2023.09.22
国産ドライフルーツトップシェア!日本初に挑戦したお菓子ベンチャー企業の美味しい裏話
長野県民だけでなく、県外の方からも愛される、信州が誇るスーパー「ツルヤ」。
そんなツルヤの大ヒット商品をご存知でしょうか?
「輪切りレモン」、「ひとくちりんご」などドライフルーツの商品です。
ツルヤに行かれたことがある方なら、目にしたり、食べてその美味しさに感動した方も多いのではないでしょうか。
まさにいま、こうやって原稿を書いている僕も、執筆が煮詰まった時に糖分補給もかねてドライフルーツをよく食べるのですが、長野に移住してツルヤのドライフルーツを食べた時の衝撃は今でも忘れません。
「なんなんだ、これは…?!」
ドライなのに、生感。
これまで食べてきたドライフルーツは、ドライゆえに、固くてやや食べづらさがありましたが、ツルヤのドライフルーツは、ドライなのにしっとりしていて、生のフルーツを食べているようなジューシーさなのです!
「ツルヤのドライフルーツと、他のドライフルーツ、いったい何が違うんだろう?」
いつか、この会社の話を聞いてみたい。商品パッケージ裏の製造元には、「南信州菓子工房」と書かれていました。
長野県は阿智村にある「南信州菓子工房」。
取材前に会社のことを調べてみると…。
・ツルヤで販売されているドライフルーツのほとんどが南信州菓子工房の製造
・それどころか「半生ドライフルーツ」市場で業界シェアトップ。セブンイレブンなど全国のコンビニやスーパーで販売されている
・にもかかわらず、わずか創業11年のベンチャー企業
スゴイ地域企業の予感…。
唯一無二のあの食感の秘訣、表には出てこない会社の裏話も聞きたい!ということで、さっそく社長にインタビューしてみたいと思います。
和菓子をヒントに生まれた「半生ドライフルーツ」という新ジャンル
- 北埜
- 今日はよろしくお願いします! ツルヤのドライフルーツが大好きで、特に輪切りレモンを原稿作業の合間や長野土産にいつも愛用しています! 今日はあのドライフルーツがどのように作られているか、知りたくて取材に伺いました。
- 木下さん
- いつも食べていただいて、 ありがとうございます! ぜひ、何でも聞いてくださいね。
- 北埜
- まずは、南信州菓子工房がつくっているドライフルーツの食感について聞きたくて。一般に売られているドライフルーツと全然違うんですが……
- 木下さん
- そもそも、私たちが作っているのは「半生ドライフルーツ」といって、普通のドライフルーツとは製法が全く違うんですよ。
- 北埜
- 半生、ですか?
- 木下さん
- そうです。半生製法というのは、もともとは和菓子の製法なんです。モナカ、饅頭、大福みたいな和菓子があるでしょう。あれがいわゆる半生製法のお菓子です。
ようかんみたいな生菓子は水分量が30%以上なのに対して、半生菓子は15%〜30%以内。水分量を抑えているので、生菓子に比べると日持ちするんです。私たちのドライフルーツは、その半生製法を活かして、「ドライだけどジューシー」な食感に仕上げています。実は、日本で初めて成功させたんですよ。
- 北埜
- そんな技術が使われていたんですか!和菓子の製法をドライフルーツに応用するなんて、面白いですね。
- 木下さん
- そもそも、私たちの工場がある飯田エリアは、昔から半生菓子が特産品なんです。飯田って、名古屋からも東京からも距離があるでしょう。だから、糖分を高めて、ある程度保存がきく半生菓子が戦後にかけて発展したんです。国内の半生菓子の4割は、飯田エリアで作られているんですよ。
それに加え、私の父はもともと、老舗の半生菓子会社を営んでいまして。当初は私もその会社で働いていたんです。
- 北埜
- なんと! 木下さんは菓子製造の会社で働いてたんですね。
- 木下さん
- ただ、最中や饅頭といった、どちらかというとお年寄り向けのお菓子が多く、若い人は手に取りづらい状況だったんです。新しい商品を作りだすために、私が目をつけたのが「国産の半生ドライフルーツ」だったんです。
- 北埜
- 新規事業を考える中で閃いたんですか。
- 木下さん
- そうですね。でも、当時は成功事例がなかったので、もちろん父からは大反対されました(笑)。自分で会社を作るならいいぞと言われたので、実家の会社を飛び出して、思い切って起業することにしたんです。
- 北埜
- すごく淡々と話されていますが、安定を手放しての起業って、かなり思い切った決断ですね……!
- 木下さん
- あの時は私も若かったですね(笑)。今やれと言われても絶対できませんよ。とはいえ、銀行の融資や父からの応援もあって、今があります。
ドライフルーツがツルヤの定番商品になるまで
- 北埜
- しかも、国産の半生ドライフルーツは日本で最初の成功事例だったんですよね。
- 木下さん
- そうですね。ドライフルーツの市場自体は日本にも昔からありましたが、そのほとんどが海外産で。食感が固くて食べづらかったり、賞味期限を伸ばすために保存料が使われていたりしたんです。そこで、国産のフルーツを使って安心安全なドライフルーツを作れば売れるんじゃないか、と思ったわけです。
- 北埜
- まさに、国産ドライフルーツのパイオニアなんですね。とはいえ、ゼロから市場を作っていくって簡単なことではないですよね。
- 木下さん
- 最初の2年はそれこそ死に物狂いで、365日働きましたね(笑)はじめは設備投資もあって大赤字でしたし。ただ、創業から1年経ったころに、ツルヤさんで取り扱ってもらえるようになったんです。
- 北埜
- そんなに早かったんですか!
