馬上から颯爽とこんにちは、ライターの飯田と申します。
今日、僕がどこに来ているかわかりますか?
ヤギがいて……
レコードが販売されていて……
古道具もたくさん並べられています。
果たしてここはどこなのか? 実は、動物園でも古道具屋でもなく、年間で7億円を売り上げる農産物直売所なんです!
ちなみに、コンビニ1店舗あたりの年間売上は平均1.9億円。地方の直売所が、コンビニの3倍以上の売上をつくっているなんて、驚きです。(参考:コンビニエンスストア統計データ)
訪れたのは、長野県伊那市に位置する「産直市場 グリーンファーム」。様々な農家さんが自分たちのつくった野菜や果物を並べる産直ですが、このグリーンファームに加盟している農家さんの数はなんと2000名以上!
レジの通過数は年間50万件、1日あたり約1300組が訪れている計算になります。(一家族が買い物をしてもレジ通過数は1件なので、実際はもっと多い!)
テレビ番組「秘密のケンミンSHOW」で取り上げられたこともあり、伊那の観光スポットとしても認知されているほどです。
どうしていち産直がここまで人を呼び寄せるのか、どんな店づくりを意識しているのか、ここに未来の産直のヒントがあるんじゃないか。
そう思って代表の小林啓治(こばやし・けいじ)さんに取材を始めたのですが……
産直なんてやらない方がいいですよ。儲からないですから。
あれ・・・・・・・?
あとね、僕は「地産地消」という言葉が嫌いです。
結局は、「それ、ジョン・レノンの前でも言えるのか?」ってことなんですよ。
想定外のやりとりで苦笑するしかない僕。
小林さんの口から語られる言葉は、どれも事前に想像していた取材イメージを粉々にするものばかり。
きっと皆さんの頭の中にも「?」がいっぱいの状況だと思います。でも、「この産直が世界平和に繋がると信じてる」と語る小林さんの言葉を、ぜひ最後まで受け止めて欲しい。
まずは、農産物直売所が「いかに儲からないか」という話から取材は始まりました。
産直なんて儲からない?
- 飯田
- 取材前にグリーンファームをぐるっと一周してきたんですが、本当にすごい場所ですね。たくさんの動物たちや古道具にも目を奪われましたが、何と言っても農産物が豊富で。ついつい、僕も買い物してきちゃいました。
- 小林さん
- ああ、見てきてくれたんですね。ありがとうございます。
- 飯田
- グリーンファームの実績についても調べてきたんですが、それにも驚かされて。年間の売り上げは7億円、スタッフさんの数も75名、出品している農家さんたちも2000名以上と、すごい数字ですよね。
- 小林さん
- あー、でもね、直売所なんて全然儲からないですから。やめた方がいいですよ。
- 飯田
- アハハハ!(え……?)
- 小林さん
- 10年くらい前に、直売所ブームってあったんですよ。飯田さん、知ってます?
- 飯田
- いえ、はじめて聞きました。
- 小林さん
- 当時はね、セブンイレブンと同じぐらいの数の農産物直売所が日本全国にできた、なんて言われたりもしてたの。うちにだって、「直売所をやっているんですが、参考にしたいです」て視察に来る人が、年間100件もあったのよ。でも、最終的にはどんどん潰れていったね。
- 飯田
- そんな時代があったんだ。でも、どうして潰れてしまうんですか……?
- 小林さん
- だから、儲からないからですって。
- 飯田
- そんなに儲かりませんか。
- 小林さん
- 儲かりませんよ。産直は出品されている農産物が売れたら、そこから手数料をいただくビジネスなんです。たとえば、グリーンファームでは手数料を20%としているので、60円のパセリがひとつ売れたら、12円が店に入る、ということ。利益率は低いし、農産物の単価だってたかだか数百円、生ものだから腐りもする。そりゃあ儲かりませんよ。
- 飯田
- そう言われてみれば、たしかに。
- 小林さん
- しかもね、商品が置けるコーナーの広さは物理的に決まってるじゃないですか。うちはあえて、儲かる商品をどけて儲からない商品を置いてるんだから。
- 飯田
- どういうことですか?
- 小林さん
- グリーンファームはね、農家さんだけでなく市場からも仕入れてるの。どんな商品を並べるかは農家さん次第だけど、キャベツとかニンジンとか、「絶対に置いておきたいもの」てあるでしょ? 基本的な野菜って、ないとお客さんが困るじゃない。
- 飯田
- はい、はい。
- 小林さん
- そういう野菜は市場から仕入れて並べてるんだけど、農家さんからもキャベツが出品されたら差し替えるの。「お、今年の初のキャベツですね〜!」って。でもね、利益的には市場のキャベツ売った方が安く仕入れられて、儲かるのよ。びっくりでしょ〜!
