(トクトクトク……)
「おととと……」
(ごくっ……)
「くぅーーー!長野の日本酒は旨いなぁ!」
「でも、ちょっと待てよ。なんでこんなに長野の日本酒って美味しいんだろう……?」
(そっ)
「ん……?」
「そのヒミツ、教えてあげるわ。」
- 小林
- あなたは一体……!?
- 由井さん
- 私は、長野県酒造組合公認の「信州の酒PR大使」由井志織。こう見えて、全国きき酒選手権で日本一になったこともあるのよ。
- 小林
- すごい人が来た……!
ということで、今回のテーマは長野の日本酒です。
日本酒と言うと、新潟県や福島県といった米どころの県が有名ですが、実は長野県は、2021年全国新酒鑑評会で金賞受賞数が全国1位、酒蔵の数も全国2位という隠れた日本酒大国なんです!
そこで、今回は全国きき酒選手権で日本一に輝いたこともある長野県佐久穂町在住の由井志織さんに、長野の日本酒がなんで美味しいのか、日本酒を日常でどう楽しんだらいいのか、教えてもらいました。
※今回はNHK長野放送局 90周年プロジェクトの協力のもとお届けします。
1980年長野県上田市生まれ。2009年、結婚を機に佐久穂町に移り住む。学生の頃からチョコレートやプリン、マヨネーズなどの食べ比べに熱中。2013年「全日本きき酒選手権」で優勝。現在「信州の酒PR大使」として、NHK長野放送局「旬に乾杯」などのTV番組に出演するなど多方面で活躍中。
長野の県民性が美味しい日本酒をつくる
- 小林
- いやぁ、いきなり背後から現れるからびっくりしましたよ。ところで、先ほど言っていた、長野の日本酒が美味しいヒミツって何なんですか?
- 由井さん
- それはね、長野の県民性だと思っているの。
- 小林
- 県民性……!?
- 由井さん
- 長野県民って、口ベタでシャイだけど、粘り強くて、繊細で、実直な人が多いじゃない?実際に私が会ってきた杜氏さんにも、そんな性格の人が多い気がしていて。そういう人のつくる日本酒ほど美味しいのよね。
- 小林
- たしかに、長野県民は口ベタでシャイな人は多い気もする……でも、一体それがなぜ日本酒づくりに向いているんですか?
- 由井さん
- 日本酒づくりは、菌との対話。お米に含まれるデンプンを糖に変える麹菌、その糖を分解してアルコール発酵させる酵母菌、雑菌を死滅させる乳酸菌……と、さまざまな菌の働きによって日本酒はつくられているの。
働いてもらいたい菌にしっかり働いてもらうために、今、菌がどんな状態で、何を求めているのか、一抹の泡の変化も見逃さずじっと観察して向き合って、適切な環境をつくらないといけない。日本酒づくりには、そんな繊細さと根気が必要な営みに、静かに打ち込める人が向いているの。それって長野県民の得意分野だと思うのよね。
- 小林
- なるほど。目に見えない菌だからこそ、丁寧に向き合わないといけないと。
- 由井さん
- 同じ醸造酒でも、ビールやワインより日本酒の方が繊細さが必要だと言われているのよ。わかりやすいように、お酒造りの工程をかなり簡略化してみたわ。
- 由井さん
- 日本酒の場合、糖をつくるために麹菌を使わないといけないし、発酵には酵母菌だけでなく、雑菌を死滅させる乳酸菌も必要になる。しかも、それらの菌をひとつの樽で働かせないといけないの。その分、温度管理などの環境を徹底してコントロールしないといけない。日本酒は、繊細な菌たちと最も上手に付き合わないといけないお酒なのよ。
- 小林
- おぉ……かなり繊細で骨が折れる作業ですね。
- 由井さん
- 長野の日本酒は、杜氏さんたちの人柄が表れていて、繊細でキレイでジューシーなお酒が多いの。でも、そのようなお酒をつくるには、雑菌を極力入らないようにする必要があって。だから、長野の杜氏さんは、酒造りを始める前に蔵を隅から隅まで丁寧に掃除している人が多い。その真面目さと几帳面さが美味しい日本酒づくりに繫がっていると思うわ。
日本酒の個性を決めるのは、水と米、そして杜氏の「手」……!?
- 小林
- 正直なところ、日本酒ってきれいな水と良い米があれば美味しくなると思っていました……。
- 由井さん
- たしかにその側面もあると思うわ。でも、その素材を活かすことができるかどうかは杜氏の腕次第。むしろ、米や水は、日本酒の個性を決める存在だと考えるといいかもしれない。
- 小林
- 「甘い」とか「スッキリしている」みたいなことですか?
- 由井さん
- そうそう。同じ長野県でも山系によって水質が変わってくる。それが日本酒の個性にも影響を与えるのよ。例えば硬水の「浅間山系」は力強いお酒に、軟水の「八ヶ岳系」はすっきりキレイなお酒になりやすいの。
- 小林
- 地形によって水質も変わるのか。そうしたら米は……?
- 由井さん
- もちろん米によっても個性は大きく変わるわ。長野では、「金紋錦(きんもんにしき)」「美山錦(みやまにしき)」「ひとごこち」といった品種が開発されて、今も栽培されているのよ。「金紋錦」は甘い香りがふわっと残りやすい、「美山錦」は香りが華やかで軽快な味わいに、「ひとごこち」はどっしり力強い味になりやすい、といった特徴があるわね。
- 小林
- なるほど。水や米をもとに日本酒を選べるようになると、一気に“通”になれる気がするなぁ。
- 由井さん
- あと、これは私の仮説だけど、日本酒の個性を生み出すもうひとつの要素は、杜氏さんの「手」の違いだと思っているの。
- 小林
- 手の違い……?
