2024.11.07
子ども連れの長野移住に新たな選択肢?“異なる家族同士のシェアハウス“はうまくいくのか。
こんにちは。ライターの小林です。
僕は普段、東京を拠点に暮らしながら、地元・長野県と行き来する生活を送っています。大好きな地元に移住したいという気持ちもふつふつと湧き上がってきますが、やはりネックになるのが家族のこと。
移住は、自分だけでなく、家族のライフプランも変えるイベント。いちから新しいコミュニティに入らないといけないし、子どもの保育園や学校の手続きもしないといけない。それに、引っ越しの費用だってバカにならない。
でも、一方で、きっといいこともあるはず。特に子どもにとって、もうひとつの居場所ができることはポジティブなことでもあると思っていて。
東京と長野県を行ったり来たりしている実体験を踏まえると、複数の居場所があることで世界は広がるし、「こっちでもいいし、あっちでもいい」という状況が心を落ち着かせてくれることも多い。
子どもがどんな場にフィットするかは未知数だし、今の環境に馴染めなくなる可能性だってもちろんある。そのとき「じゃあ、あっちに行ってみようか」という選択肢を用意してあげられる親でいたいなと思っている。
そんなことを考えているときに知ったのが、乗鞍高原にある“家族で暮らせるシェアハウス” 乗鞍すもも荘の存在でした。
入居者は、ほとんど子ども連れの家族。シェアハウス内に自然保育(のりくら自然保育木のこ)のサービスもあるし、松本デュアルスクール制度を使えば、居住地の学校に籍を置いたまま乗鞍の学校に通学することもできる。しかも、敷金・礼金も、家具の持ち込みも必要なし。1週間からの短期滞在もできて、プランによっては家族4人でも月10万円程度で入居可能。
こんな場所だったら、これまでの暮らしを捨てないまま、新しい選択肢を持てるかもしれない。2つの居場所を家族でつくれるかもしれない。
そんな可能性に惹かれながら、乗鞍すもも荘を運営するお2人にお会いして、話を聞いてきました。
- プロフィール
- 大須田淑恵さん(写真左)
乗鞍すもも荘オーナー。自身が1歳の時に東京から乗鞍へ家族(両親・姉の4人)で移住。中学生まで乗鞍で育ち、今は東京と乗鞍の二拠点生活をする二児の母。実家ペンションを改装し、2020年からシェアハウス運営を始める。
相馬 蕗子さん(写真右)
乗鞍すもも荘管理人。のりくら自然保育木のこ代表兼大野川小中学校コミュニティスクールコーディネーター。長野県白馬生まれ大町育ち。2016年に乗鞍へ移住。
実家の空きペンションを改築して、家族で暮らせるシェア別荘に
まずは、すもも荘がどんな場所なのか、そして、なぜ“家族で暮らせるシェアハウス”をつくろうと思ったのかを聞くことに。話を聞くと、オーナーの大須田さんも、僕と同じような境遇と悩みの中で、この場所をかたちにしたことを知りました。
- 小林
- このすもも荘には、どんな方が住まわれているんですか?
- 大須田さん
- ほとんどが子ども連れの家族の方ですかね。ただ、夏休みのあいだだけ数週間滞在する、年間単位でしっかり暮らすなど、“すもも荘”の使い方は家族によってさまざまです。
- 相馬さん
- 3年前、都内にお住まいのとある家族が、夏休みの時期に2週間ほどすもも荘に滞在してくれたことがありました。
当時中学3年生だったお子さんは、学校へ通っていない時期もありましたが、すもも荘滞在中に自然豊かな乗鞍での暮らしに魅了され、「ここに住んでみたい」という思いが生まれ、それを実現するために進学先も自分で探したそうです。
- 相馬さん
- 「世界のどこからでも通うことができる通信制高校に進学して、自分が心地よさを感じられる乗鞍という地で暮らしてみたい」というお子さんの気持ちを受けて、家族で移住してくれたこともありました。
- 小林
- まさに乗鞍やすもも荘が、その子や家族のもうひとつの居場所になっていたんですね。そもそも、どうして“家族で暮らせるシェアハウス”をつくろうと思ったんですか?
