移住したくなったら

「誰もが住みたい街」じゃなくていい。リノベーションの算段師が語る、街の引き継ぎかた。

「誰もが住みたい街」じゃなくていい。リノベーションの算段師が語る、街の引き継ぎかた。

はじめまして、ライターの淺野です。

7年に1度の御開帳をはじめ、多くの人で賑わう長野市の善光寺。参道を中心とした門前エリアには、昔ながらの宿坊やお土産屋さんだけでなく、古い空き家をリノベーションしたお店が増えているのをご存知でしょうか。飲食・物販・宿泊業など業態もさまざまで、県外からの移住者も活躍しています。

週末には、古民家を活用したイベントも多く行われている

そんな善光寺周辺のリノベーションにおいて、最大のキーマンと呼ばれている人物が、株式会社MYROOM代表の倉石智典(くらいし・とものり)さん。空き家の仲介から施工、さらには経営相談まで寄り添う独自のスタイルで、100軒以上のリノベーションに関わってきました。その一方で、誰にでも空き家を貸し出すわけではなく、別の場所や業態を勧めることさえあるそうで……?

長野市での空き家リノベーション、そして地方でお店を始めることのリアルについて、倉石さんにじっくりお話を聞いてみました。

話を聞いた人
倉石 智典さん
1973 年長野県長野市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。 観光業、都市計画業、不動産業、建築業を経て、2010 年に現在の会社を設立。 空き家の仲介、リノベーションを専門とする。長野では「門前暮らしのすすめ」と題して、毎月「空き家見学会」を開催。県内外から参加者が訪れ、まちあるきをしながら「空き家」を案内。まちなかの空き家を「リノベーション」して、新しい利用者とマッチングし、まちに賑わいをつくっている。

空き家探しから施工まで全部やる、現代の「算段師」

 お話を伺ったのは、倉石さんが代表をつとめる、まちづかいの拠点「R-DEPOT」。1階は古道具販売とカフェ、2階・3階にはメディアやIT企業など様々な企業のオフィスが入居中。
淺野
今日はよろしくお願いします。倉石さんは善光寺周辺で多くのリノベーション物件に関わっていると伺ったのですが、具体的にはどのようなお仕事をしているのでしょうか? 
倉石さん
善光寺周辺の空き家を見てまわる「空き家見学会」を毎月開催しています。そこで縁があったら不動産屋として物件を仲介し、建設会社として工事をして、引き渡した後もその建物を管理して……
淺野
ちょ、ちょっと待ってください。いろいろな業務が出てきましたが、倉石さんの会社ですべてやっているんですか?
倉石さん
そうですね。不動産と建設業の免許があり、設計事務所としても登録しているので、物件との出会いから成約後の管理まですべてに関わっています。言われてみれば、大きなゼネコンでもないのに、エリアを絞って一気通貫でやっている会社は珍しいかもしれません。
淺野
宅建士と設計士と大工を合体させたようなお仕事ですね。
倉石さん
今で言う大工の棟梁や、建物をそのままの状態で運搬する曳家(ひきや)のような人たちは、家に関することをすべてやる「算段師」と呼ばれていたそうです。建物だけではなく、お金の管理や街との関係性にも「算段」を立てる。土地の気候や風土に詳しい人に、昔は家のことを任せる仕組みだったと聞きました。
淺野
時代が進むにつれて、算段師の仕事が分業化していったんですね。拠点を構えて何かを始めたい人にとって、家探しからお金周りのことまで相談できる人がいたら心強いだろうなぁ。
毎月行っている空き家見学会の様子。物件を見学するだけでなく、街の歴史の話も案内役の倉石さんが行い、地域や空き家のことを学ぶ場に。
淺野
空き家見学会は、街を歩きながら4〜5軒の空き家をめぐる、2時間くらいのツアーなんですよね。今までに120回以上も続いているそうですが、どうして見学会を始めたのでしょうか?
倉石さん
空き家の活用を始めて物件情報をWebサイトに載せたところ、想像以上の方から連絡をいただいたんです。でも、中には長野に一度も来たことがない人からの相談や、人生相談のような問い合わせもあり、とても対応できなくて。まずは、片付いていない荷物が山ほどあり、電気や水道さえ使えないような空き家の実態を一緒に見てもらおう、と思って始めました。
淺野
たしかに、Webサイトの限られた情報だけでは、街の雰囲気や物件の詳細は伝わらないですよね。最初に直接足を運んでもらえれば、「思っていたのと違う!」といったミスマッチは防げそう。
倉石さん
大して宣伝していないのですが、毎回15人くらいが見学会に参加してくれています。参加者の口コミでなんとなく広がっているようで、ビジネス感バリバリのスーツを着ているような人は来たことがないですね。

