2021.04.21
「賑わう温泉にはなりたくない」ってどういうこと!? 年間20万人が訪れる山奥の温泉「十福の湯」の規格外の運営術
「あ~~!今日は疲れたから温泉行こう!」
デスクワークや育児で心身ともに疲れた日は、温泉にちゃぽん。
ああ、なんて幸せな生活……。
申し遅れました、ライターのナカノヒトミです。
東京から長野にUターンして、早5年。
長野の暮らしで欠かせない要素のひとつが”温泉”です。
自宅から車で15分圏内に、3ヶ所も温泉がある環境に改めて驚いています。
それもそのはず、長野県は温泉利用公衆浴場の数が737か所で全国1位の温泉県!
(環境省「平成30年度温泉利用状況」より)
全国に名の知れた温泉地から、地元民のみぞ知る浴場、気軽に足を運べるスーパー銭湯タイプの温泉まで、県内各地にはありとあらゆる温泉が存在します。
そして、身近な温泉好きに聞くと高確率で名前があがるのが、上田市真田の「地蔵温泉 十福の湯」!
私も大好きなこの「十福の湯」、ただの温泉とは思えないこだわりがいくつもあって……
まずは、屋外プールのような大露天風呂。その大きさは約100畳とめちゃくちゃ広い!
湯上がりは、暖炉の炎を見つめながらぬくぬく一休みできるし、
街のレストランかと思うほどの豊富なメニューも魅力的!
手打ちそばは、そば打ち職人の技を間近で見られちゃうんです。
さらには館内でコーヒーも。しかも、サイフォンとフレンチプレスから淹れ方を選べる本格派!
いやいやいや、本当にここは温泉なの!?
温泉に食事、薪ストーブ、本格的なコーヒーを味わえるカフェまで。どうしてこんな充実した温泉をつくることができたんだろう?
そんな疑問をぶつけに、長野市から車で45分走らせ、十福の湯にやってきました!
今回お話を伺ったのは、支配人の一之瀬常利さんです。
一之瀬さんは、十福の湯がオープンした年より勤務。
初期から現場に立ち十福の湯を見てきたからこそ、聞ける話があるはず!
職人の手打ち蕎麦に県下最大級の露天風呂。十福の湯の圧倒的こだわり
- ナカノ
- 出会って早々こんなことを言うのもおかしいですが、十福の湯ってもはや温泉じゃないですよね!? 料理へのこだわりをめちゃくちゃ感じますもん!
- 一之瀬さん
- いやいや、温泉ですよ(笑)。でも確かに、料理にはこだわっていますね。
- ナカノ
- やっぱり。レストランのメニュー写真から本気度が伝わってきました。
- 一之瀬さん
- ありがとうございます!現在は常時、約80種類のメニューを提供しているんです。季節ごとのフェアメニューもつくっていますね。
- ナカノ
- それだけあると迷っちゃうなぁ。人気メニューはなんですか?
- 一之瀬さん
- 手打ちそばはよく注文をいただきますね。石臼で挽いたそば粉を使って、職人が毎日手打ちで麺をつくっています。
- ナカノ
- 本格的なそばが食べられるんだ!
- 一之瀬さん
- さらに、料理には天然水を使用している所も大きなポイントです。地下150メートルから汲み上げていて、ミネラル豊富に含まれているんですよ。
- ナカノ
- あ!レストランのメニューにも「天然水使用」の文字を見かけました。
- 一之瀬さん
- 食事はもちろんですが、トイレまでこの天然水を使っています。
- ナカノ
- なんて贅沢な……!
- 一之瀬さん
- もちろん、料理だけでなく温泉も、十福の湯ならではのこだわりが詰まっていますよ。
- ナカノ
- 十福の湯といえば、めちゃくちゃ露天風呂が広いですよね。
- 一之瀬さん
- はい、露天風呂の広さは100畳、約180平米ですね。長野でも最大級の広さだと思います。
- ナカノ
- 数十人が一度に入っても余裕のある広さだ……
- 一之瀬さん
- 露天風呂の広さだけではなく、種類もポイントです。寝湯や檜サウナ、水風呂まで屋外に設置しているんですよ!
