2023.12.28
空き家バンクに掲載できない物件が大人気!?行政が仕掛けた「100均マッチング」の実態とは
長野県は、実は全国でも3番目に空き家が多いんです。
全戸数に占める空き家の割合が19.5%、なんと約5軒に1軒が空き家という状況です。
県内の各市町村では、空き家バンクや空き家見学会といった機会を提供し、借りたい人と貸したいひと、あるいは売りたい人と買いたいひとのマッチングをする取り組みが行われています。
その中で、中野市では空き家の売買を行なう「空き家100均マッチング(以下、100均物件)」なる取り組みが行われているらしいのです!
え? 家が100円って、まさかミニチュアだったりしない……?
また、こちらが物件が掲載されているサイトなのですが
よくよく掲載写真を見てみると100円と100万円がある! どういうことなの?
詳しい話を聞くために、早速中野市へ! 中野市の空き家担当、大原さんにお話を伺いました。
不動産屋を仲介しないからこそ成り立つ100均物件
- ナカノ
- はじめまして! 今日は中野市の100均物件の話を聞きにやってきたのですが、もしかしてこの物件が……?
- 大原さん
- ようこそ! ええ、まさにこの物件が100均物件です! どうぞどうぞ、まずはご案内しますね。
- 大原さん
- ここは100均物件をはじめて最初に契約に至った物件です。週末のみ営業するコーヒー屋「高社(たかやしろ)珈琲」さんが入っています。
- ナカノ
- へえ! 素敵な古民家カフェですね。
- 大原さん
- このガラスも、今は作られていない手作りの貴重なものなんですよ。現代のガラスのような断熱性能は全くないですが、雰囲気が素敵ですよね。
- ナカノ
- よく見ると模様も色々あってきれいですね。
- 大原さん
- 柱も元の家のものをそのまま使っているので、傷だらけだったり鉛筆で書いた跡もあったりして。それも味ですよね。
- ナカノ
- おお、本当だー。この雰囲気好きです!
- ナカノ
- さて、早速いろいろと伺いたいのですが、中野市ではなぜこの100均物件の取り組みをはじめたんですか?
- 大原さん
- 中野市の「空き家バンクへの掲載を断られてしまった物件を、なんとかして売ろう」という課題の解決がそもそもの発端なんです。
- ナカノ
- 空き家バンク! 私も一戸建てに住みたくて、自分の住む街の空き家バンクのウェブサイトをよく調べています。
- 大原さん
- 空き家って、今では古民家リノベーションのポジティブなイメージを持たれる方も多いですが、一方で長年の放置による倒壊の恐れなど、市民に危害が加わることが問題になっているんです。そのような空き家を、「特定空き家」と呼んでいます。
- ナカノ
- まさについ先日、長野県内で空き家が倒壊したというニュースを見ました!
- 大原さん
- 持ち主さんに空き家の解体をしてもらえない場合、行政によって解体を依頼するケースもあるんです。
中野市内の空き家を少しでも無くしたい。そんな事業を考えているなかで目にしたのが、100均物件を掲載している「空き家ゲートウェイ」の取り組みでした。面白そうな事業だったので問い合わせ、2021年に中野市でも取り組みがスタートしました。現在中野市では、空き家バンクと100均物件で空き家の買い手を探しているんです。
- ナカノ
- へえ! 空き家バンクと100均物件の二通りの掲載先があるんですね。
- 大原さん
- 私達のところに相談にきた物件は、まずは空き家バンクとして受けています。その後、不動産業者の方と一緒に現場を見て、「これは空き家バンクに掲載するのは難しい」と判断した物件を100均空き家として取り扱う流れです。
- ナカノ
- 空き家バンクで取り扱えないものは、100均物件になる。その線引きはどう決めているんですか?
