2021.09.17
鉄道界でも「移住」が活発!? 首都圏の車両が長野で活躍する理由って?
こんにちは。信濃毎日新聞社の岩崎と申します。鉄道はあまり詳しくないけれど、見るのは好き、という鉄道ファンです。
今日は、栗畑やリンゴ畑が広がる長野県は小布施町、長野電鉄小布施駅に来ています。
あ、ちょうど列車が入線してきましたよ!
あれ? 首都圏で走っていたはずの小田急ロマンスカーが。
こっちには成田エクスプレスが……
実は、長野電鉄では首都圏で走っていた列車が活躍しているんです!でも、どうして首都圏の列車が信州にあるんでしょう? もしかして、長野は人だけじゃなく列車も移住している……?
長野で移住者ならぬ「移住車」が活躍する理由を、長野電鉄鉄道事業部のみなさんに直接聞いてみることにしました。
- 話を聞いた人(左から)
- 長野電鉄鉄道事業部
運輸課課長補佐兼運転係長 岡部公平さん
運輸課営業係長 鈴木優介さん
技術課長 勝山浩行さん
運転士としての経験を持つ岡部さん、移住車探しに詳しい鈴木さん、車両のメンテナンスに精通している勝山さん。
頼りがいのある鉄道のプロ3人に、早速疑問をぶつけていきましょう!
移住車がやってくる理由は「安い」から!?
- 岩崎
- 今日はよろしくお願いします!
ぱっと見ただけでも、東急電鉄、東京メトロ、小田急電鉄などさまざまな鉄道会社の車両がありますね。そもそも、どうしてこれらの電車が長野県で走っているんですか?
- 勝山さん
- シンプルに言うと、中古の車両は安く買えるんです。中古であれば、購入したあとの改造費も含め、新車を買うよりも半分くらいの値段で仕入れられるんですよ。
ですので、私たちのような地方の中小私鉄は、首都圏の大手の鉄道事業者から中古車両を購入するのが一般的なんです。
- 岩崎
- 中小とおっしゃいましたが、長野電鉄といえば特急列車や地下区間もある「地方私鉄の雄」だと聞いたことがありますよ。
- 勝山さん
- 大変光栄な話です。そう、かつてはオリジナルの新造車両も走っていました。でも、現在当社で運行中の車両は、すべて他社から譲り受けたものなんですよ。
- 岩崎
- そうでしたか。やっぱり、費用を抑えられるのが大きいんですね。
- 勝山さん
- お金の面もありますが、ほかのメリットもあるんですよ。鉄道の世界は技術革新が活発で、車両の性能は日々向上しています。古い車両をいつまでも使うよりは、都市部からの車両に入れ替えることで、より良いサービスをお客さまに届けられますから。
- 岩崎
- なるほど!
- 岡部さん
- 首都圏からの「移住車」を導入するメリットとして、車両の知名度を生かせる、というのもありますね。首都圏で活躍した有名車両なら、車両の知名度が集客につながる。首都圏などから車両の「追っかけ」が写真を撮りにきたりしていますよ。
- 岩崎
- たしかに、小田急ロマンスカーや成田エクスプレスが信州の田園風景を走っているのは新鮮で、写真を撮りたくなります。
- 鈴木さん
- 特に、デビュー時にはたくさんの人が集まってくれるんです。岩崎さん、2020年に東京メトロ日比谷線の2代目車両が移住してきたことはご存知ですか?
- 岩崎
- もちろんです! 日比谷線の初代の車両も、長野電鉄にやってきていましたよね。つまり、日比谷線で行われた車両の世代交代が、時間と地域をずらして長野で再現されたんですよね……!
- 鈴木さん
- さすが、お詳しいですね(笑)まさにその通りで、鉄道ファンの方から注目されました。本来なら大々的にお披露目イベントをしたかったんです。ただ、コロナ禍で人が集まりすぎてはいけませんので、ひっそりとしたデビューにせざるを得ませんでした。それでも、沿線に見に来てくれる人はいましたね。
- 岩崎
- 首都圏ではもう見れなくなってしまった車両が、長野の風景の中で走っている。地元の人だけでなく、多くの鉄道ファンが燃え上がる光景ですね。
地方への「移住」で車両の寿命が延びる!?