- ナカノ
- 外湯に水風呂があるのは珍しいですよね。
- 一之瀬さん
- そうですね。森の中の水風呂ですから、森林浴のような心地も味わっていただけたら、と思っています。
- ナカノ
- 外気浴と水風呂が交互に楽しめる、サウナーにはたまらない設計だ……!
「たくさんの人で賑わう温泉」は目指さない
- ナカノ
- 一之瀬さんの説明からも十福の湯のこだわりが伝わってきました。この空間を求めて、週末になると人が押し寄せてきそう。
- 一之瀬さん
- 週末は沢山の方にご来場いただいています。お客様の層は、年間を通して地元のご年配の方が多いですが、最近は若い方も増えている印象ですね。
- ナカノ
- やっぱり!私の友達もインスタグラムに「十福に来た!」と写真を載せているのをよく見かけますもん。
- 一之瀬さん
- 場所が場所だけに、ちょっとした小旅行感覚で訪れてくださる方が多いようですね。休日になると県外ナンバーの車も増えますし、近所の銭湯や日帰り温泉にふらっと行くというより、レジャー要素を求めて来られる方が多いのかもしれません。
- ナカノ
- わざわざ来たくなる気持ち、わかります。年間ではどれくらいの方が訪れるんですか?
- 一之瀬さん
- 年間20万人ほどです。ピーク時には、25万人に届くぐらいのお客様にいらしていただきましたね。
- ナカノ
- (電卓アプリを使う)わ、すごい!! 1日に685人が来ている計算ですね。
- 一之瀬さん
- もちろん平日と祝日で来客数は変わりますが、当時は1日400人の来場が普通の感覚で、週末は1,000人を超えるなんてことがざらにありました。最も多い時では、2000人を超えることもあったんです。
- ナカノ
- に、2000人も!でも、一之瀬さん、あまり嬉しそうじゃないですね。
- 一之瀬さん
- ええ、お客様に申し訳なかったんです。混み合っている温泉では、ゆっくりくつろぐことができませんよね。入場制限をかけることも検討しましたが、ここは山の中の温泉、周りにほかの施設もありませんから、せっかく来ていただいたのにお断りするのも忍びなくて。しかし、駐車場に車さえ停められない事態。当然、おしかりの言葉をいただきました。
- ナカノ
- ひえ〜。人気がゆえの悲劇……
- 一之瀬さん
- もちろん、沢山の方にお越しいただけるのはとても嬉しいことです。ただ、ゆっくりお過ごしいただく環境を提供できないことは、温泉として残念で仕方ありません。。
- ナカノ
- 来場数のコントロールってむずかしいですよね。
- 一之瀬さん
- 今は、一時期からするとだいぶ落ち着きました。やっぱり、お客様にはわざわざ山の中まで来ていただくので、ゆっくり温泉に浸かってもらい、おいしい食事でリフレッシュしていただきたい。混雑していた時の申し訳ない記憶もありますから、「たくさんの人で賑わう温泉にしよう」とは思っていないんです。
住民の「あそこは雪が早く溶ける」の言葉で見つけた山奥の源泉
- ナカノ
- そもそもなぜ、こんな山奥に十福の湯をつくったんですか?
- 一之瀬さん
- ここがオープンしたのは、2002年5月。今でこそ山林に囲まれていますが、この辺は元々、集落があった土地なんです。当時、社長がこのあたりに住んでいらっしゃったおばあさまから、「あそこだけ雪が早めに溶ける」という話を人づてに聞いたんです。
- ナカノ
- それで温泉があるとわかったんですか!
