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高校生が運営する「株式会社」!? 取引社数100社以上の事業を運営する“長商デパート”がすごい!

高校生が運営する「株式会社」!? 取引社数100社以上の事業を運営する“長商デパート”がすごい!

こんにちは。ライターの小林です。

教育県と言われる長野県。

以前、教育長に取材して、「探究」を軸にしたユニークな教育が県内各地で実践されていることを知りました。

そして、今回取材で訪れたのは、長野商業高校。噂では、どうやら学校の中に「生徒が運営している会社組織がある」とのこと。しかも、その歴史は明治時代にまで遡るのだとか。

何だかすごそうな予感はするものの、どんな事業を行っているのか、組織の実態はどうなっているのか、疑問が尽きません。

そんな疑問を解決するために、株式会社長商デパートで72期目(2023年度)の“社長”を務めた生徒さんに話を聞いてきました!

高校生が社長!?「株式会社長商デパート」の組織とは

小林
こんにちは、今日は取材よろしくお願いします。
奥野さん
お願いします!株式会社長商デパートの代表取締役社長の奥野です!
小林
代表取締役社長……?
奥野さん
はい。長野商業高校では、生徒を株主とした模擬株式会社をつくっているんです。私がその社長になっています。
小林
生徒を株主とした模擬株式会社。なるほど、実際の会社ではないんですね。
奥野さん
でも、組織体制はかなりしっかりしているんですよ。「株式会社長商デパート」には、社長や副社長のほか、取締役会や監査役、人事や経理、宣伝や営業、さらには商品企画開発やシステム開発などの部署があります。

生徒自身が役員や社員として組織運営を行っていて、私自身も全校生徒が参加する株主総会で承認してもらって社長に就任しました。
本格的な組織図も用意。先生方はほとんど承認をするだけとのこと。
小林
株主総会での承認!想像以上に本格的な会社組織で、びっくりしました。「株式会社長商デパート」は、一体どんな事業を行っているんですか?
奥野さん
年に一度、「長商デパート大売出し」という大規模な販売会を開催するのが主な事業です。
奥野さん
北海道から沖縄まで全国各地の食品や物品を仕入れたり、地元企業とコラボレーションして商品を開発したり、県内の保育園や幼稚園、他校と一緒に催し物を実施したり。

ほかにも、地元の企業や商店に協力してもらって、鮮魚や農産物、日用品もラインナップしています。宣伝や接客、会場設営はもちろん、企業や他校との折衝や経理作業まで、ほぼ全ての工程を生徒が担っているんです。
小林
そこまでやるんですね!
奥野さん
もともと明治時代に行われた実習販売が起源になっているんですが、現在の「大売出し」のようなイベントの形態になったのは大正5年、そして「株式会社長商デパート」が設立されたのが昭和26年です。
小林
めちゃくちゃ歴史がある。100年以上も続く活動なんですね。
奥野さん
99回目の「大売出し」となった今年度、取引企業数は100社以上、3日間の開催で来場者は約1万3千人、実際の会社組織と言ってもおかしくない売上もあげました。
小林
組織だけじゃなく、数字も本当の株式会社並みだった……!
奥野さん
特に2023年度は、コロナ禍を経ていたので通常開催したのが4年ぶりだったんです。商品の数やクオリティにもこだわって、圧倒されるような店構えにしようと意気込んでいたので、成果が出て良かったです。
生徒自身で企業と交渉して開発した、オリジナル商品も販売
鮮魚も目玉商品のひとつ
小林
ちなみに、2023年度の「大売出し」では具体的にどんなものが店頭に並んだんでしょう?
奥野さん
たとえば、商品企画開発部ではリンゴが入っているカレーやカップケーキを開発して販売しました。自分たちがつくりたいものを決めて企業に交渉し、製造してもらっています。

あと、キャンプ用品も取り揃えていたんですが、コロナ禍を経てアウトドアブームがやってきたこともあって目標金額を大幅に超えました。
小林
本当に幅広い商品が並んでいるんですね。

4年ぶりの通常開催を成功に導いた“秘伝の書”

