“焼肉”のことを思い浮かべると、ついつい顔がニヤついてしまいませんか?
火を通すだけであんなにおいしい“シンプルなごちそう”は、いつも僕らを喜ばせてくれます。
そんなごちそうを、住民全員がこよなく愛している街があるんです。
その街の正体は、長野県南部にある飯田市。なんとこの地域では、人口1万人あたりの焼肉店の数が全国で最も多いとされ、「日本一の焼肉街」と称されるほど、焼肉文化が根付いています。
実際に街を歩いてみると、あるわあるわ、焼肉店の看板の数々! 噂どおりの風景です。
改めましてこんにちは、ライターのいぬいです。
看板に書かれた「和牛一頭買い」の文言に、好奇心と食欲がふつふつと湧き上がっています。
飯田の焼肉について、さらにリサーチを進めてみると、
『ラムやマトンなどの羊肉をよく食べる』
『一家に一つ、焼肉のタレのレシピがある』
など、焼肉愛に溢れる噂が出るわ出るわ。
どうしてこれほどまでに焼肉店が多いのか。そして、飯田の人々はなぜそんなに焼肉が好きなのか?
その真相を確かめるべく、焼肉店を営む方々に直接お話を聞いていきます。
焼肉のうまい“居酒屋”『やきまる』店主に聞く
最初にやってきたのは、飯田駅から歩いて10分ほどの場所にある焼肉店『旨肉酒場 やきまる』。ちなみにここまでの道中にも、4軒ほどの焼肉店の看板を見かけました。
- 近藤さん
- もう、飯田の焼肉は食べてきたの?
- いぬい
- いえ! 取材が終わったら、食べにいきたいなと。
- 近藤さん
- ああそう、楽しみだねえ。いい店あるから教えようか? メディアには出ない店なんだけど。
- いぬい
- いきなり他の店の話ですか!? 飯田の人、焼肉のこと好きすぎるな……。
- いぬい
- そもそも、どうして飯田にはこんなに焼肉店さんが多いんでしょうか?
- 近藤さん
- それには諸説あって、はっきりしたことはわからないんだよね。ダム建設のために雇われた海外から来た労働者たちが伝えたとか、当時は内臓が安かったから焼いて食べてたとか、そういう話はよく聞くけど。
- いぬい
- 「これが正解!」というはっきりとした理由はないんですね。
- 近藤さん
- でも、精肉店さんが頑張って、おいしい肉を気軽に食べられるように努力してきたってのはあるんじゃないかな? 店で出てくるようなラムやマトンも手頃な価格で買えるから、飯田の人は家でも外でも焼肉を楽しむことができた。みんな、店にあるのと同じような鉄板が家にあって、俺も小さいころはよく友達の家に「焼肉食べにおいで」って呼ばれてたな。
- いぬい
- お呼ばれでも肉を! 飯田市民にとって「焼肉」はそんなに身近な存在なんですね。
- 近藤さん
- 羊肉とかが安かったんだよ。飯田の人たちはラム、マトン、あとはモツ(牛や豚の内臓)をよく食べる。焼肉好きなのに、大人になるまで牛肉を食べたことがないって人もいたんだから。
- いぬい
- それに加えて、今では焼肉店で鶏肉に豚、牛も食べるわけですもんね。食べる肉の種類も多いから、みんな焼肉に飽きないのかな。
- 近藤さん
- うちで人気なのは、マトン3種盛り。部位ごとにちゃんと味も違うから、食べ比べて欲しいと思ってよくオススメしてるんだ。慣れてくると「マトンのロースだけ頂戴」って言うお客さんもいるよ。
- いぬい
- マトンで部位を選べるのも、飽きない理由の一つかもしれないですね。
- 近藤さん
- でも、うちは「焼肉店」ではないんだよ。いい店が多すぎて、「焼肉店です」って言うのもおこがましくて。お酒を飲みながら、少しツマミに焼肉を、という人向けに居酒屋という使い方もできるスタンスをとっている。焼肉に慣れてる人が多いから、逆にそういう需要もあるんだよ。
- いぬい
- そうなんですね! では、メニューも通常の焼肉店と違うんですか?
- 近藤さん
- 酒のアテになる料理を色々用意しているよ。例えば骨つきの鶏肉をカラッと揚げた「もも素揚げ」だったり、豚ホルモンをじっくりボイルしてから焼く「ゆでおた焼き」も人気だね。「ゆでおた」は炊き方によって味が変わるから、結構こだわって作ってる。
- いぬい
- 肉にもアテにも本気で取り組んでいるんですね。こんなにいいお店なのに謙遜されるなんて、飯田の選手層の厚さを感じます。色々教えてくださって、ありがとうございました。
フレンチ発のジビエ焼肉『長屋門桒はら』店主に聞く
続いてやってきたのは、古民家を改装した『長屋門桒はら』。フレンチ出身のシェフ、桒原さんがジビエ焼肉を中心に提供する焼肉店です。
- いぬい
- 今日は焼肉店の方々に、飯田の焼肉について聞いて回っていて。こんなにも焼肉文化が根付いた理由ってご存知ですか?
- 桒原さん
- 常連さんから聞いた話だと、昔の飯田では毛を刈るために羊を飼ってたらしくて。戦後の厳しいころに、その羊を殺して食べる習慣ができたみたいだよ。
- いぬい
- 時代が変わって食べるのに困った時に、羊を食べる文化ができたと。
- いぬい
- そういえば、飯田では『一家に一つ、焼肉のタレのレシピがある』っていう噂を聞いたのですが、本当ですか?