- 一之瀬さん
- そうなんです。きちんと調査してみると、たしかに温泉が湧いていて。ここは標高975mなんですが、温泉をひくために1,200mほど掘ったみたいですね。
- ナカノ
- 標高が高いと、それだけ温泉を掘るのも大変そうだなぁ。
- 一之瀬さん
- 十福の湯をつくるにあたって、社長と当時の部長のふたりで、県内100軒以上の日帰り温泉を視察したんですよ。
- ナカノ
- 100軒も!
- 一之瀬さん
- その中で、大きな露天風呂を持つ施設があったんです。「その露天風呂よりも大きなものをつくろう!」という社長の一声から、この名物大露天風呂は生まれました。
- ナカノ
- あれ?温泉ってどうやって大きさを測るんですか?
- 一之瀬さん
- 測りようがなかったので、社長が温泉の端から端まで歩いて歩幅で測ったんです。
- ナカノ
- めちゃくちゃアナログだった(笑)。
- ナカノ
- 社長はなぜ、そんなに大きな露天風呂にこだわりを持っていたんですか?
- 一之瀬さん
- 温泉に行くと、どこも小さな露天風呂ばかりで窮屈さを感じていた、と言っていましたね。お客様にとっての居心地のよさを追求するためにも、広い露天風呂は必要不可欠だったようです。
- ナカノ
- たしかに、人里離れた山の中にあるからこそ、こんなにも大きな露天風呂をつくれますもんね!
- 一之瀬さん
- そうなんです。たまにカモシカやたぬきが覗きに来ることもありますよ(笑)。
喫茶スペースやピザ窯の新設。オープン後も形を変える十福の湯
- 一之瀬さん
- 今でこそ温泉以外のコンテンツにも力をいれていますが、実は2002年のオープン当初は、フロント横で焼きたてパンの販売と食堂があっただけなんですよ。
- ナカノ
- 今とは全然違うんですね。
- 一之瀬さん
- はい。お客様が増えるにつれ、様々なエリアやコンテンツも増やしていて。いまお話しているこの部屋も、途中で増築したエリアなんですよ。
- ナカノ
- 全然気づかなかった!他にあとからつくったものはありますか?
- 一之瀬さん
- 例えば、ピザ用の石窯ですね。あれはスタッフの提案で導入されたものなんですよ。
- ナカノ
- え!スタッフの一声で!?
- 一之瀬さん
- はい。サービスや設備など、スタッフの声で取り入れたものは色々ありますね。
- ナカノ
- すごい数だ。
- 一之瀬さん
- 喫茶コーナーは、カフェ経営に興味のあるスタッフから「喫茶をやりたい!」という声が上がってから、1ヶ月でスタートしました。
- ナカノ
- 1ヶ月!?
- 一之瀬さん
- そのスタッフは飲食店で働いた経験はなかったのですが、ショップづくりからメニューの考案までの一通りを担当してもらいました。
- ナカノ
- 普通にお話されてますけど、物事のスピード感が早すぎませんか??
- 一之瀬さん
- そうかも知れませんね(笑)。「これがあったらお客様が喜ぶ」という取り組みは、すぐに手を付けるようにしています。
- ナカノ
- すごい。まずやってみる精神を大切にしているんですね!
失敗をおそれず、現場主導で次々と変えていく
- 一之瀬さん
- ただ、失敗ももちろんありますよ。例えば、今は約80種類あるレストランのメニュー、元々は120種類あったんです。
- ナカノ
- どうして減らしたんですか? 多いほうがいいのに!
- 一之瀬さん
- 私たちもそう思っていました。そもそも、当初の料理は温めるだけで簡単につくれるようなメニューばかりだったんです。でも、「お客さんにおいしいものを食べてもらいたい」という料理人の提案から、手づくりや地産地消にこだわるようになり、メニューの幅もどんどん広げていきました。
- ナカノ
- 自分たちの手でおいしい料理を提供できるようにしていったんですね。
- 一之瀬さん
- はい。ただこだわりすぎちゃって、手が回らなくなったんです。当時40名いたスタッフのうち、調理師が8名。この8名で和食も洋食も手作りで提供していました。
- ナカノ
- スタッフの約2割が料理人……!
