移住したくなったら

全部、寒さのせいだ。住みづらいのに長野に人が集まる理由

全部、寒さのせいだ。住みづらいのに長野に人が集まる理由

すぅーー、はぁーー。寒いっ!
吸い込む空気から冬の訪れを感じる長野からお届けします、ライターの大宮です。

長野に移住し、もうすぐ3年。
最近は、長野への移住を考える人から相談を受けることも増えてきました。
そこで必ず聞かれる質問といえば、「冬の寒さ、大丈夫?」でした。

温暖な三重県で生まれ育ったせいか、私にとって長野の冬は正直寒い……!
でも、本当にどれくらい寒いのか。寒いからこその魅力も隠れているのか。
みんなが気になる「長野の冬事情」を深掘りしたいと思い、訪れたのは信州大学の松本キャンパス。

環境社会学が専門の茅野恒秀(ちの つねひで)先生にお話を聞いたのですが……

長野は寒いから人が住めない。でも、寒いから人が住むんですよ。

ど、どういう意味……?

開口一番、茅野先生の不思議な言葉に戸惑ってしまいましたが、「長野に住んでみたいけど寒い冬が気になる……」という方のためにも話を聞いていこうと思います!

長野の平地は平地じゃない?

大宮
茅野先生、「長野は寒いから人が住めない。でも、だからこそ人が住む」ってどういうことでしょうか? 正反対の意味じゃないですか。
茅野先生
ははは!そうですよね。順を追って説明しましょう。まずは、長野には寒くて人が住めない、という点について。
大宮
お願いします!私も、正直長野の冬は寒くて……。
茅野先生
おっしゃる通り、長野の冬の寒さは厳しいのですが、それに加え、山が多いため人が住める可住地域が少ないんです。分かりやすい例として、長野には松本平、伊那平、佐久平、善光寺平という「平」がつく代表的な地名が4つあります。
大宮
あっ、平野のことですね。
茅野先生
いえ、盆地です。
大宮
あれ? 「平」なのに盆地なんですか?
茅野先生
地理的には、「盆地」と呼ぶのが正確なんです。それを「平」と言い張っているわけですね(笑)。それだけ、長野には人が住める平らなところが少ないってことです。
大宮
平と言うからには、大きな平野なんだと思っていました! 最近は長野への移住が増えていますが、可住地域が少ないところに人が集まってきているんですね。
茅野先生
そうですね。東京や大阪などの大都市圏は、自然を征服しながら可住地域を広げてきたんです。たとえば、徳川家康の時代には江戸は湿地帯だった。そこを埋め立てたり治水したりして、人が住めるように土地を広げていったんです。
大宮
そう考えると、長野は可住地域が小さいままなんですね。
茅野先生
はい、長野の人たちは、自然と折り合いを付けながら暮らしてきたということですね。
大宮
なるほど。昔から長野は寒くて住みにくい土地だったけれど、人々がそこに適応していったんですね。
茅野先生
ふふふ、その理解は間違っていないのですが、何も我慢して住み続けてきたわけじゃないんですよ。それこそ、縄文時代から長野は移住ブームが起きてるんですから。
大宮
縄文時代の移住ブーム!?

寒さが生み出す長野の魅力

茅野先生
はい。当時は包丁や武器の材料として黒曜石が使われていて、長野産の黒曜石が全国あちこちで見つかっているんです。縄文の人たちは、黒曜石を求めて長野に集まっていたんですね。
大宮
すごい!当時としては貴重な資源が長野にあったんですね。
茅野先生
そうなんです。ここから、「寒いからこそ長野に人が住む」部分についてお話ししていきますね。長野の豊かな資源は、この厳しい寒さがつくり出しているんです。大宮さん、長野に来て寒暖差に驚きませんでしたか?
大宮
はい、最初はびっくりしました。昼間はぽかぽかと暖かくても、朝晩は冷え込みますよね。どうしてなんでしょう?
茅野先生
アルプスのなせる技ですね。山に囲まれているので、1日の中で気温差が大きくなるんです。でも、その寒暖差によって果物などの農産物がおいしくなったり、紅葉が美しく色づいたりするんですよ。
大宮
長野の魅力は寒暖差から生まれていたんですね!
茅野先生
それに、寒いからこそ生まれる産業もあるんですよ。
大宮
スキー場とかですか?
茅野先生
それもありますが、たとえば、諏訪地方は寒天産業が盛んです。寒天の原料は天草という海藻なんですが、わざわざ海から遠い土地に海藻を運んできて作るなんて、不思議だと思いませんか?
大宮
確かに、どうして海藻をわざわざ山に?
茅野先生
それは、寒天づくりに諏訪の気候がぴったりだからです。寒天は、海藻を煮て、干して、乾かすことを繰り返して作ります。そうした寒天製造の工程に、厳しい寒さを持ち、空気が乾燥する諏訪の気候が合っているんです。

他にも、長野には市田柿という干し柿や高野豆腐などの特産品もありますが、それらも冬が寒いからこそ生まれた産業です。
大宮
そうか、寒いからこそ生まれる独特の魅力があって、それを求めて人が集まってくるということだったんですね! 