- 桒原さん
- そうだよ。このあたりじゃ、どの家の人も「うちはネギと、醤油と、みりんを入れるんだ」というように、頭の中にマイレシピが入ってる。蜂蜜を入れる人もいれば、りんごをすりおろして入れる人もいるんだって。この前は「煮込んだブルーベリーがあったから、入れてみた」なんて言うお客さんもいたよ。
- いぬい
- ブルーベリー!? それっておいしいんですかね!?
- 桒原さん
- おいしいと思うよ。俺はもともとフレンチのシェフなんだけど、ソースは基本的に酸味と甘味と辛さのバランスでできてるから、甘酸っぱいものを入れるのは理にかなっている。
- いぬい
- タレにまでそんなこだわりが。飯田の人たちって、どうして焼肉にそこまで熱中できるんですかね?
- 桒原さん
- やっぱり長野は広いからじゃないかな。俺は愛知で生まれたんだけど、長野は家一軒一軒が土地を贅沢に使えてると思うんだよ。庭で焼肉をしてたって怒る人なんて誰もいない。焼肉の道具を貸してくれる店もあるし、自分の家に焼肉のコンロ持ってるところばっかりでしょう。そのくらい焼肉が好きなんだよ。
- いぬい
- 広い土地があるからこそ、周りにも気兼ねせず楽しめる。飯田の人たちにとって、焼肉を楽しむハードルが低かったことも、文化が強く根付いた理由なのかもしれませんね。ありがとうございました!
祖父の代から、肉を届ける『炭火焼肉 丸三』の店主に聞く
最後にやってきたのは、祖父から3代にわたってこの街で精肉店と焼肉店を営む『炭火焼肉 丸三』。店主の原さんに、お話を聞きました。
- いぬい
- 原さんで3代目と聞きましたが、お店はいつから?
- 原さん
- 精肉店をオープンしたのは1948年なので、もう70年以上になりますね。もともとは精肉店だけだったのですが、「これからは肉の時代が来るぞ!」と考えた祖父が店を開きました。
- いぬい
- やはり諸説あるんですね。
- 原さん
- 昔から飯田で焼肉といえば、当たり前のように家で食べるものでしたから。焼肉店が増え始めたのは、ちょうど私が小学生のころじゃないかな。父親の肉の配達にくっついていくことも多かったのですが、当時は、韓国の焼肉文化の味が楽しめる焼肉店も多かった気がします。
- いぬい
- となると、店が増えたのはここ数十年なんですね。そんなに焼肉店が多くてもお客さんを取り合わないくらい、需要があるってことですか?
- 原さん
- 飯田の人は本当に焼肉をよく食べますからね。集まりがある、となると必ず焼肉ですよ。春に花見をするときも、焼肉する人がたくさんいます。うちの親父が焼肉の出前や鉄板の貸し出しを始めてからは特に増えたんじゃないかなぁ。
- いぬい
- 鉄板の貸し出し?
- 原さん
- 飯田で最初に焼肉用の鉄板の貸し出しを始めたのは、うちの親父なんですよ。ある日、「外で焼肉をしたい」っていうお客さんのために、オーダーメイドの鉄板を作って貸し出してあげたんです。そうしたら、今度はまた別の人からも要望があってどんどん広まったらしくて。最終的には、近所の鉄工所に5〜6人囲める鉄板を別注で作ったみたいですね。
- いぬい
- そういえば、「焼肉の道具を貸してくれる店がある」と『長屋門桒はら』の店主さんから聞いていました! こちらのお店だったんですね。
- 原さん
- 今ならホームセンターに焼肉用の鉄板なんていくらでも売ってるけど、昔は違いましたから。今はコロナでかなり減ったけど、去年は4月から10月まで、土日合わせて毎週400人くらいが利用してくれていました。
- いぬい
- 400人ってすごい数! 飯田の人は家でも店でも、ピクニックでも焼肉が食べたいんですね。
- 原さん
- そうですね。私の小さいころなんかは、近所の焼肉店のママさんが、夕飯を食べにうちの自宅に来てくれたりもしていてね。
- いぬい
- 焼肉店の人も、焼肉を食べに出かけるんですか!?
- 原さん
- 飯田の人にとっての焼肉って、特別な食べ物には変わりないですけど、日常食でもありますから。みんな家で焼き肉をするためのお肉もよく買っていかれますよ。
- いぬい
- 焼肉が生活文化として強く根付いているんですね。飯田の人たちの焼肉愛がしっかり伝わりました。今日はありがとうございました!
誰もが認める、飯田の焼肉文化。その発祥の全貌は明らかにならなかったものの、話を聞けば聞くほどに、この街に暮らす人たちの焼肉愛が伝わってきました。
いろんな肉の部位はもちろん、各家庭によって違うタレのレシピや、お店によって違う焼きかたなど、そこにはまだまだ僕たちの知らない奥深い魅力がありそうです。
皆さんも機会があれば、ぜひ飯田の焼肉を食べに来てみてください。
撮影:藤原慶
編集:日向コイケ(Huuuu)
- お話を聞いたお店
- 旨肉酒場 やきまる
長野県飯田市本町 1-12 中村ビル 1F
0265-49-0076
火曜休
https://www.facebook.com/YakimaruIida/
長屋門桒はら
長野県飯田市松尾 6814
0265-48-0829
水曜休
http://www.nagayamon-kuwahara.net/
炭火焼肉 丸三
長野県飯田市白山町2丁目1-2
0265-22-9180
水曜休
https://tabelog.com/nagano/A2006/A200603/20003740/