- 大原さん
- まずは、天井が雨漏りしていたり、増築されていて倒壊の危険があったりなど、物件の現状がポイントになります。そのほかにも、権利の状況や、取引の条件を説明をする重要事項説明に記載する内容があまりにも多い場合も対象になりますね。
基本的に、不動産業においては物件を販売するときに重要事項説明が必須なんです。重要事項説明は宅地建物取引主任者が行う必要があるため、空き家バンクの取引では地域の不動産業者さんが間にはいってくださいます。
- ナカノ
- ふむふむ。
- 大原さん
- 一方で、100均物件は基本的に不動産業者を介さず契約を結びます。
- ナカノ
- なるほど! 物件の持ち主と買い主が直接契約を結ぶから100円で販売できるんですね。
- 大原さん
- その通りです。不動産業者の収入って、売れた金額に対してのパーセンテージなんです。元々の評価が100円だったら採算が合わないですし、土地の調査をするのにむしろお金がかかってしまいます。たとえ重要事項説明に列挙する項目が少なくても、内容によっては100均物件になる場合もあります。
デメリットもかかる費用もすべて明らかにする
- ナカノ
- 空き家ゲートウェイには100万円の空き家も掲載されていますよね。物件が100円か100万円かはどうやって決めているんですか?
- 大原さん
- 所有者さんの希望が第一ですが、不動産業者と話す中で決定することが多いですね。物件の評価は土地の評価額を決めてから、上物(住宅)の状態によって価格を土地代から引いていくんです。土地が安くて上物の状態もよくなければ、評価額はマイナスになってしまう。そういった物件は100円で販売しています。
- ナカノ
- いくら一等地でも、超巨大で状態の悪い古民家が建っていたら評価額がマイナスになる可能性も?
- 大原さん
- 極端に言えばそういうことです(笑)。
100万円の物件は少し手直しすれば居住可能ですが、100円の物件は築年数の古い物件が多く、今の耐震基準に満たない建物ばかりです。なので、ほとんどの場合が大規模な改修工事は必須ですね。また、100万円の方は住居としての利用を検討されている方が多く、100円の物件はオフィスや店舗といった事業利用で検討されている方が多いのも特徴ですね。
それから、重要事項説明がない代わりに、物件についてのデメリットをホームページに明記しているんです。購入費以外にかかる費用もざっくりとですが記載していますよ。
- ナカノ
- なるほど! 登記や司法書士さんへの依頼料といった細かい費用がかかるんですね。こうやって明記してあると、事前にわかって安心感があります。
- 大原さん
- もちろんその他に改修費などかかるので一概には言えませんが、現時点で出せる情報はすべて出しています。
- ナカノ
- ちなみに高社珈琲さんは改修工事にいくらくらいかかったんですか?
- 大原さん
- トータルで1500万円かかったみたいですね。
- ナカノ
- 新築の建物が建つ値段だ!
- 大原さん
- そのうち、中野市からの補助金として600万円出ています。補助金を申請したときは1500万円と聞いていましたが、その後建物の解体工事などで増えたかもしれませんね。
- ナカノ
- 解体や元々あった物の片付けでお金がかかるって聞いたことがあります。でも、この窓ガラスはもう作っていないものだっておっしゃってましたし、古民家ならではの風合いや費用以上の価値を感じる人は多いだろうなぁ。
- 大原さん
- その通りで、価格はもとより「古民家だからいい!」と物件を購入する方がほとんどです。
ここから車で10分程の場所に、契約が決まったばかりの100円の空き家があって中もお見せできるので、そちらにも行ってみませんか?
- ナカノ
- ありがとうございます! ぜひ見せてくださいー!
巨大100均物件をいざ内覧!!
- 大原さん
- こちらがその物件です!
- ナカノ
- え! どこからどこまでですか?
- 大原さん
- 見えている範囲すべてです! 土地と住居だけでなく、倉庫や駐車場など6点セットの物件なんです。
- ナカノ
- めちゃくちゃ大きい!
- ナカノ
- 中は家具や小物がそのままだ。暮らしがそのまま残っているんですね。
- 大原さん
- はい、こちらもそのままお渡ししています。
- 大原さん
- この倉庫は収穫したさくらんぼの選別に使っていたり、奥にはきのこを培養する部屋もあります。
- ナカノ
- 広いガレージにできそうなこの空間もいいなぁ。
- 大原さん
- 天井部分の補修工事が必要となりますが、こちらのスペースももちろん物件の一部です。
- ナカノ
- 100円と聞いてどんな物件なんだろうかとひやひやしましたが、意外と状態のよい綺麗な物件でびっくりしました!
