2021.03.11
「移住ブーム」に踊らされない。リアルを見つめる移住論
「移住ブーム」。
いつしか、そんな言葉も聞かれるようになってきました。コロナ禍でリモートワークの流れも加速して、移住に興味を持つ人も増えているのではないでしょうか。
僕自身、大好きな地元・長野県へのUターン移住を考えているひとりです。コロナ禍になる前は少なくとも月に1回は地元に帰っていたので、知人からは「長野に住んでいるの?」と聞かれることも珍しくありませんでした。
だけど、現時点で移住はできていません。
東京には家族もいるし、身につけたいスキルや経験もある。移住したら家族はどうするのか、仕事はどうするのか、地域になじめるのか……現実を前にして結論を先延ばしにしているのが現状です。長野に帰るたび、どこか「帰らせてもらっている」後ろめたさを感じることもあります。
「移住ブームというけれど、移住ってそんなに簡単じゃないぞ……」
これが正直な僕の感覚です。
今回、そんな僕が話を聞いたのは、世界的な起業家コミュニティ「Impact HUB Tokyo」の設立者・槌屋詩野(つちや・しの)さん。
国内外で社会的事業の立ち上げを行いながら数々のコミュニティを見てきた槌屋さんは、2014年に長野の軽井沢へ移住してきました。現在は東京でご自身の会社を経営されながら、同じく長野県内にある飯綱高原に移り、2人のお子さんとパートナーと一緒に暮らしています。
そんな移住の先輩に、ブームのなかで語られていないリアルな移住論を聞いてみました。
Twitter/note
移住ブームの「美化」に注意
――槌屋さんは海外も含めて、たくさんの移住を経験されてきましたよね。今回の長野移住ではどんなことを意識していたんですか?
とにかく希望的観測を捨てて、移住のリアリティだけを見つめていましたね。飯綱高原で雪はこれだけ降る、なら家はこんな設備が必要だから、お金はこれだけかかるだろう……。そうやって現実的に暮らしを設計していきました。
私の場合、国をまたいだ引っ越しを何度も経験してきたので、「移住したときに起こりうること」は、他の方よりもある程度予想できるのかなと思います。
――なるほど。槌屋さんの仕事の拠点は東京だと思うのですが、仕事面での心配もなかったんでしょうか?
海外に滞在していたときに、地域や国をまたいでプロジェクトをつくり、多拠点を移動しながら仕事をする人たちと仕事していたので、特に心配はありませんでしたね。むしろ、都市から離れた地域に拠点を構えて行き来している人こそいきいきしていて、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)が高かったんですよ。その姿を見ていると、都会にいる必要性を感じなくって。
――暮らしでも仕事でも、自分の実体験を踏まえた判断があったと。
実体験は大切です。周りから見たら勇敢な行動をしているように見えるかもしれないけれど、足を運んで、目で見て、体感してと、かなり周到な事前リサーチをしていますから。飯綱高原に移住する際には、休日を使ってパートナーと1〜2時間ドライブして、長野県内のさまざまな候補地に何度も足を伸ばして確かめていました。
——相当徹底されていますね……!
移住って美化されがちじゃないですか。でも、美しいイメージには裏があると思っていて。つくられたイメージに踊らされないようにするには、とにかく自分でリサーチするしかないんですよ。
――たしかに僕も世の中で言われている気軽な移住のイメージと、現実とのギャップにモヤモヤしているところもあります。僕自身、移住を考えているんですが、いざ東京を離れるとなると新しく仕事をつくっていかないといけないし、妻や子どもに負担をかけてしまうし、決して楽なものではないなと。そもそも、なんでこんなに移住が美化されないといけないんでしょうか?
美化すると利益を得られる人がいる、というのがひとつの理由でしょうね。
たしかに地域の人口が増えると経済が潤う側面もありますが、それは短期的な目線。美化されたストーリーを信じて地域に愛着がない人が移住してきても、期待値と違う場面に遭遇して、移住を辞めたり、地域との関係を持てなくなるケースもあるんですよね。
でも、それは移住した側に責任があるのではなく、むやみに移住の敷居だけを下げてしまった側にも責任があるはず。美化を続けていく限り、結局チープなブランドに成り下がってしまうんです。受け入れる側が「本当にこの地域に住んでほしい人、定着してほしい人はどんな人なのか」という長期的な目線で判断し行動することが、地域の価値を高めていくと思っています。
――移住を考える側も、情報を見きわめて自分の頭で考える必要がありますね。僕も気をつけないとな……。
「移住ブーム」その先は
――今は「移住ブーム」とも言われていますが、その先にはどんな未来が待っているんでしょうか?
