2023.12.18
鮮度は豊洲市場レベル!? 海なし県・長野でも美味しい魚が食べられるワケ。<海なし県の魚事情vol.2>
こんにちは。ライターの小林拓水です。
以前、僕は長野の山奥で人生最高の寿司屋に出会いました。「海なし県でもこんなにおいしい魚介類が食べられるのか!」と衝撃を受けました。
上記の取材を終えたあと、ふと長野の街を歩いていると気になるキャッチコピーが書かれたクルマに気がつきました。それがこちら。
「長野に漁港を」
なんとも気になるこのワード。海なし県に漁港をつくる……? どういうことなの……?
気になった僕は、早速このキャッチコピーを掲げている長野市にある三力(さんりき)信和水産株式会社の本社に向かうことに。
話を伺ったのは、代表取締役の原田達矢さん。水産卸売の観点から、長野県の魚事情について聞きました。
実は豊洲市場と同じスピード? 全国の産地から長野県に魚が届くまで
- 小林
- よく街中で「長野に漁港を」と書かれたクルマを見つけて、とても気になっていました。あれはどういう意味なんでしょうか……?
- 原田さん
- あの言葉には、「たとえ海なし県の長野県でも、漁港がある地域と変わらない鮮度を実現していく」といった覚悟が込められています。商標も取得しているんですよ。
- 小林
- 商標まで!でも、実際に長野県には海がないですよね。一体どうやって魚の鮮度をキープできるんでしょうか?
- 原田さん
- たとえば飛行機が飛んでいる産地を選び、空港から長野へスムーズに運搬できるトラック便を手配する……そういった小さな工夫の積み重ねで、漁港がある地域と遜色ない鮮度で卸すことができるんです。
うちの会社は、北海道や九州まで、各産地に午前中に発注すれば、その日の深夜の2時や3時には長野県に到着します。これって、豊洲市場に到着するのとほぼ変わらないスピードなんですよ。
- 小林
- 豊洲市場と同じ鮮度の水産物が手に入る……!
- 原田さん
- 新鮮な水産物を食べられるかどうかは、「海があるか・ないか」だけで決まるわけじゃないんです。たとえ海に面している都道府県であっても、内陸部に都市が集中していることもあるし、自分たちの海域では獲れない水産物もある。実際、新潟県や石川県の飲食店から私たちに注文が入ることもあります。
- 小林
- 海に面した地域から、わざわざ長野県の水産会社に発注するんですね!すごいなぁ……。
海外産地と直接交渉!魚屋としての意地とプライド
- 原田さん
- あと、鮮度を高める方法は物流のスピードを高めるだけではありません。
- 小林
- と、いいますと?
- 原田さん
- まずは、鮮度を落とさない運搬方法を確立すること。産地からうちの会社まで冷蔵・冷凍どちらも対応できるトラックで運搬してもらうのはもちろん、うちの会社からお客様のところに運ぶ際も、距離に関係なく冷蔵車を使用しています。魚屋ですべてのクルマを冷蔵車にしているところって、意外と少ないんですよね。
- 小林
- そうなんですね!
- 原田さん
- しかも、うちの会社の場合は、ハイエースを使用して、安全面を考慮して四輪駆動にしています。車両代や維持費はかなりかかりますが、産地で水産物が獲れてからお客様の手に渡る”ラストワンマイル”まで鮮度をキープするために、必要なことなんです。
- 小林
- 鮮度をキープするためには、投資を惜しまない。
- 原田さん
- いい産地を見つける努力も欠かせません。北海道から沖縄、時には海外まで、良質な水産物を求めて直接足を運び、産地の開拓を続けてきました。もちろん、けんもほろろに断られることもたくさんです。
英語も喋れないのにアメリカに渡り、レンタカーで100km近くクルマを走らせて、カナダとの国境近くの街に出向いて交渉したこともありました。
- 小林
- わざわざ海外まで!フットワークの軽さがすごい……。
- 原田さん
- 新しい産地と取引するときは、必ず現地に赴いて、周辺の環境や水揚げされる水産物を自分の目で確認したいんですよ。たとえば同じ重さの魚でも、目で見たり手で触れてみないと違いがわからない。同じ10kgのマグロだったとしても、見た目の張りや色・艶などは全然違いますから。
たとえば、プロ野球でも「同じ150km/hの速球だけど、あのピッチャーの球は軽くて、あのピッチャーの球は重い」とかって言うじゃないですか。そんな感覚です。
- 小林
- その道のプロにしかわからない感覚ですね。
- 原田さん
- しかも、同じ産地でも時期によって水揚げされる水産物の質は変わる。「この魚はこの産地!」と決めつけないように、水温や海流を考えながら、今・どこで・どんな水産物が獲れるのか、常にアンテナを張っておく。そして、また足を運ぶ。その時期・その魚種に最適な産地を選び抜く力が「魚屋」としての力量なんです。
- 原田さん
- しかも仮にいい産地が見つかったとしても、取引できるかは別の問題。取引するからには、一定の物量を仕入れることが求められます。しかも、取引が始まると毎日のようにコミュニケーションを取ることになるから、上手く信頼関係を築けないと続かない。
一定の物量を仕入れても売れるだけの水産物を見極める。相手の懐に入って信頼してもらう……そんな努力も大切ですね。
- 小林
- 運搬方法を工夫して、世界中に足を運んで、目利きの力を鍛えて、産地との信頼関係も築いて……やるべきことがたくさんあるんだなぁ。どうして三力水産は、そこまで鮮度にこだわるんですか?
