移住したくなったら

廃校の危機に結束!教育移住の注目校へ転換させた「新山小学校PTA」の底力

廃校の危機に結束!教育移住の注目校へ転換させた「新山小学校PTA」の底力

子どもの教育環境を守るために、保護者と教職員によってつくられる団体「PTA」。

通学中の子どもの安全を守ったり、地域行事を開催したりといった活動が行われてきた一方、近年では、働く保護者らへの負担や形式的な運用などを背景に、PTAのあり方を見直す動きが生まれてきました。実際に、PTAを解散したり、外注したりする学校も出てきているといいます。

しかし、そんな中、長野県に、子どものいない家庭でも全ての世帯が小学校のPTAに加入する「全戸PTA」を実施している地区があります。それが、約240世帯が暮らす伊那市新山地区。丘陵地に清らかな新山川が流れている自然豊かな里山エリアです。

PTAの存在意義が問われている今、どうして新山地区は「全戸PTA」を実践しているのか。そして、「全戸PTA」は地域や子どもたちにどのような影響を生んでいるのか。

話を聞いたのは、元・新山地区PTA会長の境久雄さんと、新山地区PTA女性部の伊東佳保里さん。取材をすると、戦前から根づいている子どもを地域の宝とする気風と、小学校閉校の危機を並々ならぬ熱量で乗り越えたドラマがあることを知りました。

お話しいただいた境 久雄さん(写真左)と伊東佳保里さん(写真右)

地域みんなが校歌を歌い、運動会に参加する

小林
あの、新山地区は、全世帯がPTAに加入すると聞いたんですが。
境さん
はい。小学校に通っている子どもがいなくても、全戸PTAに加入するのが新山地区の伝統なんです。
小林
そうすると、地域のおじいちゃん・おばあちゃんもPTA会員……?
伊東さん
もちろん。地域の大人たち全員で、子どもたちがのびのびと学校生活を送れるように取り組んでいます。通学路になる山道や水路の草刈りをしたり、校庭に砂利を敷いたり、PTA林を整備したり。あと、各家庭で採れた蕗を集めて、売って、そのお金で図書館の本を購入したりもしています。
小林
めちゃくちゃしっかりしたPTA活動……!
伊東さん
小学校の運動会なんてPTA会員総出で参加する地域の一大行事。この日は消防団の人たちや地域のおじいちゃん・おばあちゃんも、みんな校庭に集まって競技に参加します。
地域の消防団も参加する「新山大運動会」
小林
え、保護者じゃなくても競技に参加するんですか!それってちょっと気が引けません……?
伊東さん
たしかに小学校に何も関わりがないと気が引ける人もいるかもしれないけれど、みんなPTA会員だから競技に参加しても全く不思議じゃない。これも全戸PTAだからできることなんです。

地区をまるごと学び場にしてきた伝統

小林
ちなみにいつから全戸PTAの伝統が始まったんですか?
境さん
戦後、GHQの指令で全国にPTA組織がつくられた昭和22年からですね。でも、それ以前から新山地区では、国や自治体に頼らずに地域の大人たちが自らの資材を提供し合って学校の校舎を建てるなど、地域全体で子どもが学ぶ環境をつくろうとする気風があったんです。
伊東さん
地区唯一の小学校である新山小学校は、子どもとその保護者だけを対象にした学校ではなく、この地に暮らすみんなの拠り所。地域の人はみんな校歌を歌えますし、PTA会員の大人たちが本の読み聞かせをしたり、トンボの生態やきのこの採り方を教えたり、子どもたちに学びの機会を提供し続けています。
校舎の廊下には、子どもたちに関わる大人たちの写真を掲示。
小林
校舎の中にいて座学で学ぶだけでなく、校舎の外に出て地域全体を学びのフィールドにしているんですね。
境さん
そう。「新山全部が校庭」という考えが地域の伝統。豊かな自然と生きる知恵を含めて、新山地区そのものが子どもたちの学び場なんです。PTA会員の大人たちは、その環境を守っていく必要がある。
地域の大人からハッチョウトンボの生態について学ぶ子どもたち
小林
なんだかPTAが「小学校の保護者と教職員からなる団体」という枠に留まらない存在になっていますよね。「地域の自治組織」というか。
伊東さん
そうかもしれないですね。実際にPTAの副会長や会計といった役職は、地域のおじいちゃん・おばあちゃんも含め保護者ではない世帯の人が担っていますから。過去には保護者ではない方がPTA会長を務めていたこともあります。
小林
保護者以外が役職に就くPTA……!