小林
先ほど「コロナ禍を経て4年ぶりの通常開催」とおっしゃいましたよね?
奥野さん
はい。コロナが流行している間は、保護者やインターネットでのチケット予約者など、人数制限を行って開催していました。
小林
ということは、通常開催の前例を知らないわけじゃないですか。そんな中でこれだけの成功を収めるのって、かなり大変だったんじゃないかと思うんですが。
奥野さん
そうですね。おっしゃるように経験したことがないことだらけで、「何をしたらいいのかわからない」ところからのスタートでした。
小林
ですよね。
奥野さん
でも、ひとつ力になってくれたのが、「引継書」です。
小林
「引継書」?
奥野さん
これは、「いつ、何をしたか」といった業務工程や「その結果どうなって、どんな反省が生まれ、来年度にどのように活かしてほしいか」といった振り返りなどを、毎年それぞれの部門ごとにまとめている資料です。まだ通常開催をしていたころの内容を遡り、2023年度の開催に活かしました。
小林
ふむふむ。たしかに1年間のスケジュールやタスクがしっかり記載されていますね。これはたしかに“秘伝の書”っぽい。
奥野さん
でも、この引継書をなぞるだけではダメで。流行や私たち自身がやりたいことも取り入れることで、「大売出し」を進化させようと思いました。そのひとつがメタバースです。
小林
メタバース!?
奥野さん
はい。長商デパート大売出しはたった3日間の開催なので、期間中現地に足を運べないお客様もいます。そんな人たちにも「大売出し」の魅力を届けようと取締役会で議論して、メタバース空間に会場を再現することにしたんです。この空間内では、実際にほしい商品を買うこともできます。
実際に開発されたメタバース空間
小林
伝統を踏まえつつ、自分たちの新しいチャレンジも取り入れる。理想的な会社組織すぎません?

高校入学の動機も、長商デパートだった

小林
そもそも、なんで奥野さんは社長に立候補するほど熱心に長商デパートに取り組んでいるんでしょうか?
奥野さん
もともと私が長野商業高校に入学したのも、長商デパートがきっかけなんです。中学生のときに先輩に誘われて初めて「大売出し」に来たんですけど、ものすごく活気があって、人もたくさん訪れていて。「この空間を生徒だけでつくり上げているんだ!」と衝撃を受けたんですよね。そのとき「私もこの高校に入学して、こんなすごい舞台をつくりたい!」と思ったんです。
小林
それだけ印象的な光景だったんですね。
奥野さん
入学後、1年生のときは社員として参加したんですが、2年生のときには「もっと深く会社運営に関わりたい」と思い、取締役に。そして、いよいよ3年生になって「自分の目指す長商デパートをつくろう!」と社長に立候補しました。
小林
実際に社長として長商デパートを率いてみて、いかがでしたか?
奥野さん
就任当初は「これ以上やることがない」というレベルの「大売出し」をつくろうと意気込んでいました。ただ同時に、歴史や伝統を担っているし、来年度の記念すべき100回目の開催に良いかたちで繋げないといけない……そんなプレッシャーに押しつぶされそうなときもありました。
小林
しかも、99回目は4年ぶりの通常開催でもある。
奥野さん
そうですね。どのくらいお客様が来てくださるか、どのようなものをお客様が求めているのか、どのくらい商品が売れるのか、そうした見当もつかない状態でした。想いはあるものの、本当に理想の「大売出し」が実現できるのか、不安でいっぱいでしたね。
小林
そこから、どのようにステップを踏んでいったのでしょう?
奥野さん
最初は、取引先企業との交渉もドキドキしっぱなしでした。「失礼なことを言っていないだろうか。私の発言で不快な思いをさせていないだろうか。もし来年度以降、取引してもらえなくなったら後輩たちに申し訳ない」という気持ちで頭がいっぱいでしたね。

でも、実際に企業と話してみると「高校生が頑張っているから」と、とても快く力を貸してくださいました。そういった関係する人たちの協力を得られたからこそ、ひとつひとつ前に進んでいけたんだと思います。
小林
いやぁ、普通の学校生活ではなかなかできない体験ですよね。
奥野さん
高校生という立場で学校の外に出て、企業の方々に触れられたのは本当に貴重な経験でしたね。商品開発をする際も「会社」同士の対等なビジネスとして向き合っていただきました。自分たちの要望を100%叶えてもらうのが当たり前ではなく、どこを突き詰めて・どこを妥協するか、一緒に話しながら落とし所を探していく。その過程は、とても学びがありましたね。
小林
本当にビジネスの現場に立っているからこそ得られる学びだ。
奥野さん
あと、企業の方々のプロフェッショナルな仕事も勉強になりました。デザイン会社さんやアプリ開発会社さんともお仕事をする中で、私たちが考えたアイデアがものすごく素敵なデザインやアプリとして生まれ変わるんです。その実物を見たときは感動してしまいました。