- 木下さん
- 「国産ドライフルーツを商品化した」というニュースを、信濃毎日新聞さんに取り上げていただいたんです。その記事がたまたまツルヤさんの目に留まり、地域の果物を使ったドライフルーツを評価いただけたんです。
- 北埜
- 国産ドライフルーツの可能性を信じた木下さんの気持ちが報われたんですね!
- 木下さん
- ツルヤさんに見つけてもらって、本当にありがたかったです。さらに、ツルヤさんは全国のスーパーのバイヤーさんがチェックしているので、そこから「うちでも取り扱いたい」と全国から問い合わせをたくさんいただくようになって。
セブンイレブンさんや帝国ホテルさんなど、大きい会社とのお取引にもつながりました。
- 北埜
- ツルヤのインパクトは計り知れないですね。
- 木下さん
- そうですね。うちの売り上げ15億円のうち、3億円ほどはツルヤさん経由なので、本当にツルヤさんのおかげです。
1日に1トン?! 美味しさの裏に人の手仕事
- 木下さん
- ずっと会議室で話しているのも退屈しちゃうので、輪切りレモンが作られている工場もみますか? 大島くん、お願いします。
- 北埜
- え!いいんですか? ぜひ取材させていただきたいです!
(白衣の着用、手洗い、エアシャワーなど厳重なクリーンルームを抜けて……)
- 大島さん
- ここからは、製造部長の私からご案内させていただきますね。
- 北埜
- よろしくお願いします!
- 大島さん
- 半生ドライフルーツの製造は、収穫したフルーツの冷凍、解凍、シロップにつける、水分量が15〜30%になるまで半生乾燥させる、といった工程を経ていきます。これは、下処理した輪切りレモンをシロップにつけているところですね。
実は、この状態のレモンが一番ジューシーで美味しいんですよ。食べてみてください。
- 北埜
- ほんとだ! レモンのシロップがたっぷりで、いつも食べているものよりもさらにみずみずしいです。
- 大島さん
- そうでしょう。本当は皆さんに一度は食べてもらいたいのですが、この状態だと日持ちしないんです。半生乾燥させることで、美味しさを閉じ込めつつ、日持ちさせることができます。
- 北埜
- ドライフルーツなのにジューシーな食感は、半生乾燥のおかげなんですね。
- 北埜
- あれ、このレモン、よく見ると種がないですね。
- 大島さん
- 種には苦味があるので、取り除くことで雑味がなくなって、より美味しいドライレモンになるんですよ。みなさんよく驚かれるのですが、種は一つ一つ手作業で取り除いているんです。多い時には、一日1トンものレモンの種を人の手で取り除いています。
- 北埜
- 小さなタネを手作業で1日1トン!気が遠くなるような作業ですね……。
- 大島さん
- いろいろ試したものの、機械だとうまく取り除けないんです。ちなみに、手作業しているのはそこだけじゃないですよ。ほら、よく見るとレモンの周りが欠けていますよね。
- 北埜
- 本当だ。ところどころにけずったような跡がありますね。
- 大島さん
- レモンの中には、黒い斑点が出てしまうものもあって、見栄えがあまり良くないんです。そういうところも、人の手で取り除くようにしています。食べる時に欠けているところがあったら、「これは工場の人が頑張ってくれたんだな」と思っていただけたら嬉しいです(笑)
- 北埜
- そんなところまで、ひとつひとつ手作業なんですね。ありがたみが増してきました……。
ドライフルーツにすることで年間数トンのパイナップルをレスキュー
- 大島さん
- うちの人気商品にはパイナップルもあるんですが、このパイナップル、実は捨てられていた部位を使っているんです。何かわかりますか?
- 北埜
- なんだろう……。ただのジュシーなパイナップルだと思っていました。
- 大島さん
- あまりわからないですよね。これは、パイナップルの芯を使っているんです。
- 北埜
- え、芯って食べられるんですか?
- 大島さん
- そうなんですよ。普通は芯なんて硬くて食べられないですよね。ツルヤさんはカットパインを扱っているんですが、活用できないパイナップルの芯の廃棄がとても多いそうなんです。
そこでうちが年間数トンもの芯をツルヤさんから買い取り、ドライフルーツにすることにしたんです。ドライフルーツにするとパイナップルのおいしさがギュッと凝縮するし、芯の方が食感もいいんですよね。
- 北埜
- 年間数トンも! ドライフルーツにすることで芯まで美味しく食べられる。乾燥技術って、保存期間を伸ばすだけじゃないんだ。
- 大島さん
- そうなんです!ドライフルーツって、いろんな可能性を秘めているんです。生のままでは酸っぱくて食べられないようなレモンも、ドライフルーツにすることで酸味を楽しめるようになるし、おいしさがより凝縮されて保存期間も長くなる。
最近だと、南高梅で有名なJA紀南さんとも、「梅のドライフルーツ」を作っているんです。
- 北埜
- 梅のドライフルーツって、いわゆる梅干しとは違うんですか?