空き家を乗りこなすための30本ノック

淺野
空き家見学会に参加された方のうち、どのくらいが入居に至るんでしょうか?
倉石さん
見学会に参加しても、「イメージと違った」「古くて地震が怖そう」といった印象を持つ方がほとんどです。それでも興味を持ってくれた数名とは、ツアー後に10分ほどお話もしますが、その時点ではあまり込み入った相談はしません。思いの丈を受け止めるくらいにとどめています。
空き家見学会の際には、掃除していない状態の物件を見せることも。
淺野
興味はあっても、いざ実際に自分がそこに店を構えることを想像すると、ハードルは高いですもんね。
倉石さん
さらに、引っ越しをして、数百万円をかけてお店を作ろうと本気で準備する人となると、ほとんどいません。そういう方は見学会の後に改めてアポイントをいただくので、そこで数時間をかけて個別に相談します。
淺野
個別相談ではどんなことを話すんですか?
倉石さん
見学会のどこが面白かったかは、必ず聞くようにしています。最初の直感で「面白い」と思えているかどうかは、厳しい寒さや改修費用などの高いハードルを超えて、この場所を使いこなせるかに関わってくることなので。
淺野
たしかに、最初の段階でビビッと感じたものがあったからこそ、その後の課題を乗り越えようとするモチベーションが生まれるのかもしれませんね。
倉石さん
話が進んだら、今までのキャリアや売上計画などを聞きながら、事業書類を準備してもらいます。事務所や施工現場など、ステージに応じて打ち合わせの場所も様々ですが、おそらく完成までに30回以上は顔を合わせていると思います。
淺野
かなりみっちり相談するんですね! 物件紹介というか、事業コンサルティングのようにも聞こえます。
倉石さん
事業計画とは何か?というレベルから説明することもありますし、経営の準備が整っていないと感じた場合には、途中で進行をストップすることもあります。逆に、しっかりと街に関心を持って事業の準備ができている方であれば、こちらから図面やプランを先んじて提案することもあります。
淺野
入居したあとの経営にまで、倉石さんが「算段」をしてチェックされているんですね。
倉石さん
長く事業を続けられるかが、大切なポイントになりますから。やはり古い建物が多いので、直して使うためには初期投資に費用がかかります。そこを整備して、うまく乗りこなしていくためには、5年くらいは事業を続ける必要がある。それくらいの時間が、周囲との関係をつくるためにもバランスが良いと考えています。
淺野
周囲との関係をつくる?

儲かればいいわけじゃない。地域との関係の築き方

倉石さん
20年くらい前に取り沙汰された田舎暮らしは、2〜3年でブームが去ってしまいました。来た人たちがバーッといなくなった後、もともと街にいた住民には「乗っ取られた」「荒らされた」という感覚があったようなんです。
淺野
短いスパンで街を去っていく人たちに、不信感が残ってしまった。
倉石さん
もし、とにかく早く多く売るために借り手を選ばず、結果として「なんであんな人に物件を貸したの?」と言われてしまえば、私も仕事になりません。