- 一之瀬さん
- あ、でもパティシエとパンを焼くスタッフも別にいたので、食に携わるスタッフで10名以上はいたかな。
- ナカノ
- 温泉とは思えない人員の割き方だ……。
- 一之瀬さん
- それだけスタッフがいても間に合わないぐらいのラインナップでしたから、泣く泣くメニューを減らして、今の形に落ち着いたんです。
- ナカノ
- 料理ももちろんですが、このメニュー表も魅力的。見るだけでお腹すいちゃいますもん!
- 一之瀬さん
- これも最初は、文字だけのメニューだったんですよ。「写真付きのメニューがいい」というスタッフの声を反映して写真を取り入れるようにしたり、徐々にアップデートしていっているんです。新しい料理も生まれるし、すぐに「もっとこうしたい」という声が上がるので、メニュー表はすぐに変わっていくんです(笑)。
- ナカノ
- 改善の速度がすごい…… 写真もデザインも素敵ですが、メニュー表は社内でつくっているんですか?
- 一之瀬さん
- 本社のデザインチームが制作しています。初めのうちは写真撮影からメニューのデザインまでデザインチームにまかせていましたが、最近は現場のスタッフが担うことも多くて。季節ごとのフェアメニューは、この施設のスタッフで写真の撮影をしていますよ。
- ナカノ
- すごい。スタッフの方もどんどん写真のスキルが磨かれそう!
- 一之瀬さん
- 料理の開発、メニュー表のアップデート、館内を増築しての新しいエリアの拡充などなど、「これがあったらお客様は喜ぶんじゃないか?」と思ったらスピーディーに変えていくようにしていて。ですので、「失敗しちゃったな」と思うこともたくさんあります(笑)。でも、その失敗を活かすことでよりよい温泉になっていくわけですから、失敗をネガティブなものとは捉えていないんです。
変わらずに「標高1000mのおもてなし」を続けるだけ。
- ナカノ
- 私も何度も訪れていますが、まさかメニューや設備など細かい変化を繰り返していたとは知らなかったです。
- 一之瀬さん
- 常に考えているのは「お客様に喜んでもらうにはどうしたらいいか」ですね。月並みな言葉かも知れませんが、本当にそこを意識しているんです。そのためには、失敗をおそれて行動に移さない時間がもったいないですもん。
- ナカノ
- 言葉の納得感がすごい。最後に今後の展望を教えて下さい。
- 一之瀬さん
- 標高1000mのおもてなしを提供し続けることですね。もちろん、それを維持するために新しいコンテンツや取り組みは変わらず進めていきますが、やっぱり基本的にはお客様が喜んでくれる施設を目指すのみです。
- ナカノ
- 愛される施設になるためには、アップデートし続けることが大事なんだなあ。
- 一之瀬さん
- やっぱり来ていただいた人から「またくるね」と言ってもらうことが一番ですからね。今後も思いは変わらず、様々な変化をつけながら続けていきます!
- ナカノ
- 本日は沢山お話を聞かせていただき、ありがとうございました!
暮らしの中で「こうだったらいいなあ」と思うことがあっても、行動に移すことはなかなか難しいもの。
しかし十福の湯には、失敗をおそれず「まずやってみる」気風がありました。
このトライアンドエラーの繰り返しが、居心地の良さを生み出しているのでしょう。
よーし、次の休日は十福の湯で一日ゆっくりするぞ!
- Infomation
- 地蔵温泉 十福の湯
住所:上田市真田町傍陽9097-70
TEL:0268-75-3855
HP:http://www.zippuku.net/
*営業時間・定休日については、HPを御覧ください。
撮影:小林直博
編集:飯田光平