- 大島さん
- 梅干しは塩漬けにして、塩分濃度を高めることで保存をきかせてますよね。でも、梅干し特有の酸っぱさが苦手、という若い人も多いんです。
だから塩漬けではなく、砂糖漬けにしてドライフルーツにすることで甘味が増し、梅の酸味とともに楽しめるようになる。若い人にも梅をふたたび手にとってもらえるようになるんですよね。
- 北埜
- 世代によって味の好みも変化していく。これまで伝統的だった漬物文化に代わって、ドライフルーツが新しい保存食文化になってきているんですね
一粒のドライフルーツが、フードロス削減や耕作放棄地の再生に
(工場見学を終えて、ふたたび会議室に)
- 北埜
- あんな風に手作業で作られているなんて、想像もしていなかったです。より一層ツルヤのドライフルーツに愛着が湧きそうです。
半生製法や作り方はだいぶ分かってきたんですが、国産フルーツのみにこだわっているのも南信州菓子工房さんの特徴ですよね。具体的に、どの地域のフルーツを扱っているんですか?
- 木下さん
- 最初は、地元である飯田の農家さんが作っていたりんごや柿、キウイフルーツですね。売れずに余っていたものを有効活用したんです。味は美味しいのに、規格外で売れないような果物もあってもったいなかったので。
- 北埜
- なるほど。ドライフルーツはフードロスの削減にも一役買っているんですか。
- 木下さん
- そうですね。売れ残った果物って、これまではジャムかジュースにするくらいしか加工の選択肢がなかったし、かなり単価が安いので、農家さんの売り上げにもあまりつながらない、という課題もあって。国産ドライフルーツは、新しい農産加工の選択肢になっている面もあると思います。
- 木下さん
- 先ほど見ていただいた「輪切りレモン」は、広島や愛媛のものですね。これも、もとは規格外のレモンなんです。
- 北埜
- あんなに美味しいレモンも、元は規格外だったんですね。
- 木下さん
- 規格外でも、味は全く問題ありませんからね。国内で作られるレモン6000トンあるんですが、そのうちの300トンはうちが加工させてもらっています。
一方で、最近は農家さんも高齢化してきていて、レモンを作っていた畑が耕作放棄地に変わってきたりもしていて。
- 北埜
- そもそも、レモンの生産量が落ちていきかねない、というわけですね。
- 木下さん
- そうなんです。ですので、フードロスの活用とは逆に、大分県に自社農場も作りました。東京ドーム3つ分くらいの遊休農地を再生して、300トンほどのレモンを栽培していきたいと考えています。
- 北埜
- 規格外のフルーツを有効活用したり、逆に余った農地を再利用したり。ただただ美味しい輪切りレモンを食べているだけで、フードロスや農地の再生にちょっぴり貢献できているのは、消費者としても嬉しいです。
ドライフルーツのショールームがオープン
- 北埜
- ちなみに、次の展開としてはどういったことを考えられているんですか?
- 大島さん
- ドライフルーツの新しい展開として、2023年の7月に直営店をオープンさせました。これまでは「ドライフルーツそのものの美味しさ」を皆さんに届けてきましたが、これからは「素材としてのドライフルーツの可能性」も追求していきたいなと。
- 北埜
- 素材としてのドライフルーツ。
- 大島さん
- ドライフルーツって、洋菓子やパンとの相性が非常に良いんです。新しい直営店では、ドライフルーツとマッチした洋菓子などの新商品もお出しして、ドライフルーツの活用法を提案するモデルルームにしていきたくて。そのための菓子職人も採用しました。
- 北埜
- そういえば、お菓子やスイーツの商品化はご実家の本業でもありますもんね。
- 木下さん
- そうなんです。まずは私たちの新店舗で販売していきますが、売れ筋が見えてきたら、父の会社の工場も利活用していきたいと思っています(笑)
- 大島さん
- 工場を構えている阿智村って、星空で有名な場所ですがお土産にできるものってあまりないんです。うちの商品が、阿智村を代表するお土産になったら嬉しいですね。
取材を終えて
なんとなく、「海外のもの」というイメージが強かったドライフルーツ。
それだけに、国産のフルーツにこだわり、美味しさを凝縮して届けるための努力を続ける姿勢がとても印象的な取材でした。
美味しい保存食にするための半生製法や、食べ物のロスを減らして新商品を生み出すもったいない精神など、信州らしい食文化がにじみ出ていて南信州菓子工房のドライフルーツがこれまで以上に好きになりました。
皆さんも、ドライフルーツを見つけた時は、どこが作っているのか、ぜひチェックしてみてください。
あんなところにも、こんなところにも、南信州菓子工房の名前が見つかるかもしれません。