
温泉からパンまで、町の縁が店になる
- 七生さん
- その後結果的に、バイト先の友人がきっかけで今の物件に出合えたんですよ。ある日、友人から「かわいい古民家を見つけた!」って写真が送られてきて。その物件自体はもう借り手が決まっていたんですが、「その横の物件だったら売りたいって言ってるよ」と教えてもらって。

- 風音
- ようやく物件探しにも決着が!
- 七生さん
- 内見してみたらすぐに気に入って、約半年かけてDIYで改修をして、2024年の秋に「やまブイブイ」をオープンすることができました。開店準備中から、「やまブイブイがついにお店を出すぞ!」と町のみんなが喜んでくれて。DIYも手伝ってくれましたし、食器や家具も分けていただきました。

- パコムさん
- 夏祭りの屋台でソーセージを食べてくれた人たちが、「おいしかったからまた食べたくて」とお店に来てくれたのも、うれしかったです。
- 風音
- 物件探しに時間がかかった分、地域の人たちとの関係性が育っていたんですね。お店を始めてから一年が経った手応えや、これからの展望はありますか?

- 七生さん
- 一年営業してみて、お客さんの流れがやっと掴めたところです。山ノ内町はやっぱりウインターリゾートなので、冬の繁忙期と、夏の閑散期の差が激しい。夏場は閉めて冬だけ営業しているお店も多いんですが、それは町の景色としてさびしいじゃないですか。だからこれからは、一年中人が集まるお店にするための工夫を頑張っていきたいです。
- パコムさん
- 「やまブイブイ」は、単なる飲食店ではなくて文化的な場所にしたいと思っていて。去年はライブイベントを開催しましたし、今は写真展を企画してるところです。国内外の友人たちをゲストに招いて、冬以外も山ノ内町に人が集まる流れを作ってみたいです。

- 七生さん
- もうひとつ考えているのが、「やまブイブイ」をおいしいものが集まる場所にすることです。実は、うちで今使っている「VERUM」さんのパンは山ノ内の温泉がきっかけで仕入れるようになったもので。
- 風音
- 温泉がきっかけで!
- 七生さん
- 同じ組湯に入っている方の娘さんが、岩手県で有機古代小麦の窯焼きパンを作っていて。ゆくゆくは、うちで注文を取りまとめて、みんながここでパンを受け取れるような仕組みを作りたいんです。そんなつながりを増やせていけたら面白そうだなと。
- 風音
- これからも山ノ内町ならではのつながりが広がっていきそうでわくわくしますね。
- 七生さん
- どんなかたちであれ、いろんなきっかけでいろんな人がお店に来てくれるとうれしいですね。山ノ内町での暮らしもお店作りも、やりたいことがいっぱいあってまだまだ飽きる暇がない。ここでの毎日がこれからどんな風につながっていくのか、自分でも楽しみにしています。

取材を終えて
初めて「やまブイブイ」を訪れた時、オープン一年未満とは思えないほど、ずっと前からそこにあったようなあたたかく穏やかな空気が流れていました。
人との出会いやご縁がつながって山ノ内町に導かれ、「あ、なんかいいな」という直感を信じて移住を決めたおふたり。物件探しに苦労しながらも、地道に地域の人たちとの関係性を築いてきたからこそ、地域に愛されるお店が生まれました。
「やまブイブイ」の居心地の良さは、単に内装のデザインだけでなく、地域の人たちの手を借り、古いものを受け継いでお店を一緒に作ってきたこと、なによりおふたりが山ノ内町での暮らしを気に入ってるからこそ。
自分で選んだ土地や暮らしを、どうやってさらに面白くしていくか。そんなふたりのアイデアは、これからきっと山ノ内町に新しい彩りを加えていきます。
興味を持った方は、ぜひ「やまブイブイ」を訪れてみてください。
公式instagram:https://www.instagram.com/yamabouibou
撮影:関亮太
編集:吉野舞