- 岩崎
- 東京で使われなくなった車両が、長野に移住してまた走るわけですよね。車両の寿命って何年ぐらいなんですか?
- 勝山さん
- 製造時の構想によってさまざまですが、一般的には30~40年でしょうか。でも、当社では製造から50年以上たっても走っている車両がありますよ。
1964年に地下鉄日比谷線が全通した頃から、日比谷線を走っていた車両です。
- 岩崎
- 前から見た時の上の丸っこい部分が特徴で、ファンには「マッコウクジラ」の愛称で親しまれた車両ですね。30年も前に日比谷線を引退した車両が、まだ長野で走っているなんて!
- 勝山さん
- 計39両を取得し、1993年から運用しています。2005年から徐々に引退していき、現在は2両2編成の計4両を残すのみですが、製造から60年近く走っていることになりますね。
- 岩崎
- 30歳で移住してきて、60歳近くまで走っているんですね。一般的な寿命より20年も長く活躍しているとは!長く走り続けられるのには、なにか理由があるんですか?たとえば、首都圏よりも地方で走る方が電車の寿命が延びやすいとか。
- 勝山さん
- それはあるかもしれません。首都圏の過密ダイヤでは長距離を休みなく走行することになりますから、車両にも負担がかかる。当社の場合、車両当たりの走行距離は首都圏に比べ、ずいぶん少ないですから。
- 岩崎
- なるほど、 仕事量に差があるんですね。
- 勝山さん
- そうなんです。また、車両が製造された年代のトレンドによっても、寿命が違ってくるんです。
現在の当社の主力車両8500系は、1975~1991年に製造され、東急電鉄田園都市線を走っていたものですが、オールステンレスで長寿命なんです。この年代に作られた車両は、特に長持ちするようしっかりできていると感じますね。
移住してきた列車は長野の地にあった仕様へ改造!
- 勝山さん
- ちなみに、購入した中古車両はそのまま走らせるわけじゃないんですよ。長野の地にふさわしい「長電仕様」に改造するんです。
- 岩崎
- 改造!? 長野ならではと言うと……冬の寒さや雪への対応でしょうか?
- 勝山さん
- はい、その通りです。首都圏で走っていたものを長野で使うためには、豪雪・寒冷地に適した車両にしてあげないといけないわけですね。
- 勝山さん
- たとえば、ドアが凍結してしまう恐れがありますから、ドアの下にドアレールヒーターを入れて暖めています。また、冬場のブレーキ性能を維持させるために、「耐雪ブレーキ」というものを追加して対応しています。
- 岩崎
- たしかに、長野は真冬ともなると氷点下になるのは当たり前ですものね。列車が正常に機能するよう、改造する必要があるわけですね。
- 勝山さん
- 車両の外部を変えるだけでなく、内部にも手を加えているんですよ。座席下に設置している客席ヒーターは、800ワットから1000ワットへと増強しています。
- 岩崎
- わ、それはありがたい!冬に凍てついてしまうのは、車両だけでなく乗客も同じですから(笑)より暖かくなるようにしてくれていたんですね。
- 鈴木さん
- 車両と車両の間の貫通扉も、東急時代にはなかったものなんです。こちらも、車内の保温対策として取り付けています。
ちなみに、車両の接続部分の近くを見るとその車両の経歴がわかるようになっているんですよ。
- 岩崎
- ほんとだ!プレートとシールが貼ってありますね。
- 鈴木さん
- これを見れば、この車両は「東急車両」が製造し、その後に「東急テクノシステム」が改造した、ということが分かるわけです。列車に乗ったときは、こういうところもチェックするとより面白く感じられると思いますよ。
- 岡部さん
- ところで岩崎さん!この2つの車両の違いって分かりますか?
- 岩崎
- え、そっくりに見えるけれど……! 両方とも、東急田園都市線で使われていた車両ですよね?
- 岡部さん
- たしかに、パッと見ると同じですよね。大きく異なるのは、運転台の部分なんです。右の車両の運転台は東急で使われていたときのままですが、左の車両はあとから増設したんです。つまり、電車の中間部分で使われていた車両を先頭に持ってきたわけです。
- 岩崎
- そんな大がかりな改造もするんですか? でも、どうしてわざわざそんなことを?