小学校廃校の危機に立ち向かう大人たち

境さん
でも、実はこれまでPTAがなくなってしまう危機もありました。
小林
これほど熱心な組織なのになぜ……?
伊東さん
PTAの大元になる小学校が、何度も廃校の危機に見舞われてきたんです。新山地区は高齢化率が高く、過疎化も進んでいる地域。児童の数も減っていたこともあり、市街地の小学校と統合するという話がこれまでたびたび出ていました。

実際に私の息子が卒業するときの児童数は4人だけ。さらに新たに入学する児童数も減少が見込まれるため、市街地の小学校と統合する話が再び持ちあがったんです。
新山地区全戸に配布されているという「新山小学校百年史」。
小林
廃校によって地域の拠り所がなくなってしまうかもしれない。
伊東さん
はい。「絶対に小学校をなくしたくない」という強い思いから、2006年にPTA会員から有志を募って、新山小学校を存続させる方策を考えて行政に働きかける団体を発足させました。
境さん
当時PTA会長だった私もメンバーとして参加。PTA会長を引き継いだ後も、継続して参加し続けました。

しかし、そんな活動もむなしく、発足から3年後には新山小学校と隣接する新山保育園も休園に。「もしかしたら少人数の小学校で学ぶよりも、市街地の大きな小学校で学ばせた方がいいのだろうか。『小学校を残したい』というのは、自分たちのエゴなのだろうか」ということも頭をよぎるように。

今後の団体の方向性を決めるためにも白黒はっきりさせたいと思い、PTA会員に全戸アンケートを実施したんです。そうしたら「この地域には、小学校が絶対に必要だ」という意見がとても多かった。やはり新山小学校は地域の拠り所。それならば、新山小学校を存続するためにとことん取り組もうと決意を固めました。
小林
具体的にどのような活動をされたのでしょう。
境さん
会議ばかりしていても進まないから、まず行動しようと。なかなか強引なんですが、市役所の窓口に一人で乗り込んで提言したり、新山から市街地に出て行った人を呼び戻そうと、いきなり会いに行って説得したりね(笑)。
小林
飛び込み営業のマインド!でも、それって上手くいくんですか?
境さん
もちろん上手くいきませんよ(笑)。市役所に行って「なんで自分たちの言うことをわかってくれないんだ!」と噛みついたところで、窓口の人が状況を変えてくれるわけではないですし、市街地に出て行った人にとっては、初対面のおじさんにいきなり「地元に帰ってこい」って説得されるわけですからね。

だんだん強引に進めるよりも、みんなで楽しく取り組めるやり方をとった方がいいと考え方をシフトしていくことにしました。
伊東さん
ひとつの転換点となったのが、PTAの女性部の立ち上げです。

お母さんたちにとっては、地域内にコミュニティがあることが、その地に暮らし続ける動機になる。だから、お母さん同士で仲良くする場としてPTAの女性部を立ち上げたんです。たとえば、小さなパーティを開いたり、新しく移住してきたお母さんに積極的に話しかけたり。あとは、週末に学童保育をして、お母さんたちと雑談したり。そうやって地道にコミュニティの基盤をつくっていきました。

大人たちの団結と、子どもたちの友情が、小学校の未来をつなぐ

境さん
あと、大きかったのが、豊かな自然や小規模校ならではの特色ある教育環境を評価され、保護者が希望すれば校区外からも通学できる「小規模特認校」として新山小学校が認定されたこと。

まもなくその制度を使って、とある子どもが校区外から入学してきたんです。そのお母さんは、「地域の児童と同じような体験をさせたい」と言って、あえてちょっと小学校から離れた場所で送迎し、地域の子どもたちと一緒に登校させていました。