新たに来た方が商いをしながら、もともと住んでいる方と同じ地域で生活していく以上、せめておたがいの名前や顔は知っておきたいし、良い関係性を築かないといけない。紹介した方が近所の人に認められて、長く物件を使ってもらえれば、紹介した私も継続的に仕事ができますから。
倉石さんは古材や古道具の活用にも取り組んでいる。
淺野
街の人々と信頼関係を結ぶには、長い時間が必要。その目安が5年ということなんですね。
倉石さん
そのお店が長く続くためには、街とうまく溶け込む形になっていることも大切です。たとえば善光寺の門前に黄色い看板の豚骨ラーメン屋ができたら、隣のお店や参拝客はいい顔をしないじゃないですか。
淺野
たしかに。流行の飲食店が入っては出ていくような、都会のビルテナントとは訳が違いますもんね。
倉石さん
他にも、門前は夕方には暗くなるから、深夜まで賑やかにしないとか。独りよがりの主観だけでなく、みんなの目を気にしたり、この街らしさにうまく沿った使い方や業態があると思うんです。

ラーメン屋さんだったらここよりもロードサイドの方がいいかもしれない。古着屋さんをやるんだったら、県に勤める人たちが出勤するための服を仕立てていた、県庁近くのエリアがいいんじゃないですか? といったアドバイスをすることもあります。
淺野
この土地のことを深く知っている倉石さんだからこそ、街の空気や文脈に沿った場所や業態の紹介ができるのですね。
倉石さん
もっと言えば、「どういった外観のお店にするか」も大切なんです。古い建物の壁を塗り替えたがる方も多いのですが、昔起きた火事の影響や手入れのタイミングによって、周りの建物の土壁やトタンの具合が揃っていたりするんです。そこをいきなり変えてしまうと、周りの人が故郷の風景を変えられたように感じて、関係がギクシャクしてしまうかもしれません。
淺野
お店をやりたい人のこだわりを通すことが、必ずしも街の人たちに受け入れられるとは限らない。
倉石さん
逆に、古いものでも大切に引き継いで、手入れをしながら変えていければ、大家さんたちも喜んでくれます。なんとなく古い看板を残していたら、それが街の人の目印になっていた、なんてこともありました。こういった歴史の話をするのは時間もかかるのですが、「地域の人を仲間に引き込むための振る舞い方」として紹介しています。
現在はアパレルショップになっているが、前の物件の看板が残っている。業態が変わっても、看板を残している物件が多い。
淺野
街の景観や周囲からの視線まで配慮したケアができるのは、物件探しから施工までを手がける倉石さんならではの強みですよね。長い準備や打ち合わせを経て完成したお店には、やはり足繁く通うのでしょうか?
倉石さん
いえ、私の仕事は誰にも八方美人でなくてはいけないので、特定の場所に肩入れすることはありません。もちろん関わった場所が賑わうのは嬉しいですが、せっかく個性的な人たちが来たのだから、スタートを切った後は自由に進んでもらったほうが面白いとも思うんです。

