移住したくなったら

焚き火を囲んで、経営者ふたり。偶然を孵化させる場づくりに必要なモノって?

焚き火を囲んで、経営者ふたり。偶然を孵化させる場づくりに必要なモノって?

長野県伊那市。

雄大な自然と、大小さまざまな山に囲まれたこの谷の地に、新たな施設が生まれます。
それは、「企てをカタチ」に変えていく場所、INADANI SEES。

手がけるのは、以前 SuuHaa でも取材した「やまとわ」の奥田さんです。

森の課題を解決するために、人の暮らしを豊かにする。 森と人の関係性を結び直す、家具屋「やまとわ」の挑戦

INADANI SEES は、伊那市の内外から人を集め、事業の種を育てていく場にすると語る奥田さん。そんな彼の企みが気になって、SuuHaa を運営する株式会社 Huuuu 代表の柿次郎が伊那市を訪れました。

なぜ、「新しいビジネスの創出」を地方の伊那市で行うのか。
偶然の種を落とし、それを育むための場に必要なもの。
自然と対峙しながら、調和しながら生きていくこと。

焚き火を囲みながら話し、考え、たどり着いたのは、「未来のつくりかた」でした。

今は「短いスパンの課題解決」に溢れてしまっている

柿次郎
「INADANI SEES」は、一言で言えば何の施設なんですか? シェアオフィスでもないし、コワーキングスペースでもないですよね。公民館寄り?
奥田さん
うーん、公民館ではないですね。「農」と「森」と「デザイン」を、混ぜたり地域に染み込ませたりすることを目指しています。強いていうなら、インキュベーション施設です(笑)。
柿次郎
なるほど、インキュベーション施設か! ……で、「インキュベーション」ってどういう意味ですか?
奥田さん
まだ聞き馴染みのない言葉ですよね(笑)僕もぼんやりなんですが、インキュベーションの語源は「卵の孵化」という意味らしいです。。
柿次郎 
つまり、「INADANI SEES」は人が集まって、アイデアとか「卵」的なものを温めて、なんか生まれたらええんちゃうの?って場所か。
奥田さん
その通りです。アイデアなど、何かをただ「企てる」って意外と簡単だけど、それを形にするのは途端に難しい。植物も、種を植えるのは簡単だけど育てるのは難しいのと似てますね。「INADANI SEES」は、「企てをカタチに」という哲学を据えています
柿次郎
なるほど〜。でも、どうしてそんな施設が伊那市に?
奥田さん
これまでも伊那市は、農林や自然を生かした取り組みやビジネスをつくろうとしてきています。「持続可能な社会をこの地域からつくろう」というのが、伊那市の方針です。

協定を結んでいるフィンランドのヨエンスーのインキュベーション施設にも刺激を受けて、イノベーションを起こし、新しい産業をつくるには行政だけではやはり難しい。産学官が連携することが重要だろうと。そこで、信州大学とも連携して、このインキュベーション施設をつくる運びなりました。
柿次郎
地域を中心とした産業の循環にお金をかけていったほうがいいよね、という流れが先にあったんですね。つまり、施設自体がこの先50年は続かないと意味がない。
奥田さん
そうです。目指しているのは、ここを中心とした「自然と暮らしの循環」なので。
柿次郎
林業であったり、里山の循環というシステムは、先を見れる長い視点を持ってる人間じゃないと面白がれないような気がするんです。循環させていくためにはなにが必要だと考えていますか?
奥田さん
より良い未来を想像して、そこから歩きはじめることな気がします。今の世の中は、常に短いスパンでの課題解決や利益追求が優先されがちですよね。
柿次郎
想像力とデザインする力の欠如は、各地のローカルの現場の課題ですよね。僕は、先を見据えて面白がるためには、「物語」が必要な気がします。ただ単に「歴史」だけではなくて、土地の歴史の部分も踏まえた上で、これからの未来を描くストーリー。奥田さん自身は、何を面白がってここにいるんですか?

