移住したくなったら

「レシピなんてない!」”秘境”の村に代々伝わる食の記憶を都市部の人とともに紡ぐ

「レシピなんてない!」”秘境”の村に代々伝わる食の記憶を都市部の人とともに紡ぐ

こんにちは。ライターの小林です。

今回取材で訪問したのは、面積の93%を山岳地帯が占める、長野県・天龍村。

コンビニも信号機もなく、人口の約6割が65歳以上。高齢化率は、全国でも3本の指に入っています。そんな天龍村に今、都市部から通ったり移住してくる人がいるのだそう。

そのきっかけのひとつとなっているのが、「秘境大学」というプログラム。

秘境大学では、都会から遠く離れた山の中で脈々と受け継がれてきた文化や暮らしの知恵にフォーカス。村そのものを学びや実践の場に見立て、豊かな暮らしの知恵を持つ地域の方を“教授”としてお招きしながら、さまざまなフィールドワークに取り組んでいるのだといいます。

2021年にスタートしてから3年目を迎える2023年度秘境大学のテーマは、食文化。村のお母さんたちが”教授”となり、地域で受け継がれてきた季節ごとの郷土料理を参加者に伝授する料理教室を開講してきました。

今回実施されていたのは、第3回目の料理教室。冬にちなんだ郷土料理をつくりつつ、みんなで天龍村の食文化について考えました。

※今回はNHK長野放送局企画「もぐしん」の協力のもとお届けします。

尋常じゃない手際の良さ!天龍村の郷土料理をみんなでつくる

この日集まったのは、20名以上。村に住んでいる人はもちろん、中には東京都や埼玉県など県外から訪れる人も。

今回の料理教室でつくるのは、天龍村の郷土料理「大汁(おおじる)」「ゆぼし」「柿巻き」の3種類。

切って開いた干し柿を並べ、中に具材を詰めて巻く「柿巻き」
柚子の皮を甘く煮た「ゆぼし」
12月31日にごちそうを食べる「お年取り」という風習で食べられる「大汁」

うわさによると秘境大学の料理教室は、郷土料理のつくり方を熟知した“教授”役のお母さんのやり方を見て、参加者みんなで力を合わせながらつくっていくスタイルなんだそう。

見て学ぶ?みんなで力を合わせる?

なんだか一人ずつ手取り足取り教えてもらえる一般的な料理教室のイメージとはちょっと違いそうな予感……。「一体どんなかたちで進むのだろう」とドキドキしているうちに料理教室がスタートしました。

今回の“教授”は伊藤祐子さん。

3種類の郷土料理を説明するとすぐにみんなで料理に取りかかります。

伊藤さん
ゆずは4つに切って、皮を剥くだ!

伊藤さん
そっちの人は、野菜を切っておくれ!

村内の参加者
ゆうこねえ(伊藤さんのこと)、こっちで切昆布、水に浸しといたでな!

村内の参加者
ゆうこねえ(伊藤さんのこと)、野菜はこれくらいの大きさで切ればいいかね!?

村外からの参加者
柿はこうやって切ればいいですか?

……

……

……

伊藤さんの一言から意図を汲み、尋常じゃない手際の良さで料理に取り組む村のお母さんたち。そんなお母さんたちの腕前に驚きつつ、教えを請いていく村外からの参加者たち……年齢や立場を超えてみんなでわいわいと楽しみながらスピーディに調理は進んでいきました。

たしかにこれは「先生から一方的にレシピを教わる料理教室」というより、「みんなで一斉に料理をつくっていく寄り合い」のようなイメージ。想像以上にアットホームな雰囲気の中、みんなで郷土料理づくりを楽しんでいました。

そして、遂に料理がかたちに。気づけば机の上にずらりと料理が並べられ、みんなで食卓を囲みながら郷土料理を味わいました。

身近な「食」を通じて、都市部と地元の人たちの交流の場を

みんなでおいしく郷土料理を食べた後、この会を開催している天龍村役場の内藤孝雄さんと天龍村地域おこし協力隊の加藤真由美さんに、なんでこのような場を設けているのか、お話を聞きました。

天龍村役場・内藤さん(写真左)と天龍村地域おこし協力隊の加藤さん(写真右)

——どうして、このような料理教室を開催しているんですか?

天龍村役場・内藤さん:
きっかけは、都市部と地元の人たちがとカジュアルに交流できる機会を用意したかったからです。せっかく「移住したい」とか「ローカルに関わりたい」と考えていても、なかなか取っかかりがないじゃないですか。

東京のイベントで天龍村の郷土料理を振る舞ったらとても好評だったこともあり、「食」という切り口で楽しく交流できる場をつくったらいいんじゃないかと思ったんです。

——たしかにいきなり移住したり、大きなプロジェクトに取り組んだりするよりも、「一緒に料理をつくる」の方がハードルも低いかもしれません。

天龍村役場・内藤さん:
毎回多くの方が参加してくださって、中にはリピートしてくれる方もいます。都市部から訪れてくださる方も、地元の人も、みんなが楽しそうに交流できていて、いい会に育っていると思いますね。

地域おこし協力隊・加藤さん:
「食」っていう、誰しもが日々経験する大切なことを、みんなで共有できるのがいいですよね。地域の食や料理について学びたくても、人の家に行って「教えてください」なんてなかなかできないじゃないですか。

