2022.01.31
戦略コンサルから図書館長に転職!? 20代の最年少館長が描く、地方の図書館の未来
……
……ハッ……!
久々に訪れる図書館に心が踊り、仕事を忘れて読書に没頭してしまいました。
改めまして、こんにちは。
長野市出身・東京在住のライター・むらやまあきです。
今回訪れているのは、長野県の北信エリアにある小布施町の町営図書館「まちとしょテラソ」。
「小布施町に新しい図書館が欲しい!」という町民の願いによって、2009年に誕生しました。
まだ歴史は浅いものの、2011年には先進的な活動を行う図書館に贈られる『Library of the Year』の大賞を受賞している、なかなかすごい図書館なんです。(なんともスタイリッシュな外観……)
「まちとしょテラソ」の面白さの一つは、ユニークな発想を取り入れるために全国公募で館長が決まること。司書資格も年齢も不問で、過去には映像ディレクターや編集者などが館長を務めたこともあります。
そして2021年の春には、新たな館長が就任。その方がなんと、28歳の女性なんだとか!しかもばりばりの元コンサル会社勤務で、県外出身移住者とのウワサ。
そんな方が、なぜまた小布施町の図書館長に?
地方移住に対するハードルはなかったの?
そもそも図書館長ってどんなことをしているのかイメージできない!
とにかく気になることがありすぎるので、「まちとしょテラソ」で最年少図書館長となった志賀アリカさんに直撃してみました!
図書館の運営はベンチャー経営と同じ?
- むらやま
- すみません、お聞きしたいことがめちゃめちゃあるんですけど……。
- 志賀さん
- 何でもどうぞ(笑)!
- むらやま
- 実は「まちとしょテラソ」にきちんと訪れるのは、今日が初めてなんです。まずは、どんな図書館なのか聞いてもいいですか?
- 志賀さん
- わかりました! もともと、小布施町の図書館は約100年前から町役場の3階に存在していたんです。ただ、町民から「新しい図書館が欲しい」という要望があり、2009年に建てられたのが「まちとしょテラソ」です。「交流と創造を楽しむ、文化の拠点」というコンセプトで、町民とともにつくる町民のための図書館として誕生しました。
- むらやま
- 町民とともにつくる図書館って、何だかちょっと新しい感じ。
- 志賀さん
- そうですね。ここは創設のときからたくさんの人が関わっていて、この多目的室ひとつをとっても、町民の意見がものすごく反映されているんです。たとえば、お話会をするために全面に暗幕を張れるようになっていたり、部屋を区切って会議のスペースにできるようにしたりとか。
- 志賀さん
- それに、むらやまさん、今までの図書館ってとにかく静かで、大量の本がバーッと並んで机も全部固定されていて、全体的にずしんとしたイメージがありませんでした?
- むらやま
- たしかに、一人で静かに黙々と目的を遂行する場のイメージでしたね。ここのコンセプトになっているような「交流」や「共創」が生まれる場という感覚は全くなかったかも。
- 志賀さん
- そうですよね。今はかなり主流になってきましたが、館内でおしゃべりしてもOKだったり、ゆっくり過ごせるカフェスペースが併設されていたりと、当時では珍しい“滞在型図書館”を体現していたんです。
- むらやま
- えー!すごい!
- 志賀さん
- 勉強してもいいし、誰かとおしゃべりしながら交流してもいい。はだしで上がれるスペースもあるから、リラックスしながらくつろいでもいい。館内にある机や椅子は可動式になっているので、来た人の目的によっていろんな形に変容できるというのも、図書館としては新しいポイントだったと思います。
- むらやま
- さまざまな過ごし方を肯定してくれる場所なんですね。図書館って何となく暗くてひんやりするイメージもあったけれど、ここは日の光もたっぷり入って明るいし気持ちがいいです。
- 志賀さん
- そうなんです。ただ、空間としては開放感があって気持ちいいんだけど、実は気を付けないといけない点もあって……。
- むらやま
- と言いますと?
- 志賀さん
- 本にとって日光は大敵なんです。特に表紙に使われる赤や青の文字は日焼けで消えやすいので、何の本かわからなくなってしまうこともあって。視察に来る方には、こういった注意点があることもお伝えしています。
- むらやま
- 解放感と日焼けのバランスが難しいんですね。視察対応の話がありましたが、図書館長ってぶっちゃけどんな仕事をしているんですか……?
- 志賀さん
- いや〜、もう完全にベンチャー経営です。人事や労務系にはじまり、財務管理、営業、広報もするので、寝る時間以外はほぼずっと図書館のことを考えています。
- むらやま
- オールラウンダーすぎる!かなり忙しいのでは?