圧倒的な自然の美しさと恐ろしさに対峙した時、「生」を感じる

奥田さん
伊那の何を面白がるか、ですか。……ここから見える雪山の景色の圧倒的な美しさと、圧倒的な恐ろしさ、その両軸を感じること、ですかね。社会のために活動する以前に、自分の人生を使って、いかに「生きてる」と感じていくかが重要だと思うんです。
柿次郎 
自然の中にいると、「生きてる」と感じられる?
奥田さん
そうですね。昔世界一周旅行をしたときのことなんですけど。さまざまな場所に行ったけれど、僕が各地で感動するポイントってほとんど一緒で。それが、厳しい自然環境と雪山だったんですよ。
柿次郎
ほう。
奥田さん
例えば砂漠やスイスのマッターホルン、南米のアンデス山脈。そういう風景を見た時、「根源的に美しいな」と感動する。心が動きまくりました。伊那にいると、毎朝の通勤ですら同じように心が動くんですよ。
柿次郎
世界の極地で感じた心の動きが、伊那の生活の中でも生まれる。それは、僕も信濃町の家で過ごしてると日々感じますね。目の前の山の風景が、毎日違うんですよ。自然の中に暮らしていると、世界の変化に目が向くようになって。長野市内の町場にいるときよりも、心が動く回数は多いです。
奥田さん
自然って、圧倒的で、変化も多い存在ですからね。「うわ、なんかすげえな、怖い!」……そうやって、自然の中で感情が動くのが気持ちよいんです。自然に対峙すると、自分の力ではどうしようもないことがたくさんある。この間も、雪が降りすぎて家から出れなくなったんですよ。
柿次郎
雪国あるある! 僕も最近、除雪をしている時に、急に除雪機のベルトが切れて動かなくなって。それを直そうとワタワタしていたら、間違えてディーゼルなのにガソリン入れちゃって。パニックになって、ひとまず燃料を買いに行こうと車を出したらスタックして、にっちもさっちもいかない状況になったんですけど……
奥田さ
興奮したんですね?
柿次郎
興奮しましたね!(笑) このまま雪が降り続けたら、本当にここから動けなくなる危機感。でも、どこかそれを待ち望んでる自分がいる。普段は会社を経営しているので、ある程度「できる」って見通しがあることしかやらないんですよ。でも、自然という抗えないものと向き合うと、なぜかスイッチが入ってテンションが上がるんですよね。
奥田さん
自然には敵わんなぁって思いますよね。都会にいても、感情自体はたくさん動くと思います。でもそれは、コマーシャル的なことだったり、人と人のすれ違いによるものだったりする。ポジティブではないし、「動かされている」感じすらある。
柿次郎
街の中での感情の動きと自然の中のそれは、全く別ですよね。僕も、自然という壮大なものに対する「しょうがない」という気持ちが、長野にきてから生まれました。
奥田さん
いまって、より効率的に動くことが求められたりしますよね。でも本来、僕たちは、「時間を短縮するために生きている」わけではないはず。いろんな物事をより享受したり、楽しんだりするために生きている。だから、豊かでもあり、恐ろしくもある圧倒的な自然は面白い。ヒリヒリするんです。
柿次郎
その「ヒリヒリ感」が、生きている実感だと。
奥田さん
伊那じゃなければいけないわけではないけど、ここにいると「生きることの意味」を自然と考えるようになるんですよね。

「場づくり」とは、偶然の種を撒いていくことかもしれない

柿次郎
奥田さんが伊那にいることを選んだ理由と、僕が信濃町を選んだ理由は偶然でしかなくて、言ってしまえばそこに意味なんかない。だけど、そうして自然と向き合って「生きることの意味」を考える過程で、自分と土地をつなぐ物語が生まれてくるのかもしれないですね。
奥田さん
なぜ「ここ」なのかって、常に難しい問題だなと思います。でも、はじめは偶然だったことが、いろんなことを経験する中で自分の物語になって、あれは必然だったなって思い返す時がいつか来ればいいですよね
柿次郎
最近、オオヤミノルさんってコーヒーの焙煎をしている方の本を読んでいたら、「いかに偶然と握手するか」みたいなフレーズが出てきたんです。僕、「偶然の種」を振りまくのが大好きなんですよ。
奥田さん
偶然の種?
柿次郎
そうです。ちょっとしたタイミングで情報を発信する、twitterでリプライを送る、メッセンジャーで連絡する、facebookでコメントをする。なんでもよくて。特定の狙いを持って声をかけているわけではないないけれど、それがきっかけとなって、会いに来てくれたりするんです。
奥田さん
なるほど。
Huuuu が運営する長野市の雑貨・土産店「シンカイ」。ゆるやかな交差を生む場所。
柿次郎
僕が運営している「シンカイ」もそういう場所だと思っています。日々偶然の種を撒いていると、「長野市にたまたま行く用事があって、たまたま柿次郎さんの投稿を見て、たまたまイベントがあったから来ました」みたいな人が来るんです。そういう、「たまたま来たんです」というセリフを言わせられるかを大事にしていて

……偶然の卵?「偶然の卵」を孵化させる「場」の力! それがインキュベーション!
奥田さん
柿次郎さんの腑に落ちてよかったです(笑)いや、でも、偶然が積み重なったことで、誰かとその場で握手ができる。その通りだと思います。

