2021.10.13
「長野県は災害に強い」はホント? プロが教える防災の基本知識と、防災グッズより大切なもの
こんにちは、ライターの大宮まり子です。
毎年のように、日本各地が大きな災害に見舞われている今。みなさんは、災害への備えをしていますか?
中には、「防災って大切なのはわかるけど、何をしたらいいかわからない」と感じている方もいるかもしれません。じつは、私自身がそうでした。
私は2019年に長野県に移住したのですが、移住したその年に大きな台風がやってきました。
このときの令和元年東日本台風によって、関東や東北地方を中心に
・約140の堤防が決壊
・死者 96名
・行方不明者 4名
・住宅の全半壊 27,684軒
・住宅の浸水 59,716軒
と、大きな被害を全国にもたらしました。
長野県でも、台風がもたらした記録的な豪雨によって川が氾濫。住宅や農地に土砂が流れ込み、県内各地に甚大な被害をもたらしました。
見慣れた場所が水と泥に埋まってしまった光景は、今でも忘れられません。
身近な場所で、いつ大きな災害が起きてもおかしくない時代。
災害に備えたいけど、そもそもどんなことを考えればいいの?
移住する際に気をつけなきゃいけない点はあるの?
そんな疑問への答えを探るべく、なんと今回、長野県庁にある「災害対策本部室」で直接お話を聞くことができました!
防災のプロフェッショナルから教えてもらったのは、知らなかった事実ばかり。
命を守り安心して暮らしていくために、長野県内の方も、移住を検討されている方も、ぜひご一読ください!
長野県は災害に強いってホント?
本日やってきたのは、長野県庁の災害対策本部室。
災害が発生したときに、県職員や消防、警察、自衛隊、NPOなど様々な防災関係機関が集まり、災害対応の司令塔になる場所です。
今回お話を伺ったのは危機管理防災課の古越武彦さん。
古越さんは防災に携わって15年。兵庫県神戸市にある「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター」に派遣され、防災の研究をしていたスペシャリストです。
- 大宮
- 私は移住者なんですが、事前に長野県は災害に強いと聞いていたんです。でも、2019年の台風の被害には驚いてしまって。
- 古越さん
- 長野県は災害に強い、たしかにそういう面もあるんですよ。長野県は山に囲まれて自然の要塞になっているので、地形的に台風には強いと言えます。台風の被害が少ないので、そこから災害に強いイメージがあるのかと思います。
- 大宮
- あ、やっぱり台風には強い県なんですね!あれ、でもそうなると、この前の大被害はなんだったのでしょう?
- 古越さん
- 令和元年東日本台風では、10月12日から13日にかけて非常に激しい雨が降り、「線状降水帯」が形成されたとも考えられています。線状降水帯は同じ場所で雨雲が連続して発生して豪雨の原因になる現象で、大きな被害が出やすいんです。
- 大宮
- 線状降水帯という予報が出たときは、要注意なんですね。
- 古越さん
- あと、実はですね、長野県が台風に強いというのは西から東へ移動する台風のときの話なんです。過去の災害を見ると、台風が長野県を南北に縦断するときは大きな被害が出やすいんです。台風の進路予測に意識を向けて、早くから準備するのが大切です。
- 大宮
- 台風の進路!あまり意識したことがなかったです。では、台風や大雨以外の災害はどうなんでしょう。
- 古越さん
- 長野県は風光明媚な場所がたくさんあるのですが、逆を言えば、災害のリスクが高いとも言えるんです。近年も、土砂災害、地震、大雪、火山の噴火など、さまざまな災害が起きています。
Twitterで呼びかけた「あきらめないで。必ず助けます!」
- 大宮
- そういった災害が発生したとき、ここに県の災害対策本部ができるんですか?