- 志賀さん
- 楽しいので苦ではないですが、思っていた数倍は忙しいです(笑)。生活自体が図書館長の仕事のような感じなので、家でアニメや漫画に触れるのも仕事の一部という感覚なんですよ。そこから企画のヒントを得ることもありますしね。
- むらやま
- 日々の生活がすべてインプットなんですね。何か想像していた図書館長のイメージと全然違う……(笑)。
- 志賀さん
- いや、わたしも全然違いました(笑)。最初はイベントプロデューサー的な役割なのかと思っていたんですよね。図書館にいろんな人を呼びこむための企画をたくさん考えて実行するために、わたしが館長に選ばれたのかなと。
実際は、他にもやることがたくさんあるので、そこに割けるエネルギーは半分くらい。でも、いざやってみると全部面白いです。
成長から癒しへ。コンサルファームで感じた違和感
- むらやま
- ウワサによると、志賀さんはもともとコンサルティングの企業で働いていたんですよね。それ以前も、学生時代から海外の社会課題や教育と向き合う活動をかなり積極的にされていたとか。
- 志賀さん
- はい。母が以前通訳の仕事をしていて、幼い頃から海外に行き来する機会も多く、もともとはばりばりのグローバル寄りの人間だったんです。館長になる前は、コンサルティングファームで組織開発や人材育成に関わる仕事をしていました。
- むらやま
- そんな志賀さんが、次のキャリアの場として小布施町の図書館長を選んだというのが少し不思議です。
- 志賀さん
- 実は、わたし自身もすごくびっくりしていて。2020年の10月末までは、図書館長になる未来を髪の毛ほども想像したことがなかったんですよ。
でも昨年、新型コロナウイルス感染症の影響で苦しんでいる人たちを目の当たりにしたとき、コンサルや教育の仕事で「成長」や「変化」を押し進めている自分に、違和感を抱いてしまったんです。「いや、もうみんな頑張ってるよ!」みたいな。
- むらやま
- たしかに、世の中的にもコロナ禍によって「生きてるだけで素晴らしい」という価値観が広がったような気がします。
- 志賀さん
- そうなんですよね。そう考えたときに、成長や変化にこだわるよりも「今日もよかったな」と思える癒しの方向に行きたいなと、価値観が大きく変わったんです。たとえば映画や本に触れると、思考が追いつく前に泣いちゃうことがあるじゃないですか。
- むらやま
- ありますね……。意志とは無関係の、抗えない感じ。
- 志賀さん
- そうそう。その「変えようとしていないのに変わっちゃう」みたいな言語化できないエネルギーってすごいと思っていて。多くの人が本当にどうしようもなくなったときにすることは、映画を観たり本の世界に没頭したり、あるいは音楽を聴くことなんだよなと思ったときに、次はアートの方面に行きたいと考えたんです。
そこで会社を辞めることを決め、1年間くらいのんびり絵を描いたり文字を書いたりしながら仕事を探そうと思っていたときに、たまたま夫がSNSで見つけて教えてくれたのがこの「まちとしょテラソ」の公募でした。
- むらやま
- SNSで、しかも旦那さんからの勧めで!
- 志賀さん
- はい。「アリカに合うんじゃない?」って送られてきたLINEを見て、ピンときたんです。考えてみれば、図書館は物語の宝庫じゃん!って。ここだったら、みんなの明日への活力をつくるような仕事ができるかもしれないと思いました。ただ、司書の資格もなければ図書館長の仕事もわからないし、完全にダメ元で受けたんですけどね。
- むらやま
- でも、いざ選ばれてしまったら、本当に小布施町の図書館長にならなきゃいけないわけですよね。途中で「とりあえず応募してみたけど、違ったかも……」とはならなかったんですか?