- 飯田
- そ、そうなんですね。ええっと、儲からないエピソードが潤沢ですが、グリーンファームはどうやって成り立たせているんですか?
- 小林さん
- 利益幅のある商品をちりばめてるのよ。さっき言ったように、野菜からいただく手数料は20%だけど、加工品や古道具はもう少し高くしていて。グリーンファームに置いてある商品、全部をトータルして35%ぐらいの粗利を目指しているんです。野菜を売り続けるために、工夫してるわけだね。
商売の場所じゃなく、社会に必要な場所にしたい
- 飯田
- お話を聞いていると、「産直は儲からない」「でも工夫して成り立たせるぞ」という両方の意志をビンビンと感じます。だって、単純にビジネスとして成立させるなら、おっしゃっているように市場から仕入れた野菜を売ったり、加工品や古道具ばかりを扱ったりした方がいいわけですよね。
- 小林さん
- まぁ、そういうことですね。
- 飯田
- でも、農家さんが持ってくる農産物を売ることに最大限の力を注ぐ。小林さんは、グリーンファームで何を実現しようとしているんですか?
- 小林さん
- 僕はね、グリーンファームを「優しさのルール」で回るようにしていきたいの。
- 飯田
- 優しさのルール。
- 小林さん
- ルールって世の中にいっぱいあるでしょ。法律はもちろん、学校の校則とか、会社のルールとか。でも、強力なのは「お金のルール」だね。
- 飯田
- 大袈裟に言えば、「お金のルール=資本主義」ってことですか。
- 小林さん
- そう、資本主義。自由にみんなが稼げて、稼げば稼ぐほど偉い、て価値観。資本主義、てみんな普通に言ってるけど、「お金主義だから〜」ってみんなが堂々と言っている世界、恐ろしくないですか? おっかね〜。
- 飯田
- (急に駄洒落?)
- 小林さん
- 飯田さん、今の駄洒落じゃないですからね。
- 飯田
- あ、すみません。小林さんは、そこに「優しさのルール」も必要だと言いたいんですね。
- 小林さん
- そう! グリーンファームをつくったのは僕の親父だけど、自分も初期から働いてて、10年ぐらい前からは僕が社長やってるんです。でね、僕は算数が苦手なの。
- 飯田
- は、はい。
- 小林さん
- そんな僕でもさ、社長になって決算書を見たら「こりゃ儲からないわ!」というのがよーく分かった。でもね、ここに来ている人たちは、お客さんも生産者さんも、本当に生き生きしているんです。
- 飯田
- 生き生きしてる。
- 小林さん
- 「タラの芽が採れたから」と言って持ってきたおじいさんが、そのまま売上を握り締めてグリーンファームで孫へのお土産を買って帰っていくのよ。それって幸福なサイクルじゃないですか? ここには90歳の生産者もいれば、子供が「これ、売れるかな」てカブトムシを持ってくることもあります。もちろん並べますよ、子供だって立派な生産者ですから。
- 飯田
- 年齢層の幅が広すぎる。
- 小林さん
- それにね、登録している生産者は2000名以上いますけど、出品は年に1回だけ、て人もいます。それでいいんです。数は少なくても、365日、365種類の農産物が並ぶとお客さんも楽しいじゃないですか。生産者とお客さんが楽しそうに交流している光景を見てたらね、ここを商売の場所ではなく、この社会に必要な場所として維持しないといけない、と思ったんですよ。
- 飯田
- みんなの気持ちが行き交う、「優しさのルール」に包まれた空間ということですか。
- 小林さん
- そう。でも、さっきも言ったように「お金のルール」は強烈です。それをうまく乗りこなさないとグリーンファームはなくなる。「お金のルール」を熟知した上で、「優しさのルール」を行使するんです。グリーンファームを必要とする人のために、グリーンファームは絶対に残さないといけないですから。
- 飯田
- 儲けることを目的とはしないけれど、儲けないと、この空間が消えてしまう。
- 小林さん
- そういうことです。資本主義がいけない、じゃない。「優しさのルール」と両立させるんです。
生産者もスタッフも、自由の中で頭を使う
- 小林さん
- まぁ、何回もルールって言葉を使いましたけど、グリーンファームに細かいルールは全然ありませんよ。
- 飯田
- 逆に言うと、ほかの産直ではいろいろルールがあるんですか?