——地域に開かれた料理教室だからできることですよね。

地域おこし協力隊・加藤さん:
私の場合は、”教授”の伊藤さんの家に呼んでもらって料理をご馳走になることもあって。そのときに「この料理を教えてよ」なんて聞くんですけど、やっぱり「分量は適当よ」なんて言う(笑)。そんな雰囲気も、料理教室で丸ごと共有できたらいいなと思っています。

——地域に根ざして生きてきた人たちの気風や風土も伝えていく。

地域おこし協力隊・加藤さん:
そう。今回食材に使ったゆずは天龍村の特産品です。地元でたくさん採れるものを活かす各家庭の工夫を共有していくことも、郷土料理を伝えていくよい機会だと思っています。

家庭ごとに受け継がれてきた郷土料理レシピ

料理教室のあとには、NHK長野放送局企画「もぐしん」による、信州の食文化を語り合う「信州もぐもぐmeeting」を実施。郷土料理を教えてくれた“教授”の伊藤さんや村内外の参加者とともに天龍村の食文化について考えました。

ファシリテーターを務めたSuuHaa編集長・藤原(写真左端)と天龍村在住で郷土料理に詳しい遠山さん(写真左から2番目)と後藤さん(写真右端)、“教授”の伊藤さん(写真右から2番目)

村内の小学校で給食調理を担当している櫻井さんは、「給食に郷土料理を取り入れて、子どもたちに天龍村の食文化を伝えていきたい」と話しました。

「以前、この料理教室で習った郷土料理を、保護者の方も集まってくださる試食会で提供したんです。『このメニュー、おばあちゃんがつくっていたな』としみじみ味わってくれる方もいれば、『この料理、初めて食べる』という子もいて。天龍村出身の校長先生も『こんな味だった』と懐かしんでくれていたのも印象的でした。

給食というかたちで、地域の郷土食や文化を子どもたちに伝えていって、大人になって再び食べたときに、この地で育った記憶を思い返してくれたらいいなと思っています」

また、村外からの参加者・和智さんは、「今回の料理教室はまるで親戚の家に集まったみたい」だといいます。

「私は東京都の港区から来ました。親が転勤族だったから『ふるさと』というものへの憧れがあって。長野県の笹寿司などの郷土料理にも挑戦していたところ、SNSで今回の料理教室の広告が目に入って参加しました。料理教室というものの、みんなで料理をつくって、机を並べて、ご飯を食べて……なんだか『親戚の家にみんなで集まった』といった感じで、ほっこりしました」

天龍村の隣町・飯田市から参加した福島さん親子は、今回の料理教室がとても楽しかったそう。

「長野県の飯田市から親子で参加させてもらいました。家でもよく汁物をつくるんですが、わが家はお肉を入れることが多くて。でも、今回の大汁はお肉がなくても、十分食べ応えがあっておいしかったです。初めて会う方ばかりだったんですが、みなさんアットホームで楽しい時間を過ごせました」(福島さん母)

「普段生活していると馴染みのなかった料理を、みなさんが優しく教えてくださって楽しく学ぶことができました。ほかの家族や学校の友達にも、今日の出来事やつくった料理について伝えたいと思います!」(福島さん娘)

埼玉県から参加した和光さんは、「料理はコミュニケーションだと感じた」と言います。

「料理を学ぶというと『お醤油が何cc、大根が何グラム』みたいな細かいレシピを知ることをイメージしがちだけど、この場は、料理を伝えてきてくれた先人への想いとか、料理をつくったり味わったりしたときの幸せな記憶とか、そういったものを受け継いでいく場なんだなと。

料理教室というからには『村の中の人が、村の外の人に教える』というかたちなのかなと想像していたんですけど、実際は『教える・教わる』という関係性じゃなく、みんなフラットに一緒の作業を共有しながら楽しく学び合う感じで。この体験をいい思い出として伝えていくのがとても大切なんだろうなと思いました」

その発言の後、“教授”の伊藤さんが「レシピってのは難しい!」と一言。

「『この具材に対して、調味料何グラム』とか私、全然考えていないからね。今日の料理も、このレシピ通りにつくっていません!」と言うと、会場が笑いに包まれました。

入れる材料やおおまかな手順は伝えるけれど、分量やつくり方は、それぞれの家庭でアレンジする……それが“天龍村スタイル”なのかもしれません。

まとめ

秘境とも言われる、天龍村。
「コンビニも信号機もなく、高齢化率が全国屈指」と聞くと、ついつい課題ばかりイメージしてしまっていたのも事実。でも、実際に訪れてみると、村内外問わず、訪れた人同士で和気あいあいと盛り上がるポジティブなコミュニティが、そこにはありました。

ただレシピを伝えるのではなく、和気あいあいとした空気の中で一緒に料理をつくることこそ「郷土料理」なのかも知れません。

そんな思いを実感させられた、料理教室の講師のひとりである遠山さんの言葉でこの記事を締めたいと思います。
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いつも意識はしていなくてもいいけれど、料理をつくる瞬間にふと「お母さんはこういう人だったな」と思い出してほしい。それと同じように、今日の料理教室も「あのときに、あの人が、こんなことを言っていた」といった思い出を残して欲しいです。きっとそうやって、郷土料理は次の世代に受け継がれていくでしょうから。