この「移住ブーム」も長くは続かないと思います。
向こう2年くらいは「とりあえず東京を出たい」という感情的な理由で移住する人は増えるでしょう。そして東京にいる移住検討層が一定数、地方に移動したところで、おそらく一旦「移住ブーム」は収束すると思っています。
――たった2年……!「移住ブーム」ってそんな一時的なものなんですね。
ただ、さらに2年ほど経つと、また状況が変わると思うんですよね。なぜなら、それまでに移住した人たちは「この地域に暮らしたい」より「とりあえず東京を出たい」という理由から引っ越しを決断してしまい、落ち着いてから今度は「ここを終の棲家にするのか……」という葛藤がきっと生まれるから。そのため、再度、移住を検討する人も出てくると予想できます。
実際に私たち家族も、まずは軽井沢、そして飯綱高原へと段階的に移住を進めていきましたから。
――移住にも第二波が……。
私は第二波が生まれて、人々が分散したあとの世界がすごく面白いと思っているんです。
例えばヨーロッパだと、「ここはクルマの街、ここは農業の街」みたいにそれぞれの街に個性があって、出かける場所を街単位で選ぶ風土があります。移住の第二波が収束したあと、そんな風に、日本も差別化されて個性を持ったエリアが各地に点在するようになるかもしれません。
すると、そこに引き寄せられるように、また新たな移住の波が発生するでしょう。そのときは「東京から地方への移住」だけではなく、「地方から地方への移住」も普通に起こりえるんじゃないかなと思っています。
――移住にも段階があるんですね。
ええ、そうした変化が10年たらずのスパンで起こると思います。そのときにはもう東京の人口もずいぶん減っていて、都心にいることがステータスじゃなくなっているでしょうね。実際にヨーロッパでは、そんな地方分散型の世界観で成り立っていますから。
移住する側とされる側、それぞれの価値観と役割を意識しよう
――話を伺っていると、一時的なブームに踊らされず、長期的な視点で地域をとらえる必要があると感じます。例えば長く価値が保たれる地域になるために、槌屋さんが取り組んでいる「コミュニティづくり」の観点でどんなことが言えそうですか?
地域の担い手一人ひとりが、どう行動するかが大切だと考えています。コミュニティには、参加する人の価値観が自然と反映されるものなんです。カフェを開くとか、子どもたちの集い場をつくるとか、一つひとつの意思決定や営みに個人の価値観がにじみ出て、それらが寄り集まることでコミュニティの価値観も形成されていくと思うんですよね。
だから、地域全体で自分たちの価値観をちゃんと明示して、どんな人に来てもらいたいのかという視点でブランディングすることが重要です。そうしないと先ほど言ったような地域と移住者とのミスマッチも生じてしまいますからね。
――なるほど。意地悪な見方かもしれませんが、「こんな人に地域コミュニティに加わってもらいたい」という価値観を明示したとしても、実際には地域コミュニティの価値観と合わない人が訪れる場合もあると思うんです。そのとき、実際に加わってもらうかどうかを地域コミュニティ側で判断できるのでしょうか。
移住を受け入れる側の視点ですね。その場合、私は地域の不動産屋が大切な役割を担っていると思っています。
――不動産屋、ですか……?
不動産屋は、いわば地域へのゲートキーパーとしての機能も持っているんですよね。不動産屋のなかには、「こんな人に住んでほしい」「こういう人は地域とミスマッチを生んでしまう」という判断をして、売り方をアレンジしている方もいます。
例えば「自然資源を使ってお金を稼ぎたい」と語る人と、「今まで長野で維持されてきた資源を次の時代にも活かせるようにしていきたい」と語る人、どちらが入ってくるかで地域の性格も大きく変わってしまいますよね。そうした人たちに物件を売ったり貸したりする立場として、長期的な目線で地域の価値を維持していく社会的意義を、地域の不動産屋は担っているんです。
――面白いですね。一方、移住する側の視点でいうと、僕も含めて「地域コミュニティの一員として貢献したいけれど、どう関わったらいいのかわからない」という不安を持っている人もいる気がしていて。
たしかに新しく地域コミュニティに入ると、わからないことも多いですからね。「地域と自分がつながっている、価値を求められている」という感覚に出会うまでには時間がかかります。価値を享受する側から生み出す側にいこうと3ヶ月で切り替える人もいれば、5年経ってから変わる人もいることを見てきました。
ただし、地域コミュニティに貢献すると言っても、大きなことでなくてもいいんです。誰かがやれていないことを誰かが補完する。それだけで地域は面白くなると思います。
――つまり、地域を広い視点で考えて、空いている役割や価値が何かを考えるべきだと。
そうですね。移住する側、される側が、互いに自身の価値観と役割を意識することが大切なんじゃないでしょうか。
変化し続ける世界で、地域の行政が担うべきこと
――地域では住民一人ひとりの意識や取り組みが重要だということはわかりました。それでは、地域をまとめる行政はどうやって市民に方向性を示したらいいと思いますか?