- 岡部さん
- この列車は、東急田園都市線を走っていたときは10両編成だったんです。しかし、首都圏と長野では乗客数が全然違いますよね。長野では2両や3両で走らせるので、電車を分割することになるんです。
- 岩崎
- なるほど、1本の長い編成から複数の短い編成をつくるから、運転台を新たに足さないといけないんですね!
- 岡部さん
- そういうことです。鉄道好きの子どもさんの中には、「長野電鉄オリジナルの運転台を付けた車両の方が好き!」なんて言ってくれる子どもさんもいたりしますね。
- 岩崎
- すごい、そんなマニアックなちびっこ鉄道ファンもいるんですね……!
車両をお持ちの方、いらっしゃいませんか?
- 岩崎
- 中古車両を仕入れて、長野仕様に改造して走らせる。一連の流れはよく分かったのですが、中古車両の情報ってどこから入手しているんですか?
- 鈴木さん
- 社内の車両好きが情報を持って来てくれるんですよ(笑)。たとえば、大手の鉄道事業者から新車デビューの予告があれば、「それに合わせて引退する車両が出てくるはずだぞ……?」と推理できる。良い車両はほかの地方私鉄も狙っていますから、早い者勝ちになるんですよ。常に大手の鉄道事業者の動向をチェックする、さながら情報戦ですね。
- 勝山さん
- インターネット上で検索すると、各社が所有している車両の製造年が載っていたりするんですよ。そこから残りの寿命が逆算できるので、売りに出されるタイミングを推察しています。欲しいタイミングで手に入るものではありませんから、鈴木さんの言うように情報収集を怠らないのが肝心です。
- 岩崎
- すごい、きっとほかの地方私鉄も同じように虎視耽々と中古車両を狙っているわけですね。
- 勝山さん
- 今現在も、良い車両があったら欲しいんですよねぇ。車幅は280cm、1両の長さは18m、あとは2両や3両に改造しやすいと良いな。
- 岡部さん
- できるだけ、若い車両がいいですね。製造から20年ぐらいとか。
- 勝山さん
- うんうん、たしかに。こんな条件の方で、長野にぜひ移住したいという「車両」があれば、ぜひいらしてください。
- 岡部さん
- きれいな景色を見ながら、のんびりと走れますよ!
- 岩崎
- まるで移住者を誘う気軽さですが、列車の話ですよね(笑)。
老いを迎えた移住車の余生の送り方
- 岩崎
- 当たり前の話ではありますが、長野にやってきた車両もいつかは引退するわけですよね。
- 鈴木さん
- そうなんです。おそらく次に引退するのは、先ほどご覧いただいた元日比谷線の初代車両(マッコウクジラ)になると思います。
- 岩崎
- そうした引退のタイミングは、どうやって決まるんですか?
- 鈴木さん
- 交換部品がなくなって修理ができなくなり、車検を通せなくなったときは引退になりますね。そして、同じ形式の車両が残っているうちは、廃車となった後も部品取り用として仲間の応援に回ります。
あちらで「回送」の表示になっている車両は、ヘッドライトがありません。運行中の車両のものと取り替えたんです。
- 岩崎
- 走れなくなっても、まだまだ役に立てるんですね。
- 鈴木さん
- そうですね。なかには、小布施駅の「ながでん電車の広場」や北安曇郡松川村の「トットちゃん広場」といったスペースで保存され、引退後も愛される車両もあります。
- 岩崎
- 首都圏での運行用に製造された車両でも、地方で第2の人生を送ったり、地方へ来たからこそ長く活躍できることもあったりするのは、人間と似てるな、と思いました。
お三方から詳しい話を聞いてると、それぞれの車両に愛着が湧いてきました! 引退間近といわれているこのマッコウクジラちゃんは、私も通学で乗っていた車両なんです。引退の日が来るのがさみしいですね。
- 岡部さん
- そうですね。私にとっても運転士として育ててくれた車両です。1日でも長く活躍してほしいです!
- 鈴木さん
- 現在の車両にはない暖かみのある車両ですが、信州の移住者の先輩として最後の活躍を見守りたいです。
- 勝山さん
- 最後まで確実に走れるよう、しっかり整備をしてきます!
- 岩崎
- 頼もしい言葉!今日は本当に、ありがとうございました!