- 小林さん
- ありますよ! よくある話だと、「出品した農産物は毎日17時までに取りに来てください」てね。17時なんて、農家の人は家で飯食って一杯やってる時間ですよ。がんじがらめの空間にしたくないので、グリーンファームにはそんなルールありません。それぐらいで野菜の鮮度は落ちませんから。
- 飯田
- なるほど。並べられた商品の価格も、生産者さんが自分で決めているんですか?
- 小林さん
- そうです。野菜もレコードも古道具も、いくらで売るかは自分で決めてもらう。
- 飯田
- いくらにしたら売れるのか。それを考えるのって、頭を使いそうですよね。
- 小林さん
- それがいいんですよ! 農家ってね、これまでは「これをつくってくれ」て言われたものをつくって出荷する、てのが普通だったんです。そして規格外のものは捨てられる。ストライクゾーンがとても狭く設定されていたんですが、それに従わないとお金にならない。
- 飯田
- 言われた通りのものをつくらないといけない、という状態ですね。
- 小林さん
- はい、農家はそれが得意なんです。でも、それだけじゃダメじゃないか、みんなが経営者でしょ、と思ってるんです。何をつくるか、それをいくらで売るか、全部自分で考えるのが大切。僕たちが農家さんを雇っているわけではなく、あくまで場所を貸しているだけで、農家さんみんなが社長なんです。その方が脳みそも活性化するし、農業をやっていて楽しいじゃないですか。
- 飯田
- たしかに。
- 小林さん
- 今は65歳で定年でしょ。でも、そのあとも30年ぐらい人生は続いちゃうんです。定年退職して農業を始め、グリーンファームに野菜を卸してる今の生活の方が楽しい、という人いっぱいいますよ。何をつくるのか、今日は働くのか、季節や天候や自分の体調と相談しながら自分で決める。それってとっても自然でしょ。
- 飯田
- なるほどなぁ。自分の体と頭の使い方は自分で決める、ということか。
- 小林さん
- ルールがないのは、うちのスタッフも同じです。社訓も朝礼もないし、僕がああしろこうしろと指図することもない。
- 飯田
- それって、一見働きやすい環境にも思えますが、スタッフさんは困ったりしませんか? たとえば、お客さんからクレームが入った時に何て答えるのか、とか。
- 小林さん
- それはね、シンプルです。スタッフからの相談に僕が答えるのは、「相手がもし自分の家族だったら、何と言ってどんな対応するのか?」ということ。それだけです。
- 飯田
- ド直球の回答だ……
- 小林さん
- うちにはいろんなスタッフがいます。基本、来るもの拒まずですし、能力でその人を評価はしません。その人が活躍できるかは、経営者、つまりは僕の力量にかかっている話ですから。
- 飯田
- なるほど。ここでなら働けるんじゃないか、と希望を抱いてやってくる人も多そうですね。
- 小林さん
- スタッフには障害手帳を持っている人、うつ病を患っている人、精神的に病んでしまった人もいますよ。勤務中に気分が悪くなって動けなくなる人もいる。するとね、「もうあの人とは働けません」というスタッフもいるわけ。でも、それもおんなじ。「その人が自分の兄弟だったらどうするの? 助けてあげるんじゃないの?」と言うだけです。
- 飯田
- 正直、そんな風に言われたら戸惑ってしまうけど、納得してしまいそう。
- 小林さん
- そうでしょう? みんなも「えー」と苦笑いするけど、腹の底では分かってるんです。みんな、学校や会社のルールに順応しすぎなの。だから「どうすればいいんですか?」と答えを聞きたくなる。優しさのルールで考えれば、いたってシンプルなはず。
- 飯田
- ルールがない中で、自分の頭で考える。生産者もスタッフさんも、同じ立場なんですね。
- 小林さん
- そうです、生産者とスタッフに垣根はありません。みんなの生きる力を引き出すために、僕は頑張りたいんです。
「地産地消」って言うけど、自分たちさえ良ければいいの?
- 飯田
- 話を聞けば聞くほど、グリーンファームが独自の哲学、ここで言う「優しさのルール」が徹底されていると実感します。農産物も全国各地から集まっていますよね。
- 小林さん
- そうですね、ここから1000km離れた沖縄のパパイヤだってありますから。
- 飯田
- 産直に関連する本をいくつか読んだのですが、メインは地場のものを並べ、ほかの地域の農産物は2割程度に抑えましょう、というアドバイスが多くて。地産地消のスタイルを目指した方が独自性に繋がるから、と。
- 小林さん
- ああ、僕は「地産地消」という言葉が嫌いなんです。
- 飯田
- (また強烈なワードが出てきた)
- 小林さん
- 「地産地消」は、自分たちさえ良ければいい、と僕には聞こえるから。それ、排除の理論でしょ。長野のリンゴは美味しい。でも、青森のリンゴだって美味しい、て言いたいじゃないですか。長野県民が「青森のリンゴも美味しいからおすすめだよ」と言えたら最高でしょ?