- 大原さん
- たしかにここは比較的綺麗ですね。100均物件は基本的に改修が必要なので、老朽化が進んでいる物件が多いんですよ。
- 大原さん
- この物件は3〜4年前に空き家バンクにお申し込みいただいて、当初は建物を壊して更地にする予定でした。土地のみの400万円で販売していたのですが、買い手がつかず100均物件で販売することにしたんです。
- ナカノ
- へえ! 空き家バンクから100均物件に掲載するパターンもあるんですね。
- 大原さん
- 処分にかかる経費で総額400万円かかる見積もりで、貸主さんが実質200万円を負担して譲る想定でした。空き家バンクでは全く売れなかった物件ですが、100均物件では最終候補者が10件いるほど人気物件だったんですよ。
- ナカノ
- 200万円負担する予定が、100円もらって譲ることに!
- 大原さん
- ちなみにここは映画の制作会社に購入され、住居兼事務所として利用される予定です。
空き家の購入は絶対に現地に来て内覧すること!
- ナカノ
- ちなみに、事業をはじめてからトータルで空き家を何件くらい販売されたんですか?
- 大原さん
- 今で3年目になりますが、掲載数は100万円の物件を2件、100円を5件のトータル7件、そのうち5件が売れて、今は2件が内覧中ですね。
- ナカノ
- すごい、成約率ほぼ100%ですか!
- 大原さん
- ちなみに、購入を希望される方は、現地に来て内覧することが条件になっているんです。
- ナカノ
- へぇ、先着順で購入できるわけではないんですね。
- 大原さん
- そうなんです。問い合わせのあとの内覧を経て、物件の売り主さんと相談した上で購入者を決定しています。
- ナカノ
- 100円だからこそ「とりあえず買おうかな」という気持ちで購入して放置する、なんてこともありえそうですが、購入者を精査しているならその心配もなさそうです。
- 大原さん
- 市としても有効活用していただける方にお譲りしたい気持ちがありますので、買い手は選ばせていただいています。さらに、空き家購入者が改修費に充てられるよう補助金を新設したんです。
- ナカノ
- 先ほど言っていた補助金は新設されたものなんだ! すごい心意気。ちなみに空き家を購入される方ってどんな方が多いんですか?
- 大原さん
- 9割以上が県外の方ですね。物件を検討するにあたって街のことも知っていただくために、内覧会のあとに中野市の移住ツアーを組むことにしました。子育て中の方には保育園や幼稚園、公園などをルートに組み込むなど、参加者の属性や希望に応じた1時間ほどのオーダーメイドのツアーにしています。
- ナカノ
- 空き家を買うということは、中野市に住んだり、市内に拠点を持つということですもんね。ネットでの情報収集だと限界があるだろうし、ありがたい取り組みですね。
- 大原さん
- 実際に高社珈琲のオーナーさんも「移住ツアーがあったから中野市のことを知ることができ、購入に踏み切れた」とおっしゃってくださったので、実施してよかったです!
空き家を掲載するまでの長い道のり
- ナカノ
- 100円で空き家が買えると知ったら、めちゃくちゃ問い合わせが来そうですね。実際、事業をスタートしたときの反響はどうでしたか?
- 大原さん
- 問い合わせが殺到することを想定して、窓口は100均物件の母体となる空き家ゲートウェイさんに一本化して、メールからの問い合わせのみにしました。最初に掲載した高社珈琲さんの物件は、40件ほど問い合わせがきてびっくりしましたよ(笑)。
- ナカノ
- 40件も! そういえば、ここに来る道中も、空き家がいくつもありましたよね。空き家に関する問い合わせ自体もやっぱり多いんですか?
- 大原さん
- 空き家の相談は月に10件から多いときで20件、年間で200件を超えます。「空き家を買いたい人」が圧倒的に多くて、「空き家を売りたい人」はその半分程度ですね。
先週も市役所に「空き家を探してます!」って方が来たんですけど、掲載件数を見たら「少ない!」っておっしゃってて。出してもすぐに売れたり、借りられたりしてしまうのが現状です。
- ナカノ
- 地域にたくさんある空き家の数に対して確かに掲載数が少ないな、と私も感じてしまいました。
- 大原さん
- そうですよね。ただ、100均物件や空き家バンクに物件を掲載するのって、結構大変なんです。
ちゃんと整備されている物件であれば、お話をいただいてから2〜3ヶ月程度で掲載できますが、登記されていない物件ですと、貸主さんに「ちゃんと登記してくださいね」という交渉からはじまり、お話をいただいてから1年から2年かかることもざらにあります。
- ナカノ
- 昔の物件だからこそ、登記が曖昧になっているんですね。
- 大原さん
- さらに、農地付きの空き家がすごく厄介で。
- ナカノ
- 農地付きの空き家って家庭菜園ができそうで素敵ですけど、何が厄介なんですか?