分断から繋がりへ。図書館に感じた可能性
- 志賀さん
- 一次試験用にエッセイの執筆をしたときに、「なぜ次の自分のキャリアの場として、図書館が面白いと思っているのか」をきちんと言語化できたのが大きかったと思います。じっくりと考える中で、キャリアは変わっても、根底にある「分断から繋がりをつくりたい」という思いは、学生時代からずっと変わっていなかったことに気づいたんですよね。
- むらやま
- 分断から繋がりを。
- 志賀さん
- 図書館は老若男女関係なく、すべての人が訪れて交流できる場です。子どもたちの中にも、ものすごく勉強が好きで通ってる子もいれば、他に居場所がなくて来る子もいる。
そんな彼らが同じ場を共有して、何かをきっかけに友達になるかもしれない。図書館はそういうことが起きうる場所だからこそ、「分断から繋がりへ」をテーマにしてきたわたしにとって、すごく可能性が広がる場だと思えたんです。
- むらやま
- なんだかすごくしっくりきました。志賀さんの中でこれからやろうとしていることが過去と一本の線で繋がって、直感が確信に変わったんですね。
- 志賀さん
- 本当にそうだと思います。それから2次試験として町長や教育長との面接を経て、2020年12月末には正式決定の連絡をいただきました。もちろんうれしかったけれど、本来はあと1年くらい遊民しているはずだったので、「意外と短かったな」とちょっと寂しい気持ちもあったりして(笑)。
- むらやま
- たしかにスピード感がすごい(笑)。館長就任の決定と同時に、志賀さんにとっては縁のない長野県の小布施町に移住することが決定したわけですよね。そこに対する不安はなかったのでしょうか。
- 志賀さん
- 全然なくて、むしろすごく楽しみでした。たしかに小布施町には血縁も地縁もなかったけれど、実は大切な友人たちがよく関わる場所だったから、旅行では何度か訪れていたんです。
ある程度は人や町の雰囲気も知っている小布施町の公募だったから応募した、というのも少なからずあるかもしれません。もし同じタイミングで別の町の図書館長の募集があっても、ここまで心が動かなかったかも。
- むらやま
- そうだったんですね。もともと館長の公募を教えてくれたのは旦那さんとのことでしたが、一緒に小布施町に移住を?
- 志賀さん
- はい。夫とは前職の同僚時代に結婚したのですが、ゆくゆくは子育ても踏まえて東京ではない場所に住みたいね、と話していました。選択肢の一つに小布施町も入っていたので、わたしの図書館長の仕事が決まったときは彼も大喜びで。
- むらやま
- へ~!いいきっかけができてラッキーみたいな?
- 志賀さん
- たぶんそうです(笑)。彼も独立を考えていたタイミングだったので、退職して一緒に小布施町についてきてくれました。
小布施は人々の偏愛で溢れる町
- むらやま
- 以前旅行で遊びに来ていたときと、実際に移住して生活している今、志賀さんの中で小布施町のイメージは変わりました?
- 志賀さん
- 若者や観光客を歓迎してくれるし、もともとオープンな町だと思っていたけれど、移住してすごく感じるのは「偏愛」を持っている人が多いなあと。
- むらやま
- 偏愛。
- 志賀さん
- たとえば小布施町には『おぶせオープンガーデン』というプロジェクトがあって、登録している個人のお庭に「ちょっとごめんなさいね」と勝手に出入りできてしまうんですよ。
- むらやま
- え、よそのお宅の庭に勝手に入っていいんですか?!
- 志賀さん
- 普通に考えたらありえないですよね。ガーデニングがお好きな方がすごく多くてまちづくりの一環として始まったのですが、今や100以上の庭園が登録されていて。「好きだからやってるの、よかったら見てって。でもあなたが気に入らなくても別に構わないわ」みたいなスタンスなんです。
- むらやま
- すごい……!自分が好きでやっているだけで、評価は別にどうでもいいという感じがいいなあ。
- 志賀さん
- 他にも小布施町の飲食店や商店などの店主が、自宅や店先に自分の好きな本を並べる企画『まちじゅう図書館』では、味噌屋の店主が超ニッチな芸術系の本ばかり並べていたりとか。
- むらやま
- それもめちゃくちゃおもしろいですね。まさに偏愛がぎちぎちに詰まっていそう。
- 志賀さん
- そういう自分の趣味や好きなことを突き詰めていれば、自分に何か揺らぎがあったときに寄って立つものになるじゃないですか。それを持っているからこそ、自分で自分の機嫌を取るのが上手な人が小布施町には多い気がしますね。
スタッフたちが館長としての居場所をつくってくれた
- むらやま
- 図書館長になられて約一年が経ちますが、就任当時と今とで志賀さんの中で何か変化はありますか?
- 志賀さん
- この一年は、とにかく町の人たちを知るためのコミュニケーションに時間を使ってきました。貸出の受付に立って世間話や困りごとを聞くうちに、一人ひとりの顔が見えるようになったことがすごく嬉しくて。
漠然と町のためにどうあるべきかではなく、「みんなにとってどんな図書館にしたいのか」が見えてきたことが、一番大きな変化かもしれません。図書館長の仕事に対するモチベーションの濃さや深度が変わった感じがしますね。
- むらやま
- なるほど。つくりたい理想の図書館像の解像度がより上がったんですね。
- 志賀さん
- そうですね。図書館長の業務で受付にいたくてもいられないときは、日々現場を見てくれているスタッフたちが、今日あったことや利用者の方たちから聞いた話をたくさん教えてくれるんですよ。そこにすごく助けられています。
- むらやま
- 他のスタッフさんたちは、志賀さんが館長に就任する以前からいらっしゃるんですよね。はじめは関係性を築くのも大変だったのでは……?
