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信州大学が世界の水事情を救う!? 画期的すぎる新素材を生み出した人に直撃してきた

信州大学が世界の水事情を救う!? 画期的すぎる新素材を生み出した人に直撃してきた

こんにちは。ライターの小林です。

突然ですが、長野の水っておいしいですよね。

以前、日本酒の記事でも紹介したように、長野は優れた水質を活かした日本酒大国。

大手飲料メーカー・サントリーも長野の水に注目。2021年には長野県大町市に「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」を建設し、人気商品「南アルプスの天然水」に加え、「北アルプスの天然水」の販売もスタートしました。

そして、信州大学の手嶋勝弥(てしま・かつや)教授も、長野の水のポテンシャルに着目している1人です。

手嶋先生が研究・開発しているのは、いつでも、どこでも、誰でも、きれいな水を手に入れることを可能にする結晶材料「信大クリスタル」。この画期的な材料を用いて、これまでタンザニア政府や大学と協力しながら水質を改善したり、国内で携帯型浄水ボトル(「NaTiO」)を商品化するなど、さまざまな取り組みを進めてきました。

そんな水のエキスパートとも言える手嶋先生いわく、長野が世界の水の中心地「アクアバレー」になる日もそう遠くないのだとか!

今回は、手嶋先生に長野の水、そして信大クリスタルの可能性について聞きました。

長野の水は長寿に貢献しているのか!?

小林
早速ですが、水に関するさまざまな取り組みを行ってきた手嶋先生は、どうして長野の水に可能性を感じているんですか?
手嶋先生
長野県といえば、全国でも有数の長寿県。そこには、さまざまな要因が組み合わさっています。そのひとつとして、長野のキレイな水をあげることができるのではないかと思っているんです。​​
小林
水が長寿に貢献している……?
手嶋先生
はい。数え方によってその数は変動しますが、実は国全域で水道水が飲めるのは日本を含めわずか7カ国と言われています。世界には、フッ素や重金属、カドミウムなどの有害物質が地下水に溶け出して、健康被害に困っている国も少なくありません。世界的に見ても、水によって健康は大きく左右されるんです。

そんな恵まれている日本の中でも、さらに長野は特に優れた水環境があるんです。この「良質な水へのアクセス」も長寿にきっと良い影響を及ぼしているのではないでしょうか。 
小林
長野が世界的にも貴重な水大国だったなんて……! でも、どうして長野の水はそんなにきれいなんでしょうか。
手嶋先生
長野は、周囲を高い山に囲まれていますよね。これが天然の濾過装置になっているんです。山頂に降り注いだ雨や雪が、山の中を流れてくる間に不要な成分を取り除いていく。だからこそ、水資源は豊富にあるし、口にしても安全でおいしいんですよ。
小林
山の恩恵がありがたいなぁ。
手嶋教授は、アフリカでも水処理技術の導入に取り組んでいる。

長野の良い水の、良いところだけを。 

小林
長野の水の素晴らしさはよく分かったんですが、先生が研究・開発されている「信大クリスタル」はどういったものなんですか?
手嶋先生
一言で言えば、フラックス法でつくられた、さまざまな結晶材料の総称です。
小林
「フラックス法」に「結晶材料」? なんだか難しそうだ……!
手嶋先生
そうですよね(笑)。簡単に言うと、フラックス法は結晶をつくる方法のひとつ。小学校のとき、理科の実験で塩やミョウバンの結晶をつくった人もいると思います。塩やミョウバンを水にたくさん溶かして飽和水溶液をつくり、ゆっくり冷やす。すると、底の方に結晶ができてくる……その原理と一緒です。
小林
なるほど。では、「結晶材料」はどういったものなんですか?
手嶋先生
結晶とは、原子や分子が規則正しく並んだもの。結晶は、材料をつくると、その物質自体がもっている性能を、最大限に引き出すことができるんです。たとえば、原子が規則正しく並んでいるため、強度が増したり、いろいろなものを伝達する性能が向上したりします。
すでに商品化されている信大クリスタルを用いた携帯型浄水ボトル「Natio
小林
ふむふむ。その特徴が、水にも作用してくるということですね。
手嶋先生
そういうことです。水に応用する信大クリスタルの場合、一言で言えば「いらないものだけを取り除いて、欲しいものを残す」ことができます。長野で言えば、良い水の、良いところだけを残した水を手に入れることができるんです。現在は、長野の水と信大クリスタルの水処理技術を活かして、さまざまなプロジェクトに取り組んでいるんですよ。
小林
水の良いところだけを残す……。でもそれって、家庭などにもある浄水器とは何が違うんですか?
手嶋先生
ふふふ、そう思ってしまいますよね。ここに、長野県中野市の酒蔵丸世酒造店と開発した「勢正宗 信大仕込」という日本酒がありまして。試しに飲んでみてください。
小林
(ゴクリ)え……!? これって日本酒ですよね? 今まで経験したことがないほど、あまりにスッキリした飲み心地で衝撃を受けました。
手嶋先生
そうでしょう。実は、現在の浄水技術の中には、人間が「おいしい」と感じるミネラル成分まで取り除いてしまうものもあるんです。でも、信大クリスタルならばミネラル成分を残しつつ、不要なものだけ取り除くことができます。
小林
ただでさえおいしい長野の水が、もっとおいしくなるのか!