そもそもなんですが、行政が地域の方向性を決めるべきではないんですよ。
――え……!?
地域とは、市民一人ひとりの営みによって絶えず変化して動いているもの。新しい営みが生まれたら、当然、全体の流れも変化します。ダイナミックな社会の動きをデザインする際に、行政のようなひとつの主体がビジョンをつくって実現していくかたちはもう古いんですよね。
「10年でこういう街にしていきます!」と目標を掲げても、どうせ経済も、社会も変わっていく。だからビジョンも形骸化しちゃうんですよ。変わることを前提に、柔軟に、動的に取り組むことができる行政がこれから求められるんじゃないかと思います。
――ということは、あくまで方向性を決める主体は行政ではなく、住民一人ひとりだと。
でも、かといって行政が「それでは住民の声を聞きましょう」と取り組むのも間違いを生みます。「地域に何を求めますか?」と聞かれて、適切な答えを持っている住民なんてほとんどいません。それは思考を住民に放り投げていることと一緒になってしまうんです。
地域で住民が勝手に何かを企画したり、予期しないムーブメントが生まれたり……そんな状況を生み出すように環境をデザインすること、そして生まれた動きをちゃんとピックアップすること。それが行政の役割として大切だと思いますね。
あとは、地域に眠っている人的資源の理解。「この地域にはこんなイノベーターが眠っていて、こんなことをしようと考えている」と把握しておくのが重要だと思います。さらにそれぞれのイノベーターについて卵の状態なのか、ピークを迎えているのか、それとも次の世代にバトンタッチしようとしているのかまで理解できていたら、さまざまなコラボレーションをお膳立てできるかもしれないですよね。
そうやって行政の側が機会を提供することが、真の住民参画だと思います。
移住の悩みは、必ずハックできる
――最後に、僕の個人的な悩みを聞いてもいいでしょうか。今、移住のむずかしさをひしひしと感じていて。長野は大好きな地元で、知り合いもたくさんいます。個人的には早く移住したいんですが、東京には家族もいるし、自分のキャリアもまだまだ発展途上。移住について、どう考えていこうかと迷っているんです。
なるほど。どこかで「東京にいないとできない」と考えているところがありませんか?
――それは……あると思います。長野に行くことで、特に仕事の面で手放してしまうものがある気がして。
必ずどこかに抜け道はあると思いますよ。そもそも移住って、こっちを犠牲にしてこっちを優先するみたいな世界ではないんですよね。それぞれの人や家族に合ったかたちやあり方が、必ずどこかに存在しているはずで。
私たち家族も、東京のほうが教育面で子どもにより多くの選択肢を提供できるんじゃないかと思っていた時期もありました。けれど、実際には私たち次第でどうにでもなるんです。
長野にしかない教育面での選択肢もたくさんあります。例えば農作業で使う重機や自然に触れる体験だって、都会ではなかなか味わうことができませんよね。コミュニティが狭くて出会う人が固定化してしまうなら旅行に連れて行けばいい。悩みは、必ずハックできるんです。
――悩みは必ずハックできる。僕にはとても勇気づけられる言葉です。
あとは、東京にも「帰ることができるコミュニティ」がある状態が一番健全かな、と思います。仲のよい友人や、仕事上の仲間とか。長野にいる自分も、東京にいる自分も、自由に行き来できるといいかもしれないですね。移住はチャレンジだから、何かあったら戻ることができるホームがあるのは大きいと思いますよ。
まとめ
「移住が美化され過ぎている」
槌屋さんの痛快な言葉の裏には、移住者と地域の長期的で持続可能な関係を真摯に追求する大切な視点が込められていました。
移住は、移住者だけでなく、地域にとっても、大きな影響を与えます。
だからこそ、素直に、誠実に、お互いの価値観を提示していくことが重要なんだと感じました。
自分は長野でどんな生き方をしたいのか、地域とどう関わっていけるのか……その答えを練り上げながら、自分らしい長野との付き合い方を考えていこうと思います。
撮影:小林直博
編集:友光だんご(Huuuu)
撮影協力:Foret coffee