- 志賀さん
- わたし自身も最初はすごく怖くて、司書の資格もなければ専門的な勉強をしたわけでもないし、しかも圧倒的に年下。現場で真剣に働いていた方々からしたら「なぜこの子が?」と思うでしょうし、正直きっといい気持ちじゃないだろうなあと不安でした。
- むらやま
- わ~、そうですよね。受け入れてもらえるかドキドキしちゃう。
- 志賀さん
- でも、いざ2月から研修で入ってみたら超受け入れてくれたんですよ。自分から頑張って馴染んでいったというよりは、みんなが受け入れてわたしの居場所をつくってくれた。
特に感動したのは、館長になるまでの2か月間はみんな「志賀さん」って呼んでいたのに、4月1日に正式に館長に就任した瞬間、誰に言われるでもなく全員が「館長」って呼んでくれるようになったこと。
- むらやま
- なるほど、そうすれば志賀さんが新しい館長であることを、自然に利用者の方たちに認識してもらえますもんね。
- 志賀さん
- そうなんですよ! 本当に鳥肌が立っちゃって。そういった思いやりに心からリスペクトと感謝をしていますし、日々たくさんのことを学ばせてもらっています。
- むらやま
- なんていい図書館……。
- 志賀さん
- 本当に、めちゃめちゃいいチームですよ。びっくりしましたもん。
町のビジョンを体現し、一緒に探求できる場に
- むらやま
- 今後、志賀さんが「まちとしょテラソ」を使ってやってみたいことはありますか?
- 志賀さん
- 就任した2020年度は予算計画には関われなかったので、今年は楽しい挑戦をたくさんしていこうと思っています。今企画としてあるのは、地域住民や中高生たちとコラボした移動図書館や中高生向けの第3の居場所をつくるプログラム、夜の図書館を開放したサイレントフェスなどですね。
- むらやま
- 図書館という場所がどんどん拡張していきそうな企画!気になります。
- 志賀さん
- あ、あと「まちとしょテラソ」では期間限定でヤギを飼ってるんですよ!
- むらやま
- ヤギ!?
- 志賀さん
- 小学校が隣にあるのですが、最近は学校で動物を飼うことのハードルがとても高いんです。だから代わりに図書館で飼ってあげようと。
ヤギと触れ合うことで、小学生たちが動物の生態や育てることに興味を持ってくれたらうれしいですし、なによりヤギは草を食べますよね。人間が草刈り機を使ったり除草剤を巻いたりするより、エコフレンドリーだと思って。
- むらやま
- 環境に優しくて、しかも学びと癒しになるすごいアイデア……!
- 志賀さん
- 最初のきっかけはわたしの下心なんですけどね(笑)。昨年の7月、炎天下の日に初めてビーバーを使って草刈りをしたら本当に大変で、そのあと半日くらいずーっと手が震えちゃって。
館長の仕事に環境整備も含まれるとはいえ、これに隔週で2~3時間もとられるのはさすがにもったいないし、図書館なのに音がうるさい!と思ってひらめいたのが、ヤギを飼うことだったんです。
- むらやま
- そこでなかなかヤギは思いつかないです(笑)。町の方たちの反応はどうでしたか?
- 志賀さん
- 小学校や利用者の方たちからすごく好評なので、我ながらその直感はよかったなあと。わたしが図書館長として大切にしているのは、町の図書館である以上、町が掲げるビジョンを体現しつつ、一緒に探求できる場でありたいということなんです。
実際に小布施町は今、グリーンフレンドリーな町として環境への取り組みに力を入れているので、それなら図書館にも環境やSDGsに関する本を種類豊富に置くべきだし、ともにグリーンフレンドリーを探求できる図書館でありたくて。ヤギを飼うのもその一歩だと思っています。
取材を終えて
グローバルな活動やコンサル業を経て、長野の小さな町の図書館長へ。
一見大胆なキャリアチェンジ、しかし、志賀さん自身の中には過去と未来を貫く強い意志があったことを知り、すっと腑に落ちた気がしました。
図書館は老若男女すべての人に開かれた場所だからこそ、想像を超えた繋がりを生み出す可能性がある。
いきいきと語る志賀さんの姿から、図書館を起点に小布施町の文化がさらに開かれていく未来をたしかに感じ、思わず胸が高鳴った取材でした。
撮影:小林直博
編集:飯田光平