街と建物を次世代につなぐ仲介役

淺野
そもそもの話になりますが、倉石さんが扱っている空き家って、どうやって探しているんでしょうか?
倉石さん
自分の仕事はだいたい歩いて回れるエリアに収めているので、現場までの行き帰りで空き家を見たり、地図をチェックして登記簿を取って訪ねに行ったりしています。ぐるぐる街を見回っている感じですね。
淺野
まるでパトロールですね! でも、10年以上続けていても、新しい発見があるものなのでしょうか。
倉石さん
ええ、タイミングも重要ですね。相続未登記で入れない建物があったりするので、盆やお正月の里帰りの時期に伺うこともあります。高齢で施設に入っている方や、亡くなってしまった方が持っていた物件などは、お邪魔するタイミングも慎重になります。
淺野
空き家を持っている人は、高齢の方も多いんですね。
倉石さん
善光寺の裏通りには、築100年を超え3代以上にわたって引き継がれている建物も残っています。そうした空き家の持ち主は、お金に困っていないから貸すつもりはないけれど、壊すつもりもない。なぜなら、代々引き継がせてもらった建物を自分の代で壊してしまうのは忍びないだとか、街や善光寺さんに申し訳ないという思いが強いからなんです。
淺野
空き家は単なる自分の所有物というよりも、街や家族の歴史の中に位置付けられるものという意識があるのか。
倉石さん
普通の不動産業では、貸主が家をきれいに整備して、投資して家賃を安くして、誰かに貸すために広告を出します。これはある意味、大家さん側が先にカードを切っている状態。でも、人はどんどん少なくなっているし、いつでもどこでも暮らせる時代では、がんばって貸し出す必要もないんです。
淺野
貸し手と借り手の力関係が変わってきた。
倉石さん
そんな状況で大家さんが求めるのは、家賃でいくら儲けるかよりも、代々引き継いできた建物を、いいかたちで活用してくれるかどうか。その建物の歴史や街との関係も踏まえて、しっかり引き継いでくれる人になら貸せるという方が多いんです。
淺野
大家としての収入よりも、場所を大切に使ってもらうことを重視しているのですね。
倉石さん
だから私は、空き家を使いたい人に事業計画を書いてもらうし、街との関係についてもアドバイスする。貸す側が整備するのではなく、借りる側が物件に手を入れられるような契約も設定しています。
淺野
大家さんに納得してもらうために、借りる側が先にカードを切るんですね。倉石さんがしっかりサポートするからこそ取れる選択肢だと感じます。
倉石さん
私が紹介した物件を活用している方達も、「たまたま今の時代に街を使わせてもらっている」という感覚が強いようです。自分が好きなことをやらせてもらう代わりに、他の人のことも許容するようなおおらかさがある。私自身も、街を引き継いできた方達から空き家を受け取って、次の世代に渡すお手伝いのような感覚で仕事をしています。

誰にでも来てほしいわけじゃない。人任せにしないまちづくり

淺野
倉石さんは個別の建物だけでなく、この街全体のことまで見て活動していることがわかりました。
倉石さん
昔は街のことをみんなでやっていたと思うんです。たとえば、かつては田んぼの畦道が崩れたら、お金や力を出し合って自分たちで整備していた。けれど、行政が発達して税金で道が管理されるようになると、それに任せて他人事になってしまう。
淺野
自分たちでやっていた街の世話が、行政から受け取るサービスに変わってしまったんですね。
倉石さん
人口減少のような問題も、行政任せにしなくていいと思うんです。街を賑やかにしたいのだったら、自分たちで盛り上げていけばいい。事務的に単年度の目標を立てて数字だけ伸びたとしても、そこで街の循環が生まれなければ問題ですよね。
倉石さん
ただ人口を増やしたいだけなら、古くなった建物を壊して新しくマンションをつくればいい。単体の所有物であれば、ダメになったら壊してまた新しくしていくような考え方でもいいけれど、それが人や土地や文化にまで及んでいくと、街は壊れていってしまうかもしれない。
淺野
短い時間で考えていると、街の形が変わってしまうし、そうなってしまったときには、誰もその責任を負えなくなってしまう……。
倉石さん
だから私は、この地域にたくさんの人が来てほしいとも思っていないんです。もしかすると、ちょうどいいぐらいの人数かもしれない。この街を自分たちで引き継いで、楽しく使っていこうという人たちが増えていけば良いと思っています。
淺野
倉石さんの活動は、それを支援する足がかりになっていますよね。
倉石さん
とはいえ、個人的にはそこまで長野に思い入れはないので、早く別のところに行きたいとも思っているんです。
淺野
えーっ!せっかくいい話で終われそうだったのに(笑)
倉石さん
仕事は楽しくやっていますよ。数ヶ月かけて新しいものが生まれるのに寄り添うのは、面白くてしょうがないです。でも、これからは私だけじゃなくて、もう少し大きな組織として役割を担えるようにしていきたくて。若いスタッフも増えてきたので、空き家見学会なども身構えずに来てもらえたら嬉しいですね。

まとめ

善光寺周辺の空き家を扱い、リノベーションまで手がける倉石さん。その名前やMYROOMという社名が表に出ることは少なく、あくまで影の立役者的な存在です。

その大元にあるのは、たまたまこの土地を引き継いでいる、という意識。短い時間で数字を追いかけるのではなく、数年をかけて周りと関係を築きながら、次の世代にも街の空気を引き継いでいこうという姿勢が、歴史ある街並みを守っているのかもしれません。