- 由井さん
- そう。人の手によって、温もりも、大きさも違うし、微妙な力加減も変わってくる。あと、どんな常在菌が、どれだけいるかってことも違うじゃない。それが不思議と日本酒の個性に反映されると思うの。
- 小林
- 人間由来の菌も関わってくるのか。
- 由井さん
- 昔、若手の杜氏さんたちと一緒に日本酒づくりの講座に通っていたとき、米も、水も、保管条件も、作業工程も、全部同じなのに、つくった人ごとに日本酒の味わいが全然変わったの。唯一違うのが、米と触れていた手だったのよ。
- 小林
- 「手」という人の存在によって、日本酒の個性も変わってくるんですね……!
つくり手と出会うと、日本酒はもっと楽しくなる
- 小林
- そもそも、どうして由井さんは日本酒にのめり込んだんですか?
- 由井さん
- 本格的に日本酒にのめり込んだのは、結婚して東京から佐久穂町に移住してきたことがきっかけかな。佐久地域って13もの酒蔵がある、日本トップクラスの酒蔵密度なの。
- 小林
- 都会だとそんなに身近に酒蔵がある暮らしって味わえないですよね。佐久穂町では、酒蔵とはどんな関わりがあったんですか?
- 由井さん
- 地域のイベントになると、毎回酒蔵がブースを出してくれて。そこで杜氏さんと話して仲良くなっていったの。人柄がわかっていく内に「この人がつくるお酒ってどんなものなんだろう」って気になってきて、そこからのめり込んでいった感じかな。
- 小林
- 人の顔が見えるものを買うワクワク感とか満足感ってありますよね。
- 由井さん
- そう。さっきも言ったように杜氏さんって、長野県民らしくシャイなんだけど、繊細で、実直な人が多くて。それが日本酒にも現れているのにキュンとしちゃう。
- 由井さん
- 「この杜氏さん、バンドマンで一見遊び人に見えるんだけど、実は繊細なのかもしれない」とか、「髭や髪を伸ばして風貌はワイルドだけど、蔵は清潔ですっきりした日本酒をつくっている」とかギャップのある杜氏さんも多いんですよ。
そんな杜氏さんが造っている姿を想像すると、たまらないですよね!
- 小林
- (由井さんのテンションが上がってきた)
- 由井さん
- 杜氏さんの人柄と日本酒の個性を紐付けて考えていると、どんどん解像度が上がってきて。佐久地域にある13蔵の酒については、ラベルを外した状態で飲んでもどのお酒がどの酒蔵か、当てられるようになっちゃった。
- 小林
- 日本酒と杜氏への愛がすごい……。杜氏の方が身近になることで日本酒をもっと楽しめることは分かったのですが、近くに酒蔵がない地域に住んでいる人は、どのように杜氏さんと出会えばいいんでしょうか。
- 由井さん
- まずは、長野県酒造組合が主催する「長野の酒メッセ」という大規模な試飲イベントがおすすめかな。「長野の」と名前に付いているけど、例年長野県内だけでなく東京や大阪でも開催しているから、県外在住の方も長野県の杜氏さんと出会えると思うわ。
日本酒と料理のペアリングを楽しむために
- 小林
- ところで、由井さんはNHK長野放送局の看板番組「イブニング信州」で放送されている「旬に乾杯」というコーナーに出演されているじゃないですか。そちらではどのようなことを紹介しているんですか?
- 由井さん
- 季節のテーマや食材に合わせた日本酒を紹介しているの。例えばアウトドアのシチュエーションで楽しめる日本酒だったり、駄菓子に合う日本酒だったり。日本酒と料理の組み合わせ、つまりペアリングを考えると、日本酒はもっと楽しめると思うのよね。
- 小林
- 駄菓子と日本酒!意外な組み合わせですね。日本酒に合わせる料理や食材のポイントってありますか?
- 由井さん
- 基本的には、日本酒の個性と近しい一品を用意することがオススメよ。フレッシュな日本酒には淡泊な味わいの軽快なもの、甘くてどっしりした日本酒にはコクがあるもの、といったイメージ。
- 小林
- なるほど。近しい味の組み合わせにすることが肝心なんですね。
- 由井さん
- ほかにも、日本酒の個性によって料理に一手間加えるだけでグッと相性が良くなることもあるのよ。
例えば、日本酒とお刺身ってよくあるペアリングよね。酸味が強くてどっしりした日本酒だと、お刺身の醤油に負けてしまうかもしれないから、紫蘇やミョウガなどのクセが強い香味野菜と合わせる。甘くてジューシーな日本酒だったら、コクを足すためにオリーブオイルを垂らしてカルパッチョのように。それだけでも日本酒をもっと美味しく感じられるようになるから、オススメよ。
- 小林
- 日本酒の個性に合わせたアレンジを加えるのも面白そうですね。今日はありがとうございました!
まとめ
日本酒を選ぶときは、「甘くてフルーティなもの」を頼む僕。
その甘さ・フルーティさの背景には、目に見えない菌と向き合う杜氏さんの繊細な感性と根気強さがある。そう思うと、目の前の一杯が尊いものに感じてきました。
これから出会うさまざまな日本酒も、「どんな杜氏さんがつくったんだろう」と考えを巡らすと新しい日本酒の楽しみを見いだせる気がします。
「米」や「水」はもちろん、「人」の存在が味わいに影響する日本酒の奥深さに酔いしれた1日でした。
開局90周年を迎えたNHK長野放送局。もっと長野県の魅力を発掘すべく、由井さんたちと信州の魅力を発信していきます!
撮影:藤原慶
編集:飯田光平
企画協力:NHK長野放送局
撮影協力:季節田舎料理 宝