- 飯田
- むしろ説得力のある言葉ですよね。
- 小林さん
- でしょ? もっと言えば、フィリピンの農家も中国の農家も、みんな同じ「農家」ですよ。同じ人間が手塩にかけて美味しい野菜や果物をつくってるんですよ? それを自分たちがつくったものだけを良いものとして売るなんて……
- 小林さん
- ジョン・レノンの前でも同じこと言えんのか? て思いませんか?
- 飯田
- 人類愛を歌ったジョン・レノンの名前を伊那で聞くことになるとは。
- 小林さん
- でも、本当にそう思ってますよ。長野にみかんがなくて、静岡にリンゴがなければ、おたがいが交換して売ればばいいじゃない。僕は、そういう動きが「世界平和」に繋がると確信してます。
- 飯田
- 農産物直売所から始まる世界平和……!
- 小林さん
- だから、最近よく耳にする「農業の6次産業化」という言葉も嫌いです。
- 飯田
- (だんだん小林さんのパンチラインに耐性がついてきたぞ)
農業の6次産業化。生産をする一次産業、農産物を加工する二次産業、それを流通・販売する三次産業を組み合わせた言葉ですよね。全部を農家自身が手掛けていくことで収入も上がるし、農業が活性化するという。
- 小林さん
そうです。でも、それまで頑張っていた加工業者、流通業者はどうするんですか? それに、農家は美味しい農産物をつくるプロフェッショナルであって、加工や流通のプロではありません。すでにそうしたサービスや会社があるんだから、餅は餅屋、で任せたらいいじゃないですか。
- 飯田
- 美味しい野菜をつくることに注力すればいいじゃないか、と。
- 小林さん
- 6次産業化って、結局は地産地消と同じで「自分たちさえよければいいんだ」てことじゃないですか?もちろん、産業の少ない離島など、地域の条件によっては6次産業が重要になる場合もあります。でも、基本的には「世の中にはいろんなプロがいて、美味しい農産物も世界中にあるんだから、良いと思ったらどこのものだって自信を持って差し出せばいいじゃない」と僕は思うんです。
- 飯田
- 地産地消の地は、地球の地、ってことですね。
- 小林さん
- ははは!うまいこと言うね〜。地産地消は地球の地、か。うん、そういうことだね。
産直かどうかなんて、関係ない
- 飯田
- お金のルールだけじゃなく、優しさのルールで回るようにしたい。世界平和への第一歩。地産地消は地球の地…… 果たしてグリーンファームを農産物直売所と呼んでいいのか、分からなくなってきました。
- 小林さん
- いいんですよ、別に。僕だってここを農産物直売所と思ってないもん。カテゴライズされてないとみんな不安でしょ? だから「産直市場」と呼んでるだけだから。
- 飯田
- そうか、目指している形は産直じゃないですもんね。
- 小林さん
- そう。僕はここに来る人が生き生きした場をつくりたいの。それだけ。自分が偉いことをしているとも思っていません。目の前の人に対して、自分が役立てることがあるなら、それをしたいと感じているだけです。ま、飯田さんも楽しかったならまた遊びに来てくださいよ。
- 飯田
- はい! まだ出会えていない掘り出し物がたくさんある気がしているので、また来させてもらいます!
取材を終えて
年間7億円もの売上があって、レコードや古道具といった不思議なアイテムもたくさん並ぶ農産物直売所がある。
これは興味深い話が聞けるんじゃないか……とのほほんとした気持ちで訪れた僕は、小林さんの言動に打ちのめされました。
でも、優しさのルールに溢れた空間をつくりたい、これが世界平和に繋がると信じている、と語る小林さんの発言は、大言壮語には思えない厚みがありました。
この記事を最後まで読んでいただいたあなたも、ぜひ、グリーンファームに足を運んでみてください。
気構えせずとも、ここには小林さんが目指す「生き生きとした空間」が広がっています。それを十二分に楽しむことが、グリーンファームに関わるみんなの喜びにも繋がるはずですから。
撮影:小林 直博
編集:友光 だんご