「場を回そう」という意志のある人が、さらなる偶然を呼ぶ

奥田さん
偶然を積極的に生み出すためにも、ちゃんと「場を回そう」という意思のある人たちが、施設側にいることも重要だと考えていて。今回、施設の立ち上げをきっかけに、東京と京都の友人に声かけたんですよ。そしたら意外と「行きます」って言ってくれて。これも、一つの偶然の種ですね。
柿次郎
外から「意志」を持ってやってきた人が場の運営をする。彼らが人生を積み重ねてきて培ってきたことがあるから、家族や友人、昔の同僚なんかが伊那に訪れるかもしれない。そこからさらに「偶然」は生まれますね。
奥田さん
施設の中で待っているだけではきっと何も起こらない。動くから偶然は訪れると思っています。
柿次郎
デザインでも、編集でも、「こだわる」ことがよい偶然の作用を生んでいくんだろうなぁ。
柿次郎
ラボの利用者以外の人も出入りできるんですよね?
奥田さん
はい。それこそ、今みたいに焚き火を囲むイベントは定期開催する予定ですし、トークイベントや農と森とデザインをまぜるようなスクールなんかも企画していきます。そうやって、地域の人も遠方の人も遊びにきたくなるような場所にしたいですね。
柿次郎
そうやって外から来た人が、ぽとっと種を落として、何かが芽生えるかもしれない。
奥田さん
そうですよね。この場所に、都市側に根っこを持つ人や、半分ぐらい伊那に根っこがある人がいたりすることで、グラデーションができて、より面白くなるし、「偶然」を生む可能性は広がるはず。ここをきっかけに伊那に定住してほしい、移住してほしいっていうより、つながりの中で多様性のある森が形成できれば。
柿次郎
根っこって、一種の本気度ですよね。「その土地にいかにコミットするか」だけではない本気度を測る上で、何を大事にしている人が集まってきたらいい場所になるんでしょうね?

炎を絶やさず、熾火のままで燃え続けられるかが問われる「場」の運営

奥田さん
何を大事にしている人がきてほしいか……。難しいですね。でも、基本的に、「社会全体にちゃんと絶望した上で、現状はポジティブにいる」みたいなことが、結構重要な気がしています。
柿次郎
ただポジティブなだけでなく、ちゃんと絶望した上で明るさを持ちあわせた人。
奥田さん
「INADANI SEES」は、今、正しいと思うこと、楽しいと思うことにチャレンジできる場にしたいんです。社会に絶望した上で、ステージで踊るか踊らないか。僕は自分では踊れないから、踊る人をステージに連れてきて、スポットライトを当てる係ですね。
柿次郎
外から来る人が一つの鍵ですね。場とか、いわゆる箱物って、人を入れて、ちゃんと期待の炎みたいなものを燃やし続けることが難しい。一気にバーン!と燃えて燃え尽きるより、5年間熾火のままでいられるか。
奥田さん
そもそも、地域資源とビジネススケールの話は、ものすごく食い合わせが悪いんですよね。ビジネスを拡大すると地域資源を使い尽くしちゃうし、地域資源のスケールに合わせるとビジネスがスケールしない。
柿次郎
バランスが難しいですよね。
奥田さん
僕が今、この地域に必要だと思ってることは、地域の文化や文脈っていうのを自分たちの言葉で紡ぎ直すこと。そこに興味関心がある人が集まったらいいんだろうな。

たとえば「食」だったら、この地域の食って何?ということを深く掘って、そこから価値を引き出して再提案していく。でも、それだけだと僕らだけでもできることなので、あまり広がらない。僕らが想像も及ばないような部分をどう混ぜていくか、という課題がありますね。
柿次郎
その土地に住む人たちとは異なる人を外から呼ぶのって、受け入れ側の柔らかさも求められますね。受け入れるだけでなく、気に入った人がいたら「来てよ!」って口説くぐらいのスタンスがいいのかも知れない。
奥田さん
うん。むしろ、もうそれしかないです。もう人間関係ベースでしかないなと思ってるんですよね。広く募集をかけて「来ませんか〜!」ではなくて、僕らも外に出ていくし、外から来たくなるような企画を考える。その中で、いかに「え、伊那いいじゃん、お面白いねって」思ってもらえるかどうか。
柿次郎
どういう人がきて欲しいか、どう呼ぶかに、答えはないですよね。
奥田さん
この土地の標高、寒暖差、扇状地、おいしい野菜がいっぱいある!みたいな話って、あんまり意味がないのかなって。おもろい人がいるとか、いい景色がある、自然があるみたいなことで、言ってしまえば日本中どこもそうじゃないですか。だから、僕らは「ご縁」を大事にするしかない。

同じ「場」であっても、「誰が」回すかによって、5年後、10年後の未来が大きく違ってくる

柿次郎
インキュベーション施設をつくるなら、都会の方が人も情報も回りやすいじゃんってなりそうですけど、案外地方の方がその偶然の質をあげることは起きやすいんじゃないかな。
奥田さん
きっと、重要なことは「場」ではなくて、結局「人」じゃないですか。「意志のある人」を新しく伊那に呼んで、さらに彼らと人を集める企画を立てていくのが楽しみです。
柿次郎
「SEES」というコンセプトがね、めちゃくちゃいいですよね。多様な見え方が集まる。今は、僕の視点と奥田さんの視点をただ照らし合わせてるだけだけど、全然違う人から見たら、こんなことができるんじゃないか?っていうのがどんどん増えていく。
奥田さん
そうなんです。僕らは普段「企画」をしている側だから、自分たちを軸にビジネスをつくるっていうこととは、また別の話ですよね。その場でビジネスが自然と起こるように設計するわけだから、そこが難しさであり、面白さでもあると感じています。
柿次郎
もともと、奥田さんが「やまとわ」として取り組んできた流れが伊那にはすでにある。言わば、風が吹いてる状態ですよね。今度は、その風を受け入れる施設ができるんだ。土壌的に耕されて、いろんな種が入ってきて、育って……。これからどんな場所に育っていくか、まだ分からないし、それこそがここの魅力なんでしょうね。