- 大須田
- この建物は両親が営んでいたペンション。その後、父が閉業して15年ほど空き家になっていた中で、どうにか残したいと思ったのがきっかけでした。
家族と話し合っていた際、自治体に寄付するという案も出たんですが、やっぱり思い入れのある実家を手放したくなくて。とりあえず税金と電気代だけ払っている状態。知り合いの方がご厚意で草刈りや換気でたびたび訪れてきてくれたものの、「この先どうしよう」と悩んでいました。
- 小林
- 僕の実家も、まさに空き家になっている母屋をどうするか話し合っているところなので、とても共感します……。
- 大須田
- ただ、私自身は都内で家族と暮らしていて、夫の仕事の事情もあるため、なかなか完全移住は難しい状況。その中で何ができるかを考えた結果、もともと関心があった、ひとつの拠点に滞在しながら創作活動に取り組む「アーティスト・イン・レジデンス」という考え方をもとに、みんなが思い思いに表現と暮らしを楽しめるシェア別荘をつくろうと決めたんです。
そこから月に2回ほど子どもを連れて、キャンプがてら建物の整備に通うようになりました。滞在するたびに、乗鞍の先輩が運営しているカフェにお昼ご飯を食べに行ったり、家族で移住して乗鞍で創業したコーヒー焙煎士の方に会いに行ったり。その中で「こういう拠点をつくろうと考えている」という話をしているうちに、だんだん乗鞍での輪が広がっていきました。そのときに出会った1人が、相馬さんなんです。
- 相馬さん
- 私は、もともと保育園や幼稚園、学童、小学校など子どもたちと関わる仕事をしていて。乗鞍で自然保育ができるフィールドを探していたら、すもも荘を立ち上げようとしていた大須田さんと出会ったんですよね。
ちょうど住居も探していたところだったので、大須田さんに「ここに住みたいです」と伝えて、暮らしながら館内の改築を進めました。
- 大須田さん
- 水道もガスも通っていないような状態だったんですが、「キャンプ生活に比べると、贅沢な環境です」なんて言ってくれて(笑)。
コロナ禍が訪れて、都内在住の私がなかなか乗鞍に帰ってくることが難しくなった中でも、ここに暮らしながらコツコツと改築を進めてくれたのは、本当にありがたかったです。
- 相馬さん
- 改築が完了したのが、コロナ禍も落ち着いた2022年頃。そこからやっと人を呼べるようになりました。知り合いに声を掛けていくと、ちょうど子ども連れの家庭が多くて。滞在してもらっているうちに、“家族で暮らせるシェアハウス”という、現在のすもも荘のかたちができてきたんです。
みんなで表現と暮らしを楽しむ、すもも荘の日常
すもも荘のWebサイトやInstagramを見ていたとき、印象的だったのが滞在する方々が楽しそうに暮らしている風景。実際にすもも荘では、どんな日常があるのか、そして、大須田さんが目指しているみんなが表現と暮らしを楽しむ「アーティスト・イン・レジデンス」はどのようにかたちになっているのか、聞きたいと思いました。
- 小林
- すもも荘では、みなさんどんな暮らしをしているんですか?
- 大須田
- たとえば毎年みんなで味噌造りをしたり。自分の家庭だけで味噌を仕込もうとすると手間もかかるし、台所が汚れるから、いっそのことみんなで楽しくやっちゃおうと私の発案でスタートしました。
春に仕込んで、秋には味噌開きをします。そのあと、手作りしたお味噌を使って、みんなで料理をつくって食べる会も。ただ暮らしの中でやりたいと思ったことをやる。そんな会ですが、これが背伸びをしない、すもも荘らしい暮らしだと感じています。
- 小林
- 「すごいことをしよう」と肩肘を張るのではなく、「やりたいことをやってみよう」と等身大で暮らしを楽しむのが素敵ですね。
- 大須田
- あと、すもも荘の庭で地域の人に木工やイラストのワークショップを開いてもらったりしながらマルシェイベントを開いたことも。ほかにも「自分がいつも食べている美味しいパンを乗鞍の人たちにも食べてほしいな」と思って、東京でベーカリーを営んでいる知人から何種類かパンを買い取ってきて、パンを販売したこともあります。
「ないもの・ほしいものは、自分たちでつくる」といった雰囲気が、乗鞍やすもも荘にはあるのかもしれません。
- 小林
- すでに身の回りに物事や情報がたくさんある東京と比べて、自分たちの手で何かをつくろうという雰囲気がこの地にはあるんでしょうね。
- 相馬さん
- あと、子どもたち自身も自分たちで企画して、ないもの・ほしいものを、かたちにしているんです。
- 小林
- 子どもたちも?
- 相馬さん
- 本が大好きな女の子が「乗鞍には図書館がないから、自分で古本屋をやりたい」と言って、Instagramで呼びかけて本を集めて、本棚を自作して、毎週水曜日に入り口近くのギャラリーを使って1年間古本屋を運営していたんです。
- 小林
- まさにないもの・ほしいものを、かたちにするマインドですね。
- 相馬さん
- さらに、その子は「乗鞍を舞台にみんなで小説を書きたい」と言って、乗鞍在住の方や、かつて乗鞍に住んでいた方、県外に住んでいるけれど乗鞍に遊びに来たことがある方など、12人の書き手を自ら集めてオムニバス形式の小説集までつくりました。
- 小林
- 小説まで!すごい行動力!