- 古越さん
- はい、大規模な災害が発生又は予想されるときに災害対策本部を設置します。行政や消防・警察・自衛隊、NPOなどの関係者が集まり、災害応急対策を実施するんです。
- 大宮
- 台風19号のときは、災害対策本部室から発信されたtwitterが大きな話題になりましたね。
- 古越さん
- 災害対策本部ではtwitterで台風情報を発信していたんですが、それを見た方から「助けてください」というリプライが届くようになったんです。それで情報発信の担当者が、何とか励ましたいと。
- 大宮
- 水が迫り不安な中で、勇気づけられた人も多かったと思います。行政の発信として、「必ず」と言い切った表現や感情がこもったメッセージは珍しいですよね。
- 古越さん
- そうですね。当時の災害対策本部では、情報発信のチームと救助を指揮するチームが連携して、情報の発信元の安否を確かめていきました。結果的にtwitterからの情報から、50件ほどの救助に繋がったんです。救助の要請はtwitter本来の使い方ではなかったとは思うのですが、多くの皆さんの励ましにつながったことは、とても嬉しく思います。
- 大宮
- 「必ず助ける」という言葉には、そんな舞台裏があったんですね! 救助された方は、家に取り残されていたんですか?
- 古越さん
- はい、急に水が迫って、2階や屋根の上に逃げた人が多くいたんです。ヘリコプターやボートを駆使して、浸水区域から1700名を超える人たちが救助されたんです。
- 大宮
- 1700名以上も! とてもたくさんの人が救助されたんですね。
「自分だけは大丈夫」という思い込みが避難を遅らせる
- 古越さん
- 本当は明るいうちに避難してほしかったのですが、逃げるタイミングを逸してしまった方も多かったんです。
- 大宮
- あっ、でも、その気持ちわかります。台風19号のときは雨のピークが真夜中だったので、避難した方がいいのか最後まで迷って……。
- 古越さん
- 逃げ遅れてしまう理由には、「正常性バイアス」というものがあるんです。人の心理として「今までも大丈夫だったから、今回も大丈夫だろう」と思いがちなんですね。
- 大宮
- まさに私……。警戒レベルが上がるまで、家で様子を見ていました。避難した方がいいのか、自分で判断する方法はありますか?
- 古越さん
- まず見てほしいのは、ハザードマップです。市町村ごとに作っていて、自宅がどれくらい浸水する可能性があるのかなど、身近な災害のリスクがわかります。
- 大宮
- これから移住を考える人は、ハザードマップを見て浸水するエリアだったら、住まない方がいいんでしょうか?
- 古越さん
- 災害はリスクを知って対策をしておけば、極端に怖がる必要はないと思うんです。どこにいても災害のリスクはあるので、自分がいる場所をよく知ってもらい、どんな備えが必要かなと考えていただくといいと思います。
- 大宮
- 災害のリスクが全くない土地は、ないですもんね。
- 古越さん
- そうなんです。でも、たとえば千年に1回氾濫する川であっても、水は急には溢れません。早め早めに情報を得て、適時適切な避難行動を行えば、危険は回避できます。
- 大宮
- 確かに。川が増水する間に逃げることができるわけですね。
- 古越さん
- 災害のリスクをしっかりと知っておけば、家を建てるときは少し高いところにしたり、高い建物に住んだりするなどの工夫もできますからね。
- 大宮
- なるほど、浸水に対応するには家の高さが重要だと。それに比べると、地震はいつくるか分からくて怖いですね。
- 古越さん
- 地震は日本中どこでも発生するリスクがありますが、必要な対策は2つ。「建物を強くすること」と「建物の中の物が倒れないようにすること」です。地震による被害は、建物が倒壊したり、家の中で重いものが倒れて下敷きになったりするものが多いんです。これら2つを守ることで、命が救われやすくなります。
- 大宮
- なるほど! ただただ災害は怖いなと思っていたんですが、ちゃんと備えれば命は守れるんだと思うと、少し明るい気持ちになりました。
避難するのに、たくさんの防災グッズは必要ない?
- 古越さん
- でも、住んではいけない危険な土地もあるので、市町村に相談して危ないと言われた場所は避けた方がいいです。
- 大宮
- 崖崩れが起きやすい場所のように、リスクが高い土地もありますよね。
- 古越さん
- そうなんです。あと、できれば、ご近所の方のお話も聞いてみてほしいです。「子どものときにこんなことがあったよ」という話から、どんなリスクがあるか、わかるかもしれません。
- 大宮
- 近所の人とのおしゃべりが防災につながるんですね! 防災というと、防災グッズを揃えておくイメージでした……。
- 古越さん
- 実は、防災グッズって最小限でもいいんですよ。避難するときは、本当に必要なものを優先して、無理なく持てる範囲で持ってもらえれば大丈夫です。
- 大宮
- え、そうなんですか?