豊かな水環境をもつ長野だからこそ、発信できるメッセージがある。

手嶋先生
長野のおいしい水を、もっとおいしくする。そんな信大クリスタルの力を活かして新たな取り組みをはじめました。それが、無料のアクアスポットをつくるプロジェクト「swee」です。
小林
アクアスポット?
手嶋先生
はい。「信大クリスタル」で磨いた水道水を使ったウォーターサーバーを、街中の施設などに設置して、長野のおいしい水道水を手軽に楽しんでもらうプロジェクトです。

この取り組みが目指しているのは、脱プラへの貢献。マイボトルを持っていれば、「信大クリスタル」で一段とおいしくなった長野の水道水を飲むことができる。わざわざペットボトルの水を買う必要がなくなるんです。

今は信州大学のキャンパスのほか、信州まつもと空港や松本駅構内、市役所などに設置しています。今後はもっと設置場所を増やしたいと考えているんです。
小林
長野のおいしい水がSDGsにも貢献するわけですね!
手嶋先生
「信大クリスタル」はおいしい水をつくるだけではなく、循環型社会の実現もひとつのテーマなんですよ。こちらの「サーキュラーエコハウス」の取り組みも、「信大クリスタル」の可能性を語る上では欠かせない取り組みのひとつです。
小林
「サーキュラーエコハウス」?
手嶋先生
はい。「サーキュラーエコハウス」とは、水やエネルギーを自然からまかない、循環させることで、上下水道や電力会社につながれていなくても生活し続けられる家のこと。「信大クリスタル」の水処理技術を活かして、雨水を生活用水に使ったり、その水を浄水してもう一度生活用水にしたりできる。資源として雨水を得ながら、無限に水を循環させる仕組みをこのハウスで実証していこうとしているんです。
小林
すごい! 使ったものを再利用し続けられるから、サーキュラー(循環型)なエコハウス、ということなんですね。
手嶋先生
さらに、「信大クリスタル」の材料の中には、水の処理だけでなく、リチウムイオン電池の性能を高める結晶材料などもあるんです。太陽光発電で生まれた電力を蓄電池にためる際にも、「信大クリスタル」は有効なんですよ。サーキュラーエコハウスでは、「信大クリスタル」を使って水だけでなく、太陽光発電や蓄電池も活用していく計画になっています。
ハウス裏に設置された浄水設備によって水を循環させている。
小林
「信大クリスタル」、めちゃくちゃ優秀じゃないですか。インフラが整っていない場所でも、水や電気を手に入れられるわけですもんね。
手嶋先生
そうなんです。たとえば、山岳地帯ではインフラが十分に届いておらず、し尿を処理するためにヘリコプターを飛ばして輸送するところもあります。また、インフラが届いていたとしても、老朽化が進んでいる場合もあります。