- 大原さん
- 家庭菜園くらいの広さの農地でしたら問題なく借りられるケースが多いですが、広大な農地が付いている物件もありまして。その場合、借り主さんに農業経験があって、ちゃんと農業をやる確約がないと売ることができないんですよ。
そういう場合は、物件の持ち主さんに農地部分と宅地部分の分筆(土地の登記簿を分けること)をしていただき、農地は「農地マッチング」に出して、宅地は空き家バンクや100均物件に出すといった手順が必要です。
- ナカノ
- ひえ〜、掲載までの道のりが長い! 中野市は農業をやっている人が多いから、農地付きの物件もたくさんありそう。
- 大原さん
- まさにその通りなんです。農地の管轄は農業委員会なので、「農地のままだと売れないから、原野など他の地目に変えましょう」といったやり取りもあったりと、とにかく手間と時間がかかりますね。ちなみにこの物件も、元々は農地として登記されていた物件なんですよ。
空き家が手に渡るまで約2年、伴走する気持ちで取り組む
- ナカノ
- 空き家の事業って、かなり関わる業務の範囲が広いんですね。大原さんがこの取り組みをやられてきて、大変なことや課題に思っていることについてもお聞きしたいです。
- 大原さん
- おっしゃる通りで「自分で不動産屋ができるんじゃないか?」というくらい不動産についての知識がつきましたね(笑)。
専属で担当しているのが私ひとりなので、空き家の担当が変わるときの引き継ぎ内容については常々考えています。登記に関わる調査を行ったり、行政がやっている事業だからこそ、公平さが求められますしね。間違った情報は流せませんから。
- ナカノ
- 改めて、1つの物件が掲載されるまでに時間がかかるのも納得です。
- 大原さん
- それから、空き家の購入が決まってから契約を結ぶまで長い時間がかかるからこそ、長期間、買い手と売り手に伴走する気持ちで取り組んでいます。高社珈琲さんは改修工事もしっかりと行っているので、購入からオープンにこぎつけるまでトータルで約2年かかっているんです。
- ナカノ
- 購入してから2年! 様々な契約や改修工事を含めるとそれくらいの期間かかるんですね。
- 大原さん
- 空き家を新たな持ち主に受け継ぐことで、その家に暮らす方だけじゃなく地元に暮らす方も元気になったら嬉しいですね。
- ナカノ
- 大原さんが現地に足を運ぶからこそ、地元の方から聞ける話も多そうです。
- 大原さん
- そうなんです! 「ここ何年ぐらい空き家でした?」とか「この辺りの境界を一緒に確認させてください」と現地調査を通して、地元の方とは会話をよくしますね。
空き家って、その家がある集落自体も過疎化している場合も多いんです。現地調査に行ったときに地元の人と「こういう人が来てくれたら嬉しいよね」みたいな会話を交わすからこそ、よりこの地域を盛り上げたいなという気持ちになるんです。
100均物件の成約第一号の高社珈琲さんは近所の方の寄り合いの場になっていますし、最初のお客さんは元の持ち主さんで「ここは元々私の実家でね」なんて会話も生まれていました。
ナカノ- えー! それは素敵なお話!
- 大原さん
- 今は、地域おこし協力隊のメンバーにも空き家の調査を手伝ってもらっているんです。私以外にも業務ができる人材を増やし、より早く、より多くの空き家を世に出していくことが目標ですね。
取材をおえて
「ここ、元の持ち主の方が介護用にカーテンレールをつけたみたいなんですよ」
「この梁、今じゃ絶対につくれない立派なものなんです」
不動産の知識や専門用語を覚えることが多くて大変だとおっしゃっていた大原さん。一方で、不動産の知識を得たことで物件を見るのが楽しくなったとも語ります。
ひとつひとつの物件に向き合い、持ち主の方のこれまでの営みと暮らしに敬意を示しながら、空き家事業に前向きに取り組む姿勢が印象的でした。
空き家に再び人の気配が戻ることによって、人の流れや街の雰囲気も明るく変化していく。
そんな動きが今、中野市から生まれているのでした。
この記事で中野市の取り組みが気になった方は、ぜひ一度100均物件が掲載されているサイトを見てみてください! 物件を知ることが、移住のきっかけになるかもしれません!