長野の冬が暖かくなっている?

茅野先生
でも最近は、冬になっても気温が下がらず、寒天が凍らないことが問題になっているんですよ。「何十年も作り続けてきたけれど、こんなことは初めてだ」とおっしゃる人もいます。
大宮
私も地元の人から「最近の冬は暖かい」と聞くんですけど、本当なんでしょうか。昔は毎年もっと大雪が降ったのにって。
茅野先生
昔より暖かくなっているというのは、事実だと思います。大宮さんは、諏訪湖の御神渡りをご存知ですか?
大宮
御神渡りというと、湖の厚い氷が裂けて、山のように盛り上がる現象のことですよね。
諏訪湖での御神渡りの様子
茅野先生
そうです。実は、諏訪大社の八剣神社では御神渡りを500年以上毎年記録しているんです。それを見ると、昔は毎年8〜9割の確率で御神渡りが見られていたのですが、ここ数十年は見られないことが多くなっています。
大宮
500年以上もの観測記録があるんですね!
茅野先生
こんなにも長期にわたって気候の変化を定点観測したデータは、世界的にもあまり例がないんですよ。
大宮
そんな貴重なデータが長野にあったんですね。やっぱりこれは、温暖化の影響なんでしょうか。
茅野先生
世界の専門家たちが調査中ですが、温暖化の影響は明らかと言われていますね。長野は自然に支えられている分、自然の変化の影響を敏感に受けやすいんです。実際に、りんご・梨主体で育てていた果物を、暖かい気候に適した柑橘類に転換しなくてはいけないのでは、と議論を始めている地域もあります。
大宮
寒さを活かしてきた長野の産業が、変わってしまうかもしれないんですね。

そもそも、長野は寒くない?

大宮
ちなみに、先生にとって長野は寒くても住みやすい土地ですか?
茅野先生
実は、僕はそもそも寒いとあまり感じていなくて……。
大宮
そうなんですか!
茅野先生
というのも、長野に来るまでは岩手にいたんですよ。岩手は、冬場にマイナス15度になるのが当たり前。夜中に大学から車で帰るとき、寒さでブレーキがきかなくて、交差点に突っ込んで死にそうになったこともあります(笑)。
大宮
ええっ!? それは危ない。
茅野先生
そのときから比べると、長野の冬は寒くないなと思っています。東北は「地吹雪」がすごいので、冬は命の危険を感じるんです。
大宮
地吹雪というと?
茅野先生
降り積もった雪が強風で吹雪くことで、視界がゼロになることが頻繁にあるんです。その体験があるので、長野の冬は穏やかに感じます。長野にも雪が多い地域はありますが、風が強くありませんから、吹雪くことは少ないですしね。
大宮
寒さは相対的なものなんですね。「長野の冬は寒い」とばかり思っていたので、穏やかという視点は発見です。
茅野先生
一口に寒いと言っても、長野はそこまで厳しい地域ではありませんし、寒さや降雪量は長野の中でも様々ですからね。
大宮
本当にそうですよね。長野というと雪深いイメージをもつ人も多いと思うんですが、私が住んでいる町は、除雪車が出るほど雪が積もることはほとんどないんです。でも、隣町に行くと雪は多くて。
茅野先生
小さな地形条件の違いで、雪の多さは変わるんです。雪が好きな人は雪深いところを選んだらいいし、雪が苦手な人は南信地域や平地を選んだらいい。長野の中で自分にあった場所を探すといいと思います。
大宮
北信、南信など、長野のどこに住んでいるかによっても冬のイメージはだいぶ変わりますね。
茅野先生
多様ですよね。「東京で暮らしています」と言うと、その暮らしって想像できる気がしませんか?
でも、「長野に暮らしています」と言うと、その中で都市部に暮らしている人もいれば、奥深い山間に暮らしている人もいる。いろいろな暮らしが実現可能なのが長野だと思います。
大宮
自分に合った土地を探せば、冬の過ごし方も選べますね。今日は、長野の冬への印象が変わりました。先生、ありがとうございました!

長野の冬は豊かだった!

長野の暮らしは充実しているけれど、冬に対しては「寒い」というネガティブなイメージばかりもっていました。
確かに、長野の冬は寒い。

でも、その寒さが長野に豊かな風土や文化を育み、たくさんの人を引きつける魅力を生んでいました。

長野は寒いから人が住めない。でも、寒いから人が住む。
インタビューの後には、矛盾するその言葉の意味を強く実感することができました。

実りを生み出す長野の冬、皆さんもぜひ体験してみませんか?

編集:飯田光平
撮影:五味貴志