今後、人口が減っていけば、インフラの維持管理修繕にコストがかかることは目に見えています。そんなとき、既存のインフラに依存せずに資源を使用し続けられるサーキュラーエコハウスには、大きな可能性があると思うんです。
小林
たしかに、山間地域が広がる長野県とも相性が良さそうですね。
手嶋先生
先ほどお話したように、長野は日本のみならず、世界的でも有数の水大国です。きれいな水を必要とする精密産業の工場が集まっていますし、山地に囲まれた水の上流圏ですから、海へと繋がる下流の地域にも影響を与える場所でもあります。

ですので、「長野モデル」としてここで循環型社会を実現できれば、小さな単位かもしれませんが、世界中で通用するモデルになると期待するわけです。アクアスポットやサーキュラーエコハウスなどの取り組みは、長野で発信することに意義があるんですよ。
小林
長野が世界の水・エネルギーの中心地になるということですか!
手嶋先生
その通り!近い将来、長野が「アクアバレー」と呼ばれる可能性もあると思っています。

信州大学発のユニコーン企業をつくる。

小林
少し気になるのが、アクアスポットやサーキュラーエコハウスの需要が高まってきたら、「信大クリスタル」の製造量も増やさないといけないですよね。こんなにすごい技術なので、たくさんつくるのは難しいんじゃないですか?
手嶋先生
そこが、信大クリスタルのユニークなポイントなんです。先ほど紹介したフラックス法は、小学校の実験でも行われているように、小さな子どもでもつくれるシンプルな製造方法です。だから、安価で、簡単に、すぐにつくれてしまうわけです。大きな工場を持たなくても、現在の設備だけで国内の水処理の需要はカバーできるかもしれません。
小林
大学の設備だけで日本中の水が!?
手嶋先生
現在の設備だけでも、1ヶ月で数百キロオーダーの結晶材料をつくることができます。あとエコハウス10個分くらいの敷地をもらえれば、世界中の需要もカバーできるのではないでしょうか。
小林
大学のキャンパスの庭だけで、世界をカバーできるなんて驚きです。でも、そんなに簡単な製造方法だと、ほかの企業にマネされてしまわないんですか?
手嶋先生
たしかに製造するのは簡単です。そこで私たちの秘伝の“レシピ”が重要になってくるんです。
小林
秘伝の“レシピ”?
手嶋先生
つまり、どんな原料を、どのくらいの濃度で、どれくらい加熱して……といった細かい結晶育成条件のことですね。最適な“レシピ”を突き止めるためには、気の遠くなるような試行錯誤を繰り返さないといけません。これまでの試行数は10万回ほど。そうしてやっと得た、門外不出の“レシピ”こそ私たちの価値の源泉なんです。
小林
ハーブとスパイスの組み合わせを企業秘密にしている、ケンタッキーのフライドチキンみたいだ……
手嶋先生
ハハハ(笑)。まさにその通り。料理人が“レシピ”を改良していくように、わたしたちも結晶育成の”レシピ”を日々改良しているところです。
小林
つくるのは簡単でも、つくり方を見つけるまでが難しい、ということですね。そうなると、秘伝の“レシピ”を求める企業も多そうですね。
手嶋先生
実際に、国内はもとより海外からも「大量の結晶材料を提供してほしい」というオーダーや「一緒に結晶材料を開発しないか」という相談が来ています。このような背景もあり、とうとうベンチャー企業を創業しました。ヴェルヌクリスタル株式会社と言います。会社名の由来などはまたどこかでお話しできるといいですね。このベンチャー企業では、生産体制を確立し、数十トン単位の結晶材料を安定して生産し、世界に信大クリスタルを広めていきたいと考えています。
小林
研究だけではなく、ビジネスとしてもかなり可能性があるんですね。
手嶋先生
はい。ずばり信州大学発のユニコーン企業をつくりたいと考えています。そこで得た利益を大学に還元し、人材育成につなげ、新しい世代の研究者を輩出する。そんな流れをつくっていきたいですね。

まとめ

長野の水の可能性を引き出し、拡げていく信大クリスタル。

それでも手嶋先生は、「まだまだやりたいことの10%しか実現していない」と話します。

これからさらに新たな展開が生まれていけば、「シリコンバレー」のように長野が「アクアバレー」として世界から注目される日が本当に来るかも知れません。

大学発のユニコーン企業を目指す信大クリスタル。

長野の水が世界を救うまで、目が離せません!

撮影:小林 直博
編集:飯田 光平