- 古越さん
- 飲料水や食事などの支援物資はわりとすぐに届くんですよ。例えば、家族全員が3日間飲める分の飲料水を持って逃げるのはとても大変ですよね。
- 大宮
- 確かに! では、優先度が高いものはなんですか?
- 古越さん
- 薬とかアレルギー対応食とか、それがなければ命の危険性があるといったものを優先して、安全に早く避難できるように考えていただくとよいと思います。さらに重要なのは、ご近所との繋がりをつくっておくことです。
- 大宮
- えっ、ご近所との繋がり、ですか?
- 古越さん
- 県でもアンケート調査を実施したことがあるんですが、避難のきっかけになるのは、ご近所や消防団の人からの声かけが一番多いんです。地震や水害のとき、ご近所で声をかけあって逃げたことで命が助かった事例はたくさんあります。
- 大宮
- そうだったんですね! 日頃からお付き合いがないと、いざというときにも声をかけづらいかもしれません。
- 古越さん
- 実は、新しくやってきた人の目線は、地元の人にとっても重要なんですよ。先ほど「正常性バイアス」のお話をしましたが、何十年も同じ土地に住んでいると、災害につながる危険な現象が起きていても今回も大丈夫だろうと思いがちです。移住してきた人の新しい目で見て「危ないから一緒に逃げましょう」と声をかけてもらうと、自分だけでなく、周りの人の命を守ることにもつながります。
- 大宮
- なるほど! 移住した当時、都会に比べて、自治会などのコミュニティ活動が多くて大変だなという印象があったんですが、人との繋がりができるありがたさも感じていて。人との関係性が、身を守ることに繋がるんですね。
- 古越さん
- 都会の方が災害に強いかというと、そうとも言えない場合もあると思うんです。大勢の人が住んでいる都会では、大きな災害が発生すると、水や食料などがスーパーやコンビニから姿を消してしまいます。高層階の建物では、停電するとエレベーターが使えなくなり、上り下りにとても苦労します。都会は便利なものがたくさんありますが、災害が起これば、かえって不便になるものもたくさんありますね。
- 大宮
- そうですね。令和元年東日本台風のときにも、近くの避難所では自治会による炊き出しがすぐ始まって、温かな食事が並んでいました。
- 古越さん
- いろいろな災害現場に行っても、地域のコミュニティがしっかりしているところは避難所の運営もうまくいっています。被災しても、その後の安心感が違うんです。
- 大宮
- コミュニティがしっかりしている田舎だからこそ、災害に強い部分もあるんですね。
- 古越さん
- そのとおりです。移住を考える方は、その土地の様々なことに興味を持つ人が多いですよね。その興味の中に自分自身や家族を守るヒントがたくさんあるので、積極的に地域や防災のことを知ってもらえたらと思います。例えば、地元のお祭りに参加して一緒に楽しむことも、災害時において皆で助け合う「共助」につながっていくんです。
- 大宮
- 地域の行事に参加したりすると、自然と知り合いが増えますね。それが防災にも繋がっていくんですね。
- 古越さん
- はい。長野県には「支え合い」がしっかりしている地域がたくさんあります。もちろん、お住まいになる市町村や県も支援しますので、長野県に興味を持ってもらえれば、とても嬉しいです。
- 大宮
- お話を聞いて、防災への視点が変わりました。ありがとうございました!
防災は地域とつながるキッカケ
自分の近くには、どんな人たちが住んでいるのか。
自分の住んでいる土地は、どんな歴史をもっているのか。
自分の住む地域を知ろうとすることが、災害への備えの第一歩でした。
ふだんからご近所付き合いを大切にすることが、いざというとき、お互いの命を救うことにつながるかもしれません。
日常の小さなことから始められる防災。防災をきっかけに、地域とのつながりを見直してみたいと思います。
写真:タケバハルナ
編集:飯田光平