- 大須田さん
- ほかにも、カメラが好きな小学校1年生の子が、ギャラリーを使って1ヶ月間写真展を開いたこともありました。すごいのが、ポストカードをつくって販売して、自分の力で稼いだお金で印刷代を払っていたんですよ。
- 小林
- 小学1年生でそこまでやるなんて……!たしかにすもも荘が表現を後押しする「アーティスト・イン・レジデンス」のような場になっているんですね。
異なる家族同士で暮らすことで、親も子どもも変わっていく
何かをつくったり、表現したり。そんな場が育まれている、すもも荘。イベントや展示のような“ハレ”の日だけではなく、何でもない“ケ”の日々はどう営まれているのか。実際に「暮らす」という視点に立つと、きっと後者の方が大切になってくるはず。ふと目についた子どもたちの絵から、そんな話題になりました。
- 小林
- そういえば、今取材しているリビングにも、子どもたちの絵が飾られていますね。
- 相馬さん
- そうそう。こうやって子どもたちの絵を飾っていると、「すごいね」「私もやってみたい」と言ってくる子もいて。常にお互いに良い影響を与えていたらいいなと思います。
- 小林
- 生活空間に友だちの絵を飾ることで、会話が生まれたり、刺激を受けたりするのかもしれませんね。
- 大須田さん
- あと、子どもにとっては普段の暮らしの中で親以外の大人の背中を見れるのも大きいと思います。そうすることで、暮らしや生き方の選択肢も広がるはずですから。
たとえば、すもも荘で暮らしていると観光業に携わる大人たちが訪れる人たちを接客するという乗鞍ならではの光景はもちろん、デザイナーやバイヤー、主婦など、それぞれの入居者による多様な大人の背中を見ることができます。
- 小林
- 子どもにとっては、友だちや親以外の大人と暮らすことで刺激を受けたり、世界を広げたりできそうですよね。ただ、僕自身、シェアハウスのように家族以外との共同生活をしたことがなくて。親側も上手くシェアハウスに馴染めるか、少し心配なんですが……。
- 大須田さん
- たしかに心配ですよね。すもも荘でも、よくあるのが旦那さんの方がシェアハウスに抵抗感を持っているケース。でも、渋々でもすもも荘に通う内に次第にみんなと打ち解けて、気付いたら入居者同士で朝方まで飲み語らうほど仲良くなっていることもしばしば。
そうやって、暮らす場所が増えるという変化をポジティブに乗り越えられたことで家族のチーム力が上がることもあるみたいです。
- 相馬さん
- すもも荘で暮らす大人同士も、いい影響を与え合っているみたい。よく入居者の方からは「今まで自分の家族しか見えてなくて悩みもいっぱいあったけれど、他の家族と一緒に暮らすことで『こういう子育ての仕方があるんだ』と気づきを得たり『これでいいんだ』と自分の子育てを客観視できて楽になった」と言ってくれます。
- 小林
- そうなんですね。僕も東京では、妻と2人で子育てをしていて「これでいいんだろうか」と手探りし続けているんですよね。そんなとき、すぐ近くに一緒に暮らす家族の方がいれば、ちょっと自分たちの家族のあり方を客観的に見ることができたりして、気持ちが楽になるかもしれませんね。
取材を終えて
実は取材時、たまたますもも荘に入居していた知り合いにばったり会いました。
もともと松本市のデュアルスクール制度を使って神奈川県との二拠点生活をはじめ、すもも荘には1ヶ月だけ滞在するつもりだったそう。でも、お子さんが乗鞍高原の環境を気に入って滞在を延長。着る物さえあれば2拠点生活が始められる環境が整っていたことで移住を決意したそうです。
家族での移住は、どうしても腰が重たくなってしまうイメージがありましたが、身軽に「試しに暮らしてみる」世界線が身近なところにありました。
家族で、どこで・どうやって生きていくか。そんな選択肢が広がった取材でした。
- INFOMATION
- 今回取材を行った「松本市安曇地区大野川区」は、長野県の「移住モデル地区」に指定されています。すもも荘をはじめとして、若者だけでなく、世代を超えて一緒に繋がって、イベントや交流をおこなっています。気になる方はぜひ以下のHPをチェックしてみてください↓
のりくら高原ミライズ構想協議会