- 原田さん
- 私たちが水産物を提供する飲食店は、こだわりの強い店ばかり。大都市の有名店などで厳しい修行を経て素晴らしい技術を身につけてきた方もたくさんいます。せっかく磨き上げたその腕を、素材によって殺してしまうことがあってはならない。プロの腕に、プロとしてしっかり応えたい。そんな意地とプライドですよね。
教員志望から水産卸売会社の2代目へ
- 小林
- ところで、どうして原田さんは「魚屋」になったんですか?
- 原田さん
- そもそも三力水産は、私の父が1979年に創業した会社。小さい頃から周囲に「魚屋になるんでしょ?」って言われて育ちました。
- 小林
- だから、自然と父の跡を継ごうと?
- 原田さん
- それが、全く跡を継ぐつもりがなくて。むしろ三力水産の後継者だと思われることが嫌で仕方なかったですね。だから、将来は学校の先生になりたいと思って、大学でも教員免許を取る課程にいました。
- 小林
- そこから、なぜ方向転換を?
- 原田さん
- 教員になるための勉強を進めるほど「もしかしたら自分って先生に向いてないかも……」と感じていたんですよね。しかも、ちょうどその頃、私の実家のことなど全く知らないはずの同級生との何気ない会話の中で、「原田くんって、魚屋の子どもみたい」って言われたんです。
それを聞いた途端、「やっぱり俺って魚屋になる人間なんだろうな」と思い込んで(笑)。きっぱり先生の道は諦めました。
- 小林
- まるで導かれるように魚屋の道に。
- 原田さん
- 大学卒業後は、当時の築地市場に就職。3年間ほど修行した後、Uターンして家業に入り、32歳で会社を継ぎました。
- 小林
- 32歳で社長に!実際に会社を継いでからはいかがでしたか?
- 原田さん
- いやぁ、苦労しましたよ。一気に会社を改革しようとし過ぎて社員と衝突してしまうこともしばしば。若気の至りでよく生意気なことを言っていましたね。今思えばもっと社員や組織のことを考えて、バランスよく立ち振る舞う術があったなと反省しています。
- 原田さん
- そんな反省を繰り返しながら組織運営を改善していった矢先に、「うちの品質に我慢できない」と仕入れ先を変えていくお客様が増えていったんです。
- 小林
- 一難去ってまた一難!
- 原田さん
- 「これはまずい」と思い、仕入れのあり方を根本から見直しました。私自身も、日本全国や世界に足を運んで産地の開拓を行いました。そして15年ほどかけて物流を改善し、冒頭にお話ししたように徹底的に鮮度にこだわる体制を確立。その後も、常に最高の鮮度の水産物を提供できるように高みを目指し続けて、今に至ります。
- 小林
- さまざまな紆余曲折を経て、最高の鮮度が実現できる仕組みができたんですね。
一流の料理人との”真剣勝負”の先に、美味しい魚を食べられる環境がつくられる
- 小林
- それにしても、長野県でおいしい水産物が食べられる環境をつくってくれているのは、とてもありがたいなぁ。
- 原田さん
- やっぱり長野県って、「海なし県だから魚は美味しくない」という先入観があると思うんです。だから「これくらいの鮮度でも仕方ない」という言い訳ができてしまう。妥協しようと思えば、いくらでも妥協できるでしょう。でも、長野県にも「本当に美味しい魚料理をつくりたい・多くの人に食べてもらいたい」と真剣に考えている料理人がいる。
せっかく一流の腕があるのに「長野県にいるから・海がないから」という理由で、その想いを諦めてもらいたくないんですよね。素材のクオリティを担保することさえできれば、長野県でも美味しい水産物を食べることができる。私たちはそう信じています。
- 小林
- 料理人の腕と、魚屋の腕が高いレベルでかみ合うからこそ、長野県でもおいしい水産物を食べることができる。
- 原田さん
- はい。だからこそ、卸先の飲食店との信頼関係もとても大切です。社員には、お客様のお店では必ず自分が卸した水産物を食べるように伝えています。「商品を卸しておしまい」にはしません。
お店のメニューを見てニーズを掴む。自分の舌で素材のクオリティを確かめる。相手が望むことは何なのか、そのためにどんな素材を提供すればいいのか……。お客様との”真剣勝負”の先に、美味しい水産物が食べられる環境がつくられるんです。
まとめ
海なし県と呼ばれる長野県。
たしかに水産物を食べる上で、地理的には不利な環境なのかもしれません。でも、工夫と努力と技術によって、その壁は取り払うことができる。
その時期・その魚種において最適な産地を選び抜き、より早く・より品質をキープできる方法で運搬し、料理人にバトンを渡す……。そんな頼もしい存在がいるのなら、海に面した地域と遜色なく水産物を楽しむことができるはず。そう確信しました。
ぜひみなさんも、長野県で美味しい水産物を楽しんでみてください。