「社長と部下」以前に「友達同士」。葛藤を乗り越えて、辿り着いた光景がある

奥野さん
ただ、社長になってから葛藤し続けたことがひとつあるんです。
小林
と、いいますと?
奥野さん
一緒に頑張るメンバーは、「社長と部下」の関係より前に、もともと「友達同士」でもあって。社長として組織を動かす責任があるから、指示を出したり、注意をしないといけないけれど、友達としての関係性は崩したくない。そのコミュニケーションは難しかったですね。
小林
たしかに、役職や肩書きを外せば学校生活を楽しむ普通の友達同士ですもんね。
奥野さん
とても悩んだけれど、大事なことは割り切って指摘するようにしました。たくさんのお客様がいらっしゃるし食品も扱うから、身だしなみや衛生面に気をつける。組織運営を成り立たせるために書類の提出期限を守る。それらが守れていないときは、あえて厳しく指摘していきました。
小林
友達にもあえて厳しく指摘する……奥野さんの覚悟を感じます。
奥野さん
ただ、役員や部門長とコミュニケーションを重ねていく中で、「ここをもっとこうすればいいと思うんだよね」「自分たちの部署だったら、こういうことができるよ」といった意見もたくさんもらって。本当にみんなに助けてもらいながら、本番を迎えることができたと思っています。
小林
仲間とそこまでひとつのものをつくれるのが、もはや羨ましくなってきました。
奥野さん
とにかく「たくさんのお客様に喜んでもらいたい」という想いはみんな同じ。お客様からお金を頂く「会社」である以上、その期待に応える体験をみんなでつくらないといけませんしね。そんな経験を、高校生のうちにできるのは、この長野商業高校、この長商デパートだけだと思うんです。
小林
実際に「大売出し」を成功させ、社長の重責を果たした今、どんなことを思っていますか?
奥野さん
本番まで本当にたくさんの葛藤や不安がありました。でも、当日たくさんのお客様が来場している光景を見て「これまでの努力は無駄じゃなかった。自分のやっていたことは間違っていなかった」と証明してもらえた気持ちになって。

本番を終えて、引き継ぎを終えた今は、肩の荷が下りた気分。全校の中でたった1人しかなれない社長という経験をさせていただいたことに、本当に感謝しています。
小林
3年前の奥野さんのように、きっと今回の「大売出し」を見て長商デパートや長野商業高校に憧れる後輩も出てきそうです。
奥野さん
そうなったら嬉しいですね。これから長商デパートを担う後輩には、お客様に喜んでいただくことをとにかく突き詰めて、どんどん進化させていってほしいと思います。常に前の年を超えるようなチャレンジをしてもらえたら嬉しいですね。そんな願いを持っています。
小林
めちゃくちゃいい先輩だ。なんだか奥野さんの将来が楽しみになってきました。
奥野さん
私、実は将来声優になりたいんです。会社運営とは違う仕事だけど、チームでコミュニケーションを取りながらひとつのものをつくることは変わらないはず。だから、この長商デパートで経験したことは、絶対声優の夢にも生きてくると信じています。この経験を自信に変えて、卒業後も頑張っていきたいです。

取材を終えて

まっすぐこちらを向いて、終始自分の言葉で力強く語ってくれた奥野さん。「やり切った」という感覚が、きっと奥野さんの中にあるんだろうと強く感じました。

長い人生の中でも「やり切った」と言える経験は、決して多くはないはず。そんな経験を、高校生のうちに味わえるのは、とても羨ましいなと思いました。いつか奥野さんが、人生やキャリアで悩んだり迷ったりしたときも、きっと長商デパートの経験は背中を押してくれたり、ヒントをくれるのでは……そんな予感を抱きました。

高校生の「やり切った」という本気に触れられる、長商デパート大売出し。記念すべき100回目となる今年度は令和6年10月18日(金)~20日(日) に開催予定。奥野さんの想いを受け継ぐ73期目の“社長”や“社員”が全力で取り組むイベントに、ぜひ足を運んでみてください!