でも、ある日の登校中に、その子のサンダルの鼻緒が切れてしまった。それで泣いていたら、一緒に登校していた児童たちが自らの靴を脱いで「これで、おれたち一緒だぞ!」って言ったんです。その後、みんな裸足になってニコニコしながら登校してきました。
小林
泣けるエピソード……。
境さん
そのエピソードを聞いたお母さんが感動して、「新山って本当にいいところ!新山の子どもたちは本当にいい子だよ!」って至るところで広めてくれたんです。しかもその後、そのお母さん自身が校区外に暮らしながらPTA会長も務められました。
小林
PTA会長まで!
伊東さん
そこから、小規模特認校制度を利用した校区外の通学者がだんだん増えてきました。校区外から通うにあたってネックになっていたのが送迎も、新山小学校のPTA会員から送迎ボランティアを集めたことで対応。校区外からも子どもたちが通いやすい環境を、大人たちみんなで整えていきました。
小林
そこまでやるんですね……PTAの団結力がすごいなぁ。
境さん
ますます小学校や保育園に通う子どもたちが増えていく中で、2015年には伊那市の田舎暮らしモデル地域に認定。2017年には長野県の移住モデル地区としても認定され、教育移住の先進地域としての評価を頂くまでになっています。
小林
当初の危機を考えると、めちゃくちゃドラマチックですね。
境さん
人口減少社会と言われる中、新山地区ではIターン・Uターンする人が増え、この10年あまりの間で世帯数はほぼ変わっていません。また、児童数もほぼ同じ水準をキープし続けています。
伊東さん
日本全体で少子高齢化が加速する中、しかも、この新山地区のような高齢化率が高いエリアで児童数を維持するってなかなかすごいことだと思うんですよね。
小林
行政からの認定が後押ししたとはいえ、PTA会員の大人たちが子どもたちの学び場を守るために本気で取り組み続けた末の結果なんでしょうね。

PTAは、子どもたちをまん中に置いて考える気風の象徴

PTAの先頭に立って活動してきたお二人の話を聞いた後、最後に新山小学校にとってPTAとはどんな存在なのか。新山小学校の校長先生にもお話を聞いてみました。

小林
新山小学校にとって、いったいPTAってどんな存在なんでしょう?
飯野校長
子どもたちをまん中に置いて考える、新山地区の気風を象徴する旗印のような存在なのかなと思いますね。地域のみなさんは本当に子どもたちに関心を寄せてくださるんです。「子どもたちのためにこういうことをやりたい」と相談すれば、必ずPTAの誰かが手を挙げて“先生”になってくれます。本当にありがたいですね。
小林
一方で、昨今は「PTAが本当に必要なのか」という話題も出てきているじゃないですか。
飯野校長
たしかに最近「PTAの役を引き受けたくない」という声は、ニュースやインターネットなどで耳にするかもしれません。でも、新山小学校は特別ですよね。私自身の教員生活を振り返っても、ここまで地域を挙げてPTA活動が盛んなのは、本当に珍しい。「子どもたちのためにうちの庭にタケノコ採りにおいでよ」と声をかけてくれる方、「トマトがたくさん採れたから、みんなで食べて」と学校に立ち寄ってくださる方など、小学校とPTAの距離感が近く、地域の大人が一体となって子どもたちの学びの環境をつくっているように思います。
小林
トマトの差し入れがある小学校なんていいなぁ……。
飯野校長
自然豊かな新山地区は春夏秋冬でさまざまな表情を楽しむことができます。私自身も、この地域の味わい方をPTAのみなさんに教えていただいているところ。小学校とPTAが一体となって、子どもたちにも地域の風景を伝えていけたらと思いますね。

取材を終えて

新山小学校にうかがったとき、まず目に入ったのが、山と畑が広がる里山の風景の中、校庭で子どもたちが元気いっぱいに遊んでいる姿。まさに日本の原風景が、そこに広がっている気がしました。

データだけを見れば、新山地区は、高齢化率も高く、過疎化が進むエリアかもしれません。でも、だからこそ、子どもたちを真ん中に考えて、行動する。

「全戸PTA」という“旗印”のもと、地域全体で子どもの育ちを見守る風土がここにはありました。